第16話 照れ隠しの質疑応答デート
「たこ焼き美味しい?」
「美味しい」
「それは良かった。あと、そろそろ離して」
「嫌」
ナンパ野郎共を穏便に追い払った後、たこ焼きを奢ってあげた。
ソースとマヨネーズの匂いと鰹節の風味が鼻をくすぐる。
俺も食べたいけど委員長に奢ったから自分の分を買う余裕はなくチーズバーガーの味を脳で反芻させるのみ。
先程からずっと腕を掴んだまま離さない委員長、その小さくて華奢な体からは信じられない程の力で振り解くことが出来ない。
たこ焼きをあげて気持ちを落ち着かせようとしたが未だに離れてくれない。
俺の腕に自身の右腕を巻き込みながらたこ焼きの入ったパックを持ち、左手でたこ焼きを口元へ運んでいる。
なかなか器用な真似をしていらっしゃる、そこまでしなくて普通に食べればいいのに。
あの……離れてください。
冷静に見ればこれって腕を組んでいるのと同じ格好なんですよ。
男女で腕を組むなんて恋人同士じゃないとしない行為なんだろ?
なんか、視線を浴びているようで妙に気恥ずかしい。顔が赤くなって熱を発しているのが分かる、心臓は不自然不規則なリズムで跳ねているし、まともに呼吸も出来やしない。
女子とこんなに密着したことなんて生まれて初めてだよ、緊張して当然だ。
「一つあげる」
「え、あ、うん、あんがと……」
委員長の差し出すたこ焼きを食べる。
……味なんて分かるかいっ。腕に伝わる温度と感触で思考はいっぱいいっぱいなのだから。
委員長の腕が絡まっているし体も当たっているし……なんか、なんか、柔らかいのが当たっているしぃ!
くそぉ落ち着けテリー、それでもお前は次期エルフの長か。
理性と誇りを高らかに胸張って歩け! 腕に当たるふよふよな感触については深く考えるな。
ソースの濃い匂いに混じって匂う良い香りについても同様だ。何これシャンプーの匂い? すっげー良い香りがするよ。
触覚と嗅覚をシャットアウトするんだ。なんだこれ、まるで俺と委員長が恋人同士みたいじゃあないか。
そんなわけあるか、委員長なんて印天堂65を手に入れる為の通過点でしかないっての。
可愛い=付き合いたいってわけじゃない、そもそも人間とエルフが交際出来るかよ。とにかく離れてもらわないと色々ヤバイ。
「あー、トイレ行きたい」
「……さっき行った」
「さっきのは小さい方、今はビッグな気持ちなの!」
そんな便意は全くないがこうでもしないと委員長が離れてくれそうにない。
なんとか振り切って男子トイレへと逃げこむ。
……だぁ、疲れた。
電車に乗って人間過多な場所を歩く以上に精神を擦り減らしたぞ。
ストレスとは言わないけど心臓に悪い。
再びトイレへと舞い戻ったが何もすることはないなー。
女子に腕を組まれた状態で便意を感じる奴なんていないだろ、ましてや脱糞するなんてありえないって。
逃げる口実としてトイレ来たけど排泄したい気分でもないので鏡でパパッと髪の毛を整えておく。
心音が安定するまでもうちょっと待つか……あ、待てよ?
