第145話 VS四柱2
「私の名前はアズファイフ・アースノーム」
しばらく進むと再びノームが現れた。
さっき倒したノームの男と同じローブを着ている。
「ナルッチェを倒したのか。少しはやるようだな」
あぁ、先程の男のことね。今もまだ気絶していると思うぞ。
さて、やっぱり他にもノームが来たか。
さっきの棒使いは自らのことをノーム精鋭、四柱と名乗った。
まぁ人間界の言葉で表すなら四天王ってやつだ。
四つの柱、つまり四人。棒使いの他に三人、その精鋭とやらが立ちはだかるのは容易に予想出来る。
そして今、前にいるのが二人目。
「一人倒して良い気なるのも無理はないが、私はナルッチェのようにはいかないぞ」
フードを外して男の顔が露わになる。
短く刈られた黒髪に細い目、身長は俺と差異ないが厚みのある逞しい体格がローブの上からでも分かる。
「手加減はしない。全力で君を拘束する。土魔法、形成」
話すことはないと言わんばかりに土の魔法が発動した。
土がめくれて宙に浮かぶ。さっきの奴と同じだ。
違うのは形が棒状ではなく、石板のような板状になった。野球のベースぐらいのサイズだ。それが十数個。
男が手を振るう。土板とでも言うべき数多の物体が一斉に俺目がけて飛んできた。
「砲弾による攻撃、ってところか」
大人しく食らうつもりはない。躱せるものは躱して、厳しいのは防御してやる。
両腕を前に出して構えた。さぁかかって来い。
「……って、あれ?」
「それらは攻撃手段ではない」
土板は俺の横を通り過ぎていく。または数メートル前で停止する。頭上にも何枚か浮いて、まるで俺を包囲するかのようだ。
攻撃が目的じゃない……?
「行くぞ森の民よ。私は、縦横無尽縮地拳法の使い手」
こちらに走ってくるノーム。何も武器は持たずに突っ込んできた。
あ? 何がしたいんだ?
「さっきの奴には言ったが、別に俺は接近戦が苦手なわけじゃねーぜ!」
近づけば無力化出来ると思ったら大間違いだ。突っ込んでくる男、タイミングを合わせて右パンチを放つ。
拳が当たる寸前、男の瞳が怪しく光ることに俺は気づいた。
「残念だな」
「跳ん、だ……えっ?」
ノームは跳び上がって俺の拳を回避した。
だが空中では移動出来ない。落ちてくるところに蹴りでも食らわせれば良い。そう思って上を向けば、土板に着地したノームの姿が映った。
「私の動きについてこられるかな?」
板を蹴り、また別の土板に飛び乗った。そこからさらに違う板へ、さらにまた。止まることなく男は宙に浮かぶ板の上を跳び回る。
「隙あり」
頭上へと消えた姿を目で追おうとした時にはもう遅く、板を渡り歩いてノームは俺の真後ろにいた。
振り向けば奴の拳が……っ?!
「うおっ?」
「ギリギリで防いだか。だが次はどうだ?」
なんとか腕で防御したが男はすぐに身を引いてまたしても素早く動き回り始めた。
なるほど、足場として利用するのか。
地面上だけでなく宙も移動出来る。おまけに速い。この上なく厄介だ。
動きを目で追うだけでも大変なのに、これでは俺から攻撃するのは無理だろう。
けれどいつまでも逃げきれそうにもない。つーか俺は時間ねぇの、早く会いに行きたいんだよ。
「私は油断しない。ジワジワとお前を追い詰めてやろう」
「させねーよ。弱点丸出しのくせして」
自身の身体能力をより発揮出来る良い魔法だ。それは認める。
しかし、一つだけお前は見落としているぞ。
それは、
「この土板に俺も乗ればいいんだ」
お前が板の上を跳び回るならば、俺も同じことをすればいい。
俺だって幼少時から木の上を跳び回っていたんだ。その程度の動き、出来ないわけない。
目先にある板にジャンプ。跳び乗ろうとする。その瞬間、
俺の足裏が板に触れた瞬間、土板が音もなく崩れた。
「え?」
「愚かだなエルフ」
触れただけでボロボロと崩れて砂になった。
乗ろうとした体はバランスを失って地面へと落下。その僅かな間に、ノームが板を渡って迫ってきた。
「縦横無尽拳法!」
「ぐっ」
落下している状態では上手く回避出来ない。対して相手は足場を使って安定した連撃を放ってくる。
拳による強襲を食らって俺の体は吹き飛んでしまった。
「……あれだけの攻撃を全て防いだか。大した反射神経だ」
何を感心してんだテメー。そこじゃないだろ。
すぐさま立ち上がって奴と距離を開ける。すると土板も一定の間隔を空けつつ俺に接近して周りをフワフワ浮かぶ。
……乗れるのは術者のみ、か。術者以外が触ると簡単に砕け散る。
試しに目先の板に触れてみる。指がちょっと触れただけで土板は砂になった。脆すぎるだろおい。ポテトチップスの方がまだ逞しいぞ。
「分かったかな。この板は私だけが使えるのだ。私専用の足場となり、多方面から敵を一方的に追い詰める。さらに……」
先程潰した板は砂となって崩れたが、今はもう再び板状の形に戻っていた。
魔法が発動している間は自動で再生。三秒ぐらいだったな。
つ、ま、り?
