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第139話 二人の王、そして告げられる言葉

「よぉエルフ、久しぶりだな」


銀の髪はボサボサ、ツンツンだった毛先は張りがなく垂れ下がる。

服装も制服ではなく『いまむら』で売ってそうなジャージを着用している。

如月、まぁとりあえず無事で良かった。


ここは裏山の山頂。土竜に指定された場所には如月もいた。そして他にも、


「テメェの始末は後回しだ。まずはこいつらを……ちっ」


如月を囲む三人。それぞれ茶色のローブを身に纏いフードで頭を覆っている。顔は見えず、何も発さずに沈黙を貫いている。

如月には触れずに拘束しているような、何も言わせない圧迫感がこちらにまで伝わってくる。

この三人もノーム族、土竜と同じ大地の番人か。さすがに如月もノーム三人に監視されている状態で下手な動きは出来ないみたいで恨めしげに舌打ちをして顔を歪ませている。


「お待たせしました。どうぞこちらです」


その声は俺の後ろから聞こえた。振り返ればローブを着た土竜の姿。制服姿の学校で見せる土竜防人ではなく秩序を守るノーム族としての姿がそこにあった。

そしてその後ろには一人の男性の姿。


半袖の黒Tシャツには巨大な髑髏が描かれて何ともおどろおどろしい。銀のネックレスと腰元には重量感ある鎖が垂れ下がり、色の落ちたジーパンを穿いている。

ガラの悪い服装よりも目につくのは銀髪。如月と同じ太陽の日差しを浴びるキラキラな白銀の髪がその存在感を誇示して輝いていた。


「ち、父上!?」


「久しぶりだなエアロ。元気そうで何よりだぜ」


如月の様子を伺うと奴は口をあんぐりと開けて目を丸くしていた。ザ・驚愕!といった表情だ。

今こいつが叫んだことから察するに、このチャラチャラした格好の男性は如月の父親なのだろう。王子の父、つまりは王。

この人が、シルフの王様……いやいや格好ファンキー過ぎるだろ。何だその胸元の髑髏、厳ついなおい。髑髏の上には『BAD WING』と金色の文字が書かれている。すごいTシャツだ、『いまむら』にも置いてないぞ。


「ど、どうして」


「お前がなんか色々暴れたから俺が呼ばれたんだぜ。ったく、人の話も聞かないで家出したと思ったら他所様にご迷惑かけて……この馬鹿息子ぉ!」


男性は如月を殴った。如月が「ぶげんちょ!」と奇声を上げながら吹き飛ぶ。

なんて威力の拳だ。清水のそれと同等かいやそれ以上!?

地面に崩れ落ちた如月の傍までノソノソと歩いていくシルフの王。息子をぶん殴ったのにその表情は少し微笑んでいた。


「言っただろうが馬鹿チンカス息子、人間を恨むなと。彼らは自分達のルールを遵守して健気に生きているんだ。お前にそれを邪魔する権利なんてない」


「し、しかし父上。あいつらは自分勝手に自然を破壊して風を汚しているんだ。それを見過ごすなんてぶぼ!?」


王様は二発目をお見舞いする。話している途中だった如月は再び吹き飛んだ。さっきから拳が重たそうなんですけど!? そしてなんでこの人笑顔なんだよ。息子殴っているのに笑っているんですが?


「だったら俺達が風を綺麗にすればいいだろうが。シルフは人間を滅ぼす為の種族じゃない、浄化された清き風を纏うのが使命であり誇りである高貴な一族だ。それなのにお前は破壊破壊言いやがって……暴力はいかんと教えたはずだぜ!」


三度、宙を舞う如月。彼の頬はもう真っ赤だ、腫れあがっている。両穴から鼻血が垂れ流れてせっかくの整った顔が台無しだ。

そして王様、あなたもただ今絶賛暴力を振るっています。


「まぁ俺も家出したことあるし、人間の国で何か感じるものがあれば良いと思って放置してたが……この馬鹿チンチンカスカス息子が。おいトレアはどこだ、あのジジイもぶん殴ってやる」


