最終話 エルフ、ゲーム機を買う。
「ほっ、ふっ、やぁ! ……このゲームにも飽きてきたのぉ」
長髪の老人は物憂げに呟くとコントローラーを置いた。
目線の先、テレビ画面にはキャラクター選択画面が映っている。
「他のゲームもやり尽くしたし、どうしたものか……おぉ、そうじゃ。全部忘れてしまえばいいんじゃね?」
退屈げな表情は一変し、楽しげに嬉々と笑う。
自分の手を頭に乗せ、老人はゆっくり目を閉じた。
「印天堂ゲームソフトの記憶を忘れろ、忘却魔法っ。…………お、お、おぉぉ? なんじゃこれは!?」
再びコントローラーを握り窪んだ瞳がキラキラと輝く。
老人はテレビ画面に夢中だ。楽しげにボタンを連打している。
と、そこへ、
「ねー、元族長ー!」
「元族長ぉー、また引きこもってゲームしてるのぉ?」
「族長が帰ってきたよ。十の四から女の人も来てるよ!」
部屋の外から響く子供達の声に反応して老人の体がピクリと動く。「ちっ」と軽く舌打ちしてまたしてもコントローラーを置いてソファーから立ち上がった。
「なんじゃせっかく今から良いところじゃったのに」
扉を開けて外に出れば森に囲まれた緑の景色が広がる。
子供達が老人を囲み、ぎゃあぎゃあと騒ぐ。
そこへやって来る二人の人物。
「やぁ帰ってきたよ父さん」
ボサボサ頭に痩せた頬、鼻柱に乗っかった眼鏡をクイっと押し上げる中年の男性。その周りにも子供達数人が集まり「族長! 族長!」と叫ぶ。
「ふん、ちっとは族長らしい格好をせんか」
「こっちの服装の方が落ち着くんでね」
爆発頭の男はクタクタの汚れたスーツのポケットから煙草を取り出しながらヘラヘラと答えた。
「あ、クソ息子! 森で煙草吸うなや!」
「ははっ、どうせ森が浄化してくれますよ大丈夫大丈夫」
「いやモラル的な問題で駄目だ。ここエルフの森じゃよ!?」
「その通りですよネイフォンさん」
喚く老人の言葉に続いて女性も会話に加わる。
同時に煙草を奪い取りながら。
「ははっ、アイリーンちゃんも厳しいなぁ。おじさんニコチン不足だよ」
「不足してるのはニコチンじゃなくて自覚の方でしょ。自分がエルフ族のトップだってこと忘れないでください馬鹿」
「今ナチュラルに馬鹿って言われた」
「アイリーンさん、久しぶりじゃの」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
老人が頭を下げて女性も深々と頭を下げる。
緩やかなポニーテールの茶髪を揺らして端麗な小顔の女性は微笑む。
「そっちのクソジジイは元気か? あの野郎、次こそはあの三つ編み髭引き千切ってやる」
「同じようなことを向こうも言ってましたよ。どちらも隠居ジジイなんだから大人しくしておけばいいのに、ですねっ」
「あ、アイリーンさん? 後半おもっくそ毒吐かれたんじゃが……」
「そんなことより今日は以前持ち上がった計画についてお話しに参りました」
シカト!?と老人が叫ぶが女性は構わず話を続ける。
その横で中年の男性はさりげなく煙草に火をつけていた。
「うめ~」
「馬鹿の族長さんは放っておいて。今度エルフ、シルフ、ノームの三種族合同の清掃活動を行います。是非元族長にもその様子を見に来て頂きたいです」
「おぉ、遂に実現するのか。それはそれは楽しみじゃ」
「アイリーンちゃんが計画者としてシルフとノーム両族と何度も打ち合わせしているからねぇ。さすがだよ」
「皆の世界を綺麗にしようって話の最中に煙草吸うアホは黙っていてください」
申し訳なさげに、でも微笑んだままおっさんはプカプカ煙を吐き出す。
「勿論ワシも参加させてもらうよ。じゃがもうちょい待っておくれ、今から手をつけていないゲームをしなくてはならないんじゃ」
嬉しそうに老人は自分の家を指差す。ただの子供だ。
「手をつけてないって父さん何を言ってるのさ。あれだけやり込んだでしょ」
「やり込んだ? はて……そんな記憶はないぞ」
「父さんまさか忘却魔法を使ったんじゃ……」
「……もう嫌だ。族長の家族ってアホしかいない」
女性は頭を抱えて溜め息を漏らした。
対して老人は非常に楽しげに笑う。おっさんも然り、自分の父親を見てヘラヘラと笑って煙を吸う。
「結局あの時使えなかった忘却魔法をゲームの為に使うなんて、いやー父さんには敵わないっすわ」
「……ふん、あの馬鹿孫に使うのが勿体なかっただけじゃい」
「そんなこと言って~。彼が連れて来たひ孫を見た時はメロメロだったくせに」
「う、うるさいっ。ワシはまだ人間との間に生まれたガキなんて認めん」
「あ、そうなの。今度また森に帰ってくるって連絡受けていたけど爺さんがそう言うなら断っておくね」
