第22話 おっさんエルフとトーク
「餅吉とは仲良くなれた?」
「ツッコミがウザイけどなんとなく慣れたかも」
「それは良かった。変わった奴だけどこれからも仲良くしてあげてね」
「まぁ頑張るよ」
「……本人がいる所でする会話じゃないよね」
雑談を交えつつ試験勉強に励むこと二時間、これ以上頭を酷使すると死んでしまう!と悶絶して叫ぶ小金が鬱陶しかったので今日の居残りは終了となった。こちらとしても空腹に悩まされる寸前だったので非常に助かったよ。時刻は六時過ぎ、冬のこの時期は陽が落ちるのが早くて外に出た時は既に真っ暗だった。気温も大幅に下がって風も冷たい。こんな寒い日はコンビニで暖かい食べ物を買いたいぜ。脳を駆け巡るホットスナックの数々に腹が反応。きゅるる、と切なげにひもじさを訴えてくる。あー、腹減った。
「それにしてもテリー、アンタ頭良いじゃん。掛け算の仕方を聞かれた時はどうしようもないと思ったけどあっという間に今回の試験範囲まで理解するなんて。……何者なのさ」
清水は知っているだろ、エルフだよ。そこまで驚嘆することでもないと思うけどな。数学なんて公式覚えて理解すれば簡単だって。数字が変わっただけでやることは一緒、公式使っておしまい。小金がずっと唸っていたのが理解出来ない。
「これなら期末考査は楽勝だな」
「義務教育もろくに修了していないくせに」
だからそれは人間が決めた人間による人間の為の教育方針であってエルフの俺には関係ありませーん。色々と面倒な法律ばかり作りやがって、ホントに大変ですね人間共は。エルフの自由で気ままな生活を見せてあげたいよ。
「じゃあ私は電車だから。またねテリー」
「またな清水」
清水は電車通学、俺は徒歩通学、必然的に別れがやってくる。大抵の生徒は電車を使って遠くから来ているそうだ、清水や姫子のように。歩いて通学する生徒なんて極少数だ。ちなみにその中でも俺は徒歩十分という驚異的近さに位置するアパートに住んでいる。忘れ物があってもすぐ取りに帰れる距離だ。通う高校のことを考えて選んだ部屋なので当然近いのだけどね。それに選んでくれたのはネイフォンさんだ。今日も夜は飯食いに顔を出してくれるのかな。晩飯の唐揚げ弁当を死守することを考えつつ清水達と別れる。
「って、うおぉーい!? 僕放置され過ぎじゃないかな!」
別れて数秒、距離にして八メートル辺りで小金が唐突にダッシュで戻ってきた。ツッコミを入れることも忘れず必死の形相で詰め寄ってくる姿に舌打ちが出てしまう。ノリツッコミというやつか、若干違うような気もするが。
「いやそういうの求めてないから、普通に帰ろうよ」
「木宮、普通に甘んじて生きるなんて刺激のないことはやめようよ。もっとスパイシーに過ごすべきさ。まっ、僕のツッコミも辛口にしてみようかなっ」
ウザイ。コメントの内容が意味不明な時点で許容可能ウザ度数を越えてしまっているのに、小金から発せられる「ちょっと上手いこと言いましたぜ」感が半端じゃない。スパイシーと辛口で上手く合わせたつもりなのだろうけど、全然上手くないし面白くない。本人としては会心の出来映えだったみたいで偉そうに鼻高々にして微笑んでいる。それが苛立ちを増幅させやがる。
