第20話 ツッコミ地味モブ眼鏡
「あ、ども、こんにちは。小金餅吉(こがねもちきち)って言います」
「誰?」
「テリーと同じクラスの男子だよ。なんで知らないのさ?」
帰りのホームルームが終わって一息つこうとペットボトル飲料水『森林の天然水』を飲もうとしたら男子生徒に話しかけられた。その横で清水が説明を加える。放課後になり、いつもなら家へ直行または姫子の家でスマビクだが今日から一週間は違う。清水に勉強を教えてもらう為、居残ることになったのだ。部活をしていないので特に居残る必要もなく、こうして放課後を教室で過ごすのは初めてとなる。試験前最後の部活に行く人、試験勉強から逃げるように街へ遊びに行く人、大多数のクラスメイトはホームルーム終了と同時に下校して、教室に残っているのは数人程度。女子数人が雑談したりしている中、一人ぼんやりと夕飯の弁当ドラフト会議を開催していたら清水が来た。さあ勉強開始だ、と思ったらクラスの男子一名が清水を見てサササッと近づいてきたではないか。俺の机の前に立つ清水と名前も知らないクラスメイトの男子、視力増強装置の黒い眼鏡を装着しており中央で分けた前髪のキッチリ加減が気になる。それ以外は見た目でこれといった特徴はないな、人間界で数多の人間を見てきたけど普通によくいる顔だ。中肉中背、気弱そうで全力で殴ったら骨が折れそうな儚さを感じる。いや待て、全力で殴ったら大抵の奴は骨折れるよな。とにかく大人しそうな眼鏡男子って印象だ。
「木宮君みたいなスペックの高い人間が知らないで当然だよ僕みたいなモブキャラはさ……」
「いや、人間じゃねーから」
「自分からバラしてどうするのよ馬鹿エルフ」
清水の方がバラしているだろ。エルフ言うのやめろと目線で訴えて清水がニンマリと微笑む間、自嘲気味に暗く乾いた笑い声を上げる小金餅吉君。こういう奴のことを根暗と言うのだろうか、どことなく目に光と生気がない。いやまあ知らないのは俺のせいだから気にしないでよ。今思うとクラスメイトとの交流ってあまりない、姫子だけだ。さらに言えばこの学校で話せる相手は清水と姫子の二人だけ。ま、まあ別に人間共と戯れるつもりはないから別に仲良くならなくてもいいんだけどね。べ、別に寂しいとかそんなこと思ったりしていないんだからねっ。
「自分で自己紹介したけど一応紹介しておくね。こいつは小金餅吉、学年を代表する古風キラキラネームの持ち主だよ」
「嫌な紹介はやめてよ寧々姉ちゃん」
寧々姉ちゃん? なんつー言いにくい呼び方なんだ。ポポポランドみたいに舌噛みそうになるよそれ? どうやら二人は知り合いみたい、それも結構お互いを知っている感じだ。
「私と餅吉は家が近くて小中高とずっと同じ学校に通っているの」
「いわゆる幼馴染ってやつかな」
「腐れ縁でしょ、良い風に言わないで」
腹部にパンチを打ち込む清水、ここへ来て暴力女の本領発揮。小さな悲鳴を上げながらも慣れたようにおどろけたリアクションを取る小金餅吉君、この様子を見る限りきっと長年清水から暴力を受け続けてきたのだろう。清水と出会って二週間ちょい、その期間だけで数十発殴られ蹴られてきた俺に対して彼は小学校からずっと一緒にいると言うではないか。何千発、何万発と暴力行為を受けてきたのかな……なんてことだ、
「小金君、Mなの?」
「今日初めて話した人からそんなこと言われるとは思わなかった! 人見知りの現代っ子とは一線を画す!」
軽く冗談で質問しただけなのに声を荒げて盛大に叫ぶ小金君、先程まで爪楊枝のように折れそうだったのに今は元気溌剌にツッコミを入れている。急にテンション上げてきたな、こいつ。なんかウザイ。
