表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/150

第24話 エルフ、ボウリングを楽しむ

「これ取れたらターキーだぞ、頑張れ」


「おお任せろ」


「それに比べてお前またガーターかよ。下手くそだな~」


「うるさい、このGは頑張るのGなんだよっ」


クラスメイト達がボウリングで盛り上がっている。そんな中、端の方に設置されているアイスの自動販売機が気になってしょうがないテリー・ウッドエルフでございます。期末考査最終日、無事に終わって学校も午前中で終了。なのでクラスの皆で打ち上げに行こうと誘われてこうして来た次第です。学生服のままだとさすがにマズイので皆一度帰って(男子の中には事前に私服を持ってきていた奴もいた)私服に着替えてきた。結構な人数が集まっており、皆でワイワイ楽しくボールを転がしてピンを倒している。こうして多人数で何かをするのは初めてのことで緊張気味になっていたりする。ボールの投げ方や指の入れ方は恐らく常識なので聞けるわけもなく皆がやっているのをこっそりのぞいて真似てみるしかなかった。


「次、木宮君の番だよ」


「木宮君頑張ってっ」


そして予想以上に楽しいボウリング。ここまで二回挑戦して今のところ全部倒している。謎の機械から放出されるボールを手に取り、レーンの前に立つ。綺麗な三角形に並んだ十本の白いピン、クラスメイト曰くレーン手前の黒い目印を見て転がすと上手く倒れるらしい。息を吐き、目を閉じ、精神を落ち着かせた後、ゆっくりと目を開く。鮮明に映し出される視界と小さな酔いを振り切って慎重にボールを投じる。真っ直ぐブレることなく転がるボールはピンにぶつかり、連鎖していき全てのピンが倒れる。


「木宮君ストライクだよすごい!」


「キャー、カッコイイっ」


なんかよく知らないけど俺が倒すと女子が異様に盛り上がる。なぜだ? なんか馬鹿にされてる!? だって隣のレーンで小金がピン倒してもパラパラとまとまりのない拍手が起きる程度だというのに。き、気にしたら負けだ。これでスコアは48じゃないか、他の皆のスコアと比べるとなかなか良い成績じゃなかろうか。未だに得点の計算方法が理解出来ていないけどとにかくピンを多く倒せばいいんでしょ?


「ちょっとアイス買ってくるから順番来たら代わりに投げていていいよ」


「おう分かった」


ボウリングも楽しいがどうしてもアイス自販機に目が行ってしまう。これはもう買うしかない、なぜか異常なまでに買いたい衝動が抑えきれないんだって。珍しい物を買いたい心理とはこれのことを指すのか。クラスメイトの男子に断りを入れて自販機コーナーへと向かう。するとタイミングを見計らったように小金が後を追ってきたのを視界の端で捉えた。


「待ってよぉ木宮、一緒に買いに行こうよ」


「はいはい」


小金と一緒に行くことに。下手にボケを放り込まないよう気をつけなくては。


「ボウリングって面白いのな」


「木宮はボウリング初めてなの?」


「え、いや……あー……う、うん?」


「あははっ、なんで疑問形なのさ。中学の頃は行かなかったんだ、親が厳しかったとか?」


「ま、まあそんなところ」


良かった、ボウリング行ったことないのが弾圧されなくて。皆が当たり前のようにやっているからボウリングは人間界においては呼吸レベルと同じように常識なことだと思ってつい言葉を噤みかけたがそうでもないみたい。下手な嘘ついてバレるのも馬鹿らしいからな、とはいえ素直に喋るのも注意しよう。こんな時に清水がいてくれたら助かるのだけど今回はクラスの皆で来ている、清水だって今頃クラスの皆とどこか違うところで打ち上げをしているのだろう。別のボウリング場行ってファミレス行って。


