第18話 腹満たすたこ焼きとドーナツと肘打ち
「結構面白かったね!」
「そうだな」
「テリー元気ないね、どしたの?」
「スクリーンの大きさと大音量に酔っただけだから気にしないで」
初めての映画館、またしても人間界の娯楽を覚えた瞬間であった。
本日は日曜日、姫子とショッピングモールを散策した次の日である。
昨日の疲れもあるし今日は一日中部屋でダラダラと寝て過ごす予定を組んで洗濯機を回していると来訪者が来た。清水寧々である。
家の住所を教えた覚えはないが恐らくネイフォンさんから聞いて勝手にやって来たのだろうと高貴で賢いエルフの推測力で分かったので口では何も問わなかった。
代わりになぜ訪問したのかを半ギレ気味で尋ねると清水はこう言った、「今から一緒に映画を観に行こう」と。
本日は素敵な用事で埋まっているので遠慮しておきますとやんわりと断ったが腹部にエルボーを放たれてイエスと頷く他なかった今朝から二時間が過ぎて現在お昼前。
「まさか犯人が主人公の義理の妹だったのはビックリしたよね~」
「俺も映画館で食べるポップコーンがここまで美味しいとは驚愕だよ」
「なんで映画の感想言わねーんだよエルフ野郎」
暴力行為による強制連行で清水とやって来たのは昨日来たばかりのショッピングモール、まさかの二日続けての来訪となった。当分は行きたくないと敬遠していたのに。
昨日と何も変わらない建物内、人間で溢れて賑わっている。
昨日と違う点は映画館へと行ったことだ。ショッピングモールの最上階には映画館があり、昨日姫子と来た時はスルーした場所だった。
一度食べると止まらなくなる程美味しいポップコーンを売店で買い、自前の天然水をこっそり鞄に入れて映画館へと足を踏み入れる。
巨大な画面を見た時は思わず感嘆の声を漏らしてしまったよ。
観た映画はミステリーアクション。謎解き要素とド迫力の格闘シーンが合わさって臨場感は抜群、なかなか見応えのある作品でした。同時に食べ応えのあるポップコーンでしたとさ。
映画って面白いな、ドラマやアニメじゃなくて映画も借りてみよ。
「今度はホラーにして泣かせてやる」
「清水と俺がまた映画観に行くこと前提に話進めているのが意味分からんけどな」
「テリーは冷たいなぁ、友達なんだからいいでしょ」
友達、ねぇ。
人間界においてエルフが絶対に守るべき決まり事、人間にエルフだと悟られてはいけない。
森を守る為エルフは姿を隠してひっそりと生きてきた、他種族との抗争を避ける為。人間に正体をバレてはいけない。
清水はエルフ族の存在を知る稀有な人間の一人だ。この世界で何も気にせず気楽に話せる数少ない人物の一人、色々とお世話になっている。
そんな清水との関係は表面的に見れば同じ高校に通う同級生、友達と言って語弊はない。
人間相手で俺がまともに話せるのって清水と姫子くらいだからな、友達と言ってもらえて少し嬉しい自分がいたりする。
でもさ、男女が二人だけで映画観るのは友達と遊ぶと言うよりデートな気がするのですが。
昨日姫子に聞いてみたけどなぜかサラリと無視されたが一応清水にも聞いてみよう。
「なあ清水、これってデートなのか?」
「別にそう捉えてもいいよエルフ君。私としては人間の世界における休みの過ごし方を教えてあげようと親切心でせっかくの休日を消費してあげたのにデートだとか自惚れたことほざく勘違い野郎とデートしているつもりはこれっぽっちもないけどね」
毒舌が連射された。毒矢で射抜かれた気分、地味にキツイ。
まだ人間界の暮らしをよく知らない俺の為に清水は付き合ってくれているのに俺はなんて都合の良いことを考えてデレデレしていたのだぁ、と言えばいいのかい。
こちとらそんなこと頼んだ覚えはないよ、お前が勝手にやっていることだろお節介暴力女が。
と反論の売り言葉が思い浮かんだがこれ言うと確実に口喧嘩が勃発しそうだから言わないことにする。エンジンのかかった清水相手に口論で勝てる気がしない。
清水寧々様のご厚意に感謝、今日は学ばせていただきます!てことにしておきますよ。
「さて、じゃあテリーどこか行きたいお店ある?」
