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第23話 テスト終了と唸る拳

「小金、さっきの現代文どうだった?」


「……うん、読めたよ」


「古文じゃないから読めて当たり前だろ」


「もう何も言わないで。……分かってるから」


そう言って小金は机に突っ伏して動こうとしなかった。期末考査最終日、全て終了して自由になったというのに小金ときたらテンション低過ぎやしないか? やっと終わった、忌々しい期末考査の全教科を受け終えたのだ。この一週間試験勉強のみに費やした、いつもなら人間界について勉強(アニメ、ドラマ観賞)で過ごしている夜、深夜も寝る間を惜しんでひたすら試験勉強した。その結果、なかなか成果を発揮出来た気がする。よく分からないがこれで良かったのだろうか。一応空白はないよう答えを書いたし、歴史や英語の句法といった暗記すればいいだけのやつは完璧に書けた自信がある。


「案外楽勝だったよな。世界史とか覚えればいいだけだし、数学なんて公式覚えて使えるようになったら楽勝じゃん。というか教科書に載っている解き方まんま使えば解けるようになっているなんて意外と優しい作りだったんだな~」


「……木宮って頭良いんだね」


そうか? 別にこれくらいちょっとやれば誰でも出来るんじゃないの? これ程度の試験だったら前もってやっておけば試験前に焦る必要もないだろ。あーあ、進級出来ないとか留年しちゃうとか変に焦って損したな。これならもっと姫子の家でスマビクやっておけば良かった。おお、そうだ。今日で期末考査は終わったんだ、再び姫子の家でスマビクの特訓をしなくては。ここ一週間全然行ってなかったからな、腕が鈍っていそうで怖い。マスターレッグを倒した感覚を取り戻さないと。


「そうだ木宮、今日遊び行こう!」


姫子の元へ向かおうとしたが小金の手が掴んで離そうとしない。テメこの野郎、俺は今から姫子のところに行くんだ。テストの出来が悪かったお前の慰めをしている暇なんてない。清水に慰めてもらえよ、まあたぶん鼻で笑われておしまいだと思うけど。


「悪いな、ちょっと用事があるから」


「どうせ委員長と遊ぶんだろ、そうはさせないよ。テストはボロボロ、あまりの手応えのなさに絶望している僕を助けてくれ。なあ僕と遊んでくれぇよぉ」


「気持ち悪っ」


片手で掴まれているうちに振りほどくべきだった。両手を使って腕を掴んで離そうとしない小金。にゅるにゅると触手のように指を上下に動かして肌に纏わりついてきやがる。キモイ、嫌悪感を肌に擦りつけられているようだ。離せ馬鹿、なんでお前の為に時間を割かないといけないのだ。残念だけど俺にはスマビクで打倒姫子という大きな目標があるからヘラヘラと遊んでいる余裕なんてない。まあスマビクも遊びと言えば遊びなんだけどね。つーかいい加減離せよ。不快感だけならまだしも、そろそろ苛立ちと怒りが煮えてきたぞ。数回程一緒に勉強しただけなのに随分と馴れ馴れしい。どうやら小金の中で俺は友達ポジションに位置しているみたいだ。適当に話していただけなのにどこで好感度を上げたのか分からない。


「というか今日は夕方からクラスの皆で打ち上げするんだよ」


「打ち上げ?」


「木宮知らなかったの? ハブられているぅ!」


む、ムカつく。小金の大袈裟な動きのツッコミで言われるとこうも腹立たしい気持ちになるのか。扇情なツッコミを受けて自然と手が握り拳になるのを抑えきれずそれに連動して歯軋りしてしまう。ただでさえ小金のツッコミは聞いているだけで鬱陶しいのに自分のことを馬鹿にする内容となると数段にムカつく。小金のウザさは清水の暴力による障害かもしれないと推測していたが訂正しよう、小金がウザ過ぎて清水の暴力性が高まったのだ。こんな奴がずっと傍にいたら拳を振るいたくなる衝動、気持ちは今まさによく分かる。