「じゃあまた明日な」
「つ、冷たい! もっと僕に何か言わせてよ!」
無視して歩を進めても小金が後ろからぎゃあぎゃあと騒いでくる。勉強以上のストレスだぞこれ。今日初めてまともに話した相手なんだ、これくらいの接し方が当然だろうよ。しつこく纏わりついてくるのが大変非常痛切に鬱陶しい。おい清水、お前の幼馴染だろ、なんとかしてくれ。そんな思いを目力に込めてぶつけてみる。溜め息を吐いてご自慢の長髪を揺らして清水は頷いてくれた。あっ、今ので通じたみたい。
「ほら餅吉、帰るよ」
「ぐぇ、背中蹴らないで寧々姉ちゃん!」
清水に蹴られながら強制的に歩かされる小金。悲鳴を上げながらその姿は遠くなっていく。ざまぁ、じゃなくてバイバイ、とか思ったけどやっぱりざまぁ。ようやく小金のウザ絡みから解放されて身も心も軽くなった気がする。たぶん今まで会った人間の中で一番関わりたく奴じゃないだろうか。男子の友達は欲しいと思ったけど、あそこまで面倒臭い奴は望んじゃいない。何かにつけてドヤ顔猛烈アピールのツッコミを入れてくるし、そうでない時は勝手に自嘲してへこんでいる。幼馴染として幼少の頃から一緒にいる清水の精神力は相当なものだな。マジ清水姉さんすごいです。今尚も続いている連続蹴りとか他人に向けて放つ威力じゃないもの。数百メートル先で苦しげに顔を歪めている小金を十分に眺め終えたことだし弁当屋へと向かいますかー。
「おー、テリー少年」
「なんかいつもここで会っている気がしますね」
毎日お世話になっている弁当屋、よくレジに立っているお姉さんの顔は覚えたしあちらも絶対に覚えている。この前なんか「いつもありがとうございます」と言われて「いえいえ田中さんも頑張ってください」と反射で言ってしまったもん。今日のレジは田中さんではなく肉付きのよい二十代の男性店員、その人相手に慣れたように注文をサラサラと伝えるのは同族の先輩ネイフォン・ウッドエルフ。くたびれたコートとボサボサの髪の毛がなんとも相性抜群、誰がどう見ても浮浪者にしか見えない。
「今帰りかい?」
「はい。さっきまで清水と一緒でしたよ」
「ほお、そうだったのか。会いたかったよ」
ネイフォンさんと清水は知り合いだ。正確に言えば清水の父親とネイフォンさんが親友で、その流れで清水と出会ったらしい。二十年前、外の世界に憧れた若きネイフォンさんは単身人間界へと旅立った。俺自身この一ヶ月で痛感させられたから大変よく分かるが初見で人間界に来たらパニクる、これに尽きる。首が痛くなる程高い建造物の数々、ぶつかると全身を肉片に変えてしまいそうな勢いで動く車と電車、空を自由に飛ぶ飛行機を見た時なんてこの世の終わりかと思ったよ。そんな意味不明な世界、法で縛られた日本界で何も知らないエルフが生きていけるわけがない。死にかけのネイフォンさんを助けたのが清水の父親だったそうな。その出会いで二人は交友を深め、ネイフォンさんはその娘とも仲良くしている。その娘が清水だ。最近は会っていないのか?