「それにしても今回は参加者多いんじゃないかな~」


「そうなのか?」


「僕もクラスの打ち上げに参加したのは前回の学園祭の時だけど、その時より人数増えている気がするよ。何より驚きなのは委員長が来ていることさ」


そう言って小金は炭酸ジュースを買って後ろを振り返る。小金の視線の先、さっきまでいたレーンの近く、三十人近いクラスメイトがワイワイと賑わっている中に大人しく座っている姫子がいる。あの私服、この前ショッピングモールに行った時と同じやつかな? なんにせよ可愛いです。


「まさか委員長が来ているなんてビックリだよ。ボウリング上手いのかな?」


「今スコアは27だな」


「え、木宮見えるの!?」


は? いや普通に見えるだろ、ここからでも。ちょっと二十メートル程離れているだけじゃん、モニターの文字くらいなら余裕で見えるだろ。ましてやお前は視力増強装置をかけているのだから俺より見えないのはどうかと思うぞ。その眼鏡は飾りかよ。


「というか姫子が来るのって珍しいの?」


「そりゃそうだよ。学園祭の打ち上げには来なかったし、テスト終わりに皆が誘っても断ってばかりだったよ。……ま、僕なんて最初の頃は呼ばれてもなかったけどね……」


小金が自嘲モードに入ったのでアイスを頬張りながら数十メートル先に貼られている『投げ方のコツ』でも眺めておくか。確かに姫子は来ないかもね。テメーらみたいな低能共と戯れている時間なんてないんだよクズがっ、とか高飛車キャラなわけじゃなくて、姫子は病弱な体質だからこういった遊びには参加しにくいのだと思う。ショッピングモールに行った時も急に咳き込んで体調が悪くなったし、いつ容態が悪化するか分からないから無理は出来ないのだろう。けど母親が最近は体調も良くなって早退や欠席も減ってきたと言っていた。それもあって今回は参加してみたのかな。そういえば姫子とはスマビク以来一度も話してなかった。後で声かけてみるか。


「何人かが誘った時は断っていたみたいだけど後から急に行きたいって自分から言ったらしいよ。確か、丁度木宮が打ち上げ行くって言った時に……あ痛ててて、思い出したら鼻が痛みだした……」


「俺先に戻ってるから」


「ひ、ひどい! 心も痛くなってきた!」


小金のウザツッコミが始まったがそれと同時に逃げ出したので問題ない。ひんやりとしたアイスで舌を冷やしながらストロベリーのちょっと濃厚な味を堪能、アイスって美味しいなぁ。夏の暑い時期に食べるとさらに美味しく感じること間違いなしでしょこれ。今の時期でも十分に美味しいですけどね! 初めてのボウリングとアイスのおかげでテンションが高くなりつつある。冷えた舌先と燃える全身の温度差がなんとなく心地好い、今ならストライクが取れそうだ。今から急げば四投目に間に合うかもしれないし、小金から逃げたいので急いで戻ることにする。待って!と後ろから声が聞こえるが無視だ。











「じゃー今からファミレス行きまーす。行く人はこっちだよー」


ボウリング楽しかったなー、また行きたい。あの後も好調を維持してスコアは220越え、クラスメイトの皆が言うにはすごいとのこと。なんか照れちゃうな、とか内心ウキウキ気分で二ゲーム目も楽しく遊んだ。ちなみに小金は90、恨めしげに俺の方を見つめていたが無視した。下手に刺激すると厄介になるので。クラスメイトとの親睦を深めながらボウリングをエンジョイして場内のゲームコーナーで多少遊んだ後、いよいよファミレスへと向かうことに。正直こっちの方が楽しみだった自分がいます。だってファミレスだよファミレス、注文したら料理が運ばれてくるなんて素敵なお店じゃないですか。おまけに種類が豊富だ、選んでいるだけで三時間は浪費出来る自信があるね。ボウリング場の近くにあるらしいので皆で歩いて移動中。