さっきナンパに絡まれたのは俺がトイレに行っている時だったよな。ここでのんびり髪いじっているうちに委員長がまたナンパさえる恐れがある。
せっかく追い払った意味がない。そもそも次も追い払えるとは限らない、ドンビキーみたいな筋肉ムキムキの奴相手に俺なんかの睨みつけるが通じるとは思えないもん。
また委員長が絡まれないうちに戻るか。
「うおっ!?」
「終わった?」
「ここで待っていたのかね……」
トイレを出た瞬間、すぐそこに委員長が立っていた。
なんという待ち伏せ、思わずビックリして漏らすところだったよ。
まあさっき出したばかりなんで漏れないですけどねっ、とか下品な話はやめておきますか。汚い話はなしの方向で。
「うん」
こんなところで待つ委員長の度胸もすごい。
男子トイレ目の前の壁にもたれかかってたこ焼きを持つ委員長、女の子が男子トイレの前に立っていたら他の男は入りにくかっただろうに。
逆にそれは絡まれやすくなるのでは? トイレ前にいたら誘われるのを待っていると勘違いされて連れて行かれちゃうだろ。
ヤられちゃうよ。トイレでよからぬこと行為がされてしまう。あ、まーた下品な話になった。思春期って嫌だね。
「ま、いっか。行こっか?」
「うん」
ファーストフード店で初ハンバーガーを満喫して、ナンパ野郎と対面して、なかなか事件があったけどショッピングモールに来てまだ何もしていないんだよな。
ただご飯を食べただけ、せっかく来たのだから専門店やお店を見て回りましょうか。
個人的にはスマビクさえ出来たらいいのだけど、それだと委員長が暇になるから駄目だ。
女の子は買い物が好きだってアニメで言っていたから委員長だってショッピングが嫌いではないっしょ。
人間の女子と一緒に見て回ることで人間界勉強の一環として今後の生活に使える知識を身につけていけるし一石二鳥だな。
最近よく一石二鳥って言葉を多用しているような気がする。覚えた言葉をすぐ使いたがるのは仕方ないってことで。
「ここって何のお店?」
「下着売っているお店」
「……俺が入って大丈夫だった?」
「あまり好ましくない」
委員長と並んで建物内を歩く。
どこに何があって何を売っているか全く知らないので委員長の行きたいところへついていく方針でぼんやりと歩を進めているとカラフルな下着が置かれたピンク色の照明で明るい専門店へと入った。
どう見ても男性用の下着じゃない、チラッと見えた看板には『ランジェリーショップ –女の園-』と書かれていたような。
四肢のないマネキンには胸部と臀部に水色のヒラヒラしたちょいエロな下着が装着されてある、どう考えても女性の体を模したマネキン。
店員さんもお客さんも女性ばかりだ、店内にいる男は俺だけ。
……これ絶対いちゃいけない領域だよね?
男性立ち入り禁止だと言わんばかりの疎外感が女性の冷たい視線として全身を貫いてくる。
気まずさ居心地悪さを通り越して罪の意識が肺に積っていくようで息苦しい。お前ふざけんなよ消えろや感がピリピリと空気を媒介に突き刺さる。
はい今すぐ消えますはい。
「……また恥かいた」
というか委員長も女性下着店に入らないでよ。
買い物に付き合うつもりではいたけどこれは駄目だって。
なんで男の俺が姫子お姫様の穿くパンツを選出しなくちゃいけないんだ。どう見ても変態さんですお疲れ様です。
申し訳程度に頭を下げてランジェリーショップから出る……のも精神的に一苦労だ。
お店出た瞬間に周りから「えっ?」みたいな目で見られる。
まあ妥当な反応ですよ。
軽く見られる程度で済んで良かった、場合によっては変質者扱いされて捕まっていたかもしれない。
これ以上不審な目で見られないよう、下着店に背を向けて「別に連れを待っているだけだから」というメッセージ性を醸すオーラを発する。ヤレヤレ感を出すのがポイントだ。たぶん。
「お待たせ」
「か、買ったの?」
「ううん」
じゃあ俺恥かき損だね! と発狂したくなった衝動を抑えこんで深呼吸、フラストレーションってやつを空中へ吐き出す。
お、ちつけテリーぃ……女子の買い物はこんな感じだとアニメとドラマで言っていただろうが。
商品見るだけで買わないなんて普通なのだ。それは知っていただろ。
下着店に入った恥ずかしさで熱した感情の暴走を当てつけるのは間違っている。
気持ちを静めろ。私は誇り高きエルフ、私は誇り高きエルフ……ふーっ。
「んじゃあ次どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「あー……とりあえず歩く? 知らないお店多いから色々と教えてよ」
どこでもいいよと言われてもオススメの店なんて誇り高きエルフが知るわけがない。
委員長も買うつもりがないなら一緒に見て回りながらどんな物が売ってあるか教えてもらおう、主に下着店以外のお店で!
