第27話 詰め寄る熱意にアイアンクロー
「なら委員長と勝負だ!」
俺に負けた小金が次に言った言葉はなんとも情けないものだった。モリオに負けて言い訳の一つでもするのかと思ったらすぐに狙いを姫子へと変えてきた。それほど勝ちたいのだろう、なんて見苦しい。そして対人戦で初めて勝利を手にした俺は密かに震えていました。か、快感だ……!
「……」
「姫子ちゃん、戦ってあげてもらえる?」
「うん……分かった」
清水に言われてようやく了承する姫子、なんか小金のこと嫌がってる? 姫子にコントローラーを渡して俺は後ろへと下がる、小さくガッツポーズをしながら。通じる、俺の力は人間相手に通じるんだ。これまでコンピューターと幾度となく戦ってきた。強くなっている自負はあったが姫子相手だと手も足も出せずに完敗続き、どうしても自信がつかずにいたが小金に勝てたことで精神的に大きく前進出来た気がするよ。
「テリー意外と強いじゃん」
「当たり前だ、あんな奴楽勝だよ」
「うるさいっ、さっきのは練習だ。ここから僕の本気を見せてやる」
清水と話そうとしたら小金が悔しげに噛みついてきた。自称小学校一強い奴なんだろお前、全然弱かったぞ。それにさ、小金は何か勘違いをしていると思うぞ。俺に勝てなかったからって姫子に戦いを挑んだけど、それは姫子には勝てると踏んでのことだろ? 何勝手にお前の中で姫子は弱いと決めつけているんだ、尋常じゃない間違いだよそれ。だって姫子は、
「つ、強い……!?」
「……」
俺の数百倍は強いのだから。ポポポランドの残機3のアイテムなしタイマン勝負、勝者は言うまでもなく姫子。残機を一つも減らないどころかダメージ値0というパーフェクト勝利、小金ファザコンを簡単にあしらったのだ。しかも姫子の使ったキャラはキャプテン・ファザコン、小金と同じキャラを使って圧倒的勝利を収めたのだ。これでは言い訳のしようがない、言葉も出ない完敗っぷり。大技を繰り出すだけの小金とは違い、姫子は着実にコンボを決めていって小金ファザコンを空中へと打ち上げていく身動きの取れない小金を足蹴りで上げていって最後は空中掴み技で吹き飛ばす。見事なまでの完璧な一連の動き、芸術性すら感じる綺麗なコンボだ。さすが姫子、強過ぎる。やっぱり姫子が強過ぎるんだよ。良かった、俺にゲームの才能がないだけかと思って不安になった時もあったからさ。
「どうだ、満足したか?」
「……うん」
コントローラーを持つ気力もない小金は力なく頷くのみ。最初の威勢の良さはどこへいったのやら、なんと惨めな姿だろう。姫子の力量を侮るなかれ、この子を倒すにはこちらが残機99で相手残機1くらいのハンデがないと無理な話だ。いや、それでも倒せないかも。……うん、やっぱ全国大会で勝つ方が印天堂65入手は楽なのかもしれない。
「委員長が強いのは分かっていたけど、ここまでとは……」
「なんで姫子ちゃんが強いって分かるの?」
「パソコンを見てみなよ、答えがあるよ」
小金の指差す方向を見れば、机の上にパソコンが置いてあった。それと65のコントローラーもある。……ん?
「委員長、ネトスマをやっているみたいだね」
「ネトスマ?」
「ネット上でスマビクをプレイすることだよ。パソコンを通じて日本全国の人達と対戦出来るのさ。スマビクを極めた者が辿り着く場所、強者の終点。そこに集いし実力者達は一般の奴らとは次元の違う強さを誇るらしい。ネトスマは極めた者同士でしのぎを削る異次元の戦場なのさ。パソコンでスマビクをするにはエミュレータとROMの……」
ああ、細かいことは気にしないので無視するわ。要するにパソコンを使ってネット上でもスマビクが出来るってことか。それなら印天堂65いらないのでは!? と一瞬期待したが、ネット上ということは回線を繋ぐ必要がある。発電機だけでどうこう出来ることじゃない、大人しく印天堂65本体を買った方が楽に済むだろう。なるほどね、姫子の強さはネットで鍛えているからなのか。……ん、待てよ?
