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第21話 エルフの王子とツッコミの王子(自称)

「因数分解だけど、ここではたすき掛けを使って……」


「なあ清水、かけ算ってさー」


「やめて、絶望的にレベルの低い質問やめて」


清水と小金と一緒に一生懸命勉強すること一時間、一つ分かったことがある。試験勉強しんどい。何かを学ぶとやることが次から次へと増えていき、それらを合わせた応用の問題を解かないといけなくなる。勉強好きな奴なら好んでシャープペンシルを走らせるのだろうけど俺は違う、こんなことやりたくない。放課後になって一時間も経過すると雑談していた女子数人も帰ってしまい教室に残っているのは俺達三人のみ。塾で勉強する奴、自宅で勉強する奴、さらには家庭教師を雇って勉強する奴、色々といるみたいだ。残念だが塾及び家庭教師にかけるお金はこれっぽっちもない。知り合いに見てもらうのが一番安くて済む。


「あー、なんでこんな馬鹿なのよ」


「落ち着けって。ちょっと確認したかっただけだよ」


初めは気合いに満ちていた清水だが、次第に勢いを失っていき今では机に頭を沈めている。どうした清水、意気消沈している場合か。もっと教えてくれ、しんどいのは分かるがそれは皆同じだろ。お前だけが苦しいわけじゃないんだ、挫けず頑張ろうぜ。とか言って励ますのは清水の逆鱗に触れると危機回避能力が注意を呼びかけているのでやめておく。なぜかいけない気がした。お前のせいだよ!と蹴られる未来が見えたから。


「寧々姉ちゃん、出来たよ」


「ほとんど間違ってる、やり直し」


「つ、辛い。でも僕この人生だけは間違ってないと思う!」


「あーごめん、数学はいいから人生の方やり直して」


ノートを見せて机に突っ伏したと思ったら綺麗な顔して大声で叫ぶ小金。中央で分けた前髪を揺らして喚く彼の姿は、見ているこちらがしんどいと思ってしまう過度な愛嬌と派手さがある。味が濃過ぎて飽きてしまい、さらには面倒臭いと苛立ちを覚える二流べしゃり野郎。十二日連続で生姜焼き弁当を食べると飽きるように小金のツッコミ方は見ているとすぐに飽きてしまう。こいつの場合は二回目にはお腹いっぱいだけど。つーか勉強しんどいなー。ものすごく面倒臭い。洗った洗濯物を畳むくらい面倒だ。帰りたい。思わず指先からシャーペンが滑り落ちる。それを拾うことなくぼんやりと窓を見る。今日も天気が良いなぁ、ひなたぼっこしたい。


「もしサボったり落書きの一つでもしてみろ。あばらの骨持ち上げてあげるから」


え、何それ怖い。清水が真顔でそんなことを言ってくるので慌ててシャーペンを拾う。


「……僕は西郷さんにマフラー添えただけだよ」


「だからセーフだよねみたいな顔やめて」


あばらがぁ!と悲痛な叫び声を上げて悶絶する小金。清水と幼馴染で仲が良さそうなのが見ていて分かる。かなり危険なコミュニケーションを取っていられるようだけど。どうやら小金も勉強に飽きていたようだ。分かるよその気持ち。


「小金は勉強苦手なのか?」


「恥ずかしながら学年でも下位に位置する低学力さ。運動も駄目で僕には一体何があるのかと模索する毎日だよ」


「そんなこと言うなよ、勉強頑張ろうぜ」


「何かボケてよ! 模索した成果を見せてあげるからさっ」


……。適当にあしらうと食い気味にツッコミを入れてくるのが安易に予想出来たから敢えて普通な返しでツッコミの余地を与えずに返事したのに小金はそれすら拾ってシャウトしてきた。会って一時間だが恒例と呼ぶべきお決まりの気に障る全身を使った動作の大きいモーションで。ボケたら盛大にツッコミ入れてくるしボケなくても無理矢理何かしら言う、対処の仕様がない。そしてもう一つ、こいつがさり気に自分はツッコミ上手だと思っているのが腹立つ。一瞬だけチラッと見せるドヤ顔、わざとらしいツッコミと言い方、なんか嫌だ。なんかイラッとする。自分の中でこれは秀でているよと言わんばかりじゃないか。


