第13話 ドンビキーが倒せない
「おらっ、おらっ、この狐野郎!」
挑むこと十回目、幾度となく敗北を喫してきたファックス戦だが最後は呆気なかった。
空中から復帰しようとしたファックスが変な方向に飛んで勝手に落ちたのだ。
モリオは特に何をすることもなく勝利を収めたのだけど、これでいいのか?
といった感じで朝から委員長のお部屋でスマビクをやり込んでいます。
土曜日、長かった平日五日間の授業を経て嬉しい二連休の初日は既に予定で埋まっている。
朝から夕方まで委員長の家でスマビクの特訓さ、なんと有意義なホリディだろう。
休日の午前は寝て過ごすのがセオリーだった俺だが真面目に起きて苦手な電車に乗って神社までやって来たのだ。
どれだけ印天堂65にご執着なのかお分かり頂けると思う。
約束通り朝の九時に委員長の家に来てそれから一時間、ひたすらスマビクのストーリーモードを攻略中である。
「このステージは何?」
「……的を攻撃すればいいよ」
「あ、落ちたんだけど」
「別にクリアしなくても進める」
ターゲットを壊せ!というよく分からんステージは的を全て壊す前に落ちてしまった。
これでゲームオーバーと思いきや次のステージへと移動、あれで良かったのか。
委員長は後ろで俺の拙いプレーを見守ってくれている。
可愛らしい私服を拝めるだけでも来た甲斐があると言っても過言ではない、スマビクも出来て一石二鳥だな。
「いいん……姫子、昨日早退してたけど体調は大丈夫?」
「ん、平気」
「ならいいけど」
モリオブラザーズとのタッグ対決を繰り広げながら委員長の方をチラ見する。
うーん、特に体調が悪いようには見えないかも。
委員長は元から血色の良い方ではなく、どことなく気弱な雰囲気を感じていたからこれが普通なのだと思っていた。
清水のアホみたいにケラケラと騒いでいるのとは正反対に大人しくて静かな委員長、たまに小さな咳をするくらい。もし風邪引いていて安静にすべきところを俺が無理矢理やって来た、なんて極悪非道の空気読めないことになったらどうしようと危惧したけど大丈夫みたい。
順調に兄モリオと弟ルーイジを撃破して次のステージへ。
「……照久」
「ん、何?」
「……なんでもない」
「?」
さっきから何か言いたげな委員長。
尋ねてみても最後まで言葉を紡ぐことはなく、なんでもないと言って会話が終了。
最初のピンク戦からずっとこれの繰り返しである。
えー、何さー。何か言いたいことがあったら言ってよ、下手なプレイングに対する批評でもいいからさ。
俺はこうしてスマビクに熱中しているからいいけど恐らく委員長は暇を持て余している。
初心者の覚束ない操作を見せられるなんて学園祭でろくに練習もしていないバンドのグダグダな演奏を聴かされるのと同義だ。
だから委員長は暇にならないようトークに華咲かせたいのだけどなかなか上手くいかない。
「学食の中で一番どれが好き?」
「お弁当持ってくるから学食で食べたことない」
「あ、そっかー。……んー、そか。ちなみに俺は唐揚げラーメンが暫定一位かな!」
「……」
「……」
だってさ、委員長はあまり自分から話すタイプじゃないし俺だってお喋りが達者なわけではない。
人間の女子と話したことなんて清水を除いたら数回しかないんだぞ。何を話せばいいか分かるはずない。
この一ヶ月と半月で人間界についての知識はメキメキとつけてきたが女性への扱い方はまだ勉強不足なんだよ。
そりゃそうでしょ、人間界に来てまず最初に知るとして食事の方法と女性を落とす方法だったら絶対に前者を選ぶ。生きていくことが大前提なのだから。
女性を食べれたらいいのさ、なんて気持ち悪い台詞を吐けるほどキザなセンスもなければ会話を盛り上げる話術もない。
大人しく無言でスマビクに集中した方がいいのかも。ヤケチュウかなり強いし。
「午後から……」
「ん、何か言った?」
「……なんでもない」
ヤケチュウの電撃は厄介だな、可愛いなりしていやらしい攻撃してきやがって。
ヤケチュウ、日本界を代表する大人気ゲーム『ポロットモンスター』略してポロモンに登場する黄色のねずみポロモンだ。
何百種類と存在するポロモンの中で最も知名度があり、ポロモンの看板と言ってもいい。
十数年前に発売されたポロモン、その人気は絶大で当時は印天堂65ブームを超える爆発的な売り上げを誇ったらしい。現在も人気は衰えることなく最新作が発売されるほど国民に愛されている。テレビアニメも長年に渡って放送されており、映画を出せば子供達が絶対に観に行く熱狂っぷりで大人もハマっているらしい。
ネット情報によると印天堂65版スマビクにおけるヤケチュウは他のキャラよりも強く、多くの子供達に愛用されていたらしい。
地面を這い襲ってくる電撃、↓Bによる強力な雷は初心者でも簡単に出すことが出来てかつ有効な為、スマビク対戦時において一人は必ずヤケチュウで電撃と雷を連打するという他のプレイヤーからすればクソつまらない戦法が取られたという。
しかしそれは初心者が使った時のこと、ヤケチュウの良さを活かせる上級者の手にかかれば電気ねずみは真価を発揮する。
素早い移動と運動性、電光石火の復帰力はスマビクキャラの中でも随一で印天堂65版スマビクでは三強キャラに数えられるほど。
「まあ勝ったけどね!」
「けほっ、っ。……相手のミス」
うるさい、勝てばそんなの関係ないんだよ。
ヤケチュウが強いのは中~上級者レベルの人間との対戦時において、コンピューター程度では満足に操作出来るわけがねぇ。
勝手に電光石火をしてフィールドの下へと落ちていったヤケチュウ、三戦目のファックスと同じ末路だな。
委員長はコンピューターのミスとか言っているけどそれだけじゃないでしょ。
俺だって上手くなっているからこその勝利だ。
スマビクを初めて一週間足らず、驚異的速さで上達している自分が恐い。
この調子ならあと一週間も鍛えれば委員長とも戦える自信と技術が身につくだろう。
宿願まであと少しといったところか。さあ次の相手は誰だ? かかってきやがれ!
