第31話 恋人みたいな二人
「漁火さん全国大会頑張ってくださいね!」
「僕ら応援してますっ」
大会は無事終了、優勝者は姫子。しかしこの大会は県の予選に過ぎない。来月、各都道府県の予選大会を勝ち上がってきた本当の強豪達が集結する全国大会が開催される。その大会の参加資格を手に入れただけなのだ。でもそれがどれほどすごいことだろうか。準決勝、決勝でも姫子に敵う奴はおらず、姫子の残機を減らした奴はいなかった。三位までが全国大会に出場出来るけど他の二名は姫子と比べたら頭二つ分以上も弱い。まあ俺なんて巨人の頭十個分は離れているくらい弱いけどさ。大会の閉会式も終わって参加記念のボールペンをもらって後は帰るのみ、と思ったら参加した男性数名が姫子を囲んで何やら言っているではないか。耳を傾けて聞いてみると、どうやら姫子の強さに感動したらしく激励を施しているようだ。それほど姫子の実力がすごいってことか。
「これ僕のメアドでひゅ。良かっ、たら連絡してください」
「ネトスマやっていますか? こ、今度対戦しましょう」
「い、今からお茶しませんか?」
と思ったけどそうでもないみたいだぞ。姫子に惚れているだけじゃないか? 応援しているフリして姫子に近づこうとしている輩ばかりだった。ほほお、さすが我らの委員長。クラスの人気者は学校外でも好かれるんですね。スマートなんとかを手に持って詰め寄る男性の数々、クラスでは見られない光景だな。なぜならクラスの男子は姫子が男子苦手なことを知っている為、無闇に近づこうとしないからだ。その為に事務的用事以外では話しかけないのが暗黙の了解となっている、と小金が言っていた。自分達の欲求より委員長が過ごしやすいよう下手な真似はしない、紳士的振る舞いが出来るのが僕ら四組の良いところさっ、だって。故に今のように積極的にお近づきになろうとする行為はクラス内では見られない、当の本人である姫子は大変困惑しているご様子。チラチラとこちらを見てくるけど、もしかして助け求めているの?
「テリー、早く行きなさい」
「あ、やっぱ俺なの?」
「アンタ以外にいないでしょ。ほら、早く行って」
清水に押されて姫子救出へと向かう。やれやれ、なんで俺が。けど確かにそうだよな、小金なんかに任せられない仕事だ。自惚れかもしれないがクラス男子の中では俺が一番姫子と仲良いと思う。嬉しいことではあるけどさ、あまり頼りにされるのも困るんですが。だって人間多いのは苦手だから。オロオロして今にも咳が出そうな姫子の元へ向かって手招きする。それを見て姫子は一瞬のうちにこちらへと素早く走ってきた。なんて速さだ、ファックス並みのスピードなのでは?
「照久」
「痛い痛い、なんであなたは毎回俺の腕を掴むのさ」
男性数名の視線から逃れるように俺の後ろへと回り込んで腕にしがみつくのはいいけどさ、なんかいつも掴む力が異常に強くない? 怖いとか理由つけて腕の骨折ることが真の目的じゃないかって思うくらいパワフルな力だ。病弱なんじゃないのかよ、矛盾しているって。
「あ、すんません。うちの姫子ちょっと男性苦手なんで。失礼しますね」
ポカーンとしている大会参加者の人間達を放っておいてその場から立ち去る。姫子の手を取る必要はなし、だって腕掴まれているから歩くだけで勝手について来てくれる。だから痛いって、もう少し力緩めることは可能ですか? それはもう掴むというよりは抓るに近い。肉を断裂したいのかよ。
「姫子ちゃんモテモテだねっ。メアドもらったの?」
「もらってない」
いつまでも掴まれていると血流が止まって壊死しかねないので連れて帰ってきた勢いで体を半回転捻って清水の方へと優しく突き飛ばす。この優しくってのが俺も四組に在籍している証だ。姫子を清水へと預けて小さく息を吐く。あーあ、なんか疲れたな。休日にこんな都市にまで足を運んで来たのに成果は「印天堂65を手に入れるには金がいる」という悲痛な事実のみ。辛いねぇ、人間界は所詮金なのかよ。発電機買うだけで何万円とかかるのに印天堂65を手に入れるにも数万使うなんて正気の沙汰じゃない。クソがぁ。でもまあまだチャンスはある、姫子次第だけどな。今日参加した俺と小金と姫子の中で姫子だけは勝ち残って全国大会進出を決めてくれた。この調子で全国大会でも勝ち進んでもし仮に優勝でもしてみろ、賞品として限定モデル印天堂65がもらえるだろ? そしたら今使っている65はいらなくなるからそれを譲ってもらえばいい。姫子が頑なに65を譲ってくれないけどさすがに二つもいらないだろう。一個邪魔になるから俺がもらう、これが最後の希望だな。無理だった時のことを考えて今のうちからバイトは始めるけど上手く交渉出来て譲ってもらった時はそのバイトで稼いだ金を発電機購入に充てればいい。