「全ての板を破壊しようとしても無駄だ。壊れたらすぐに再生する」
俺には乗れなくて奴は乗れる。壊れても即修理しちゃいます。こんなところだな。
要約したら、自分だけ足場が多くて有利ですよーってことだろ。セコイ魔法だなクソが。
本人の高い身体能力があってこそ意味があるんだけどさ。
「聡明なるエルフなら理解したはず。君に勝ち目はない。終わりだ」
宙へ舞ったノーム。次々に板の上を乗り移っていき、虎視眈々と俺を狙っている。
……あぁ、はい。慣れてきた。
左手で弓を持ち、もう片方の手はグーにする。
「隙あり」
「なしだろ」
「っ!?」
腰を回転させ、背後から襲いかかってきたノームに向けて拳を振るう。奴の拳より俺の方が速い。迷わず顔面を狙う。
「っ、馬鹿な!」
が、奴は寸前のところで止まった。地面に着地して上半身を傾けて俺のパンチをギリギリ避けやがった。
「お前の方が隙だらけだぞ」
「ぐっ、まだだ!」
一歩後ろに下がる、普通ならそうやって退避する。でもこいつには他にも逃げ場がある。俺が追いつけない空中の足場に。
狙うはそこだ。
矢を抜き、弓に添え、撃つ。
矢は男よりも先に土板へ到着。勢いよく板を貫通した。
「……え?」
「板を全部破壊する必要はないだろ。アンタが次に跳ぶであろう一、二枚を撃ち抜くだけでいい」
砂になっては乗ることは出来ない。
ノームは完全に空中で止まってしまった。後は落ちてくるのみ。
「要はアンタの動きを捉えて次に乗る板を制限させたらオッケーだ」
「そ、それがどれほど至難の技だと思って……!」
「物心つく頃から木渡りはしてきたんだ。動き回るっつー分野で俺は負けねー」
足場がなくては何も出来ない。アタフタと落ちてくるノーム。
落下する顎に向けて真っ直ぐ! 思い切り拳を振り上げる。
「ごへぇ……っ、っ!?」
落下の勢いを跳ね返すかの如く、会心のアッパーカットが決まった。
言うまでもなくノームは完全に伸びてしまった。
よし、二人目終わり。
短髪のマッチョノームを撃退した後はまた走り出す。
目指すは姫子の家。夏の蒸し暑さも日差しも気にせず全力で駆け抜けていく。
人避けの魔法はかなり広範囲で発動しているようだ。かなりの距離を走ったが誰一人として通行人と会わない。
おかげで遠慮なく全速力を出せる。まぁ人がいても構わず走るんですけどね。正体を隠すとかもう関係ねぇ。
「あともう少しだ……姫子、もうすぐ」
姫子のことを考えると胸が痛い。姫子の顔、辛そうな姿、俺を見つめる弱々しくも想いのこもった瞳。忘れていた記憶を重なって、辛くなる。
辛さは焦燥となって足を動かす。早く、一秒でも早く、姫子に会いたい。
会って……今度は逃げない。絶対に伝える。
だから姫子。だから……
「だから、邪魔するな!」
左右の壁から飛び出してきた二つの影。上から俺にのしかかろうとしている。
だがスピードは落とさず体勢を低くして躱した。
強襲した二つの影は地面に倒れ落ちる。
「……何だこれは?」
倒れた二人、いや二体?
茶色の、人の形をした物体がモゾモゾと起き上がろうとしていた。
人体型の……土?
