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第2話 おっさんエルフの協力者

「失礼します。一年四組、木宮照久(きみや てりひさ)です。チョークの替えをもらいに来ました」


季節は秋、校庭に次々と落ちる紅葉の儚げな舞いが秋空に寂しさと寒さを添える。冬の到来を感じさせる冷風が窓ガラスに吹きつけるが職員室の中は適度に暖かく、外の寒々とした景色とコントラストになって全身が変に強張る。

やはりまだこの暖房という室内温度調整の凄さには慣れない。学生服に身を包んで勉学に励むことには大分慣れてきたが。


森を出て……否、森を追い出されて一ヶ月、人間の住む世界での生活にもようやく順応出来るようになってきた。

人間の住む街に到着した一ヶ月前、無数の巨大物質が高速で走る中を平然とした顔で歩く人間の姿やおどろおどろしく奇妙に光る建物、騒音、あらゆる衝撃が五感全てに襲いかかって死にそうになったのを思い出す。人間界に到着して一日目で普通に泣いた、怖くて声を上げて泣いたわ。

それが今では普通に人間達と同じように生活している。年相応に高校へと通って勉学に励み、きちんとルールや法律に従って人間のフリして生活しているのだ。

この適応力はすごいなと自画自賛している。どうだ、エルフだってやれば出来るんだよ。


「委員長、チョーク取ってきたよ」


「……うん、ありがと。……」


職員室でチョークという文明の利器を受け取り、四組へと帰還。

昼休みとあって教室の中は賑わっており、机をくっつけてお弁当箱を広げて楽しげに雑談しながら昼食を食べている。女子は女子同士で話し、男子は男子で群がってゲラゲラと下品に笑いながら惣菜パンという究極の食物を貪っている。これがこのクラス、いや恐らく全国の高校の一般的な昼休み風景なのだろう。

委員長にチョークを渡して自分の席へと向かう。

ぐおっ……クラスメイトの女子が俺の席を使っているだと? 

なんてことだ、これが『昼休みあるある・自分の席がない』か……なるほど、かなりの強敵のようだ。

しかし俺だって自分の席で惣菜パン食べたい、午前中からずっと楽しみにしていたコロッケパンを飲み込みたいんだ。ここは退いてもらうよう頼むしかあるまい。


「ぁっと……ごめん、そこ俺の席なんだけど」


「え? あ、そっか。ごめんね」


女子生徒が一瞬驚いた顔をした後、すぐに退いてくれた。

うおおおおぉ、この子も良い子だあ。このクラスの人間は優しい人ばかりだ。

一ヶ月前に転校してきた時も皆が普通に受け入れてくれた。こうやって普通に話せる。エルフの森では爺さんしか話し相手がいなかったからなぁ、最初は皆と上手く話せるか緊張したものだ。

転校前日は一晩中自己紹介の練習をしたぐらいだぜ。

そのおかげか、多少なりと会話出来る。皆良い人ばっかり、特に女子は愛想良くていつもドキッとしちゃう。


「木宮君と話しちゃったぁ」


「えー、いいなー!」


……なんか隣の方で俺の名前が聞こえたんだけど。

ま、まさか悪口か。陰口というやつを叩かれたのか? 

何あいつの態度、超ムカつくんですけど~とか言われたのだろうか……ヤバイ、気になってコロッケパンが飲み込めない。助けて爺さん……俺やっぱ人間界怖いよ。






何も知らず何も分からずに人間の住む土地へとやって来て一ヶ月、ようやく人間の世界でのルールや法を把握し、一般的な生活方法を獲得することが出来た。

ここへ赴いた目的はゲーム機。

一族の長である祖父の願いを叶えるべく人間の世界で流通しているゲーム機とやらを入手する為に森を出てきたわけだが、パッと来てパパッと手に入れられるほど簡単なことではなかった。

まずゲーム機を手に入れる為にゲーム機とは何かを学ぶ必要がある。

今思えば俺はゲームが何なのかさえ知らずに旅立ったんだよな、無計画無茶無謀無理なことこの上ない。

そこでまずゲーム機について詳しく調べる為に人間の世界で滞在することに。すると滞在する為には色々と準備する物、必要な物、食料に水、住居……何かと手間がかかる。

ただでさえ未知のフィールドに四苦八苦して泣きかけている俺が一人でどうにか出来る問題じゃなかった。

持ち物は爺さんが森で収拾してきたコレクション、もとい人間の捨てたゴミ。爺さん曰く「人間界の物だから絶対に役に立つ」だそうだが、よくよく冷静に考えると人間の世界で人間がいらない物を捨てたわけなので使えるわけがない。

