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第148話 この想いを忘れない

「テリー」


名前を呼ばれた。続いて頬をすり寄せてくる姫子。全身を使って俺に抱きついている。


「もっとぎゅーってして」


「え? これで十分じゃない?」


「駄目。駄目なの。もっとぎゅーして」


そう言ってさらに頬をすりすりしてくる。なんか頬熱いよ?

つーか俺と姫子の身長差を考えると二人の頬が合わさっている時点でおかしい。そう、姫子は俺の体にしがみついている。抱きつくと言うかホールドしていると言うか……おおふ。

両足を回して両腕を俺の首元に絡めて……するとあの頃とは比にならない大きさの……成長しまくった柔らかくて豊かな……おおふ。これヤバイって。


「あ、あんまりぎゅーされると困るというか」


「……絶対に駄目。私、すごく待った。ずっと照久とこうしたかったの」


は、はぁ。

そう言われたら抵抗出来ないじゃん。大人しく抱きつかれておくか……。我慢しろ俺の中の何か。

満足そうに抱きついてひたすら甘えてくる姫子。時折耳元から「うにゅ~」みたいな鳴き声が聞こえる。

……聞こえる!?

おいおい何その声!? 完全に蕩けきった甘々な鳴き声だぞ。こ、こんな子だったか?


「っ、んぁ……幸せ」


「そ、そうか」


「む。テリーのせいなんだから。ずっと私は待っていたんだから。照久の馬鹿」


「さっきから俺の呼び方バラバラだけど?」


「どっちでもいいの。もぉ、何て呼ぶか判断出来ない。んっ、照久ぁ」


そ、そうですか。

さっきから俺は抵抗しないことしか出来ていない。

静穏な鎮守の杜で二人だけ、時間を気にせずただ抱き合っている。温もりが、想いが、互いの全てが混ざり合って溶けていく感覚だ……。


「……やっと、なの」


「姫子?」


「もうね、待つのは辛いの。……テリーを失いたくない」


……あぁ、俺もだよ。

もう姫子を失いたくない。


俺は逃げて全て忘れたけど姫子は違う。

ずっと、ずっと、十年以上も待っていてくれた。

ごめんね、これからは、一緒だ。確認するように強く抱きしめる。


「テリー、さっきの……もう一回して?」


「え゛?」


な、何を言っているんだよ。え、え、え?


「……さっきの、ちゅー」


「ぎゅー、じゃなくて?」


「ううん。ちゅー」


……い、いやちょっと待って。

そりゃ先程は勢いに任せてしちゃったけど。

あ、あれは……もう一度するのは……う、う~ん。恥ずかしい。


「ま、また今度な」


「駄目。今」


「マジでキャラ変わってるぞ!?」


「ん。照久、私のことをずっと待たせた。忘れてた」


あああ、はいはいはい!

それ言われたら何も言い返せねーよ!

クソが、人の弱みに付け込みやがって。


……まぁ、その、嫌なわけじゃないから。別にいいんだけどさ。

あぁ、やっぱりクソ恥ずかしいや。


少しだけ離れて姫子と顔を向き合う。

俺の好きな人、他の誰でもない愛する人が目の前にいる。

じっと見つめ合い、手を取り合い、自然と唇が動く。


「姫子……」


「テリー、んっ……っ」


恥ずかしさなんて消えた。吸い込まれるように唇は重なって、気持ちが蕩けていく。

……そうだよな。こうやって二人で、寄り添い合いたかったのだから。


待っていてくれてありがとう。この想いと約束、忘れないよ。


「っ、っっ、ぐっ、って舌入れてくるなよっ!」


「んんんっ」


駄目だ、この子止まらない。

あ、あああぁぁぁぁ口の中が蹂躙されていくぅううぅぅ。






木に背を預け、座り込む。

姫子は俺の膝に座って自身の体を丸めている。俺が包み込んでそっと抱き締める。


今この時間が、すごく幸せだ。


「テリー、以前私の胸見ようとしてた」


「あー、そんなこともあったね……」


姫子の部屋で姫子がスマビクしているのを後ろから見ていて、胸元が緩かったから見えそうだったんだよな。

なぜ今それを言うのか分からないけど。


「……見る?」


「今はいい、って服めくるのやめろっ」


姫子がシャツの口を広げる。おいおい何してんだよ。

今ちょっと見えたぞ。相変わらず立派なものをお持ちですね、えぇオラ!?

谷間が深過ぎる。あそこに指を滑り込ませ……げふんげふん!


「ホテルに泊まった時は裸見たくせに」


「あれは不可抗力だ。そっちだって俺の裸見ようとしただろうが」


ちゃんと戸締りしてない方が悪いんだ。それに全部は見てないし。大事なところタオルで隠されていた。


「それと、遊園地でね」


「さっきから思い出話ばっかりだな」


「……あのね。私にとって十一年前のことも大事だけど、去年からテリーと過ごした思い出も同じくらい大切なの」


「あ……」


姫子と出会って過ごしたあの日々。かけがえのない思い出だ。

でもそれだけじゃない。

去年、俺が人間界に来て姫子と知らないうちに再会して、二人で色々とやってきた。

俺は姫子のこと思い出してなかったけど、それも確かに二人で過ごした大切な思い出、か……。


「あの頃と去年から今にかけて、全て含めてテリーとの思い出。テリーと過ごした大切な時間」


「……うん。違いない」


ショッピングモールでプリクラを撮って、たこ焼き食べたりナンパされたり、一緒にスマビクの大会に出てお泊り。バレンタインデー、遊園地、映画館、春はピクニック。

この一年間で、この人間界で、たくさんのことをしてきた。


そして記憶を取り戻し、二人紡ぎ合ったこれからも、一緒に過ごしていくんだ。


「……これからも一緒に思い出作っていこうね」


「ああ勿論だ」


「ちゅー」


「いやもう勘弁してください!」


あぁこの子はどうしてこんなことに……。

これからの生活が大変なことになりそうだよ。


……楽しみでもあるけどな。姫子と、過ごしていくんだ。



「随分と楽しそうじゃな、クソ孫」


っ!?

