第136話 土竜防人
「シルフ、君は野放しにすると危険だ。我々の元で拘束させてもらう。エルフ、君には近いうちに連絡する。しばらく自由に過ごしてください」
そう言ってノームが如月を連れ去ったのは昨日のこと。
家に帰ってからすぐ寝てしまった俺は状況を整理出来ないまま翌日の朝を迎えた。
いつも通り高校へ行き、クラスメイトと挨拶を交わす。
「どうしたのテリー、なんだか元気がないよ?」
「あぁ清水。いや、気にしないでいいよ」
不思議そうに「そう?」と首を傾げて清水は自分の席に戻っていった。
……清水に話すべきなのか? 昨日のこと、そして大地の番人ノーム族のことを。
俺自身、何が起きているのか把握しきれていない。
土を操り、あの如月を圧倒した色白の青年。冷静な表情が脳裏から離れない。
……そして俺に向けて放った、人間の国から去れという言葉も頭から離れない。
「席につけー」
色々と考えているとチャイムが鳴り担任の教師がやって来た。
自分の席に着くクラスメイト達。
「今日は漁火が欠席で……ん、如月も欠席か?」
俺の前の席は空席だ。如月浮羽莉の席、昨日土まみれで打ち負けたシルフの王子の席。
……あの男が捕まえたんだ。今頃俺の知らない場所で拘束されているのだろう。殺されてはいないと思うが大丈夫かな……いやいや、俺が心配する必要はない。
寧ろノーム族は助けてくれた。あんな危ない奴は捕まって当然だ。
あと姫子も休みか。また体調崩したのかな……帰りに様子見に行ってみるか。
「ニ人程いないが皆に報告だ。転校生を紹介する」
「初めまして、土竜防人(もぐらさきもり)と言います。よろしくお願いします」
「ぶぼ!?」
転校生と名乗る制服を着た男子生徒。想定外の登場に脳がさらに混乱する。
あの白い肌、黒い髪、物腰静かで落ち着いた風貌。俺は知っている。
確か本当の名はディオム・アースノーム。昨日俺の足元から現れた人物が立っているのだ。
「ど、どうした木宮? 知り合いか?」
「あ、いえ、何でもないです……」
俺の大声にクラス中がこっちを見てくる。教師も驚いた表情をしている。
つい思わず声を上げてしまった。なんで、なんでここにいるんだ!?
転校生? あいつが!? なんで!?
「土竜は家庭の事情でここへ引っ越してきたそうだ。違う地域で分からないこともあるから助けてあげるように。では土竜の席は……」
担任の指示に従って土竜防人は後ろの方の席に着く。
今気づいたが新たに机が一つ増えている。……どうしてノームがここに……!?
「また転校生かー、転校の噂は聞いてなかったんだけどな。へへっ、今回の転校生は如月君には及ばない程度のイケメンか。僕の勝ちだね」
ブツブツと呟く後ろの馬鹿に構っている暇と余裕はない!
何言ってやがる、テメーの完敗だろ。いい加減自分の顔が普通だと認識しろ。
突然の転校生にクラス内はザワザワと少しばかり騒がしかった。
が、休み時間になれば、
「土竜って珍しい名前だね」
「防人ってカッコイイよ、俺なんて太郎だぜ?」
「分からないことあったらいつでも聞いてねっ」
「肌が白いっ、私の肌と取り替えて!」
早速質問タイムが行われていた。
如月の時のような女子のキャーキャーと黄色い声が飛び交うわけではなく普通の、皆が転校生を暖かく迎える微笑ましい光景だった。
……俺も奴の正体を知らなければ本当に微笑ましく思えたのに。
クラスメイトに囲まれている土竜防人、その正体は大地の番人ノーム族。
あの時も変わらない落ち着いた表情とキリッとした細目。いかにも物静かで印象の良い好青年に見える。
「また転校生なんだね。うちのクラス多いよね?」
「そうだな……」
「でも今回は普通の人みたいね。黒髪だしどこから見ても人間だもの」
清水からしてもノームは人間に見えるようだ
確かに、俺や如月のように髪の色が変なわけではなく人間の日本人の髪の色をしている土竜。肌が白いのもそういった肌の色なのだろうで解決する。
どこから見ても人間だ。そもそも普通の人なら人間以外の存在と疑うことすらしない。エルフとシルフを知っている清水だからこそ疑う。
その清水が人間だと思い込んでいる。あいつが土の魔法を操るなんて想像もしていないだろうな。
それを踏まえて思う。果たして清水に言うべきか……?