「それで清水、小金君も一緒に試験勉強するってことでいいのか?」
「久しぶりに鋭いねテリー。そうだよ、こいつも馬鹿だから面倒見ないと赤点取るだろうから」
なるほど。清水と小金君は昔からの付き合いで、小金君と俺は同じクラスに所属するクラスメイト。成績優秀ではない小金君にも試験勉強教えるから俺とセットで一緒にまとめて見てやるよ、ということね。にしてもクラスの男子、というか同世代の男性と話したのってこれが初めてかもしれない。移動教室の時、軽く雑談したり放課後ちょくちょくカラオケやボウリングに誘われる程度の些細な会話しかしておらず、こうして自己紹介を経て話すのはこれが最初。人間界で初の男友達ができそうな予感、少し癖のある男子だけど。
「一ヶ月過ごしてきたけど改めてよろしくな小金君」
「そんな固くならないでいいさ、呼び捨てで呼んでよテリー」
「俺のことテリーって呼ぶなよ人間」
「あ、あれ? 寧々姉ちゃんは!?」
清水はいいんだよ、こいつ例外だから。当然だがこの小金餅吉にも俺がエルフだと悟られるわけにはいかない。馴れ馴れしくその名を口にするな、本名で呼ばれるとドキッとするんだよ。あれ、バレた? みたいな不安が胸よぎるから勘弁してくれ。清水から呼ばれるのは別にいい、こいつ超例外だから。カッコ良く言うとすれば、フフッこいつはイレギュラーな存在なんだよ右手が疼くぜ。
「ぼ、僕のことは気楽に呼んでね」
「そっか、じゃあ餅キチガイ君って呼ぶわ」
「GUYはいらない! 男子だけども!」
うっわ、パワフルなツッコミ入れてくるなよ。なんか暑苦しい。少し全身を半回転させながらピンと真っ直ぐ伸ばした右腕を俺に向けて水平にチョップしてくる小金君。声質、声量、動き、溌剌さ、迷いのないツッコミ、眼鏡、全てを統合し脳で処理した結果、こいつはウザイ奴だと決定された。人間界に来てホント姫子以外にろくな奴と出会っていないぞ俺。ゾンビホームレスな風貌のおじさん、暴力を振るう天真爛漫女子、美人なのに話を聞かない母親、ツッコミたがり気質の地味眼鏡←NEW! 表すとしたらこんな感じか。
「分かったよ、テキトーに呼ぶから。だから二度とツッコミ入れないでね」
「一生宣言!? まるで結婚式みたいだね!」
もはやそれはツッコミでもないだろ。声を大きくしたら何でもツッコミっぽくなると思うなよ、にわかですかあなた。眼鏡をクイッと直しながら小金君は手を差し伸べてきた。
「まあ色々と遅れけど今日はお互い勉強頑張ろうよ、木宮」
「ん、よろしく」
「えー、なんかボケてよ。僕の存在否定しないでぇ」
掴みにくい性格だなこいつ。んん、まあ別にいいか。クラスの男子と仲良くなれたのは大きい、色々と助かることもあるだろう。人間界において女子に比べて男子の方がゲームで遊ぶ傾向にある。男子はテレビゲーム、女子はおままごと。なのでこいつもある程度ゲームについては詳しいはず、今はやっていなくても昔は印天堂65で遊んでいたとか。スマビク経験者なら尚嬉しい、打倒姫子に向けて何か教えてもらえるかもしれない。ツッコミがウザイのはしょうがない、我慢しよう。
「お互いのこと知ったみたいだし、勉強始めるよ」
「了解です寧々姉ちゃん!」
「耳元で叫ばないで、声量落とすか命落としてよ」
「なんて辛辣っ、命が落ちても遺骨は拾ってね!」
ウザっ。まあスマビクについて聞くのは後だな、今は清水から勉強の方を教えてもらうとしよう。何かを拾うモーションをしながらツッコミを入れる小金に痛烈なローキックをぶち込む清水を見ながら森林の天然水を飲み干した。