「……ドンビキー強いんですけど」
前言撤回、まだまだ駄目でした。
ヤケチュウ戦の次はドンビキ―戦、こいつがまぁ強い。
イカしたネクタイ締めた大きな茶色のゴリラ、モリオとはライバルであり仲間であり親友のドンビキ―・コング。
通常のドンビキ―は他のキャラより巨体なのだが、ストーリーモードで現れたドンビキ―はそれよりさらに大きかった。数倍の図体を誇るジャイアントドンビキ―・コング相手にこっちは味方が二人いたのに敵わなかった……強過ぎる。
モリオの↑Bによるスーパージャンプパンチをいくら食らわせようともその巨体が吹き飛ぶことはなく、逆に反撃を受けて味方諸共やられた。
ファックス戦とは違う、圧倒的な実力差を思い知らされた気がする。
「大きなダメージ値を与えられる攻撃を当てて味方がいるうちに倒した方がいいよ」
「アドバイスありがと。でも……」
そうはいっても上手くいかないのが辛いところ。
強力なスマッシュ攻撃をまだ思い通りに放てない初心者の俺がジャイアントドンビキーにまともなダメージを与えられるなんて無理だ。
というかこのゴリラ、ダメージ値200%越えても平気なツラして暴れているんですけど。
あとさぁ、味方のヤッシーとファックスが全然役に立たないんだけど。何これ嫌がらせ?
あれだけ苦戦を強いられた強敵ファックスは味方になった途端、ステージを歩いて散歩するだけの無気力野郎になってしまった。
のほほんとしやがって、遊撃隊辞めたのかよ。なんで味方になると弱くなるんだよ、バトル漫画みたいな展開はやめてくれ。
「だああぁぁ勝てん! もう一回だ!」
「……照久」
「何?」
「お腹減ってない?」
お腹? ふと時計を見れば十一時過ぎ、お昼になろうとしていた。
ドンビキーと一時間近く戦っていたのか……。
確かに言われてみれば空腹感がぎゅるぎゅると唸っているような。
お昼……おっ、てことは、
「うんうん腹減った」
「じゃあ……」
キタキタ、一石三鳥の予感。
スマビクも出来て委員長の私服姿も拝めてさらにはお昼もご馳走になる。
そこそこに期待していた分、胸の高鳴りも大きい。
昼前、この流れは委員長の家で一緒に食べましょうの流れだ。遠慮せずありがたく召し上がろうと思います。一旦ご飯食ってからドンビキーに再挑戦するとしよう。
「うんうん!」
「……お外行こう」
「うんう……ん?」
お外? ってのは……どゆことですか?
「私着替えるから外で待ってて」
「え、あの? はえ?」
よく分からないんですが……。
けれど委員長はそれ以上言葉を発さず無言でゲーム機の電源を落とした。
っ!? 朝から二時間以上かけて進めてきたのが全て消えた……ぬぁんだと!?
二時間以上かけて攻略してきたストーリーモードが一瞬で無に帰した。
ちょ、ちょっと待っておくれよ。今からご飯食べるんだよね?
委員長の家で、何か料理作ってくれるんじゃないの。
お外って、外出してお店で食べるってことかよ。タダ飯にありつこうとした高貴なるエルフを侮辱するつもりかよ人間風情が!
「……早く出て」
「ぶふぉ」
抵抗しようと頑なに一歩も動かなかったが委員長に無理矢理押されて部屋から強制退出。
べ、別に今の服装のままでいいじゃん。その恰好で何か不満があるのかよ。
なぜ着替え直す必要が……いや、考えるのはよそう。俺がまだ知らない人間界の常識的な何かがあるのだろうよ。
それか乙女のなんたらかんたら~だろ。
……タダ飯が。
しょうがないか、そこまで上手く物事が進むわけないよな。
対ドンビキー戦の作戦を練りながら委員長が着替え終わるのを待つとするか。
「……デート」