「四柱を二人も倒すとはね。エルフを侮っていたよ」
「こいつらはお前の魔法によるものだな。土人形ってところか」
「正解だけどさ、自己紹介くらいさせてよ」
目の前に立つローブ姿。もう三回目だ。
「僕の名前はヴェント・アースノーム。分かると思うけど四柱の一人だよ」
今まで会ったノームの中で一番若々しかった。と言うよりは幼い容姿だ。
緩やかなくせっ毛の黒い髪は眉までかかって丸い小顔とパッチリとした目。背は低い、清水ぐらいかな。
土のついたローブを着ていなければただの男子中学生だ。
「ちなみに僕は二十三歳だよ」
「年上かよっ」
「ゴーレムには驚かなくて僕の年齢にはリアクションするんだ……まぁいいさ、とにかく君はここで捕まえる」
男子中学生ノームが何か取り出した。濁った黄色、紐に繋がれた鈍く光る宝石。あ、俺の持つペンダントと似ている。
四角い水晶の形をしたそれが、一瞬だけ明るく眩い輝きを放ったのが見えた。
気のせいかそうでないか。答えを見つける前に、俺の前には三体の土人形が現れた。
盛り上がった土が形を成していき、四肢を持つ人体型となる。
「大地の加護を受けし愚直な下僕よ。震えを沈めて、敵を、討て」
顔のない頭部がこちらを睨んでいる気がした。
地面と完全に分離し、土人形の一体は俺の方へ走ってきた。直線的で迷いのない動き、両腕を広げて襲おうと眼前に迫る。
「これくらい余裕で躱せ……おっと」
覆いかぶさろうとしてくる人形から逃れる為に後退。すると後ろからも先程の二体が接近していた。
なんとか逃げようと体を捻り、ついでに回り蹴りを放つ。
右の足が敵の顔面へとヒット。だが動きが一瞬止まっただけで人形は俺の足を掴んだ。
「っ、この!」
掴まれた状態では逃げ切れない。けれど他の二体も俺を捕まえようとしてくる。
焦りが汗となって額に滲む。力いっぱい、渾身の思いで足を引っこ抜いてその場から離れる。
三体の土人形が激突、腕や上体がぶつかり合って崩れる。
そしてムクリと起き上がって再び俺の方を見つめる。何もない顔で。
亀裂が入った胸部や千切れた手はゆっくりと再生している。数秒足らずで元の状態に戻った。
「ゴーレムは何の感情もない。ただ僕の命令に従うだけだ」
じりじり、と迫ってくる三体の人形。その奥では二体の人形に挟まれたノームが微笑を浮かべていた。余裕げに話しやがって、奥の二体は自分を守らせる為だな。
一応試してみるか。弓矢を構えて後退、距離を開けつつ矢を放った。
前方三体の横をすり抜けてノーム目がけて飛ぶ。ノームの微笑が土に隠された。
「無駄だよ。僕に攻撃は届かない」
土の人形が自身の体を前に出してノームの代わりに矢を受けたのだ。矢は刺さったが土人形にダメージは与えられていない様子。
……これはちょっとキツイな。
「ほらほらまだ来るよ?」
奥の敵ばかり見ている暇はないか。前衛の三体は俺を捕まえようと走ってきている。
馬鹿の一つ覚え、闇雲、単調な動き。人形に対する悪言が口から出そうだ。あぁ面倒臭い。
五体の土人形を操る、それが奴の魔法のようだ。
うち三体は俺を捕縛する為に動き、残り二体は防御に徹している。人形は命令に従うだけで真っ直ぐ襲ってくるだけ。けど攻撃を与えても即座に再生して意味なし。
これは……うん、詰んでいるかもな。いやどうやって突破すればいいんだよ。
「ちっ、しつこいんだよ」
執拗に抱きつこうとしやがって。ストーカーかお前ら。
イラッときたので全力の右ストレートを撃ち込む。表面を砕き、そのまま勢いに任せた拳は簡単に体を貫通した。
「って、これじゃ意味ないのか!」
胸に穴が空いても関係なし、人形は俺に掴みかかる。右腕を引っこ抜きながら人形を投げ飛ばす。オラァ!
クソ、一体ならまだしも三体同時に掴まれたらマズイ。スマビク風に言えばゲームセットだ。
でも逃げてばかりではジリ貧。かと言って打開策が思い浮かんだわけでもない。
一体どうすれば……
「何をしても無駄だってば。大人しく掴まってよ」
「うるせークソガキ。自分は何もしないくせして偉そうにするな」
「……ガキじゃない、少なくてもお前より年上のはずだし!」
怒ったのか、頬を膨らませながらグルングルン腕を回すクソガキノーム。
そういう行動がガキ臭いんだよクソが。お前なんてタイマンだったら秒殺だぞ。
……ん?