他のエルフが住む森へ使者として旅立つ時に使うよう代々受け継いできたエルフの聖なる鞄の中にはコーラと書かれた円柱の物質や厚くて頑丈な茶色の紙、半透明の袋を詰め込んである。とてもじゃないが役に立つとは思えなかった、人間の住む街に来たら普通に道端に落ちている物ばかりだったし。

先祖から受け継ぐ家宝にゴミを詰めこんだ挙句エルフの誇りも忘れて人間の住む世界で一人ぼっち、青色の服を着た男性が詰め寄って来た時は頭が真っ白になりかけた。

そんな俺を救った人がいる。それは、


「ただいまー」


「よー、帰ってきたかねテリー君」


家の鍵は開いており、部屋の中でカップラーメンを食べているのは一人の男性。

やせこけた頬、妙に高い鼻にずり下がって乗っている汚れた眼鏡とだらしなく垂れる口元、長短バラバラの髭が刺々しく生えている。何よりも目につくのは鳥の巣かと見間違うほどのボサボサで固そうなくせ毛、手を突っ込めば虫やゴミがくっついてきそうなくらい盛り上がった不衛生な茶色の髪。

この人こそ精神崩壊寸前の俺を救ってくれた一人。

名前を木宮もこみち(きみやもこみち)、本名はネイフォン・ウッドエルフ。

人間界に移住したエルフ族の一人だ。

出会った時の詳細を語りたいが、まず最初に叫びたいことがある。


「それ俺のカップラーメンじゃないすか! 何勝手に食ってやがる!」


「落ち着きたまえ。お前の物は俺の物、ジャイアニズムという日本の文化だ。また一つ賢くなったなテリー少年よ」


「スモールライトで撲殺してやろうかこのクソ大人が」


人間の創造し、究極して至高の発明、カップラーメンが食べられているではないか。夕食を食われたらエルフだってキレるさ。もし他の奴だったら弓矢で射殺すところだがこの人相手にそれは出来ない。

ネイフォン・ウッドエルフ、この街に住むエルフ族の男性で人間界についてよく知る人物。

一ヶ月前、警官に捕まりかけて失神寸前の俺を助けてくれたのだ。

それからは人間界での基本的な生活サイクル、どのようにして食料を調達するのか、生きていく為にするべきこと守るべきこと、とにかく人間界でのチュートリアルを受けた。

おかげ様でこうして高校に通って堂々と普通に生活することが出来るようになったのだ。

この人がいなかったら今頃は自然公園の茂みで虫を食らって生きるような駄目エルフになっていただろう。

だからこの人には逆らえない、そして感謝している。


「そういえばネイフォンさん、もこみちって名前は一般的じゃないらしいですよ。学校で皆が言ってました」


「あぁオリーブオイルの人? 響き良いから名前にしちゃったけど浮いてしまってね。今さら名前は変えられないし」


どんな手段を使ったのかは知らないがネイフォンさんは人間界での戸籍と住民票を手に入れており、ついでに俺の戸籍も偽装してくれて高校へ入学する手続きもしてくれた。

この世界では書類を使った面倒なやり取りを頻繁に行うらしく、その辺のことはネイフォンさんが全て処理してくれて……ホント感謝しきれないくらい助けられています。

なぜここまで俺の為にしてくれるのか、理由として一つは同じエルフ族だから。知らない土地で同族を見つけたら良くして当然だろ、とネイフォンさんはビールを飲みながらドヤ顔で言った。そして二つ目にネイフォンさんは爺さんと知り合いだったのだ。


「どうだねここでの生活は。少しは慣れたかい?」


「おかげ様で快適良く暮らしています。本当にあざす」


「いいっていいって、君のお爺さんには昔世話になったからこれくらいさせておくれよ。にしても、ゲームねぇ……あの爺さんボケ始まった?」


「そりゃもう大分前から」


痴呆が始まった爺さんだが、ちゃんとやることはやっていた。

どうやったのかは知らないが人間界在住のネイフォンさんと連絡を取り俺が来ることを知らせていたのだ。

意外と機敏な手腕見せやがってあのジジイ、その勢いでゲーム機も買えってんだ。

……そして人間界での生活に慣れた俺の前に新たな問題が立ちはだかった。

カップラーメンにお湯を入れてワクワクと待つ三分間、コンビニという異常な店舗数を誇るお店で買った薄く切り揚げた芋のお菓子を食べつつこれからの絶望的な状況を見つめることにしよう。……三分まっだかな~♪


