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第146話 そして、辿り着く

「うっ……ぼ、僕は」


「気づいたかヴェント」


「立てますか?」


「ナルッチェ、アズファイフ。そうか僕は……」


「お主だけではない、我らは敗れたのだ。あのエルフの少年に」


「四柱を三人も打ち破るとは。彼、相当強いですね」


「げほっ、何言っているんだよ。僕は少し油断しただけだ」


「慢心含め我らの負けだ。……あとは」


「彼に任せるしかありませんね」


「ふん、気に食わないけどね。……まぁ、あいつが負けるわけない」


「四柱入り歴代最年少にして天才と謳われた、ディオム・アースノーム。彼に全てを託そう」





はぁ、はぁ……かなり時間がかかってしまった。

学校を出て何十分経っただろうか。いや何時間?

でも確認している暇はない。そんな時間あったらいち早く向かいたい場所がある。


あと少し、もう少しで着くんだ。

心臓が暴れ、体の細胞が震える。息切れしそうな呼吸を整えずにただひたすら進め。

あと、ちょっと……!


「止まってください、テリー・ウッドエルフ」


「っ! クソ、やっぱ最後はお前か……」


地面が割れて一人の男子が生えてきた。さも当然のような登場の仕方をしやがって。心臓の弱い奴が見たら失神するぞ。


「聞くまでもないか。土竜、お前も四柱の一人だろ」


学校の制服ではなくノームお馴染みのローブに身を包んでクラスメイト土竜防人は現れた。

相変わらずの白い肌に鋭いつり目。物腰静かな佇まいなのに放つオーラはピリピリと痛く、威圧されて意識ごと飲み込まれそうだ。


俺が最初に会ったノーム族、そして圧倒的な力を見せつけられた存在。

大地の番人、四柱最後の一人が俺の前に立ち塞がった。


「今は土竜防人ではありません。僕は土の民、ノーム族のディオム・アースノームです」


「大地を守る平和主義者が俺に何か用でも?」


「秩序と調和の為。君を拘束する」


めくれた地面が一気に飛び出して襲いかかる。隆々たる土の大群はもう目の前。

即座に矢を放つ、があえなく弾き飛ばされる。矢なんて効かないか。


当たる直前で土の濁流を回避、後方へ飛ぶ。

激しい轟音と土煙、着地した途端に前方から土竜が突っ込んでくる。

奴は走っていた。地面ではなく、宙に浮かぶ数枚の板の上を跳び移って。


「っ、おいおいマジかよ」


最後の土板から飛び降りてあっという間に距離を詰められた。

動揺する間もなく土竜の振り回す棒が迫る。いつの間に棒を……ぐっ!?


着地した瞬間にまた後方にジャンプ。首を引いて精一杯体を反らす。

鼻先掠める土の棒、あと少し反応が遅れたら顔面に直撃だった。


土煙を払い、棒は横の壁へと激突。壁が大きな音を立てて崩壊……ふぁ!?


「なんだその威力! 殺す気か、よ、ぐおっ!?」


いちゃもんを告げることすら叶わない。またしても棒が俺の首を狩ろうと襲いかかる。

しなやかに、だが力強く。長棒を巧みに操る土竜。懐に潜り込むなんて到底無理だ。


「土魔法、拘束」


絶望をさらなる絶望が上塗る。土竜の足元から地面が盛り上がり、泥が噴き出る。それらは蛇の形となり、数多の頭が俺に噛みつこうとうねり暴れ狂う。

避け、っ……躱、せ……!


「ぐあっ!」


紙一重で泥蛇を躱した後、堅固なる棒が俺の腹部を突く。

内臓が悲鳴を上げ、体内の空気が一気に吐き出された。貫かれたような痛み、なぜか異様に腹が熱い。肉が焦げる感覚。

吐き出された息を置き去りに、俺の体は吹き飛ぶ。


地面を転げ回り、空と地面が逆転する。耳に響く土の唸り声と肌打ち込む恐怖で頭が混乱しそうだ。

ブレブレの定まらない視界で辛うじて見えた、巨大な手。俺を掴まんと既に五指が広がって……


「まだ、だ!」


その場で跳躍、全身を丸める。中指と人差し指の腹に当たりながらも強引に身を捩らせて脱出した。


「他の四柱を退けただけありますね。捕縛は困難を極めそうです」


「無表情で淡々と言ってんじゃねーよ」


ヤバイ、こいつはマジで強い。

今、俺は防御に徹することしか出来なかった。

逃げ回るだけで精一杯、それですら危なかった。少しでも判断を違えば既に土の中、意識を刈り取られていただろう。腹に一撃もらっただけで済んでラッキーだと断言してしまう。


最初の四柱、あの棒使いは壁にヒビが入る程度だったのに、こいつは壁を破壊しやがった。同時に土板を発動させて渡り歩く。

泥土を自在に操って、おまけに最後は巨大な掌だ。あれはゴーレムの強化版か? 