「嘘ですごめんなさい早く親子三人揃って顔を見せに来るよう伝えてください」
即座に頭を下げて老人は口早に言う。垂れ下がった長髪に子供達が群がっても気にせず深々と自分の息子に頭を下げ続ける。
「……あの人いつ戻って来るんですか?」
「一週間後だったかな。おや、アイリーンちゃん? そんなこと聞いてどうしたの? 君も会いたいの~?」
「べ、別にお兄ちゃんなんてどうでもいいです。ただ一応族長候補にも清掃作戦のこと言っておきたいです別に会いたいとかそんな……」
「はっははー」
「笑わないでくださいネイフォンさん!」
女性が怒り、男性は笑う。老人が空を見上げ、子供達は周りを駆ける。
賑やかな十の一の森、ゆったりと流れる風が木々を揺らしていた。
とある喫茶店、流行りの曲が流れる少し騒がしい店内のテーブルの一つ。
男女が二人座っている。
「……お、ネイフォンさんからメッセージ来た」
「へぇ、何?」
「三種族合同で清掃活動するんだと。日野が先導してかなり大規模な計画みたいだ」
「愛梨ちゃんとは一年くらい会ってないなぁ。あの時の女子会楽しかった」
しみじみと呟き、女性は炭酸ジュースを飲む。
シュワシュワと小さな泡が立つ紫色のジュースを飲み、くぅ~!と痺れている。
「ノームは真面目だから分かるけどシルフが参加するのって意外だね」
「新王子も今じゃまともになったらしいぜ。中二病が治って良かったじゃないか」
そう言って男性はただの水を一口飲む。
コップを置いたテーブルの上にはフライドポテトやたこ焼き、パンが置かれてある。
「あと爺さんが早く帰ってこいと催促しているだってさ。あのクソジジイ、ひ孫に会いたいだけだろ」
「そんなことないって、ちゃんとアンタの顔も見たいのよ」
それはそれでキメェんだよな、と呟いて手元のパンにかじりつく男性。
もしゃもしゃと咀嚼して満足げに微笑む。とても良い笑顔だ。
「ねぇ、そんなに食べていいの? 奥さんがご飯作って待っているんだから」
「たまにはジャンキーなもん食べたいんだよ。いつも最高に美味い料理食べてるからな」
「うわノロケんなよ。結婚して何年目だと思ってんの? いつまでラブラブなんだよ」
「おいおい嫉妬すんなって、独身はこれだから……痛いっ!?」
エルフの動体視力でも捉えきれない速度の拳が炸裂、男性の顔をパンごと吹き飛ばす。
「黙れ馬鹿エルフ」
「だからエルフとか大声で言うなよ!」
「いやだからアンタの方が声デカイって。ったく、私のことフッたくせにヘラヘラと馬鹿にして……」
「あぁ懐かしいな。十年前だったな……」
鼻血で赤く染まるパンを気にせず食べながら男性は感慨深げに目を閉じる。汚い。
「何思い出に浸ってんのよ! 私が立ち直るのにどれだけ苦労したか……それにお別れかと思ったら翌日には普通に登校してきやがって!」
「う、うわぁこの人怖い。落ち着けって、お前には餅吉がいるじゃないか」
「あのセンスないツッコミ馬鹿? ただの会社の部下よあんな奴。最近は結構な頻度で食事に誘ってくるのよキメェ」
自分の幼馴染になんて毒を吐きやがる。男性は心の中でそっと呟いた。そして餅吉頑張れ、たぶんお前には無理だろうけど。とも呟く。
「あーあ、私はいつになったら結婚出来るのかなぁ」
「俺そろそろ行くわ」
「席を立つな、話聞いてよ」
「ま、マジ落ち着けって。今度エルフかシルフかノームで良い人探してくるから」
「なんで人間じゃないのよ!」
不機嫌そうにツッコミを入れ、女性は残りのジュースを一気に飲む。
コップを置き、男性に続いて席を立つ。
「俺が出すよ」
「お、やるじゃん。やっぱイケメンは違いますねぇ」
「買い物に付き合ってくれた礼だよ。俺も働いているんだから当たり前だろ」
会計を済ませ二人外に出る。
そこからは何も話すことなく車に乗り、無言のまま車は走る。
車はマンションの前で止まり、女性は降りる。
「送ってくれてありがと」
「こちらこそ今日は付き合ってくれてサンキューな。お前いなかったら買えなかったわ」
「昔のゲーム機を最新機と勘違いするような奴だからね」
「昔のことだ、忘れてくれよ」
げんなりと声を落とす。
そんな男性の表情を見て女性はニヤッと笑う。
それは一瞬のこと。次には口を閉じ、真っ直ぐな瞳で男性を見つめる。
「じゃ、またね。何かあったらいつでも呼びなさい」
「おう。餅吉にもよろしく言っておいてくれ。あとうちの嫁と女子会するのも大概にな。家帰ったら酔ってて意外と大変なんだ」
「アンタの愚痴が多いから無理ね」
「マジかよ!?」
「冗談よ、あの子もいっっっもノロケてるわ。何なのお前ら」
「えー? 俺が怒られるの? はいはい自粛するよ。……じゃ、またな清水」