「あと小金っていう幼馴染も一緒にいましたよ。知ってます?」
「あー、よく寧々ちゃんと一緒に行動している男の子のことかな。彼のことはあまり知らないや、そして彼も私のことは知らないはず。前にも言ったよねテリー君、我々エルフの一族は己の正体を晒してはいけないと。注意したまえよ」
やたらと長文に説教されているところ申し訳ないですがちょっと言わせてください。テメー三人にもバレているだろうがおい! 清水とその両親にエルフだとバラしているくせに何を偉そうにベラベラ掟について喋っていやがる、この野郎馬鹿野郎。っと、小金みたいな勢いのツッコミしてしまった。影響受けてしまったのか? い、嫌だ。小金みたいにはなりたくない。
「小金君だっけ? 彼は小さい頃から寧々ちゃんと一緒にいるよね」
「小学校から中学校、高校と一緒らしいですよ」
……そういえば、ふとした疑問が浮かんだ。先程の試験勉強中も清水に言われたがこの世界の日本界には義務教育というものが存在する。ある程度の学力、教養、常識を身につける為に小中合わせて九年間の教養機関の登校が義務づけられている。んなもんエルフの俺には関係ねぇと鼻で笑いたいがここでの俺はテリー・ウッドエルフではなくて木宮照久、表面上は人間として過ごしている。では俺にも義務教育が発生するのではないだろうか。もっと掘り下げるならば義務教育を終えていない俺が高校に転入出来たのはなぜだ。さらに言えば日本界ではまっとうに生きていく為には色々と書類が必要となるらしい。住民票とか必要らしく、というか日本界で生まれたら何かしらデータが残るそうな。とにかく色々と書類関係で面倒なことが多々あるってことだ。疑問というのは、人間じゃないエルフの俺が普通に生活出来ていることだ。高校に入学したのだって俺がいきなり行って通えるものではない。
「俺の戸籍とかどうやって捏造したんですか? というか自分の戸籍は?」
お弁当を買って家へと帰る道中、ネイフォンさんに尋ねてみた。
「テリー君、その辺はなあなあでいいじゃないか」
「良くないですよ俺気になりますもん」
「はっは、探究心と好奇心は若者の最たる特徴だね。大切にするといいよ」
気怠そうに乾いた笑い声を上げながらボサボサ頭を掻き毟るネイフォンさん。ネイフォンさんがなんやかんやしてくれて戸籍とか色々と書類を取り揃えてくれたのは知っている。だけどそれらをどうやって成し遂げたのだろうか……? あの時は新生活に慣れるのに追われて考えもしなかったが今思えば不思議でならない。そんな簡単に入手出来る物ではないはず、このホームレスエルフは一体何をしたんだ? 街灯で照らされた薄暗い街路、冷たい風が俺達の間を吹き抜けていく。しばらく適当に笑って歩いていたネイフォンさん。小さく息を吹き出した後、
「まあちょっと記憶をね、ちょいちょいっと」
「まさか、忘却魔法ですか?」
「んー、それとは違うかな」
忘却魔法を使わずに記憶を変えた? そんなことが出来るのか? いや、でもそうじゃないと辻褄が合わない。エルフ秘伝の忘却魔法は一生に一度のみ許された力、もしその力を今回俺の為に使ったならネイフォンさん自身が人間界に来た時はどうやって戸籍を手に入れたってことになる。忘却魔法ではない、また何か別の方法で記憶をどうにかこうにかしたと……? あ、なんか頭混乱してきた。
「大人の事情ってことで片付けたいけどそうもいかないね。この機会に教えておくことにしようテリー君」
そう言ってネイフォンさんは腰を据えていつもと変わらない軽い口調で話し始めた。
「この世にはエルフ族と同じように人間から隠れて暮らす種族がいるってことさ」
「……はい?」
「他にも異なる種族が住んでいる、そういうことさ」
「話が繋がらないんですが」
他にも住んでいる種族がエルフ意外にもいるってことか。へえ……それは知らなかった。
「よく考えてみたまえ。この人間界にはエルフという存在は知られている。図書館に行けばエルフについて書かれた文献なんていくらでもあるよ。けどそれはあくまで幻、実在はしない空想上での登場人物として書かれているのに過ぎない。一言で言えばフィクションだ。だけど彼ら人間の思い描くエルフの特徴が実際の私達とあまりにも酷似していると思わないかい?」
確かにその通りだ。図書室やネットで何気なくエルフについて調べてみると驚きの検索結果が出てきた。見事にエルフについて書かれてある。森に住んで森の守り人として自然と豊かさを司り、弓を使う誇り高き種族だと。耳が尖っているとか小さな妖精とか諸説が入り混じってはいるもののほとんど全てエルフWikiとして認定してもいいレベルの事実ばかり。人間の空想にしてはピンポイント過ぎる。まさか、エルフの存在は知られていたのか……?