「馬鹿二人を相手にすると頭痛くなってきた。ちょっと休憩させて」


そう言って清水はフラフラと教室から出ていった。なかなか疲れているようで。清水には悪いことしているようで申し訳ないけどおかげ様で良い具合に進んでいるよ、サンキュー寧々姉ちゃん。これ絶対言いにくいだろ。


「ジュース買いに行くなら俺の分も頼む」


「ちょい待ち、木宮ってば駄目だよ。女性が行き先を言わずにどこか行く時はアレなんだから」


なんだよアレって。


「もう木宮はしょうがないな、そんなんだと女子に嫌われちゃうぜ」


ヤレヤレと溜め息を吐きながら小金は俺の肩に手を置いてウインクしてくる。気持ち悪さレベル上の中ぐらいだな、その時の気分によっては殴りかかる程度のウザさ。清水がどこか(小金曰くアレ)に行ってしまって勉強を教えてくれる人がいなくなった、一人で出来る範囲を頑張ってやるのもいいけど疲れたので休憩するか。シャープペンシルを置いて特に意味もなくノートを叩く。怒りにまかせではなく軽く叩くだけ、特にこれといって意味はなし。


「ねえ、ちょっと男子トークしようよ」


すると小金が話しかけてきた。特に意味はなし、と言ってスルーしてもいいが絶対こいつツッコミいれてくるに違いない。ボケ気質のことを言えばツッコむし何もせずに放置しても暴れる、無難な会話で刺激しないようしてみるか。


「小金は印天堂65持ってる?」


「いいや持ってないよ。それこの前も聞いてきたよね」


「そうだっけ?」


「ははっ、僕みたいなモブキャラの中でも二軍モブのことなんて覚えていなくても仕方ないさ」


ツッコミをしない時は自嘲癖の面を露わにする小金。なんとも扱いにくいクセのある性格だな、気持ち悪さレベル中の下。そういえばクラス全員に聞き回ったのだからクラスメイトの小金にも当然聞いているはずか。でも覚えてなかった。いやいや、決して小金が地味だからってわけじゃないよ。覚えていない俺が全面的に悪いから気にしないで。お前は一軍だって、胸張っていこうぜ。


「なんで65なんて古いゲーム探しているの?」


「色々とあるんだよ」


「で、見つかったみたいだね。委員長でしょ?」


ウインクやめろ、二回目でも慣れないから。謎のフラストレーションを感じつつ何か言いたげな小金を促す。


「最近うちのクラスは木宮と委員長ちゃんのスクープで持ち切りだよ。噂のイケメン転校生と鉄壁のガードで有名な委員長ちゃんが付き合っているって」


「俺と姫子が付き合っているぅ? それは違ぇよ」


「姫子っ、姫子って言ってる! 仲良しの証!」


うるさいな、声量下げてくれ。小金の話が本当ならクラス中から何やら勘違いされているみたい。俺と姫子が付き合っているだと? そんなわけあるか、姫子とはスマビク仲間なだけだよ。そういえば清水も同じようなこと言っていたな。なんだろう、周りからそう見えるのか。うん、まあ、俺としては別にいいけど。寧ろ嬉しい、ちょっぴりね。姫子のように可愛い女子と付き合っていると思われて優越感に浸ってしまう自分がいた。いやいや、つーか嬉しいとか思うなよ俺。可愛いとはいえ人間だぞ、種族が違うっつーの。エルフの誇りはどうした。人間なんてどうでもいいだろうが、印天堂65さえ手に入ったら姫子や清水や小金とはおさらばだよ、もう会うこともないさ。


「ただの友達だって」


「そうなの? 美男美女のお似合いカップルだと思うけどなぁ」


……さっきからちょくちょく気になっているんだけどさ、小金餅吉君。あの、イケメンとか美男とか言っているけど、それって……俺のこと言っているの?


「変に持ち上げるのやめろよ。美男美女って、俺と姫子じゃ釣り合わないだろ」


色んな意味でな。


「何言っているのさ。木宮の噂は学年中に知れ渡っているよ」


「は、はぁ!?」


俺のことが知れ渡っているだと? なんだと、まさかエルフだとバレているのか!? そ、そそそそそそんなわけあるかっ、清水以外には知られていないはずだ。何、何が知れ渡っているのさ? 学校では大人しく目立つ行動は控えているぞ。森について熱く語ったり人間離れの逸脱した動きはしていない、俺の噂なんて大したことないだろ。俺がボケないからって冗談はやめろよ小金。


