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第1話 旅立ち

「テリーよ、ワシはゲームがしたい」


小屋から少し離れた泉から水を汲んで帰ってきたら祖父にそんなことを言われた。

その目はキラキラと潤んだ上目遣いで、まるで無邪気な子供のようだ。

が、しかしそれを皺くちゃのジジイがやっているので見ているこちら側としては自然と舌打ちが出てしまう。

汲んできた水の入った桶を置き、コップで一掬いして口元へと運ぶ。深々と生い茂る森の中で浄化された水は喉を滑走し、潤いを届けてくれた。

なんて心地好い清涼感だろう。癒され落ち着く午後のひと時。


「あー、水が美味い」


「無視するな孫よ。ゲーム機が欲しい!」


開口一番そんなこと言われてまともな反応を取れと言う方がおかしいのではないだろうか。

先程の輝く円らな瞳はどこへやら、普段通りの窪んで垂れた眼球が俺の方を睨んでいた。

白髪と茶髪の混じった長髪を肩にかける老いたモンスターが座るソファーとはテーブルを挟んで反対側に位置する手作り椅子へ腰掛け、モンスターと向き合う形になる。

遂にボケが始まってしまった爺さんの妄言だが一応話を聞いてみるか。


「爺さんよ、ゲーム機ってのは人間達が好んで遊ぶ玩具のことか?」


「その通りじゃ孫よ。ワシも遊びたい」


「高貴なるエルフの誇りはどうした」


「知らん」


このジジイがぁ、それでもお前はエルフ族の長なのかよ。

静穏で閉ざされた巨大な森林、その最奥部に俺達エルフの一族は住んでいる。森を愛し、森を誇りに想い、森と共に生きる。この立派な森の中でエルフ族は高き知恵と狩りを駆使して逞しく生きてきた。その長たる人物のくせにゲームがしたいだと? 

舐めているのかクソジジイ、誇りはどうした。知らんじゃねぇよ。先人の顔に唾吐くような発言はしないでくれ。


「いいかテリーよ、ワシ達エルフがこうして森の中で引き籠っている今も人間の住む世界は著しい発展と繁栄をしているのじゃ」


これを見よぉ!と爺さんがテーブルに叩きつけたのは色鮮やかに塗られた書物、人間風に言うと雑誌だそうだ。

紫色の奇天烈な髪型をした少女の絵が表紙。少女は何やら白い棍棒みたいな物体を両手に持って構えている。その周りに『今このゲームが熱い!』『次世代を担う最新ハードが遂に登場!!』等の文字がデカデカと書かれている。

またこんなものを拾ってきやがって。

こんな雑誌を人間共がこの神聖な森にゴミとして捨てていくことがある。普通のエルフなら半ギレ上等、激昂して人間界に殴り込みに行く奴がいるレベルだがうちの爺さんはそれを嬉々として拾って熟読しているのだ。

わざわざ森の端まで行って何かないか探している始末。今や爺さんの部屋には拾ってきた人間界の物で溢れかえっている。目の前でどっしりと座っているソファーという謎の物質で構築された椅子も拾ってきた物、このジジイは森を汚すゴミを宝のように扱っている。エルフの長とは思えない醜態ぶりだ。


「ワシを軽蔑する目があるならこの雑誌を読まんかぁ!」


「うっせー、はいはい。……あぁ、これがゲームってやつね」


書物をめくれば今度は絵ではない実際の子供達が載っていた。

写真というやつだ、見た景色を紙に写すことが出来るそうな。その写真には子供達が楽しそうに大きな箱を見ながら白い変な形状の棍棒を両手に持っている。

……え、何してるのこいつら? なんか箱には赤い帽子被ったおっさんが亀を虐待している絵が描かれているんだけど……。


「これな、こうしてな、テレビを見ながらコントローラー使って遊ぶんだって。印天堂65ってゲーム機じゃ。んでな、他にも色々な種類のゲームが楽しめるんじゃよ」


「例えば?」


「これはアクションRPGで、あとはパズルゲームや恋愛ゲームがあるそうだ。あっ、弓を使って狩りをするゲームもあるんだぞ! すごくないか!?」


俺は毎日森の中を駆け巡って狩りしていますけど? 

おいおいこのジジイ本気で言っているのか、俺達エルフの一族は弓使いとして誇り高き種族だろうが。なんでゲームの狩りをしたがっているんだよ。

……駄目だ、うちの長はもう人間に毒されていた。俺の生まれた頃は立派に森の守護者として立派なリーダーだったのに……それが今ではゲームがしたいと駄々こねていやがる。


「うへぇ、いいなー。ワシもこやつらみたくゲームがしたい」


「今日の夕飯、焼き魚だけどいい?」


「このクソ孫がぁ! 話を聞けぃ」


まだ何か話があるのかよ。爺さんの欲求はよく分かった、よく理解して非常によく共感出来ないです。

大体、ゲームが欲しいと言ってもそれは不可能だ。

エルフは森に住む者、ゲームを作っている人間が住む世界とは違うんだよ。入手することは出来ない、精々毎日森中散歩して人間が捨ててくれるのを待っていればいいさ。

はぁ、孫として爺さんの姿が悲しい。


「ということでテリー、お前人間の住む世界に行ってゲーム機買ってこい」


………………え?