「なんだよ打ち上げって」


「しょうがないなー、僕が教えてあげてもいいけど?」


全身のあらゆる部位が「こいつは殴ってもいい」とGOサインを出している。右腕なんてタタリ神の呪いを受けたように荒ぶっており左手で押さえつけないといけない始末。明らかに優越感に浸っている顔、頬を膨らませてプププーッと息を吐き出す仕種、声質、センター分けヘアー、どれもこれもムカついてきた。怒りが熱気となって全身の毛穴から溢れてくるようだ、表面の皮膚が熱い、握りしめる拳に食い込む爪の痛みがさらに怒りを堆積させる。というかなんで俺は我慢しているんだ? 別に殴ってもいいんだろこいつ、清水がよく殴っているし。でも人間に手を上げるのは違うと心の奥底に根付くエルフの誇りが制止しているのだろう。人間界に染まりつつある身とはいえ本性はエルフ、高き知性と高貴なる品性を持つ一族として、また次期エルフの長として俺は人間を殴ってはいけない。うん。


「僕は超優しいからね、クラスメイトからハブられている木宮の為を思って教えてあげちゃおうかな~。木宮可哀想だし、ププッ」


「ごめん爺さん」


「ぶべらぁ!?」


我慢の限界だった。まるで見えない糸に引かれたように右腕は宙に浮き、大きくしなって全体重を乗せて小金の顔面に拳をぶち込む。握りしめた五指に伝わる骨と肉を砕く小気味良い感触、鼻っ柱にぶつかって静止しかけるが構わず全力で撃ち抜く。あぁ、なんて爽快な一撃なんだ。心に滞在していたモヤモヤが一瞬にして消え去ったよ。


「な、何だよ! ギャグパートじゃなかったら死んでいたよ!?」


顔面を吹き飛ばされた小金は数センチ程浮いて教室の床へと激しい音を立てて崩れ落ちた。周りはテスト終了の喜びで騒いでいて小金が倒れたことなんて気づきもしない。床に伏して気絶したかと思ったら意外と元気な小金は鼻血を垂らしながら叫んでいる。ギャグパート? 何を言っているんだこいつ。


「あーあーそうですか、木宮がそんな態度取るなら教えてあげないもんね。一人寂しく家でシコシコやっていればいいさ」


「ねえ木宮君」


良い気分で語っていたところで殴られたのが余程気に食わなかったのだろう、小金は床に座ってブツクサ何やら文句を垂れている。ついで鼻血を垂れ流しまくりだ。小さな声で何を言っているか聞き取りにくい、けどこれの方が放置して楽でいいかも。通常時は激しいツッコミか面倒臭い自嘲壁を出すかのどちからで、聞いているこっちがウザく感じるが今の小金はそれらと比べて大人しい。そのまま一生床で小言呟いてろ、と心の中で吐露していたらクラスメイトの女子から話しかけられた。え、なんですか?


「今日夕方から皆で打ち上げ行くんだけど木宮君も来ない?」


「打ち上げって何?」


「ボウリングの後ファミレスだよ」


おお、なるほどね。打ち上げとはボウリングとファミレスのことを指していたのか。打ち上げ打ち上げ言われても全然分からなくて困っていたんだよ。小金に聞こうとしても、もったいぶった口調で言おうとしないからさ。なるほどね、ボウリングね。……ボウリングって何だ? いや待て、確かアレだ。鉄球みたいなのを転がして遊ぶ人間界における娯楽の一つだったはず。ファミレスは知っている、注文したら食べ物が出てくる夢のお店だ。


「それって皆来るの?」


「うん、ほとんど来るよー」


てことは姫子も行くのかな。姫子が打ち上げに行くとしたらスマビク出来ないじゃないか。なんてことだ。うーん、姫子の部屋に行けないとなると、まあ打ち上げに参加してもいっか。人間界の勉強を兼ねて遊んでみるのもたまにはいいでしょ。


「分かった、俺も行っていい?」


「ホント!? やった、ありがとねっ。じゃあ16時に駅集合で」


自分なりに笑顔で答えたらクラスの女子もパアァと満面の笑みで返してくれた。おお、なんか感動。小金との会話の後に正常な会話を出来てすごく新鮮に感じられるよ。ストレスを感じない会話って素晴らしい。女子生徒は集合時間と場所を教えてくれた後、すごい勢いで女子数人がいる机へと戻っていった。そして向こうの方で何やらキャーキャー言っている。……何かあったの?


「……は、ははっ。これがイケメンの力か……」


「どした小金?」


「僕なんて一学期の時は呼ばれなかったのに……うふふ」


よく分からないが小金が壊れた。天井を仰いでひたすら渇いた笑みを浮かべている。ちょ、ごめん。さっきのパンチがそんなに効くとは思わなかったんだよ。その後クラスメイトが次々と教室を後にする中、小金だけはずっと床に座り込んだままだった。


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