人間界に詳しい(当然だけど)人間による人間界講座だと思えばいい。
「ここは?」
「本屋」
「え、店頭に本ないけど」
「遊べる本屋」
あ、ごめんやっぱ説明されても分からないものは分からないや。
家電製品や巨大ぬいぐるみが『店長オススメ!』と紹介されているのに本屋だなんて理解の範疇を越えちゃったよ。
人間界難しいなぁ、まだまだ勉強不足だわ。
ショッピングモールの中を歩いて俺が質問して委員長が一言二言で説明する、この流れをひたすら続ける。
というか人間多い、ちょっと気持ち悪くなってきた。
人間自体に嫌悪感があるのではなくて人間の多さにビックリしてしまう。
爺さんと二人だけでの生活から一変して知らない世界で知らない人間が無数に歩いている、眩暈くらいするだろうよ。
色んな年代の人間が左右を通過していく、同世代の男女もいれば家族連れで仲良さげに歩く人間もいる。
……あれだよな、男子と女子が手を繋いで歩いているのは恋人同士ってやつでいいんだよね?
さっきのナンパ野郎共みたいに友達数人で遊べる本屋に入っていく人間達とは違う、静かで限定的で隔離された空間がそこにはある。
他人を気にしない他人のことなんか認知しない、二人だけの共有する空気を出しているのがよく分かる。
第三者から見ればカップルだと簡単に分かっちゃう、つーかまあ男女が二人で歩いている時点で付き合っていると思ってしまう傾向にある。
「ここは眼鏡屋さん」
「あぁ、視力増強装置ね。……ん? 変わらないけど?」
「レンズ入ってないから」
眼鏡を装着したけど特に変化なし。
人間の大半が装着しているから多少興味があった分だけ期待外れだなぁ。
……ん。……あれ、れ?
今ふと脳裏によぎった文字が変に引っかかった。
もしかして、いや案外とそうである可能性の方が高い。
俺と委員長、周りからはカップルに見えたりするのか?
……いや、やっぱりそうでもないかな。
先程見たリアルカップルのような二人だけの空気感、特別な雰囲気が俺達から発せられているとは思えない。
田舎者の俺が闇雲に質問を連投して委員長は返すだけの味気ない質疑応答、これが恋人同士のやり取りなわけがない。
それに実際付き合ってないから間違っていないし。でもまあ、
「ねえ委員長」
「?」
交際していないとはいえ男女が二人で休日ショッピングモールを散策しているのは……デートってことでいいよね?
「なんかデートしているみたいだよな」
「……」
「あれ、違う?」
「……眼鏡似合う?」
「へ? うん、雰囲気変わったけど」
サラリと質問を躱されたな……。
レンズの入っていない視力増強装置を装着してこちらを見つめる委員長、ニット帽と赤い眼鏡の組み合わせに加えて背の低い委員長の上目遣いがかけ算の如く威力を爆発させる。
ドキッとしたよ、いつもと違う印象を持てて思考停止した。
眼鏡かけた女子って可愛いのかも、新たな扉が開けそうな予感。
いや、そ、それよりさ。今何気なくスルーしたよね?
聞こえなかったのかな、もしくは無言の否定を表していたのか。さっきの無言はお前なんかとデートしているつもりはねぇよ馬鹿野郎と罵られたのと同義だったりして。
そうだとすると微妙に傷つくな~。勘違い自惚れ男だったのかよ俺。
うっわまた恥かいた、今日で何回目だよ。
このショッピングモールと相性悪いのかもしれん。
余程ハンバーガーセットを欲しない限り来ないからな畜生め。
「次行こ」
「お、おぉん。分かった」
眼鏡を元の位置に戻して店員が迫りくる前に店から出てスタスタと歩く委員長。
店員から逃げるように慌てて委員長の後を追うが……なんか委員長の歩くスピード速い。
正確に比較するなら通常時より1.3倍速い。完全に勘だけど。
……俺やっちゃった?
委員長の機嫌損ねたっぽい、ヤバイヤバイ印天堂65入手に危機が。
でもさぁデートだろこれ? 何、違った?
さっきまで腕組んでいたし、委員長の部屋に遊び行くだけで清水からはデートだと囃されたんだぞ。
何なんだよ人間界、もう訳が分からないっす。
「ここはゲーム屋さん」
「いや! ここだけは入りたくない!」