「人間界で流通している紙幣があれば買える。頑張ってくれ」


「……じ、ジジイ何を言っていやがるのですか?」


は、はははっ……前々から頭おかしいと思っていたが遂に完全に壊れたようだな。な、何を言っているんだよお爺様~、人間の世界に行ってこいだって? この俺が、この森を愛する次世代の長になるこの俺が? はっは~、それは人間界の冗談か何かかな?


「以前から思っていたんじゃよ、お前はもっと外の世界を知るべきだ。エルフは森と共に生きる、確かにそれは先祖代々から続く誇り高きことじゃ。けど時代は変わり、我々エルフもまた変わるべき時、今こそ次世代の長になるお前が外の世界を見て回りより深い教養と知識を身につけ、これからのエルフの繁栄に貢献すべきなのだよ」


「何ちょっと良い風のこと言ってやがる、都合良くエルフの長気取ってんじゃねぇよ!」


「ええい黙らんか青臭い若造がっ、一族の長に逆らうつもりか」


うっわ、こんな時だけ長の権限使ってんじゃねーよ。


「……テリー、いやテリー・ウッドエルフよ。お前はまだ何も知らない、まだ何も学んではいない。森と共に生きるということは森と接しているだけじゃ駄目なのだ。森から離れて俯瞰した位置から見通すことも大事だ。森を愛し、森と共に生き、そして森の美しさを知れ。それは森の中では見にくいもの、外の世界を知って再び森と向き合うのじゃ」


……クソ、なんか普通に良いこと言われて何も反論出来ない。ぐぬぬ、の言葉しか出てこない。

ゲームに毒された妄言ジジイとはいえ一応は一族の長、このままではマズイ。本当に外に出る羽目になる。

十五年間、この森で過ごしてきたのにいきなり外の世界に出るなんて狂気の沙汰だろ。

落ち着け、なんとかしてこの事態を回避しろ。エルフの掟を思い出せ、確か森から出てはならぬ的な掟があったはずだ……たぶん。『掟その一・森を愛せ』『その二・森を誇りに想え』『その三・森と共に……クソっ、全部森関連ばかりじゃないか。外の世界に出てはならぬとかないのかよ。この際もう『ゲームはしてはならぬ』とかそんなんでもいいからさ、頼むって。

何が嫌かと言えば、このジジイが大義名分を掲げながら実際のところは自分の欲求の為ってのが一番気に食わない。

なぜジジイの娯楽の為に俺が人間の世界で奮闘せなあかんのだ、パシリってレベルじゃないぞこれ。


「それでは出発は明日の夜明けと共にじゃ。今のうちに準備をしておけよ」


「っ、ち、ちょっと待っておくれよ爺さん。俺はまだ子供だし、正直外の世界は怖いんだ。それに俺がいなくなると爺さん一人になっちゃうだろ? 爺さん一人置いていけないよ」


よぉし、我ながら今のは上手い言い訳だぞ。そっちがそれっぽい理由を上げて追い出そうとするならこっちだってそれなりの可愛げある理由で対抗してやる。

もうこの森には他にエルフはいない。他の皆は違う森に移り住んだり、もういなくなっちゃったから。

この森に住むのは俺と爺さんだけ、俺が旅立てば爺さんは一人ぼっちだ。それは孫として嫌だよぉ、と健気なアピール。

フフン、どうだクソジジイ。


「あいや別にええよ。ワシお絵かきロジックあるから平気だし」


「このクソジジイ!」


爺さんはヘラヘラと笑いながら雑誌のページをめくっていき、何やら正方形の□が無数に並べられたのを見せてきた。

上部と左部に数字が書かれており、その数だけマスを黒く塗ることが出来るというもの。そして上手く数字の制限を守って全ての数字通りにマスを埋めたら絵が完成するというなかなか面白いゲームだ。あ、これも一種のゲームだよな。爺さんが収拾した雑誌は指の数を越える、それら雑誌に全てこのお絵かきロジックと同等の遊戯が掲載されているとしたら……一生は遊べるのではないだろうか……っ! 

つーかジジイ、孫がいなくなっても全然平気ってなんだよ。もっと悲しめよ、「寂しくなるのぅ」ぐらいの涙ぐむ言葉を言ってくれよ。


「い、いやでもやっぱ」


「男がグチグチ言うな! いいか、これは長の命令だ。逆らうなど許されん。いいから早くゲーム買ってこいや! 森の為に!」


全然森の為じゃないだろそれ。

しかし爺さんはそれ以上取り合ってはくれず、お絵かきロジックの世界へと飛びこんでしまった。無邪気に鉛筆を走らせている。

……孫はこれから人間の世界へと飛びこもうとしているのに。


こうして俺、テリー・ウッドエルフの人間界行きが決定した。目的は森を愛し、森を誇りに想い、森と共に生きる為、


その為に、ゲーム機を手に入れるべく人間の住む世界へと旅立つ。


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