第29話 精悍な顔つきでエルフは予選へと挑んで
「対戦ありがとうございました」
うん、負けた。
「さーて、飯食って帰るべ」
「テリー弱っ」
うるさいぞ清水、スマビク始めて一ヶ月足らずの俺が勝てるとでも思ったのかよ。県予選大会に出場した人数は四十九人、六人ごとにブロックを組まされて総当たり戦が行われた。ステージはランダム、ストック制のストック4でアイテムなしのルール。ステージ場所を除けばやはりプレイヤーの実力が物を言う戦いだ。一つのブロックで勝利数の多い二名のみが決勝トーナメントに進める。なんとシビアな戦い、六人のうち二人しか生き残れない。恐らく二回以上の負けは許されない。バッチナンバー38の俺はGブロック、同世代の男子や二十代三十代の男性、ちょっと年下の男の子がいた。要するに男ばっかり。それにしても、いやぁ勝てなかったです。現在三人と戦って一勝二敗、決勝トーナメント出場が既に危うい状況。もう脳内は帰りのラーメン屋でチャーシュー大盛りにすることしか考えていない。気分はラーメン、大会はアーメン。ん? なんだよアーメンって、意味が分からないだろ。小金かよ。
「まだ分からないでしょ、最後まで頑張ってよ」
「んなこと言われてもさー、予選の奴ら地味に強いんだって」
小金に勝てたことで自信がついたものの、井の中の蛙とはこのこと。所詮俺はスマビク初心者を脱した程度の中級レベルだったようだ。まず一戦目、会場の雰囲気でテンション上がった俺はなぜか負ける気がしなかった。姫子に「決勝で会おう」と爽やかな笑みで告げて別れ、悠々と会場を闊歩。指定の場所へと着いてコントローラーを握った。使用キャラは勿論モリオ、対戦相手と挨拶していざバトル。特に振り返る点もなくあっという間に勝負は決した。相手強いもん、勝てないって。二戦目の相手は中学生、どうやら初心者のようで難なく勝てたが三戦目は二十代後半の男性が使うブービィ相手に手も足も出せなかった。そして現在、残り二戦残っているが決勝に進めるのは望み薄だ。大会のレベルの高さを思い知ったよ。
「ちなみに餅吉は五戦五敗で会場を後にしたよ」
「あいつはあいつで酷いなおい!」
まあ俺に負ける程度の奴が勝てるとは思っていなかったけどさ。何が小学校で一番強いだ、とりあえず小学校の同級生全員に謝罪してこい。姫子の方は……いや、あの子は大丈夫だろう。姫子で勝てなかったらどうしようもないって。他人の心配より自分のこと考えろよ。決勝で会おうとか言ってしまったし、このまま惨めに負けて残念でした、は情けない。決勝トーナメント進出は無理でも総当たり戦を勝ち越したい、頑張ったことを伝えたい。そうでなければまるで俺が姫子の家でずっと特訓してきたのが意味ないようで嫌だ。あの時間は無駄じゃない、無駄にしてたまるか。……やってやる。
「清水は姫子の応援頼む、俺は大丈夫だから」
「そう? じゃあ頑張ってね」
さて、残り後二戦か。俺が負けたナンバー37とナンバー40はどちらも三戦終えて全勝中、こいつらが決勝トーナメント進出の有力候補だ。俺が残りの試合全て勝って、あの二人のどちらかが二敗すればまだチャンスはあるけど……それは相当に厳しいだろうな。俺が勝てなかった奴に勝った奴を倒さなくてはならないし、運良く倒せてもナンバー37、40のどちらかと再戦して倒さないといけない。もはや神に祈るしかないね。……ははっ、神に頼るなんて人間染みたことを考えるようになるなんて俺も随分と変わってしまったようだぜ。祈りを捧げる両手があるならその手でコントローラーを握れ、必死に足掻けよ。それが爺さんの教えだ。じたばた暴れてみせろ、泥まみれで足掻いてみろ。爺さんは、族長はそう教えてくれた。やってやる、無理なことでも、微かな望みしかなくても。それが諦める理由にはならない、力のある限り挑戦してやるさ。さあ行こうぜモリオ!
