第15話 VSナンパ野郎
「チーズバーガーのセットでドリンクは水でお願いします。あとスマイルください」
「……かしこまりました」
「あれ? 姫子、なんか店員さんがぎこちない変な笑顔しているけどなんで?」
「照久のせいだよ」
注文したらすぐにチーズバーガーセットがやってきた。
なんて速さだ、注文してから作ったとは思えないスピードだぞ。
トレイにはチーズバーガーとフライドポテト、そして水が置かれてある。
うむ、これがチーズバーガーセットってやつか。
あとはスマイルだな。0円だったから思わず注文しちゃったよ。きっとお客様が笑顔になる程美味しい食べ物に違いない、唐揚げ的なやつなのかな。
「照久、行こ」
「え、いやまだスマイル来てないって」
「さっきもらったでしょ」
「へ?」
いやいやもらってないよ。まだ唐揚げ食べてないよ俺?
というかスマイルが唐揚げかどうかさえ知らない。
速さが売りのファーストフード店だろおい、さっさとスマイル出せよ……って引っ張らないで!
注文カウンターに居座ろうとする俺をなぜか委員長が引っ張ってきた。
うおおぉ待って待って、まだスマイルもらってないから。
あと腕を掴まないで、トレイ落としそうになるでしょーが。
「なんだよ」
「……恥ずかしいから行こ」
んん? 何? 何か恥ずかしいことしているのか俺って。
注文した商品を待っているだけじゃないか。恥ずかしがることなんて何もないはずさ。
けど委員長の嫌がっている様子から察するに何か変なことをやってしまったのだろう。
一人なら恥かくのも一人の自由だが、今は隣に委員長がいる。委員長に恥をかかせるわけにはいかない。
スマイルは諦めて移動するか。
空いているテーブルへと着き、委員長と向き合う形になる。
チーズハンバーガーと思われる物は紙で包まれており、テープで封をされている。丁寧に剥がして包まれた紙をめくって早速一口頬張る。
「美味しい?」
「ランキング二位に浮上する勢いの美味さだわ……」
あ゛~、美味しい。ハンバーガーってこんなにも美味しい食べ物だったのか。
いつも食べているパンとは違った種類のパン、その間にはジューシーなお肉ととろけたチーズ、シャキシャキとした野菜がコンパクトに挟んである。
バランスの取れた食材、建造的センスすら感じる立体感溢れる厚み、ケチャップ味のソースがそれら全てに浸透して調和と秩序をもたらしている。
一口噛みしめたら口中に広がる新世界に溺れそうになった。
この人間界で生活することになってから食の文化に関しても感動の連続だよ。あぁ、絶品。
「いや~、こうして姫子と一緒に食べるのは初めてだよな」
「……そうだね」
委員長は教室で女子達と食べていて俺は食堂やら中庭に行って食べているから昼食を一緒に食べたことはなかった。というかまともに話したのもついこの間のことだ。
今は清水と一緒にランチすることが多い。昨日も一緒に食べた、なぜか殴られたけど。
乙女のドキドキだっけ? 訳分からないこと言われて殴られるのはおかしいよな。今度抗議してみるか。
「食べ終わったらどうしよっか?」
「……」
「俺的にはまたスマビクしたいけど、せっかく来たことだしショッピングモール内を見て回る?」
「うん」
電車使って来たことだし、飯食べてはい帰りましょうは味気ないよね。
それに委員長には朝から部屋に上げてもらってずっとゲームさせてもらったんだ、また部屋に戻って拙いモリオの操作を見せるのは忍びない。
買い物に付き合ってあげる、なんて上から目線で申すつもりはないけど何か欲しい物があるなら買うの手伝いますよ。
エルフの逸脱したセンスにお任せあれ。
「ご馳走様でしたーっと。あ、ゆっくり食べて大丈夫だよ」
「うん」
「俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
委員長はまだハンバーガーを食べている。両手で持つ姿は見ているだけで癒される。
さて、トイレはどこかな。こんな大きな建物内ではトイレを探すのも一苦労だ。
人間からすれば簡単なことなのだろうが無知のエルフには辛い作業だ。
こういった建物の構造上、トイレはここに設置されてあるみたいな? 経験と勘で初めて入る建物でもトイレを見つけることが出来る人間共とは違って分からないんだよ。
マップの見方なんて未だ理解してないし、尿意が限界点を越えるまでに見つけないと。
とか言っているとすぐそこにトイレありましたー。
ファーストフード店を出てすぐ傍、エレベーターの横に青赤の男女マークが描かれたトイレの目印を発見、運の良さを出していくぅ。
ラッキー過ぎる件についてとでも言うのかな。
話は変わるけど人間には生涯を通して一定の運の量が決まっているらしい。人間によって若干の変動はあるものの大抵の人間は幸運と不幸をバランス良く受けながら生きていく、例えば良いことがあったら次に悪いことが起きるみたいな。
この法則性に当てはめれば今回運よくトイレを見つけた俺は今度いつか知らない土地に来た時にトイレを発見出来ず失禁する可能性大ってことになる。
まあそれは人間の考えた人間の人間による見解なのでエルフ族には当てはまらない法則だと信じたい。
エルフにはエルフの信条があるのさ、なんてことを思いながらトイレを済ませて委員長の待つテーブルへと戻る。
道中、様々なお店が立ち並んでいて思わず足を止めそうになったが我慢して真っ直ぐ進む。
たこ焼きとかドーナツ屋とか興味と食欲そそる飲食店がズラリと並んでいやがる。
買いたい、まだ腹に余裕はある、けどお金に余裕はない。
安いので数万、質の高い発電機は二十万円を超える。そんな高級な品を買う為にも常日頃からの節制は心がけるべきだ。
「いらっしゃいませー」
「ぐっ、我慢だ……」
ネイフォンさんから受け取った仕送りは四万、食費だけで考えれば十分な金額だ。
けどそれだけの大金を毎月もらうわけにはいかない。
家賃と光熱費まで払ってもらっているんだ、この一月だけでどれだけ迷惑をかけていることやら。
少しでも自力で稼ぐ姿勢を急いで整えないと。その上で発電機とモニターや周辺機器を揃える、一体いつになったら森へ帰れるのだろう。
出来れば今年中にはケリをつけたい。
あまり長引くと爺さんの寿命も危うい、意外とマジで。
「お待たせー……ってあれ?」
たこ焼きの誘惑を振り切って委員長の座るテーブルへと向かえば、数人の男が委員長を囲んでいた。
同世代の男子かな。頑張って脳の記憶に検索をかけるがどいつもこいつもクラスや学校で見た顔ではない。
恐らく他校の男子だ。そんな男子三人が委員長に何の用だろう。
「ねーねー、君可愛いね」
「良かったら名前教えてくれない?」
「あとアドレスも」
……あ、アレだ。生で見たのは初めてです。
ナンパというやつかアレ!