しゃがれた声が聞こえた。聞き慣れた、あの、忌々しい声は……


「っ、クソジジイ……!」


木々の隙間から差し込む太陽の光がエルフのローブを照らす。

白と茶が混じった長髪が憎たらしい程サラサラ揺れて、一歩進んで宙を舞う。


クソジジイ、エルフの長が立っていた。

窪んだ瞳が俺を捉えている。


「ちっ、寝込んでいたんじゃなかったのか」


「ネイフォンの馬鹿に毒を食わされて動けなかったが復活したわい」


毒じゃねーよ、揚げ物だ。

あれ最高に美味いんだぞ。ジジイの胃袋にはヘビーだったか?


「……照久?」


「姫子、立つんだ」


姫子を立たせて抱き寄せる。両腕で覆い隠し、爺さんから守ろうとする。


「……何をしている我が孫よ。そんな人間を庇って」


「うるせぇ。俺の大切な人だ。お前に見せるのは勿体ないんだよ」


腕の中で姫子が嬉しそうにニヤニヤ笑っている。可愛いなおい。


「何? お前には許嫁を紹介したはずじゃが?」


あぁ日野のことね。残念だけど許嫁なんて知るか。

そして姫子、露骨に拗ねるのやめて。「むぅ」と唸りながら俺を見てくる。誤解だからっ。


「もうジジイの妄言に付き合うのはやめた。俺は俺の生きたいように生きる」


「……馬鹿息子と同じようなこと言いよって。何度も言わせるな、お前は次期エルフの族長で」


「そんなこと知るか!」


「なっ」


エルフだとか族長だとか、人間とは住む世界が違うなんて、そんなことは関係ない。

森の中で生きてきた。森を愛し、森と共に生き、そして森の美しさを知る。掟と使命を抱えて生涯を全うするつもりだった。確かにそうだったさ、だけど今は違う。


森や一族以外にも大切なものを見つけたんだ。

かけがえのない、何よりも俺自身が望む大切なものだ。


「あぁそうだよクソジジイ。俺はエルフだ。人間の国に存在してはいけないんだろ。それに俺は族長候補、一族の長となるべきだ」


「そ、そこまで分かっておるなら」


「それでも! 俺はこの子と一緒にいたい。姫子と一緒に生きていきたい!」


姫子の手を取り、指を絡め、ぎゅっと抱き合う。

互いの温もりが愛おしく、全身に満ちていく。


「森ですごした日々、狩りに明け暮れたあの頃。姫子との出会いと別れ、この一年で体験した様々な出来事に大切な人達との出来事。過去から今にかけて俺が過ごした人生だからこそ、俺は言える。俺はこうしたいと言える! 未来に繋がる自分の想いを持つことが出来た!」


「……そうか」


「ってわけだ爺さん。悪いけど俺は人間界を去るつもりはない」


あー、スッキリした。

爺さんに思いきり叫んでやったぜ。このジジイが、全てお前の思うようになると思うな。

族長の使命や掟は重々分かってるよ。それでも俺は今この子と離れたくない。ただそれだけだ。それが全てだ!


「テリー、お前の言いたいことは分かった。だが許すわけにはいかぬ」


「いやだから知らねぇって」


「知らぬ、か。そうじゃな、そんな戯言を口にしたことを忘れてもらおうか」


忘れ……っ、まさか!?

爺さん、アンタ……っ!



「忘却させるしかないのう。人間界での記憶を、全て」


っ、嫌だ。

もう忘れるなんて、失うなんて。絶対に嫌だ。

姫子と離れ離れになるのは……そんなの……


「いざという時の為にとっておいたが孫に使うことになるとは。しかしこれも森の為、エルフの為じゃ」


爺さんが手の平を向けてくる。

俺と姫子をまとめて覆うような恐怖が迫る。そんな、そんなことって……



また、忘れてしまうのか……


「嫌だ! やめてくれ爺さん! 俺は姫子と……」


「黙れクソ孫。容赦はせん、諦めろ」



っっ、ふざけんな。

やっと会えたのに、やっと告げられたのに。

約束、したのに。


姫子のことを……忘れる……?


「……照久」


「っ、姫子」


「大丈夫だよ。私達、約束したんだから。ずっと、一緒って」


そうだけど、だけど……忘却魔法は……!


「テリー、大好きだよ」


涙を流して姫子は笑顔でそう言った。そして俺の胸元に顔をうずめる。

……爺さん、聞いてくれ。


「これで終わりじゃ。発動せよ……」


「姫子! 俺も、姫子のことが大好きだ! ずっと一緒にいるんだ。もう二度と、忘れたりするものか!」


「――忘却魔法」


一つに合わさった翡翠色の石は淡く輝き続けた。


次回で最終話です。今までありがとうございました。

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