「ねえ木宮、二次会参加する?」


「当たり前だろ馬鹿、何しに今日ここに来たんだよ馬鹿」


「ワオ! イッツァ辛辣!」


意味不明な勢いだけのツッコミを入れてくる小金。大分疲れているみたい。確かによくよく考えると今日までテストだったんだよな、期末考査終わった解放感でテンション維持していたけど帰ったら一気に疲れが押し寄せてきそうだ。けれどまだまだ疲れるわけにはいかないね。お待ちかね、今からがメインイベントと言っても過言ではない。ファミレスには一度ネイフォンさんに連れて来てもらったことがある。人間界へ来た初日のことだ。何も分からず混乱して涙を流す俺に温もりと癒しを提供してくれたファミレスのハンバーグセットの味は今でも覚えている。違う意味で涙が零れてきたよあの時は。違うやつを頼むより思い入れの強いハンバーグセットにしようかな~。さて財布を…………っ!?


「なっ……金が……!?」


何気なく残金を確認しようと財布の中を覗けばそこには驚愕の事実が映し出されていた。なんと所持金が千円を切っている。な、なぜだ? ここまでの移動費、ボウリング代、アイス代、合わせて二千円ぐらいだったはず。……うん、まあ、普通に考えて元からあまり入ってなかったのか。家に帰ったらまだ五千円程残っているけど今現在は頼りになる紙幣さんは一枚も残っておらず……帰りの電車賃を考えるとファミレスで優雅に食べれるだけの余裕はない。う……どうすればいいんだ!?


「ぐおおおおおぉ」


「ど、どしたの木宮?」


黙れ餅吉野郎、今こっちは苦渋の選択を迫られているんだ。仮に電車を使わず歩いて家まで帰るとしたらファミレスでハンバーグセットを頼むだけの金はある。けどそれは現実的じゃない。ここが地図でいうとどの辺なのか、どっちの方向に向かえば家へ辿り着けるか全然分からないのに帰れるはずがねぇ。だとしたら電車を使うのは必須、となると残金は本当に残り僅か。ファミレスなんて行けるわけが……ち、チクショー! 人間みたいに有神論を信じているわけではないが今この時ばかりは神の存在を呪うぞおい。あと一枚、あと千円札が一枚あれば万事解決だというのに。酷い、あんまりだ。


「ごめん、俺帰るわ」


「え、木宮帰るの!?」


声が大きいぞ小金、空腹の腹に響くからやめておくれ。しょうがないだろ、金がないんだから。目先の料理に眩んで電車賃に手をつける程馬鹿じゃない。大人しく家に帰って補充してあるカップラーメンでも食べるさ……はぁ、今日一番ショックな出来事だ。恐らく残りの金額でもアイスやデザート等のコストが低い食べ物なら買えるだろう。でも皆が美味しそうにガッツリ晩飯を食べているのを間近で見て正気を保てる自信がない。発狂して「エルフ舐めんじゃねーぞゴラァ!」とか叫ぶかもしれない。今日はもう大人しく帰るよ。


「えー、木宮君来ないの?」


「ショック~」


「木宮君バイバイ、また明日ねっ」


小金の大声のせいで他の皆にも俺が帰るのがバレてしまった。まあ別にバレてもいいけどさ。どうやら他は全員ファミレスに行くみたいで帰るのは俺一人みたい。くっそー、あいつら全員今からハンバーグセット頼むのかよ。なんて羨ましいんだ。思わず悔し涙が出てきそう、ボウリングでガーダーを出した時以上の悔しさが込み上げてくる。はぁ、ここにずっといても腹が鳴るだけか。さっさと帰ってラーメンを啜ろう。クラスメイト達に手を振って別れを告げて一人駅へと向かう。帰りの電車、どれに乗ればいいんだ?