「うん、またね」
バイバイと手を振る女性の姿をミラーで見ながら車を発進させる。
男性は上機嫌に運転する。
今から帰る家と家族のことを想って。
「ねー、お母さん。お父さんはいつ帰ってくるの?」
広いリビング、ちょこんと座ってお人形を抱えた小さな女の子は母親に尋ねる。
「ふふ、今日はずっとそればっかりね」
洗濯物を畳みながら少女の母親はニコリと微笑む。柔和な笑みを見て少女は立ち上がり、とてとて、と歩いて母親の服の端を掴んだ。
「だってー、楽しみなんだもんっ」
ぎゅっと握った服を左右に振って母親を揺する。
駄々こねて高い声を出す。
綺麗なカーペットの上に畳まれた衣服。焦げ茶色のソファー、木のテーブル、その上にはリモコンや新聞紙が置かれて、
どこにでもある部屋。暖かい日差しが差し込む。
「早く帰って来ないかなぁ」
「ん、もうすぐ帰ってくると思うよ」
「お母さん一緒に対戦しようね。お父さんから聞いたよ、お母さんすごく強いんだよね!」
キラキラと目を輝かせて女の子が鼻息荒く喋る。
「そうだよ。お父さんに負けたことなんて一度もないんだから」
「つよーいっ」
「お父さんが弱いだけよ」
「私も勝てるかな?」
「ん、余裕だよ」
わーい!と少女は嬉しそうに笑って両手を上げて喜ぶ。
そんな娘の姿を見て母親は静かに微笑んで娘の頭を優しく撫でる。
と、少女はポツリと呟く。
「ねー、どうしてお母さんは強いの?」
「それはね……」
衣服を畳み終えて母親は少女の手を取る。
両手を持ってゆっくりと語りかけていく。
「お母さんとお父さんを繋いでくれた大切なものだからよ」
「意味分かんなーい」
「ふふ、そうね。……でもね、お母さんにとってあのゲームと約束、そしてこのペンダント」
胸元から取り出したペンダント。淡い翠緑色の輝きを放つ片割れの宝石はキラキラとしていて、少女の顔を照らす。
「数少ない繋がり。お父さんと巡り会わせてくれた思い出なの。これらがあったから生きてこれた。これらがあったから、今のこれからがあるのよ」
目を閉じ、ペンダントを握り締める。
想いに浸るように、懐かしむように、時間だけが流れていく。
「……お母さん?」
「ん、まだ分からないかなー。もう少し大きくなったらまた話してあげるね」
「んっ!」
了解!と少女は上下に激しく頷く。
母親もニッコリ笑ってまた頭を撫でる。
鳴るインターホン。リビングに響いて、少女が目を大きく見開く。
「来たっ!」
ピョンと跳びはねて玄関へ走り出す。
華麗なジャンプを決め、廊下を跳び越えて玄関へと着地。
「お父さん譲りの跳躍ね」
「お母さん早くー!」
「はいはい」
急かす娘に続いて母親も玄関へ向かう。
着くと同時にドアが開き、一人の男性が入ってくる。
「おかえりなさい! お父さん」
「ただいま! 良い子にしてたかー!?」
「当たり前だぁ!」
「だぁ!」
男性のハイテンションに負けぬ勢いで少女も叫び散らす。
嬉しそうにその場で跳ぶ少女。男性もつられて跳ぶが勢い余って天井に頭をぶつけた。
「痛い!」
「あなた落ち着いて。……ん、おかえりテリー」
「おう、ただいま姫子」
「お父さーん! 買って来てくれた!?」
待ちきれないと言わんばかりに少女が男性の足にしがみつく。
そのまま足を登っていき、腰をよじ登り、
首にぶら下がった緑のペンダントを通り過ぎて父親の首元に抱きつく。
「はっは、我が娘は元気だな。ほら、約束してた……」
右手に持つ袋を掲げる。
しがみつく娘に見せるようにして袋から中身を取り出し、両手で持つ。
印天堂65と色鮮やかに塗られた文字、箱には白い変な形状の棍棒の写真。
「ゲーム機だ!」
「わー! 早くやろうお父さんお母さん!」
「そうだな。姫子、今日こそ勝ってやるからな!」
「ん、負けない」
跳び下りて印天堂65を両手で抱える少女。
父親と母親の間に挟まれ、三人は楽しげに家の中へ入っていった―――
〈完〉
こんにちは腹イタリアです。
この最終話をもちまして『エルフ、ゲーム機を買う。』は完結となります。
長くてタラタラ続きましたが、これで、終わりです! 今までありがとうございました。
長かったですねぇ、ここまで読んでくれた方は本当にすごいです←
無事に最後まで書ききれて私自身とても満足してます、はいー。
何か伝えたいことがあるわけではなく、ただクスッと笑ってもらえるコメディーを書いたつもりです。
少しでも笑ってもらえて暇をつぶしてもらえたなら何よりも嬉しい限りです。
最後に、
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。それでは~