「なあ小金、そのネトスマってのは全国の強いプレイヤーがやっているんだろ?」
「そうさ、たぶん僕らとは比べ物にならない、委員長レベルの使い手がゴロゴロといるね」
「土曜に開催されるスマビク大会、それに参加するのってそういったネトスマの奴らじゃないのか?」
「……」
「俺ら、勝てるの?」
「……」
姫子みたいに無口になった小金は黙ったまま65のコントローラーを握りしめた。おい待て、こっち見ろおい! なんだよ、絶対勝てないってか? そりゃそうだよな、姫子ぐらい強い奴らが集まってくる大会で俺と小金が勝てるわけがない。無謀だろ、姫子に勝つのと同じような無理難題を突きつけられているんだからな。……はぁ、限定モデルは儚い夢だったな。数日足らず特訓した程度で勝てる程甘くはない。優勝なんて夢のまた夢、不可能だ。そんな夢夢物語に俺は挑もうとしていたのか。無理だって、姫子だったら優勝出来るかも……んんっ? 待てよ!?
「姫子なら勝てる」
「私?」
そうだ、そうだよ、俺らには姫子がいるじゃないか。姫子はネトスマをやっている、文句なしの実力者だ。そんな姫子だったら猛者が集まる全国大会でも勝てるのでは……そして優勝賞品の印天堂65を譲ってもらったら……!?
「姫子っ、お願いがある!」
「て、照久近い」
なんだ簡単なことじゃないか。姫子に出てもらって優勝してもらったら全て解決することじゃん! となれば俺のすることは一つのみ、頼み込むことだけ。再挑戦してきた小金を一蹴した姫子に詰め寄って手を握り懇願する。ありったけの誠意と熱意を見せるかのように握りしめる手の力も強まって思わず吐息が重なる程近づいてしまう。けどそんなのどうでもいい、俺の熱意を見て! あなたに頼るしかないんだ。別に限定モデル版の印天堂65には興味ない、そっちは姫子がもらっていいから代わりに今使っているやつを俺に譲るでもいい。とにかく65を俺にくれぇ!
「姫子しかいないんだ、俺にくれないか?」
「っ、うぅ……照久ぁ」
顔を真っ赤にする姫子。おお、もう少し押せば頷いてくれそうだ。もっと誠意と熱意を伝えなくては、もっと詰め寄れ俺。潤む大きな瞳をじっと見つめて思いをぶつける。さらに頬を赤らめる姫子、ぐっと体を引き寄せて……
「死ねテリー! 姫子ちゃんから離れなさい!」
「痛っ!?」
謎の手が襲来、頭部を掴んでものすごい力で後ろへと倒された。ドンビキーを彷彿とさせる握力の強さ、そして床へと叩きつけられて頭蓋骨に深刻なダメージがぁ! 頭割れる頭割れる! な、何が起きて……清水?
「餅吉に感化されたのか知らないけどいきなり襲うなんて最低だよテリー、変態」
「なんかサラッと僕も変態扱いされている感が否めないけど話が進まないからスルーするね、僕ってば偉い!」
黙ってろ変態。そして俺は変態じゃない。なんで邪魔するんだよ、ただ必死にお願いしていただけだろうが。痛たた……あー、まだ頭痛い。なんて威力のアイアンクローを放ちやがる清水。キャプテン・ファザコン並の攻撃力じゃないかおい。姫子も清水の後ろへ逃げ込んでこっち見てくれないし……あれ、俺嫌われた?
「姫子ちゃん大丈夫?」
「……う、うん。大丈夫……」
「死ねテリー!」
ごにょごにょと女子だけで何やら話している二人、終わったかと思えば清水の口から飛び出す罵声。え、俺悪いことしたの? で、でも姫子が逃げちゃったし、詰め寄り過ぎたのか……すみません。それだけ印天堂65に対する熱意が強いってことで許してもらえませんか?
「次やったら許さないから。死ねテリー」
「それで三回目だな! 何回言うんだよ」
「その調子だよ木宮!」
「お前は黙ってろ!」




