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第138話 温かい気持ち

「どうしろってんだよ……」


人間の国から去れ、土竜にそう言われて数日が経とうとしている。

転校生に興味津々だったクラスメイト達も普段通りのテンションに落ち着いて最近はとても穏やかな日々が続く。

だけど俺は違う。周りと違う。

そうだ、俺は人間とは違う。エルフだ。


「……いつか森に帰る時が来る。そんなの、最初から分かっていたことじゃねーか馬鹿」


馬鹿だ俺、本当にどうしようもない。

最初は大嫌いだった人間界。それなのに今はここから離れたくないと思っている。去りたくないと思っている。

自然を破壊する人間を嫌悪していた俺が人間と一緒に住んでヘラヘラしていること自体おかしいのに。ク、ソ……それなのに、どうしても踏ん切りがつかない。ここが居心地良いと思ってしまう。


嫌だ、嫌だ。ここを去りたくない。森に帰りたくないわけじゃないが今はまだ早い。

もっとここにいて、そうだよ、もっとやるべきことがたくさんあるんだ。

もうすぐ夏休みだろ? 皆で海行って花火してもっともっと美味しいものたくさん食べて、それから、それで……


「照久?」


「あぁ……クソ、いつから俺はこうなっていたんだ」


思えば思う程溢れてくる気持ち。帰りたくない気持ち、まだ清水や姫子と一緒にいたい気持ち、溢れて零れて目尻が熱くなる。

悲しい、切ない、そんな嘆きが止まらない。


「うぅ……どうしたら」


「照久っ」


「うお!?」


肩を揺らされ、横を見れば姫子の顔。

こちらをじーっと見つめて、ひたすら見つめてくる。え、え、何っ?


「……どうかしたの?」


あ、ぁあ、そうだった。今は姫子の家だ。

ここ最近姫子は体調が優れないようで、今日はお見舞いに来ていたのだ。

部屋に招いてくれて二人で水を飲みながらのんびりしていた。が、いつの間にか俺は考えに浸っていて、


「聞いてる?」


「聞いているって。ごめんごめん何でもない」


さらにユサユサ揺らしてくるので返事をしっかり返す。

気を確かにしろ俺、今日は姫子のお見舞いだろうが。不安に溺れて自分勝手に落ち込んでいる場合か。


「……最近照久は元気ない」


「え?」


な、何ですか急に。俺が元気ないだって?

いやいやすげー元気だよ超ファインだよ、もう毎日4と5を交互に行き来しても良いぐらいだよ。下品だな、俺はネイフォンさんか。

つーか姫子の方が元気ないだろ。早退したり欠席している奴に心配される筋合いはねぇぞ。


「何かあったの?」


「何もねーよ。いいから自分の体調気にしてろ」


やけに勘が鋭いな。そもそも俺が顔に出やすいみたいだ。そんなに顔に出てるかな?

ったく、姫子に心配されるようじゃ俺も随分と弱っているみたいだな。

けほっ、と小さな咳をする姫子の背中をさする。ほら、お薬飲んで。


「……ごほ」


「まだ咳が止まらないな。ベッドで寝てろって」


「……うん」


「ほら、手伝うよ」


羽毛の如く軽い姫子を抱きかかえてベッドまで運ぶ。

ベッドに寝かせると姫子はもぞもぞ動いて布団を被る。体調、良くなるといいな。


「……照久、はい」


「なんで布団めくったの?」


「一緒に寝よ……?」


「……」


ん? 耳がおかしくなったのかな?

いやいや聞き間違いだよ、きっと姫子は「スティックパン鼻の穴に突っ込め」と言ったんだよ。そうだ、そうに決まっている。オーケー任せろ両穴どころか全身のあらゆる穴にスティックしてやるよ挿入しまくってやるよ。


「えっと今日スティックパン持ってきたかな……」


「照久、早く」


「ちょっと待って今日ツナマヨパンだった。ヤベーよこんなん突っ込んだら一日中ツナの香りに包まれちゃうって鼻毛もビックリだって」


「一緒に寝る」


「……マジなの?」


コクン、と頷く姫子。そして俺をじっと見つめてくる。

どうやら聞き間違いじゃなかった、つーか姫子がスティックパン突っ込めとか言うわけないだろ。どんなプレイそれ? ジャンルが分からないよ。


……ど、どうするの。え、ホントに一緒にお寝んね?

いやまぁ確かに姫子とは一度寝たことあるけど、ほら一泊した時ね。

でもあれはベッドが一つしかなかったからやむを得ずそうしたわけで。別に俺が寝る必要がないだろ。


「早く」


「えー……」


ベッドに乗り上がり、横たわる。隣には姫子、互いの体の側面が密着している。

どうせ拒否しても姫子が延々と懇願してきて永久ループになるのは明白だ。早々と諦めて大人しく従った方がいい。

決して、決して俺が姫子と一緒に寝たいとかやましい感情は決してないからな!


「距離、近いね」


「そりゃそうだろ。わっ、ちょ、くっつくなって!」


なんでさらに密着してくるんだよ!?

自身の両腕を俺の腕に絡ませて体を寄せてくる姫子。もうヤバイって、むにゅむにゅだって!