気づかないうちに形成されていたし宝石を持っていなかったぞ。


間違いない、こいつはさっきの三人とはレベルが違う。

質の高い魔法の数々、それらを同時に操れる技術センス。果てには体術も秀でている。


「これは……うん、姫子並だわ」


まさに無敵。姫子のブービィが現世に舞い降りたと言っても過言じゃない。

土竜、いやディオム・アースノーム。この最強に勝たなくては前に進めない。


なんという絶望感。

逆に笑えてきた。ははっ、こりゃヤベー。


「大人しく投降していただけますか?」


そう言いながら土竜は重厚な大剣を持ち、傍には複数の土人形と、それらを踏み潰す程の巨体ゴーレムを創りだす。

従わないならば即攻撃する、と警告しているみたいだ。

その圧巻な光景は、俺に勝ち目はないと確信させるのに十分過ぎた。

は、ははっ……今すぐ両手を上げて降伏すべきだな。


だけど、


「嫌だ。俺は進む」


退くわけにはいかない。無理だと悟っても逃げるわけにはいかない。

決意したんだ。皆が背中を押してくれたこの体と想いをあの子に届ける為に。


何より俺が願うから。姫子と会って、寄り添いたいから。

絶対に、負けない!


「……私語になってしまうが、君が僕に勝つのは不可能だ。シルフのように怪我をしたくなければ大人しく」


問題はあの巨大なゴーレムだな。どれほど機敏に動くか知らないが注意すれば躱せるはず。

土人形数体は三人目の時と同じ対処法で。あの大剣だが至近距離では俺の方が素早く戦える、と思いたい。

いかに攻撃を掻い潜って接近戦に持ち込めるかだな。少しでも隙を生み出せるよう弓矢も多用していこう。


「……忠告は届かないようですね。やむを得ない、手加減はしません」


上等だ。こっちも本気で挑ませてもらう。

覚悟を決め、足に力を込める。


……さぁ、行くぜ!


「うおおぉぉぉ!」


気合いを入れ、土竜に突撃する。



その時、


「見つけたぜ根暗ノーム!」


俺の声に重なって雄叫びが聞こえた。それは頭上から降ってきた。

俺と土竜が空を見上げるのは同時、見上げた先にいたのは……あの、銀髪は……!?


「『風の真珠連弾(ホーリーネックレス』!」


無数の青白い光の弾が上空から降り注いできた。美しく眩い閃光の雨は土竜の元へ落ちていった。爆音と衝撃が辺り一帯を埋め尽くす。

土人形は粉々に砕け、巨大ゴーレムは土竜を守るように屈む。数多の砲弾が硬く厚いゴーレムの体を見る見るうちに削り破壊していく……!


「っ、君が、どうしてここに……」


爆音が止む頃にはゴーレムの体は原形を留めていなかった。瓦礫の山となって崩壊した中、土竜は空を見上げたまま。無表情だけど瞳は僅かに不審げに揺れていた。


俺もビックリした。

今の魔法、そして上空に浮かぶ人物に。

ツンツンの尖った銀髪の青年、浮遊して両腕を広げる自慢げな態度。

風を纏って、そいつは優越感に満ちた笑みで俺らを見下ろしていた。


「き、如月」


シルフ族の王子、如月浮羽莉だった。

な、なんでお前がここに!?


「君はシルフの王と共に自国へ帰ったはずでは……」


「そう固いこと言うなよノームさんよぉ。せっかく会いに来てやったのにさぁ」


土竜の問いに如月は変に伸ばした口調で答えた。すげー楽しそうだ。


「確かに俺はお前らノームの勧告と父上の命令でここから去ることになった。だがなぁ、テメェに負けたままのうのうと大人しく帰れるかよ」


浮かんだ状態のまま空中で胡座をかいて如月は憎たらしそうに言葉を吐き散らす。目線は土竜、目つきがすげー悪い。


「馬鹿な、シルフの王は何をしている」


「へっ、父上は見て見ぬフリだよ」


今、ボソッと何か言ったのか?