「まぁまぁ落ち着きなよライデン君」


風の王の肩をポンと叩く人物。茶髪のボサボサ頭を揺らす不衛生な格好をした男、ネイフォンさんだった。

ね、ネイフォンさん!? な、なんでここに。


「っ! クソエルフ、あの時はよくも俺の記憶をぐはっ!?」


唸る如月を回り蹴りで蹴散らすとシルフの王は満面の笑みでネイフォンさんと抱き合う。おっさん二人が熱い抱擁を交わしている。


「久しぶりだぜネイフォン! え、おい! 何年ぶりだよ?」


「ははっ、また会えて嬉しいよライデンくーん。その格好はもう時代遅れだよ」


「え、マジ。俺これ自国でも着てるぜ? また後で買い物付き合ってくれよ!」


楽しげに話し合う二人。止まらない会話。ネイフォンさんも王様もまるで親友と接するように親しげに喋っている。

……ね、ネイフォンさん。あなたシルフの王と知り合いだったのかよ!


「今回シルフとエルフ両族の長を交えた会談において中立の我々とは別に仲介人として、どちらの長とも面識のあるネイフォン・ウッドエルフ様をお招きしました」


「あ、どーもネイフォン・ウッドエルフです」


ボサボサ頭を掻き毟りながらヘラヘラ笑うネイフォンさん。

その隣でシルフの長は豪快に笑い、如月はボコボコの顔面をさらに歪ませて、土竜と他三人のノームは黙っている。

ネイフォンさん、あなたが他種族と交流を持っていたのは以前聞いていたがまさかシルフの、しかも王と知り合いだなんて。おまけに超仲良しだよ。


「はは、ノームさんに声をかけられた時はビックリしましたよ。ところで元四柱のボブ・アースノームは元気にしているかい?」


「……あなたがノーム族の秘術、催眠魔法を教わった人物ですか」


いつも冷静な面をした土竜が珍しく苦い顔をした。それに対してネイフォンさんはヘラヘラと笑う。

催眠魔法……っ!? ま、まさかこの人! 

……催眠をかける魔法が使えるって話を聞いたことあったが、ノーム族から教わったものだったのか! つまりノーム族とも交流があったと。この人、どれだけ他種族と友達になっているんだよ。


「嫌そうな顔しないでくださいよ。どこの国にも頭おかしい奴はいるものさ。故郷を捨てた私、反抗期で国を飛び出したライデン君、秩序を守る使命から逃げたボブさん。まぁまぁ今はその話は置いときましょうよ」


「……そうですね。あとはエルフの長を待つのみですが」






「待たせたな、クソ孫」


その声を俺はよく知っている。ずっと、ずっと森の中で聞いてきた。傍にいた。

喉が絞まり、息が詰まり、緊張が走る。ゆっくり、俺はゆっくりと声のする方へ顔を向けた。


「クソ、ジジイ……」


一緒に暮らしてきたエルフの族長、ジジイが立っていた。

十ヶ月ぶりに会うが、何も変わっておらず相変わらずムカつく長髪と窪んだ両目が俺を真っ直ぐ捉えていた。

けれどそれは一瞬のことで、すぐさま俺から目を逸らしてジジイはシルフの王様の方へと歩を進めていく。その間に立つ土竜。


「初めまして、この場を仕切らせていただきますディオム・アースノームです。こちらはシルフの長でありますライデン・ムーンシルフ様。そしてこちらはエルフの長ディアバレス・ウッドエルフ様です」


「あ、どうもです。森が綺麗なおかげでうちの風も清らかに吹いています」


「いえいえこちらこそシルフ様が送ってくださる風で木々が嬉しそうに揺れています」


ペコペコと頭を下げる両者。その様子を眺める土竜とネイフォンさん。

サラッと行われているが今この場で風と森のトップが対談している。ひょっとしてすごいことではないのだろうか。


「なんかうちの馬鹿息子がそちらのお孫さんを怪我させてしまったみたいで……何とお詫びすればよいか」


「頭をお上げくださいライデン様。こっちの馬鹿孫にも落ち度があるに違いないのですから。お互い大変ですな」


深々と頭を下げて謝罪を繰り返す二人。

……ふざけんな、俺は被害者だ。どうせ大して事情を知らないくせに知ったような口ぶりしやがって。俺が悪いって勝手に決めやがって。


「寧ろ馬鹿息子が迷惑かけたのは私の方です。何か失礼がなければ良いのですが」


「そんなことありませんネイフォンは大切な友達です!」


ニッコリと笑ってシルフの王はそう言った。

ジジイが申し訳なさそうに顔を俯かせてネイフォンさんを肘でつく。「この馬鹿息子が」と言いながら。


………ちょっと待ってくれ。

は、え…………な、なんだ。まさか、そんなことが。いやいや!?