「それにしてもあの委員長をどうやって落としたのさ。クラスの男子は皆知りたがっているよ」


「だから付き合ってないって言ってるだろ餅キチガイ」


「キチガイじゃない、そしてナイスガイでもないよ!」


な、殴りてぇ。


「男子人気ぶっちぎりの美少女、委員長こと漁火姫子さん。幼い顔立ちに透き通るような白い肌、パッチリとした瞳は目が合うだけで心臓バクバクさ。恐らく学年で最も背が低いであろう、その小さな体から繰り出される上目遣いの目は破壊力抜ギュン! 背の低さが可愛らしさと愛らしさを生み出す。色気とか大人の魅惑はないけども、いやなくて結構っ。そんなものは必要としない寧ろいらない、そう思わせる程の可愛さがある。ただ純粋に何人たりとも寄せつけない圧倒的な可愛さ可憐さキュートさがあるのさ! おまけに低い背の割に意外と大きい……うへへ」


「大きい? 器が?」


「まあ確かにある意味女性の器だよね」


最後の方は何を言いたいのかよく分からなかったが、とりあえず姫子がクラスで大人気なのは十分に伝わったよ。やけに饒舌に姫子のことを誉めまくる小金は目をキラキラと、鼻の下をデレデレとさせている。黒い眼鏡と中央分けの髪型は特に関係しているわけではないがなぜか外見と相まって気持ち悪く見える。でも素直に言ってしまうとまた小金式ウザツッコミが炸裂して俺のストレスが溜まってしまうので口に出さないよう咳払いをして開きかけた口を噤む。


「だけど委員長は大人しくてあまり喋らなくてさ。特に男子なんて近づこうものなら警戒されまくって引かれてばかり。事務的会話以外で男子と話すことなんて一度もなかった。鉄壁と呼ばれる程にガードが固くて有名だったよ。鉄壁だなんて、高校サッカー最優秀ゴールキーパーに贈られる敬称じゃないか!」


知らねーよ。


「そんな委員長を木宮は転入して僅か一ヶ月で落としたんだ。イケメン補正を含めてもこの短期間であの鉄壁を切り崩すのはどう考えても計算が合わない。一体どんなテクを使ったんだい?」


やたらとグイグイ攻めてくるなー、清水の幼馴染だけあって性格も似ている節があるんじゃないだろうか。んなこと言われても何もないって、ただ印天堂65が欲しいから姫子に近づいただけで別に落とすとか付き合うとか全くもって思考の範疇外だよ。ちなみに一ヶ月じゃないけどね。姫子とまともに話したのなんてつい先週のことだ。これ言うと小金がさらに声を荒げて一層うるさくなるので言わないけど。なんだこれ、小金と話すのってこうも発言に注意を払う必要があるのかよ。もっとフランクに話したい、清水早く帰ってきてくれ。


「そう言えば清水と知り合いなんだろ、そっちこそ付き合ったりしてないのか」


「華麗にスルー! そして答えにくい質問がクルー!」


……あー、もう……一掬いした泥沼の塊を無理矢理口の中へ押し込まれたような、飲み込むことも吐き出すことも出来ない何とも形容し難いこの怒りはなんだろう。チリチリと痛む口内、沸々と煮える内臓を抱えつつ、グーパンを決めろと連呼する本能をなけなしの理性で押さえつける。殴ったら駄目だ、高貴で品格あるエルフの誇りはどうした。矮小な人間のほざいていることにイラッとすることはあるまい。冬の到来にも負けない超絶寒い返しをする小金、自分の言葉遊びにご満悦したらしく気持ち良さげに歓笑の声を上げて随分と楽しげだ。お前が笑っている分だけこっちが反対方向の感情で顔を歪ませていることに気づいてほしいものだ。


「なんてね、答えにくい関係ではないよ。小さい頃から家が近い幼馴染ってだけさ。小中高と一緒だった分、今更寧々姉ちゃんと付き合う気にもなれない。そんなもんだよ幼馴染なんて」


「さっきから気になっていたけど清水のこと姉ちゃんと呼ぶのはなんで? 同い年だろ」


「学年は一緒だけど寧々姉ちゃんの方が誕生日早いんだ。それに小さい頃から寧々姉ちゃんに頼ってばかりでさ、自然とそんな呼び方になったんだ。今だって試験勉強見てもらっているしね」


「そっか」


「おいおい普通な返しだね、何かボケてよ! 僕を満足させてよ!」


はぁー…………清水、早く戻ってきてくれ。


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