「たこ焼きとドーナツ食べてみたい」
「食べ物にしか興味ないのなお前」
昨日たこ焼き一つだけもらったけどあの時は味わうゆとりなんてなかったからな。
楽しみだな、あとドーナツ食べてみたい。あれ絶対美味しいでしょ、俺ほどのグルメになると商品を見ただけである程度の美味さを予測出来るようになるのさ。ふふんっ。
「じゃあテリーはたこ焼き買ってきて。私はドーナツ買ってくる」
「え、俺ドーナツの方買いたい」
「やだ、テリーが私の欲しいやつ買わないかもしれないじゃん」
そう言って清水はドーナツ屋の方へと向かっていった。
んだよぉ、俺のセンス舐めるなよ。美味しいものを見抜く洞察力には自信あるぞ。
でも清水の方が詳しいか、ここは女子の選択に期待しておこう。
ショッピングモールの三階、フードコートというご飯を食べる為のスペースには数多くの飲食店が並んでいる。
たこ焼きやドーナツは勿論、昨日食べたハンバーガー店やクレープ、ラーメン等。枚挙に暇がないとはこのことか。
清水と一旦別れて俺はたこ焼き屋へと向かう。昨日もここで買った。
「すいません、たこ焼き一つください。あ、マヨネーズは普通の……いや、からしマヨで……と思ったけどやっぱり普通のやつで。その前にやっぱ普通のたこ焼きじゃなくてねぎポンでお願いします。いや、でも元祖とか言われちゃうとなー……」
簡単に買えると思ったが意外や意外、たこ焼きにも様々な種類があって悩むことになろうとは。
ねぎポンとか、それに加えてマヨネーズにも違いがあって好きなように選べる。
なんて幅広い選択肢なんだ、授業一時間分を使って会議したいくらいだ。昨日買った時は姫子が簡単に選んだけどすごいなあの子。
「うーん……まあなんでもいいか、どれも美味しそうだし」
悩むこと五分、最終的な答えとしてどれ食べても美味いだろに至った。頭良い俺カッコイイ~。
なぜか店員さんの眉間にシワが寄っているが、何かあったのかな? スマイル頼んだ時のハンバーガー屋の店員さんと同じ顔している。
後ろを見れば何人から並んでいるし……ここって結構人気のお店なのか、やめてくれよ~期待値上がっちゃうだろ~。
「ありがとうございました。後ろのお客様、大変お待たせしましたご注文をどうぞ」
楽しみだな、手に持っている時点で良い匂いがしてくるんだもん。
なんともやるせない顔の店員に代金を払って店を後にする。
手の平に伝わるたこ焼きの熱、じんわりと手を温めてくれる。うへへー。
さてと、清水の方はもう買い終えたのかな。
昨日チラッとドーナツ店を見たけど、かなりの種類があったぞ。
あの中から厳選するのには時間がかかりそうだ。午前の授業分を存分に使って悩みに悩み抜きたい。
ちょっと見に行ってみるか、まだドーナツ店で清水が悩んでいるなら優しく助言してやるぜ。
「すげー、何種類あるんだよこれ。ヤバイよこれ。これとかモチモチでしっとりフンワリだってよ。すごっ」
ドーナツ屋に来たが清水はもう買い終えた後のようで清水の姿はなく、そこには数十種類を超える甘い天使の輪がズラリと並んでいた。
ピンク色のストロベリードーナツ、金色の粒状にした砂糖がまぶされたチョコレートドーナツ、間近で拝むと思わず涎が垂れそうになる。
美味そうっ、全種類食べたい。
唐揚げやピザまんといったホットフードとは毛色の異なる魅力がドーナツにはあると思う。一括りに美味しいと言っても舌が受け取る感覚は全く違うんだ。
俺のことも忘れるなよ?と匂いを出しまくるたこ焼きにも気をかけながらドーナツを眺めていること数分、ドーナツを食べたいなら急いで清水を合流しないといけないという本末転倒なことに気づいて慌ててドーナツ屋から離れた。
見ていてもしょうがないよね。
「清水はどこだ? 清水、清水……ドーナツ、ドーナツ……ドーナツはどこだ!?」
多少荒ぶる感情を騒がせながらフードコート内を進む。
カウンター席やテーブルには多くの人間が座っており、その中から清水を見つけるのはなかなか骨が折れる。
人間多過ぎるだろ。俺に吐かせるつもりですかあぁん?
