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第28話 幕開ける予選大会

「テリー、どうかした?」


「……おえ、ここ人間多くないか?」


「そりゃまあ大きな都市だからね」


「吐きそうだ……」


朝、電車に乗って着いた場所は人間がうじゃうじゃと群がる巨大な都市だった。今日は土曜日、スマビク全国大会に出場するべく俺を含めた四戦士は県で一番大きな都市へとやって来たのだ。ネトスマプレイヤーの姫子、自称小学校一強い小金、なんとなくついて来た清水、以上の面子となる。まともに勝てそうなのが姫子しかいないがそんなの関係ない。せっかくこうして大きな大会が開かれるのだから勝ち負け関係なく出てみたいし、何かの間違いで奇跡が起きるかもしれない。そう思って電車に乗ってきた次第だ。移動費だけで相当かかってしまった。おまけに気分も悪くなるし。なんとか耐えて駅に降りたら今度は人間の多さで吐き気がした。日本界は四十七の都道府県に分けられており、それぞれ県庁所在地なるものがある。簡単に言えばその県内で一番繁栄している場所だ、必然的に人間も大勢集まりやすい。高くそびえ立つ無数のビル、隙間なく歩く人間の群れと道路を絶え間なく走る車、それに応じた量の声と雑音が空を覆い尽くしている。吐ける、今ここで吐ける自信がある。初めて日本界へ来た時の比じゃないぞこれ、なんだこの人間の多さは。ど、どこかに茂みはないのか? 茂み、緑の葉がどこにもない!


「おえええ……」


「はぁ、テリーはちょっと休んでいなさい。大会開催まで時間あるから」


駅の外出た瞬間にギブアップを提示したら清水が助けてくれた。あ、ありがと。近くの喫茶店へと入り、椅子に座らせてくれた。……嫌だぁ、ここも人間多いじゃん。外の景色を見ようとしたら人間だらけで絶景ですね~、吐いていいですか? なんだよここ、もう帰りたい……。


「照久、大丈夫?」


「なんとか。姫子こそ大丈夫?」


「私は平気」


今日も私服が可愛い姫子さん。ちゃんとお薬持ってきてるよね? 俺はただの乗り物酔いと人間酔いだが姫子は元から体が弱い。あまり人間が多い場所や体に障る所にいるのは良くないだろう。頼み込んだ甲斐あって姫子もスマビクの大会に参加してくれることになった。もし優勝したら是非譲ってもらおう、その為にも今日は頑張ってください。その為にも俺も自分の出来ることをする所存だ。姫子の容態が悪くなったらすぐにお薬を準備する、鞄に自分用の水と姫子用の水を携帯しているという完璧な備え。いつでも咳コホコホしてもいいですよー、と言いたいけど今はちょっと待って。まだ気分が悪いから。あー、気持ち悪い。


「なんだよ木宮、乗り物酔いなんてしている場合か。周りを見てみろ、大きな都市なだけあって街歩く女子のレベルが高いよ」


なるほどね、ここの喫茶店の壁がガラスなのは外を歩く女子を観察する小金のような存在の為なのか。ゲスな笑みを浮かべて外を眺めている小金に注意を払う程の気力もない。はぁ、印天堂65手に入れる為にここまでしなくちゃいけないのかよ。爺さんもとんでもない物要求しやがって。早く森に帰って全力で殴ってやりたい。


「そんなんで勝てるの? ただの予選とはいえ」


頼んだパフェを美味しそうに食べる清水が呆れたように呟いている。あ、そのパフェ美味しそうだな。上に乗っている苺だけでも欲しい。……清水の言う通りだな。今日は印天堂65版スマッシュビクトリーズの全国大会、の予選大会が開催される。さすがに優勝賞品が十数万の価値がある限定モデルの印天堂65本体とあって参加者は増え、久しぶりの大会で大勢の人間が参加することが予想されていたようで各地方で予選が行われるのだ。予選大会で勝ち進んだ少数のみが全国大会と位置づけられた本選へと進める、つまり今日の予選を勝ち抜かないと優勝なんてありえないってことだ。上等だぁ、勝ってやるよ。何の為に高額な移動費を出したと思ってやがる、その金で唐揚げとフライドチキンを何個買えると思ってやがるクソが。絶対に勝つ、そして本選へと進んでやる。決意に満ちた顔の自分がガラスに映っているぜっ。


「ミックスピザをご注文のお客様~。ミックスピザでございます」


「あ、こっちです」


「おい何を心満ちた顔でガッツリ食べようとしているんだよ馬鹿テリー」











茶店で休憩して気力を回復、人混みを極力避けて予選大会が開かれる会場へと向かう。大量の車が吐き出す排気ガスに避けて人混みを避けて小金の案内で一つのとある大きな建物の中へと入り、一階の受付で小金が色々となんか伝えているのをぼんやり聞きながら受付のお姉さんから番号の書かれたバッチを受け取る。そのままお姉さんに案内されて歩いていき大きな扉の前、『スマッシュビクトリーズ予選大会会場』と書かれた看板へと辿り着いた。


「ここがスマビク予選大会か……僕、緊張してきたよ!」


「いいから早く入れよ」


看板見ただけで感無量な顔しているんじゃねぇよ入ってからにしろ。小金を押し退けて扉を開けば、そこには数多くのモニターと印天堂65が置いてあった。なっ、なんて数の印天堂65だ! 一つ盗んでもバレないのでは?


「さあ遂にこの日がやって来ました! 今こそ集え歴戦の戦士達よ、今こそ再び立ち上がる時だ! ただ今より印天堂65版大乱闘スマッシュビクトリーズ全国大会、予選の部を開催します。皆の衆、準備はいいかい!?」


「「うおーっ!」」


あ、ヤバイ。帰りたい。印天堂65の数に目が眩んで状況をよく見てなかったが、この会場すげー数の人間がいるじゃないか。目算でおよそ五十人、そいつら全員が会場内一番奥のステージに立つファックスのコスプレをした男性のかけ声に反応して全員で雄叫びを上げている。これはもう帰るしかないでしょー、鬱陶しくて眉間にシワが寄ってくるレベルだ。なんだここ、来る場所間違えたのかな?


「うおおおっ、燃えてきたよ僕!」


「なんでお前までテンション上がっているんだよ」


会場の勢いに毒された小金は普段以上に大きな声で叫んでいる。ウザイ、耳元で叫ぶな馬鹿。人間の十代によく見られる適応能力の高さと流されやすい性格が顕著に表れている。若さ故のノリの良さだ、長所であり短所でもある。まあ俺もそんな十代なんですけどね、ティーンズですよ! ……うわぁ、なんか俺も会場の空気に呑まれているなぁ。


「それでは開会の挨拶としてスマビク製作に携わったスタッフの挨拶を……」


熱気もさることながら厳粛なピリピリとした緊張感も微かに漂っている。今からこいつら五十人の中で熾烈な戦いが繰り広げられるのか……自然と震えてくる指先。酔いに似た、腹の底から込み上げてくる高揚感。あれ、なんか俺、緊張しながら楽しんでいる? これまでの特訓の成果、それを見せたいと思う自分がいる。確かにプレイ日数は極端に少ない、一ヶ月にも満たない。ここにいる奴らは全員65が発売された十数年前から慣れ親しんでやってきたゲームだろう、思い入れもプレイ時間も俺とは比にならない。だからといって負ける気がしないのも事実、なぜだろう。今日、ここで、何かが起きる気がする。


「それでは早速今から予選を行います。番号1~6の人は……」


「照久……頑張ろうね」


「ああ、姫子も勝ち進めよ」


さあ、大会の始まりだ!


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