今のやり取りを聞いて分かったことがある。俺も如月のように大口開いてザ・驚愕の表情をしているだろう。

今、ジジイ、ネイフォンさんを息子だと言った。


「ね、ネイフォンさん……あなた俺の……!」


「言い忘れていたね。この爺さんは私の父親だ。そして君の父親は私の兄。テリー君、私は君の叔父なんだよ」


いつものように軽い笑い声を上げてネイフォンさんはケロッと答えた。

嘘、だろ。この人、このボサボサ頭のホームレスおっさんは俺の叔父。そんなことって……はああああああああぁぁっ!?


「なんでもっと早く言わないんだよ!?」


「なんじゃネイフォン、貴様言ってなかったのか」


「いや父さんがもう言っていると思ってました。まぁ別に大したことじゃないでしょ」


なんだ、どうなっていやがる。次々と襲いかかる新事実に脳が追いつかない。

両親が死んで俺の家族は爺さん一人だと思っていた。なのに、叔父がいるなんて。

しかもエロDVDとゴミに囲まれた無精髭のおっさんだぞ。ふざけんなよっ! もう何も信じられないわ!


「積る話もあるでしょうが今回の議題に移ります」


調子を取り戻した土竜が割って入って淡々と話し始めた。

俺はまだ困惑から脱しきれていない。頭がぐわんぐわんと痛くて気持ちが立て直せない。

けれど土竜は話を進める。それに伴って場にいる者は口を閉じ、番人の言葉を待つ。


「まずはエアロ・ムーンシルフの処遇について。我々ノームとしては人間に危害を及ぼす彼を直ちにこの国から去っていただきたい」


「そうですね、本当ご迷惑かけて申し訳ないです。私も同意見です」


ライデン・ムーンシルフ、風の王はサラッと言った。

沈黙を徹していた如月が途端に叫び出す。


「待ってください父上! 俺はまだ」


「いい加減にしろエアロ。お前は何も分かっていない何も見えていない。これ以上この国で暴れるなら……ただ殴るだけじゃ済まさんぞ」


碧い眼光が如月を刺す。笑顔は消えて険しい表情になった途端、王の纏う匂いが変わった。

如月は肩を震わし、一歩後ずさりする。破壊破壊と叫んでいた王子が目を伏せて黙ってしまった。

俺にも分かる、これが風の王の風格……。


「すいませんノームさん、こいつは俺が連れて帰るので安心してください」


一変して土竜にペコペコと頭下げるライデン王。この人オンとオフの使い分けが激しいなおい。


「分かりました、我々もそれで十分です。では次に、テリー・ウッドエルフの処遇についてですが」


自分の名前を呼ばれた。筋肉が強張り皮膚が乾く。

シルフの王が王子を引きずっていく中、目の前には土竜とネイフォンさんと、そして爺さんが立っている。

土竜は無表情のままでネイフォンさんは普段通りヘラヘラと笑って眼鏡が鼻柱から落ちかけている。爺さんは……俺に背を向けている。一体どんな表情をしているのだろうか。

……久しぶりに再会したのに、まだ爺さんと一言も喋っていない。そんな暇がなかったのもあるが、なぜか爺さんが俺を避けているようにも思えた。


「彼は被害者であり瀕死の重傷を負った。秩序を乱した原因の一端とはいえ彼自身は無実。この国から追い払うかどうかは我々だけでは決めかねる。長として意見をいただきたいのですが」


丁寧に喋る土竜。相変わらず堅苦しい奴だ。

そんな風に言ってもな……残念だけどうちの爺さんは馬鹿なんだよ。


俺がどうしてここにいると思う?