要するに俺はこれから姫子の家でスマビク特訓する暇があるならバイトして稼げってことさ。
「帰る前にどこか寄ってご飯食べようぜ」
「いいよ。そういえばテリーはスマホとか携帯持ってないの?」
「!」
ん、俺? 別に~、いらないじゃん。人間界に来て二ヶ月程経ったがこの世界でよく見かけるものがある。眼鏡と車とスマートなんとかを始めとする携帯電話機、日本界三大よく見る物体と俺は呼んでいる。携帯電話で通話している眼鏡をかけた人間が車から出てきたのを見た時なんて全部揃ってるぅ、と興奮したこともあった。携帯電話とは現代人の必需品らしいっすよ。いつどこにいても携帯一つで遠く離れた人間と文字で連絡を取れて通話が出来る。最近はゲームやアプリ、カメラ機能やラインとか多様の使い方があって現役高校生はこれ持ってないと生きていけないらしい。いや俺生きてるけど? あれ買うと毎月通話料金がかかるんでしょ、そんなお金の余裕はないから携帯電話はいらないです。
「別に必要じゃないから持ってないよ、ってなんで姫子はスマートなんとかを取り出しているのさ?」
「スマートフォンね。いい加減覚えようよ」
はいはい。姫子はスマートフォンを取り出してこちらを見つめている。俺? いやだから俺持ってないって。お互いの携帯電話をくっつけて連絡先を交換するのをドラマで見たことがある。きっと誰かと連絡先を交換したいのだろうか、さっきの人間達の中から。
「さっきの奴らと交換したいの? ついて行ってあげようか?」
「……いい」
すると姫子はスマートフォンを鞄に戻した。なぜかムスッとしている。可愛い。無口で表情に大きな変化もない大人しい姫子だが今は誰が見ても分かりやすいくらい拗ねているのが伺える。目をつり目にして小さく両頬を膨らませてこちらから視線を外してしまった。んん? なんか変なことしたかな。俺なりに気を遣って申し出たことなんだけどなー。俗に言う女心は何とやらってやつか。
「テリーは馬鹿だね~」
「おい清水、しみじみと言ってないで解説してくれよ」
「自分で考えなよ」
ヘルプを求めたが清水は何も言わずニヤニヤしているだけだった。なんだよ、俺のサポートしてくれるって言ったじゃん。教えてくれよ、なぜ姫子の機嫌が悪くなったのか。ムスッとしてもん、こんな顔されたの初めてだよ。ふざけるな、さっきあなたが咳で咽そうになるくらい困憊していたのを助けたのは誰だと思ってやがる。俺だよ俺、英語で言うとミーだよ。英語で言う必要性は皆無だけど。
「照久の馬鹿」
「は、はあ!? 馬鹿じゃねーし!」
それはちょっと聞き捨てならないぞ貴様ぁ。高貴で知性の高いエルフ族に馬鹿とはなんだ、怒りの沸点越えかけたぞ。
「照久の……ごほっ、ごほ」
「ああもう、咳出てるよ。お薬鞄の中だっけ? 勝手に取るからね」
「けほ……」
エルフのこと馬鹿にするからだよざまぁ、と思うだけで終わるなんて薄情者じゃないぜエルフは。姫子の鞄の中、一番手前のポケットに入っているお薬を開ける。咳が出始めてすぐに体がフラついている姫子の体を支えながら右手でお薬を渡しながら左手で姫子用の水を取り出す。ほら早く飲んで、落ち着くから。今日は朝から移動して人間の多い場所を歩いて会場に着いてからは試合続き、普段と比べたらエネルギー消費量は明らかに多い、そりゃ体調も悪くなるよ。それだけ大会頑張ったってことか……今思えば俺が大会に出てくれって頼んだから来てくれたんだよな。……う、うん……ありがと。姫子が薬を服用するのを見届けながら近くの椅子に座らせてあげる。前回は涙流す程混乱していたが二回目になると大分落ち着いて対処出来たな。ああ良かった。
「大丈夫?」
「うん……ありがと」
「いちいちお礼なんて言わなくていいよ」
「うっわ、テリーが優しい!」
あ、なんだよ清水。その言い方だとまるで俺が普段は優しくないみたいじゃないか。
「うるさいな清水、姫子の体に障ったらどうする気だ」
「なんかテリーと姫子ちゃん、恋人みたいだよ」
まーたそれかよ。どれだけ俺と姫子をくっつけたいんだよ人間共は。何度も言うが姫子とは印天堂65を通じて仲良くなっただけの友達だ。