大衆の喧騒に酔わないようたこ焼きを鼻元に持ちながら歩いていると……いた、ドーナツ寧々がいた。
なんか名前が違うような気もするが関係ない、もうお腹減って思考能力が低下しているのですよ。エルフだって腹が減ればピリピリするさ。
何も考えずにスタスタとドーナツの元へと向かうとそこには、
「ねーねー、君可愛いね」
「良かったら名前教えてくれない?」
「あとアドレスも」
清水がナンパされていた。
偶然か知らないが昨日姫子がナンパされていた時と同じ台詞で。
そして奇しくも姫子と同じナンパ男三人組だった。
奇遇の既視感、昨日のナンパ三人組がまたしてもいるではないか。
何こいつら、二日続けて同じ場所で同じ口説き文句でナンパするなんてどういうことだよ。
昨日の今日でまた会うのは非常に気まずい。それはあちら側も同じ心境なはず。
だがドーナツ欲しさに突っ込んだ俺は勢いを殺せずに前のめりでナンパ三人組と正面から向き合う形に。
とりあえず愛想笑いで軽く会釈する俺、あわわわっと顔を歪ませる三人組。
「あ、あははー。どうもです」
「テリー遅い!」
一応挨拶は大事だよね、顔見知りだし。
どんな顔したらいいか分からないが、笑えばいいと思うよ。
最近観たアニメで言っていた台詞を思い出して笑いながら挨拶、その間に清水から腹部にエルボーを食らった。やめてっ、空腹に響く。
「き、昨日の茶髪イケメン……!?」
「なんで今日もいるんだよ」
「しかも違う女の子と……れ、レベルが違う」
昨日の可愛い子は何だったんだよー、と叫びながらナンパ三人組は逃げていった。
今回は睨むまでもなかったな、ふっ。
何もせずに奴らを追い返せた自分の眼力と圧力には自画自賛の賛辞と拍手を送りたいね。
そして清水ぅ、いい加減肘打ちやめてください。的確に痛いところを狙わないで。
「遅い! たこ焼き買うのにどれだけ時間かけているのよ!」
か、かなりご立腹のようだ。
ドーナツ屋でドーナツ拝んでいました、なんて今言うと確実に致命的な一撃を放ってくるだろうから素直に謝罪だけする。
「あとなんで一つしか買ってないの? 二人いるんだから二パック買ってきなよ!」
「痛い痛いっ、なんかいつも以上に当たり散らしてない?」
「うるさい馬鹿エルフ!」
ひどい罵声を食らいながらも必死に耐えつつたこ焼きのパックを開ける。
それと同時に清水が買ったドーナツの箱にも視線を泳がせる。
箱の形状、大きさからしてドーナツ八個は入っているだろう。あの数十種類の中から八種類しか買わなかったのか!
選び抜いたなぁ清水、それでこそ人間界日本界に住む若き世代の女子なだけのことはある。君のセンスを存分に味わおうではないか。
「好きなの四つ食べていいよ」
「あっ、俺のたこ焼き!?」
ドーナツに気を取られ過ぎていた。清水が既にたこ焼きに手をかけている!
なんて! ことだ!
パクパクとたこ焼きを頬張っていく清水、普通に考えて半分は残すべきなのに次々と食い散らかしていく。待ってそれ今日のメインイベント!
「もうやめて! せめて一つだけ食べさせてよ、頼みます……」
「テリー、反省してる?」
「そりゃ勿論」
何のことか知らないが誠意を持って頭を下げれば大丈夫だろう。
種族は違うが謝罪の意志は誰にだって伝わるはず、八種類のドーナツのうちどれを食べるか脳の隅で考えながら頭をテーブルにつけてごめんなさいのポーズ。
「はぁ、もういいや。はい、口開けて」
「ふむぐぅ」
頭を上げると同時に清水がたこ焼きを突き出してきた。
反射が追いつかず辛うじて口を半開きにさせたところで無理矢理口の中へ押し込まれた。
熱っ、あふっ! あ……美味しい、やっぱたこ焼き美味しいよ。
ソースとマヨネーズの深み、中に入っているタコは絶妙なアクセントとなって口中に広がる。熱々のたこ焼き、最高です。
まさか姫子と同じように食べさせてもらえるとは予想外だったけど。
「んじゃあ次はドーナツだな~」
「ねぇテリー」
はいはいなんでございましょう清水寧々様。また頭下げましょうか?
この小さな球状のドーナツが六つ入った奴は俺が食べていいよね? これお得そうだもん。
この茶色のってチョコレートってやつかな? 食べるの初めてだよ。
ちょっと怖いから後で食べよ。チョコのドーナツは放置しておく。まずはシンプルなノーマルドーナツから食してみよう。
「さっきの人達が言っていたのが気になったんだけど、昨日何かあった? 違う女の子って何?」
「美味っ、ドーナツ甘くて美味しい! ん、あぁ、あれね。姫子とスマビクするって言っただろ? その後二人でご飯食べにここ来たんだ。で、あいつら昨日姫子にナンパしていてさー、大変だったよ。姫子がそれから離れようとしないでくっついてきたのはもっと大変だったけどな」
「……ふーん」
ん? どした清水? 一人四種類までならいいんだろ、俺まだ二つしか食べてないか問題ないよな。
さーて、次はどれにしようかなー。
「随分と仲良しだね姫子ちゃんと。昨日一緒にいたってことはお店も結構見て回ったんじゃないの?」
「そーだな、ある程度は見たな。あ、ゲームセンターとやらでプリクラで遊んだりしたぞ。よく分からんゲームだったけど」
「あっそ、へぇ。それはそれは幸せな一日だったでしょうね。無知の馬鹿エルフ君の為に休日を消費して色々とお店を紹介したり人の住む世界のこと教えてあげようとしてナンパに捕まって辛い思いした私は一体何なのかな~?」
「ああぁぁっ、残り全部食うなよ!」
よく分からんがそれから清水は終始機嫌が悪かった。ど、ドーナツぅ。