そこの長に命令されたからだ。ゲーム機買えとパシられたからだよ。

俺はまだゲーム機を手に入れていない、爺さんが俺を連れ帰るわけがない。


本当馬鹿なんだよ、爺さんはそんなことじゃあ


「帰るぞテリー」


「…………は?」


空気が止まって張り付く。息が詰まり血液が止まり、微かな喘ぎをその場に吐き捨てる。

汗は出ない。けど心臓は暴れて気持ちが落ち着かない。

……ずっと溜まってきた不安が爆発したようだ。たまらなく、どうしようもなく、気が狂いそうだ。


「何、言ってやがるジジイ」


「ノームに迷惑かけた以上ここらが潮時じゃ。大人しく森に帰るぞ」


「だから何言ってやがるんだクソジジイ!」


ジジイに詰め寄り胸倉を掴む。

窪んだ両の瞳が俺を見下し、何色も映らない目が不安と怒りを煽る。

叫ぶ、叫ぶ、叫んで不安で、体も心も高熱で煮えたぎりそうだ。


「ふざけるなテメーが人間界に行けと言ったんだろうが。それが今度は森へ帰れ、だと? 言ってることが滅茶苦茶なんだよテメーは!」


「手を離せクソ孫。それが族長に対する態度か」


「だ、か、ら都合の良い時だけ族長面すんじゃねぇよ!」


なぜだろう。止まりかけたその直後から、不安が爆発してから叫びが止まらない。口も心も、何か吐き出そうとして止まらない。

あぁ、これは怒りだ。自分勝手な爺さんに向けて不満が溢れているんだ。

この自分勝手な、クソジジイが、許せない。


「テメーの命令で俺がどれだけ苦労したと思ってやがる。森から追い出されて知らない世界に叩き出されて……全部テメーのせいだろ!」


こいつは俺を馬鹿にしてるのか。人間界に行けと言って今は森に戻れだと? 意味が分からないんだよふざけたこと言ってんじゃねーぞ痴呆ジジイが!


「もう十分じゃ。帰るぞ」


「嫌だ。俺はまだアンタの命令を成し遂げていない」


爺さん、アンタはゲーム機が欲しいと言ったよな。印天堂65が欲しいと言った、俺に買ってこいと命令した。

クソみてーなくだらない命令だけどなぁ、まだ印天堂65は手に入れていないんだ。だからもう少し待てよ。


「ゲーム機がどうした。そんなものはいらん」


血管が切れたような気がした。

我慢の限界だ。このジジイぶん殴る。


「っ、ふざ、テキトーなこと言うのも大概にしろやぁ!」


「大体貴様、今まで何をしていた。ゲーム機なぞその気になれば買えたはずじゃろ」


「っ、なっ……何も知らないくせして」


「どうした。なぜそんなに執拗に迫ってくる。お前は森に帰れるんじゃぞ」


っ、っ! 黙れ、ジジ、イ。

お前が自分勝手なこと言うからだろうが。もうこっちは頭が混乱しているんだよ。今更何を言ってやがる。


「嫌だ、俺はまだ印天堂65を」


「そうか? ワシにはお前が帰りたくないように見えるぞ。この国に居座りたいように見える」




爺さんの言葉が深く突き刺さる。怒りも不安も固まり、言葉に詰まる。

……俺、森に帰りたくない……のか?

なんでだよ、そうじゃないか、俺はこんな国とっとと去って自分の家に帰るって。

それなのに、俺はここにいて、人間の世界で暮らして、まだこれからも過ごすんだといつから思っていた?


「ゲーム機は二の次じゃよ。人間の国で過ごさせて人間の暮らしを見せて、お前に広い視野を持たせるのが目的じゃ。半年以上も過ごせば十分だ。もう森に帰ってきてもらう」


「ふ、ふざけ」


「忘れたのか? お前は次期族長で、お前はエルフ。ここにいるべき存在か?」


っ、ふざけんなジジイ。こんな時だけ正論言ってんじゃねぇぞ。

お前が、お前が! クソジジイ! テメーがぎゃあぎゃあ言うから俺はここにいるんじゃないか!

なんで、なんで帰らないといけないんだ。

嫌だ、嫌なんだよ。俺はまだやるべきことが、やりたいことがたくさんあるんだ。


「人間について学べと言ったが愛着を持てとは言ってない。テリー、お前は誰だ? テリー・ウッドエルフ」


怒りは消えない。このジジイを殴りたい。けれど怒りを上回る不安と衝撃が体の底から湧き上がる。

いつからだ、いつから俺はここに愛着を持つようになったんだ。

姫子や清水のことを大切な友達と思って、嫌いだった人間の国が、好きになって……これからもここで暮らしていくと、いつから思っていたんだ。


俺、どうしたんだ……?


「少し頭を冷やせ。ネイフォン行くぞ」


「……父さん」


「そいつは放っておけ」


ネイフォンさんを連れて爺さんは去っていき、ノーム達も消えていく。

残された俺はひたすら葛藤していた。

俺は、俺はどうすればいいんだ……。


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