真偽は分からず、如月はニヤリと口元歪んだ笑みを浮かべる。あぁ、その顔懐かしい気がする。


何か言い返そうとする土竜に向けてまたしても青白い砲弾が降り注ぐ。

バラバラになったゴーレムの残骸が蠢き、土竜を囲むように収集して半球状の壁となった。

再び爆音が響き渡る。


「おいクソエルフ、さっさと行け」


うわっ!?

目の前の攻防をボーッと見ていたらすぐ傍に如月が降りてきた。

思わず身構える。な、なんだオラァ、って今何て言った?


「ネイフォン、だったか? テメェんとこのクソ汚いエルフに頼まれたんだよ。ノームの足止めをしてくれとな」


乱雑な物言いだったが、理解した。理解して、泣きそうになった。

ネイフォンさん、あなたって人は……!


「あのムカつく野郎の言うことなんて聞きたくねぇが父上が協力しろとおっしゃった」


「だから来てくれたのか」


「勘違いすんな、俺は元からこのクソ根暗ノームをボコすつもりだったんだ。お前らに頼まれたわけじゃねぇ」


……うん、お前中二病の次はツンデレキャラか?

これ言うと俺に噛みついてきそうなので口には出さないでおこう。


いやぁ、まさか如月が来るとは予想外だった。

もう会えないと思っていたのに。


「つーわけでテメェは邪魔だ。とっとと失せろや。こいつはぁ……」


風が舞い、青と白の光が如月の手元に集まる。混ざり合い溶けて空色の透き通る輝きを放つ長剣となった。

長剣を携え、如月は土埃の中へ突っ込んでいった。


「俺の獲物だ!」


振り下ろされる風の長剣。受け止めるは土の大剣。土埃から姿を現した土竜が如月の一太刀を防いでいた。


「僕の邪魔をするつもりかシルフ」


「邪魔だぁ? 俺はお前を倒しに来ただけだよ!」


如月が剣を振るえば土竜は受け流す。

土竜が土魔法で拘束しようとしたら如月が風魔法でなぎ払う。

均衡する攻防、ぶつかり合う互いの魔法。激しい技の応酬、まさに激闘と呼びにふさわしい光景だった。


……見とれている場合じゃなかった。化け物同士のやり合いから目を背け、走り出す。目指す場所は変わらない。


「くっ、待ちたまえテリー・ウッドエルフ。これ以上好き勝手には」


「させないってか。いいからテメェは俺に集中するんだな」


後ろから聞こえる土と風が激突する衝撃音。たまに如月の咆哮も聞こえる。

あー、ぶっちゃけ助かったな。

冷静に考え直せば俺じゃ土竜は倒せないだろう。そんな時来てくれた如月。代わりに相手してくれた。


……あいつは許せない奴だけど今は感謝しておこう。そしてシルフの王とネイフォンさん、本当にありがとう。また助けられた。


後ろは振り向かず、その場を離れていく。土竜が何か言っているがその上から如月の怒号が押しつぶす。なので無視しよう。


じゃあな土竜。お前にも使命があるのにごめんな。

そこのツンデレ男子、もとい機関から命を受けた中二病の相手をしていてくれ。


俺は、先に進む。











思い出した。あの頃の記憶、あの子との出会い。

父さんと母さんがいなくなって寂しくて悲しくて、泣いてばかりの俺が出会った一人の少女。


ただの偶然だった。たまたま会っただけ、それだけのこと。

だけど、俺達は惹かれ合うように二人寄り添った。ゲームして散歩して、子供が遊んでいただけ。それでも、いや、それがお互いにとってかけがえのない幸せで、かけがえのない思い出だ。


そして時は流れて……俺達はまた出会い、惹かれ合った。

高校で同じクラスになって、何も覚えていない俺がなんとなく話してかけただけ。偶然だ。姫子のこと忘れていたんだから。


なのに……昔と同じ。気づけば二人でいることばかりだ。気づけば、俺の中で大きな存在に、大切な人になっていた。



もう失いたくない。もう逃げたくない。

あの頃と同じであって違う、これまでの全てがあったからこそ築けた関係を、想いを告げに、進むんだ。


「姫子、会いに来たよ」


鎮守の杜、二人で二度、約束した場所に姫子は立っていた。


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