「お爺さんから聞いたことあると思うけど、昔エルフと人間は戦争していた。つまり余裕で存在を知られていた。そんな時、平穏を望んだ一人のエルフが人間全員に忘却魔法をかけてエルフの存在を消した。まあこれは嘘っぽい英雄譚だけど。とにかく偉い祖先様のおかげでエルフは人間達の記憶から消えたってことさ。でも確かに知られていた時期もあった。その時に残った恐怖や思いを当時の人間はフィクションとして記憶し、記録したんだ」
「要するに実在するモデルを元にフィクションを描いた、そういうことですね」
そして今に語り継がれてきた、と。なんとまあすごいことだよ。耳が尖っているという情報にはイラッとしたけど。なんで耳尖っているんだよ人間の描くエルフは。スマビクに出てくるピンクってキャラも耳尖ってるし。なんだ、もしかしてあいつエルフなのか? ハイラル人じゃなかったのかよ。
「その通りだよテリー君。人間の記した書物の中には我々のことについて書かれている物が多々ある。そして、他の種族について書かれている物も。ドラキュラや海底人が有名だね。他にも四大精霊とか」
「……つまりそいつらも実在すると」
「全てが全ているわけじゃないさ。中には本当に人間の妄想で書かれた種族もいるだろう。でも実在する種族もいる、これは間違いない。そして話は冒頭に戻るけど、他種族の連中には忘却魔法みたく特殊な魔法を使える奴もいる」
な、なるほど。ネイフォンさんにしては珍しく有用性のある話だな。
「偶然私には記憶を一瞬だけ操る催眠魔法を使う種族の友達がいてね。そいつから催眠魔法の仕方をちょっと教えてもらった。それでちょいちょいと書類の偽装をしたわけさ」
「……ん!? 今……さりげなく他種族との交友関係暴露しましたよね!?」
何気なく納得して聞いていたけど、えっ!? は!? 何アンタしれっと未知の種族と友達になっちゃってるのさ! 弁当食べた片手間に言うレベルの話題じゃないぞ。けどネイフォンさんはヘラヘラと笑ってビールを飲んでいる。何笑っているんだよゴラァ!
「まあ昔色々とあってね。その辺は話すと長くなるからやめておくよ」
「いやそこ一番大事でしょ。なんで今まで言わなかったんですか!?」
これ結構えらいことですよ。他の種族って……どんな種族なんですか? つーかどうやって知り合ったんだよ。ネットか、ネットの出会い系か。『ハルカ(19) 職業は女子大生♪ 種族はウンディーネです(はぁと)』みたいな感じか。そんな簡単にサラッと他種族に出会えてたまるか!
「一つ忠告しておくとすれば他種族には気をつけるように。世界は広いようで狭い。思わぬところで出会ってしまうこともあるだろう。とにかく色々と頑張って印天堂65を手に入れたまえ」
ポカンとする俺の手元から唐揚げを一つ奪い取ってネイフォンさんは颯爽と部屋から出ていった。……俺の唐揚げが。クソが、やっぱり大人は汚い。にしても、他種族か~。他にもいるんだな。いつか会ったりするのか? 人見知りしそうだな。しかも特殊な魔法を使うらしい。催眠魔法とか何それ、なんかエロイ響きだ。少なくても忘却魔法より使いやすそう。俺も催眠魔法教わりたい。そしたら色々なことが……げふん、いやいや違うよ? ちゃんとまともなことに役立てるって。ほら、アレだよ、姫子に魔法使って印天堂65を譲ってもらうとか。あとは上手くいけば可愛いポーズしてもらいたい。清水には超ミニスカート穿いてもら……何言ってるの俺? 変態の一歩手前だぞ今の発言。つーか片足は既に変態ワールドに入ってる気がする。駄目だぞテリー、お前は高貴なるエルフの民だろ。唐揚げ盗み取るホームレスエルフとは違うんだ。他種族については今考えても仕方ない。ネイフォンさんの謎の交友関係についても言えることはない。今、すべきなのは、試験勉強だ。残りの弁当を平らげて鞄の中から教科書類を取り出した。