「テリー? なんか難しい顔してるよ?」
こちらを覗きこむようにして清水が顔を近づけてきた。
何があったの?と優しく問いかける瞳だった。黒の長髪は艶やかで柔らかく肩から流れ落ち、目を奪われる。その毛先はいつも通りクルリと弧を描いている。
……心配してくれているんだな。
「別に何もねーよ。最近のお前は心配し過ぎだ。俺の母親か」
「何よその態度」
痛い、割と強めの力で殴るなよ!
殴られた額をさすりながら一つ決めた。
今回のことはまだ言わないでおこう。ノームは俺に危害を加えようとしているわけではないし、人間界をどうかしようとも思っていない。
目的は俺と如月。これからどうなるかは分からないが、ここで清水に相談しても仕方ない。
「何かあったらすぐ寧々姉さんに相談しなさいっ」
「はいはい。清水は傍にいてくれたらそれでいいよ」
お前がいるだけで心が落ち着くんだ。ただ隣にいてくれるだけでいい。
いつも、ありがとうな。
「っ、な、なななな何よ急に! テリーキモイ!」
「キモイってひどいなテメー! 俺は素直な気持ちを言っただけだぞ」
「~~、っ、そういうのが駄目なんだってぇ」
顔を赤くしろ清水が暴れる。やめろやめろやめろやめろぉ! お前が理不尽に暴れて誰が傷つくと思っている。俺と小金だぞ。
そろそろ小金の眼鏡も壊れるんじゃないかな。本体が破壊されちゃうよ。
「そ、それよりも! 私は母親じゃなくてテリーの友達なの。そう、ただの、友達!」
そ、そんなに強調しなくても分かっているよ。何だよ寧々さん怖いよぉ。
「……聞きにくかったんだけどテリーってお爺さんと二人暮らしなんだよね」
「あぁ、そうだぞ」
「……てことは両親は」
「あぁ、天国の森に行った」
「天国も森なんだね」
そういえば清水にちゃんと言ってなかったか。なんとなく分かっていたと思うけど俺の両親は既に死んでいるよ。
「俺が小さい頃に亡くなったから俺は顔も覚えてないや。幼少時の記憶なんてほとんど残ってない」
「……そっか」
そう言って清水は俺の手を握る。
少しひんやりしている清水の手、でも暖かくなってきて気持ちが落ち着く。
清水の、どこか悲しげで申し訳なさそうな顔が見えた。
「あの、清水? ここ学校だから手を繋ぐのはやめてなんか恥ずかしい」
「ぇ……ぁ……あ、ち、違う。なんで手を握っているのよ!」
「逆ギレ!? 清々しい程に逆ギレだな!」
うるさい!とツッコミを入れられてまたしても額を殴られた。
だからそれ痛いんだって! なんでお前はそうやってたまに理不尽な暴力を振るうんだ。
清水に手を思いきり投げ飛ばされて机の上に叩きつけられる。あぁなんて可哀想な右手っ。
「もう知らない!」
そして清水は真っ赤な顔のままズカズカと荒い足取りで自分の席に帰っていった。最近あいつ顔が赤くなることが多いなー。
つーかなんて奴だ、俺は頑丈だからいいけどこりゃ小金の視力増強装置が割れるのも近いな。
「木宮君、昼休み時間ありますか?」
「っ!?」
いつの間に……っ、すぐ隣に土竜防人がいた。
ブレることのない黒の双眸。整った黒髪と白い肌が昨日見た姿と何ら変わりない。違うのは茶色のローブから高校の制服に着替えたことのみ。
突然、言い知れぬ不安が襲ってきた。
「学校内を案内してほしいのですが、いいでしょうか?」
「……ああ、俺で良ければ」
分かる。こいつが言いたいこと。
本気で学校案内を頼んでいるわけじゃない、俺を、呼びつけている。
不安が纏わりつく中、状況を理解すべく俺は快く引き受けた。