「さあGブロックを勝ち上がったのはこの二人、エントリーナンバー40のファックス使いの長谷川さん! 予選全勝で勝ち進んだ勢いで全国大会への切符を掴み取るのか!? そしてもう一人はエントリーナンバー37……の方が体調を崩して急遽辞退を申し出た為、代わりにGブロック予選三位の人が出ます。モリオ使いの高校生、木宮君だ!」
「きゃー、木宮くーん、イケメーン」
どこからか聞こえてくる清水の棒読みな声でイラッときたが名前を呼ばれたので長谷川さんに続いてステージの上へと向かう。決意を胸にあの後残りの試合に挑んだ結果、なんとか勝利を収めて最終成績は三勝二敗に終わった。結局上位二人は崩れることもなく一人は全勝、もう一人は一敗のみで順当にGブロックの予選は終わったかに見えた。俺自身なんとなく全力を出せて気分良くて水を飲んでいると突如ナンバー37の人が腹を押さえて床に伏せたのだ。顔に脂汗を滲ませながら振り絞るような声で「は、腹イタリア…じゃなくて腹が痛い」と唸ってトイレへと這いずって行った。その後大会スタッフがトイレへ事情を聞きに行ったところ腹の調子が悪くて死にそうなので決勝トーナメント進出を辞退すると言われたそうだ。まさかの事態。あ、今のは辞退と事態をかけたとかそーゆーことではない。とにかくトーナメント進出者が欠場したので第三位の奴が繰り上がる形となってその第三位の奴が……俺だったわけで。なんという幸運、意外な形で俺の決勝トーナメント進出が決定したのだ。ミラクル過ぎるだろこの展開、諦めずに戦って良かったー。左右を見れば威風堂々と並ぶ各ブロックを勝ち上がった人間達、中にはモリオのコスプレをした中年の男性もいる。余程モリオが好きなのだろうか、同じモリオ使いとして負けるわけにはいかない。つーか男ばかりだなここ、やっぱりテレビゲームは男子が好む傾向にあるみたい。なんて男臭い会場なのだろう、ごく僅かな女性参加者と受付のお姉さんがいなかったら色々と終わっているぞこの大会。……ん? そういえば、ステージの上に姫子の姿がない。あれ……嘘だろ、まさか……
「さあ続いては他のブロックより一人多くて予選の厳しかったHブロックを勝ち上がった二人を紹介するぜ。まずは一人目、今大会注目度ナンバー1だ! 予選では残機を一つも減らすことなく六人全員を完封で倒した圧倒的実力、そして何より可憐な姿は対戦前から相手の心を攻撃している! ブービィ使いの高校生、漁火さんだぁ!」
大声で喋る司会の恥ずかしい紹介と共にステージへと上がる一人の女性、その瞬間会場の男共が吠えまくる。まるでアイドルを見た時の一般人の反応のよう、行ったことないがライブコンサートで盛り上がるアイドルオタクのような狂気にも似た声がいたるところから聞こえる。「可愛い!」だの「小さくて可愛い!」とか「とにかく可愛い!」……うへぇ、ステージの上から見ていると気持ち悪くて仕方ない。スタスタと顔を俯かせて歩くその女性とは、姫子だった。変な紹介と異様に盛り上がる会場の空気に戸惑っているようで顔が少しだけ赤い。紹介される順番的にHブロックの一位はGブロック二位の人と隣になるので……俺の横に姫子が並ぶ形となる。ずっと見ているとこちらの視線に気づいた姫子は少し小走りになって俺の横へピッタリとくっついてきた。あれ、今一瞬だけ笑顔になったような? 知り合いに会えて嬉しかったのだろう、ただでさえ姫子は男子が苦手だからこの空気は辛かったんだよね。
「照久……」
「ちょ、あんまりくっつかないで。ていうか腕組まないでぇ」
そんなに怖かったの? 姫子は俺の腕を掴んで離そうとしない。いつぞやのナンパ野郎に絡まれた時と同じだ。その小さな体のどこにそれだけのパワーが宿っているのかと疑いたくなる力で離そうとしない姫子。ちょっとだけ痛い、でもなんか頼られている気がして痛みより嬉しさが身に染みるのは内緒の話です。……だけど、ちょっと今は勘弁してくれないですか? なんか……皆見てるから。会場の男性全員から睨まれている気がするのですが……うん、やっぱり睨まれてる。特に同じステージにいる奴ら、こいつ絶対ぶっ飛ばすといった目で見てくるよぉ。
「よっ、ベストカップル!」
会場のどこからか聞こえてくる清水の扇動力抜群の声に苛立ちながら早く決勝トーナメントを始めてくださいと神に祈るばかりだった。