うっわー、アニメとかドラマでそういったシーンは観たことあるけど実際にこの目で見るのは初めてだよ。ちょっぴり感動。
ナンパとは、主に男が女に話しかけて交遊関係を築こうとする行為の総称。
知らない女性に話しかけて仲良くなろうとする行い、上手くいけばお持ち帰りする輩もいるらしい。娯楽施設や駅前、人間が多いところでよく行われる。
異性に興味を持つのは生物として当然のことなのでナンパも別段不自然な行為ではないと思う。
ただ世間一般的には悪いイメージを持たれている傾向にある。
女性からしたら知らない男が話しかけてくることは不快で不安で恐怖を感じるみたい、まあ普通にビックリするよな。
……あれ?
なんで俺、ナンパを見て感動したり冷静に解説しているんだ?
ナンパされているのは知り合いの委員長じゃないか。
ここで委員長を連れ去られると困る。
まず俺が帰れない。電車の乗り方まだマスターしてないって。
最悪タクシー使えば帰れるけどコストパフォーマンス的に好ましくない。節制を心がけると言ったばかりなのに。
そんな個人の金銭的な理由もあるっちゃあるけど…………何より、委員長が手を出されるのは普通に嫌だ。
「姫子」
「っ、照久」
「ごめん、トイレの場所が分からなくてさ」
本当はすぐ見つかったけどね。三人組に囲まれた隙間から委員長に声をかける。
視線が合い俺の名前を呼んだ委員長は跳ねた鯉のように勢いよく立ち上がるとこちらへと逃げてきた。
そして背中へと回り込んでナンパ男三人組を拒絶するかの如く姿を隠す。
お、おぉふ……背中触らないで。くすぐったい。
「んだよ彼氏いたのか、って」
「うわぁ……イケメンだよ」
「ち、茶髪だし……」
なぜか俺を見て警戒し出した三人組。
あ? 何ですか、まーた何か変なことしちゃいましたか?
ちゃんとメニューに載っているスマイルを頼んだだけで恥ずかしい行為をしたと認識される人間界のルールなんて知らねぇよ、もう訳が分からない。
お前ら人間共は生まれた頃から生活しているから知っていて当たり前なことでもなぁ、母なる森で育ったエルフからすれば分からないことだらけなんだよ。
もっと他種族も住みやすくて分かりやすい街を作ってくれ頼むから。
……何この変な怒りは。ナンパ男子達関係ないぞ。
とりあえず睨んでおくか。目に力を込めて男三人を睨みつける。
「お、おい行こうぜ」
するとどうだろう、ナンパ三人組は踵を返して去っていったではないか。
威嚇が成功したことでオーケーですか。
はぁ、なんとかなった。人間との戦闘は一度もなかったから正直怖かった。
一対三だったし、戦ったら不利だったかも。俺がジャイアントドンビキーなら楽勝で追い払えただろうけど生憎ゴリラじゃないんでね。
あと戦闘は避けたかった、これだけ多くの人間が集まっているところで俗に言う喧嘩なんてしたらすぐに警察が飛んでくる。
あの青い服の警官は苦手意識があるんだよ。逆らってはいけないオーラがとてつもない。
「照久……」
「痛い痛い痛い、そんな強く握らないで」
よく分からんがナンパ男共の撃退には成功した。
睨みつけることに精一杯で気づかなかったけど委員長が腕を掴んでいた。
ぎゅ~と締めつけて血流を止める程のパワーで握ってくる。
地味に痛いからやめてっ。なんとかして逃れようとするが委員長も負けじと離れようとしない。
な、なんだこの力は。こんな小さな体のどこに強い力が宿っているんだよ。
必死に腕を振り回すが委員長はドンビキーに匹敵する力で俺から離れようとせずくっついたまま。
ちょ、待てぃ。なんかドキドキしている自分がいるんですけども!
ナンパされて怖かったのだろうけどもう大丈夫だって。
「……照久」
「痛たたたっ、たこ焼き奢るから落ち着いてぇ!」