第147話 想いを告げる
「体調はもう大丈夫?」
「もしかしてずっと待っていた?」
「ごめんちょっと邪魔があって」
「あ、でも清水や皆のおかげでなんとかなったんだぜ」
次々に出てくる言葉。矢継ぎ早に喋り、口だけがとことん動く。
でもそうじゃない、言いたいのはそんなことじゃない。
分かっているけど気持ちが出てこない。あれだけ溢れて胸詰まりそうになった想いを吐き出せない。
「照久……」
姫子はただじっと俺を見つめる。
いつも見てきた、昔と変わらない小さくてひ弱な姿。
触れたら折れてしまいそう。今にも消えそうで儚げな瞳。ちょこんと立つ姫子が俺の名を呼んだ。
「……違うよな、そんなこと言いに来たんじゃない。姫子に、伝えたいことがある」
姫子と出会ったこの場所で。一緒に歩いたこの鎮守の杜で。気持ちが、溢れてくる。
目を閉じれば広がる懐かしい思い出。素敵で淡くて、かけがえのない記憶。
その記憶を、その気持ちを、俺は自分自身で忘却してしまった。なくすのが嫌で、離れるのが嫌で、姫子と別れるのが途方もなく嫌だった俺は逃げたんだ。
自分だけ記憶を消して逃げた。思い出、約束、別れの瞬間。全てから逃れようとした。
この子を一人置いて……
「全部思い出した。姫子と出会ったあの頃を。二人で過ごしたあの日々を」
ずっと、ずっと姫子は待っていてくれた。
忘れてしまった俺のことを、姫子は覚えてくれていた。
それがどれほど幸福なことか、また会えたことがどれほどすごいのか。そして、どれほど姫子を傷つけることになったか。
「何も言わず、ずっと待っていたんだよな……そのペンダントを持って」
姫子の胸元で輝く森色の宝石。片割れの、俺とお揃いのペンダント。
約束したのに、ずっと一緒にいるって、言ったのに……!
「……照久。私は、大丈夫だよ」
二つのペンダントが重なった。
二人の手に包まれて一つの宝玉となる。俺の手の上に姫子の手が重なって、トクンと鼓動打つ。っ、温もりが……俺を包み込んでくれた温もりが今も、また……。
「照久、ううん、テリー。テリーとした約束が私の生きる全て。もう、十一年も待った」
「姫子……」
「……もう、待ちきれないよ……っ」
ぎゅ、と握る手に力がこもる。少しだけ熱くて、少しだけ、苦しかった。この熱さが、手から腕を登って胸に刺さる。
分かってる、もう、散々待たせたからな。
うん、俺も待ちきれない。
「姫子のことを思い出せなかった。それでも姫子は俺の傍にいてくれた。俺の隣にいて、優しく温かく傍に居続けてくれた」
何を忘れたとか、何を思い出したか。
過去に何があったか、現在何があるか。
それら含めて……そうだ、これまでの全てがあったからこそ、今の俺はいる。
今の俺が心の底から想う気持ちがある。
もう離したくない。失いたくない。逃げない。
だから、あぁ、やっと。俺は、伝えることが出来る。
「姫子のことが好きだ。他の誰でもない、俺にとって世界で一番抱きしめたくて愛しいたった一人の人」
口が動いて手が動く。
華奢で折れそうなか弱い体を思いきり抱きしめる。両腕で包み込んで力強く、離さない。
「もう一度だけ約束をさせてくれ。俺はもうどこにも行かない。姫子の傍にずっといる。約束を守れなかった俺だけど、今度は絶対だから」
忘れてたまるか。
この想いを、姫子のことを!
この温もりを、俺は二度と離さない!
……だから、
「姫子、傍にいてもいいかな……?」
「……テリー」
俺の体をよじ登る姫子。
精一杯跳んで、頬と頬が当たる。
ずっと、ずっとこうしたかった……!
「私もテリーのことが大好き。もう、もぉ絶対に離さない。ずっとずっと、私の隣にいてください!」
「……あぁ、約束だ」
あの時とは違う。二つの影は重なり合ったまま、離れない。
二人の思い出の場所で。新たな約束に添えて誓いのキスの音が静かに満ちた。