「いいかねテリー君、この前言ったようにエルフの森でゲーム機を起動させるのはほぼ無理だ」


「ゲームをするには電力が必要。それは持ちかえることが難しいからでしょ」


「携帯ゲーム機なら大量に電池を購入すればなんとかやるだろう。しかしテレビゲームにはテレビが必要だ。あれは大量の電気を常に消費する代物さ。この世界でなら簡単に使えるが森の中じゃあ不可能に近い」


ラーメン美味っ! 

そう、ゲームには電気が必要となる。

調べるも何もクラスメイトやネイフォンから聞いた情報によるとテレビゲームは予想以上にすごい物だった。

あぁ麺が美味い。

原理なんて全く分からないし理解も出来ない科学と工学という人間の文明が生んだ機械。テレビというこれまた文明の利器なのだが、テレビに接続して遊べるのがテレビゲーム。そして小さなテレビで遊べるのが携帯ゲームだそうな。

携帯ゲームには電池があれば動くそうなので大量に買いこんで持って帰ればジジイの残り寿命分まで遊べるだろう。電池と爺さんの寿命どっちが先に切れるか比べてみたいものだ。

しかし爺さんの雑誌に載っていたのはテレビゲームの方、これをプレイするにはテレビが必要となる。

あぁん味噌味のスープ。

そしてテレビを使うには電力の供給が必要不可欠で、電気ってのは一般人が簡単に持って帰ることなんて出来ない物らしい。

触ると死ぬらしい。毒なのか?


「お爺さんが欲しているのはテレビゲーム、つまりテレビがいる。ただテレビがあればいいわけではない、それを正常に扱える環境が整わなければ意味を成さない。残念だが私でも解決出来るレベルの問題じゃない」


「絶対に無理なんですか?」


「うーん、そうだね……君が電気を扱う知識と経験を得て実際に機材が揃えば出来るかもしれない。けどそれは数年以上かかるし手間も尋常じゃないよ。それにまずは高校を卒業し、一人で生きていけるだけの金を稼ぐ仕事も見つけなければならない」


「無理ゲーってやつですね」


「だな無理ゲーだ」


あっはははは、と二人で笑った後に残りのスープを飲み干す。

サラッと俺のポテトチップスにも手を出していたネイフォンさんは怠そうに腰を上げると大きく伸びをして頭を左右に振る。

首の骨が鳴る音に合いの手を入れるようにボサボサの髪がボッサボッサと音を立てて揺れる。なんか気持ち悪い。


「んじゃ私はこれから夜勤なので帰るとしよう。また何かあったら呼びたまえ」


「別に今日は呼んでないですけどね」


「細かいことを言うな、エルフ同士仲良くやっていこうよ」


ヘラヘラと笑ってもこみちさんは部屋から出ていった。

残されたのは俺と二つのカップラーメンの容器。

とりあえず捨てようとゴミ箱を開ければ既に一つ入っていた。

あの野郎ぉさっき食べていたのは二つ目なのかよ。

本日二回目の殺意を押し込んで容器もゴミ箱に押し込む。

ポテトチップスを食い終わり爺さんが宝物扱いしていたコンビニの袋とまとめてこれまたポイッと捨てる。

……さて、これからどうしたらいいのだろうか。

ネイフォンさんと話した通り、テレビゲームを森の中で使用するのは極めて難しい。入手に関しては割と簡単そうだ。最悪金借りて買ってそのまま森へエスケープしたらいいのだから。けれど持ち帰ったところで起動しなければ爺さんは絶対に納得しない。

動かす為には電気が必要……電気って何だ? 

例えば天井の照明も電気で動いているらしい、それにお湯を沸かすポッドも電気で使える。

なんかコンセント差せばいいらしいけど生身で触ったら絶対に駄目って……分からん、調べたいけど触ると死ぬから無理だし。

こうなってくると今の俺に出来ることは何もないような気がする。

エルフの森でテレビゲームをする夢を叶えるには時間がかかり過ぎる、爺さん死んでしまう。

うーん、どうしたら……






まあ、そのうちなんとかなるか。

そう思い、俺はカップラーメンにお湯を注いだ。まずは三分後の幸せを味わおう。


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