グルングルンと腕を回し、手に持つ宝石も回る。
その光が強くなった……っ!?
「少し痛い目見ろ! 手加減は無用だゴーレム達!」
ゴーレムの動きが速くなった。気のせいじゃない。
機敏な走りと腕の振るい、さっきまでは危なげなく逃げれたが今は……くっ、ヤバイ。
飛び込んでくる一体を躱せば目の前には二体目、土の長い指が首元へ迫るのを辛うじて弾き飛ばす。
が、その上からお構いなしに突撃してくる三体目の人形。二体目を壁にしつつ支点として固定。重心移動させ、体を丸めて転げるように離脱する。
押しつぶされた人形は瞬く間に再生、もう既に走ってくる。
クソ! なんだこいつら元気か!
「あははは良い気味だ、いつまで逃げ切れるかなあ?」
子供みてーな幼くて陽気な笑い声を上げる中学生ノーム。お前それでもノームの精鋭の一人か。それでも成人か。
今はなんとか防げているが次第に追い詰められているのも確か。
この切迫した状況を打破するには……ん、そうだな。一つ案が浮かんだ。
「休むなゴーレムもっと攻めろ!」
嬉々としてはしゃぐクソガキの手に握られたあの宝石。
恐らくだがアレがゴーレムを動かす鍵になっているはずだ。宝石が光った時ゴーレムが形成され、より輝きを増した時はゴーレムの動きが格段に良くなった。
ならば、あの石を壊せばゴーレムの動きも止まるのでは? もしくはゴーレムは崩れ倒れる。
推測だが信じるしかない。それに賭けるしかない。
矢を一つ取り出し、密かに狙いを定める。その間も三体の猛攻を耐え凌ぐ。
もし推測通り宝石を壊せば魔法解除出来るなら、一度でもしくじった後あいつが大人しく宝石をブンブン振り回すわけがない。
チャンスは一度のみ。気づかれるな、さりげなく狙いを見据えろ。見据えると同時に動きを止めるな、回避しろ、機会を伺え。
「どうしたエルフ、もう終わりかな?」
集中しろ、気を抜くな、この一矢に全てを賭けるんだ。
右下からのタックルを避け、覆いかぶさる人形を背中で受け流し、迫るもう一体の膝を蹴り飛ばして動きを一時的に止める。
奴の位置。左右に立つ人形の動き。密集する三体の間を縫って矢を撃つ為の体勢と角度。
小さな宝石を寸分の狂いもなく狙う為に、ギリギリまで見極めて一瞬だけ弓を構えて放つ。僅かな隙を見つけ、そこに最速の矢を……撃ち込め!
「ちっ、しぶといな」
ノームが手を上げた。指先には黄色の石。濁った色が鮮度を増してより輝きを放つ。
攻撃を避けて飛躍、迫る土の手を弓で弾いてそのまま地面と落下。頭が地面に着く寸前のところ、今、ここだ。
三体が密集する中での小さな隙間、足は地面を離れて落下に身を任せる。
弓を引き、狙いに向けて……矢を放つ。
「なっ!?」
ゴーレム達の脇を抜けて一直線。後衛二体のゴーレムが反応するよりも先に、防がれるよりも速く! 矢はノームの手中にある宝石に当たった。
バキッ、と砕け散った宝石は砂金のようにキラキラと光って風に乗る。
ゴーレムの腕が眼前にまで押し寄せてきたところでピタリと止まり、固まった。
完全に動きが……止まった。
「だ、大地の黄玉が……っ! た、大切な国宝なのに」
弓矢を投げ捨てゴーレムを掻き分ける。少し押しのけただけで人形は崩れた。ぐちゃぐちゃの泥みたいだった。
さーて、反撃の一撃をお見舞いしてやろうかな。
奴の数メートル前で跳び、宙を舞う。
「ご、ゴーレム!? う、う、うう動けぇ!」
「次からは自分も戦えよ。ジャイアントドンビキー戦で何もしない味方キャラかお前は」
「な、何言ってるん」
「うるせー!」
中学生ノームに激突、そのまま馬乗りになって押し倒し、
拳を高らかに掲げた。脳裏に浮かぶモリオのスマッシュ攻撃の動きと→Aのコマンド。意識をぶっ飛ばしてやるぜ。
「モリオスマッシュ!」
「ぐおぁ!?」
地が揺れ、悲鳴が聞こえた。
俺はゆっくりと拳を引き、土を払いながら立ち上がる。
一撃を食らったノームはピクピクと痙攣して、最後はガクッと気絶した。
「っし……三人目、撃破!」