おいおいこれどうするんだよ下手したら下手するよ!? 大人の階段登っちゃうよ。


「照久、何かあった……?」


「へ?」


か弱くて小さな声。暖かい吐息が耳にかかって全身がぞわっと震える。なぜかドキドキしてしまう、体温が上昇していくのが自分自身でよく分かる。

抱きつく姫子の体温を感じて、その存在をすぐ横で感じて、ドキドキしながらも不思議と安心する自分がいた。不安が消えていくような、恐怖が取り除かれたような、安心感と毛布が全身を包み込んでくれた。


「何かあったら言ってね。私、照久の為なら」


「……ははっ、だーいじょうぶだって。何度も言ってるだろ?」


二カッと笑って抱きつかれていない方の手で姫子の頭を撫でる。

ん、と声を漏らしながら目を細めて頬をすり寄せてくる姫子。


「大丈夫、というか今大丈夫になった」


「?」


「気が楽になった。今はとても落ち着いている。姫子のおかげだよ」


今週ずっとノームのことで頭がいっぱいだったのが吹っ飛んだ。

今こうして、この子とお昼寝していると、心がとても落ち着くんだ。悲しいこと、嫌なこと、どうしようもないことが消えるんだ、傍にいるだけで、姫子が傍にいてくれると安らぐんだ。

どうしてだろうな……なんだか懐かしい気持ちだ。心が、温かい。


「照久ぁ」


姫子はさらに顔を寄せてきて体の半分を俺の上に乗せてきた。足がからみついて互いの吐息が互いの唇を濡らす程の距離で、姫子は目を瞑ってぎゅ~と抱きついてくる。

あぁ、なんでこんなにもポカポカするのだろうか。嬉しい、って言うのか?




なんだろうなこの気持ち、幸せって言うのかな……。






「照久……テリー」


「ひめ、こ……っ!?」


ふと視界の端に何か映った。

首を動かして見た先は窓。窓の外には土。


…………土!?


え、ええ、え、ふぁい!?

ゴツゴツとした土色の塊が空中を旋回していた。宙に浮いて、土が、え!?


「……ごめん姫子、用事思い出した」


「?」


幸い姫子は窓の方を見ていない。つーか目を瞑っている。

外の異様な光景を見せないように姫子の顔を毛布で覆う。そして音を立てずにベッドから抜け出してカーテンを閉める。


「て、照久?」


「少し待っていて。そのまま大人しくしていろよ」


困惑する姫子から離れて素早くドアの方に駆け寄る。こちら側に来れば姫子は窓の方を見ないだろう。カーテンも閉めた。


姫子は毛布から顔を出してドア側の俺を見つめてくる。

顔が赤く……なぜか少し不機嫌そう。小さな口を尖がらせて「むー」と唸っている。何この子、小動物?


「帰るの……?」


「たぶんすぐ戻ってくるよ」


「……約束だよ」


「はいはい約束ね。ちゃんと忘れないよ」


バイバイと手を振って部屋から出る。

……さて、問題はここからだ。




「土竜、随分とユニークな呼び出しの仕方だな」


家から出て神社の方へ向かう。本殿の前には制服姿の土竜防人がいた。

俺と目が合うと深く頭を下げてきた。


「突然の不躾な呼び出し誠に申し訳ありません。早急にお伝えしたいことがあります」


「んなことどーでもいい。あんな真似して、もし姫子に見つかったらどうするつもりだ」


テメーの言っていた秩序を守ることに反する行為じゃねーか。

俺に見つけてもらう為とはいえ危険だろ。


「家の周りには人避けの魔法をかけています。部屋の中の人間ですが、一人なら催眠魔法でどうにか出来ます」


「姫子に変な真似はさせねーぞ……!」


誰もいない神社、俺は吠えた。木々が揺れて木の葉が散る。


「俺がどうなろうが姫子には指一つ土埃も触れさせない」


「……申し訳ありませんでした。気づいてもらう為とはいえ軽率な行動でした」


もう一度頭を下げる土竜。先程よりも深く長く頭を下げている。

ちっ、ふざけやがって。


「で、何だよ。さっさと用件言えよ」


「……怒っていますか?」


「あぁ? うるせーなそれがどうした」


「……良い雰囲気だったのに壊して申し訳ないです」


「いやホントうるせーよ!? 余計なこと言うな!」


ああああああ!? なんか恥ずかしいぞ!?

あぁそうだよテメーの言う通りとても良い雰囲気だったよそりゃもうムード最高だったよ!

本音言ってやろうか、あれすげー幸せだったからな! イチャイチャだぞオラァ! お前が邪魔しなかったらキ、キ、キ、何でもない! キなんとかどころかオメー、アレだよ、もうアレ出来たよ。俺のスティックパンがアレだよサイテーだよ俺。


「すみませんでした」


「さっき二回より深々頭下げるなぁ! なんかすげームカつくんだけど、そして恥ずかしいんだけど! いいから早く言えようるせーな!」


「申し訳ありません、私語が過ぎました。うるさくなくお伝えします」


ちっ、せっかく気持ちが落ち着いたってのに台無しだ。

というか俺さっき気がどうかしてたのか……な、なんか姫子と良い感じだったよね? え、あれ、すごいところまでいった?

いやいや落ち着け、もっと気を確かに持っ


「あなたがここから去るべきか否か、その判断をする日時が決まりました」


「……あ?」


「僕だけは判断しかねる。よってエルフの族長に来ていただくことになりました」


なっ……う、嘘だろ。も、もしかして、もしかして……


「十の森を束ねる現エルフの長であり、あなたの祖父である、ディアバレス・ウッドエルフ様に来ていただきます」


ジジイが、人間界に来る……!?


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