「……照久」


「どぅぇ!?」


小型犬がくしゃみしたような声が出てしまった。自分で自分の声帯が疑わしく感じたよ、大丈夫か俺。いや、そうじゃなくて。奇声を上げたことなんて後回しだ。今は後ろから聞こえてきた美声について考察するべき。この声は、そして俺のことを照久と呼ぶ人物なんて一人しかいない。答えは出ているけど確認の為後ろを振り向く。そこに立っていたのは委員長、姫子。ニット帽とマフラーをつけて暖かそうにしている。あ、れ? どうして姫子ここにいるの? さっき皆と一緒にファミレス行ったんじゃ……


「照久帰るの?」


「あ、あぁうん。お金ないからファミレス行けないや」


「……お金借りなかったの?」


「……」


一度目を閉じて天を仰ぐ。一呼吸分の空気を口から吸って飲み込み、姫子の方を向いて無言でニッコリと微笑む。けれど内心の俺は膝から崩れ落ちていた。俺の馬鹿っ、なんて馬鹿だ! 心臓の中にいる自分が先程以上の涙を流して心臓の底を叩いている。あ、ああ、ああああぁぁぁ、そうだよ。お金なかったら借りたらいいじゃん、なんで今日皆と仲良くなったんだよ。また明日学校で会うからその時に返せばいいじゃん。だったら、だったら…………俺、ファミレス行けたやん。素適やん。


「照久?」


「姫子、お金貸して」


今からでも追いつけるかな。頑張って走ったらハンバーグセットに辿り着けるかな。絶望の淵に立たされていたのから場面は急変、お花畑の世界でハンバーグセットを食べている気分だ。あ、俺もう食べている気分になっている。よっしゃ、今から行くかー。姫子にお金借りて……というか姫子はなんでここにいるの?


「姫子も帰るつもりだったの?」


「……うん」


あー、今思えばこれが姫子と一週間ぶりの会話になるな。結局ボウリング場ではタイミングがなくて話せなかったし。まあ姫子は体調崩しやすいから早めに帰った方がいいかもしれないね。じゃあ姫子は帰るとして俺は皆のところへ行きま……駄目だろ。ショッピングモールでの出来事を忘れたのかよ。姫子は体が弱いんだって、いつ急に咳き込んで倒れるか分からないんだぞ。それに可愛い、この前みたいにナンパされるかもしれない。この二つが同時に起きたとしよう、最悪じゃないか。姫子を一人にしてハンバーグセットを食べて美味しいと思えるのかよ俺。……おい、心臓の中にいる俺、「はい美味しく食べれます」じゃねぇよ。一人で帰らせるわけにはいかないだろ。ふぅ、どうしようか。


「あー、姫子」


「?」


「帰るついでにさ、どこかファミレス寄ってもいい?」


なんとも諦めの悪いことでしょう。どんだけハンバーグセット食べたいんだよ。け、けどしょうがないじゃん。気分はハンバーグなのだから、えぇおい。もし良ければ俺なんかのワガママに付き合っていただけると非常にありがたいのですが……。無理だよな……ファミレス行ってもいいなら今頃皆と一緒に行っている。ファミレス行きたくないから帰るつもりなんだろう、はぁ。無理だよな、やっぱ大人しく帰るか。


「うん」


「え?」


「寄って行こ」


「え、え?」


寄っていいの? 嘘っ、本当ですか? はっきり言って歓喜のあまり雄叫びを上げそうなくらい嬉しい。え、でも本当にいいの? だって姫子は早く帰りたいから二次会行かなかったのでしょ。それなのに俺なんかの為に付き合ってくれるなんて……嬉しいよ、嬉しいけどよく分からないよ。おまけにお金貸してもらってなんとお礼を申せばいいのやら。


「ま、いっか。姫子の家の近くにファミレスある?」


「あるよ」


「じゃあそこに行こう!」


細かいことは気にしても腹が減るだけだ。一度は諦めかけたハンバーグセットを目指して姫子と一緒に駅へと向かっていく。あ、千円くらい借りようかな。姫子送り届けた後アイス買って帰りたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