第134話 もうすぐ夏休み
「もうすぐ夏休みだが気を抜き過ぎないように」
「今日はフルーツパンだ!」
放課後における俺のテンションは高い。なぜならばパンを食べるからだ。つーか食事の時は大抵こんな感じ。
ホームルームが終わって放課後となり、担任の教師が話し終えると同時にパンの袋を開封する。この動作にも慣れたものだ。
透明の袋を切り口から引っ張ってパンを取り出し、躊躇なく口へ放り込む。美味い!
「テリーっていつも何か食べてるよね」
呆れたように清水が呟く。なんだその目は。お前はフルーツパンの底力を知らないのか。
様々な果物の味が複合し、互いを尊重して謙虚にかつ大胆に調和して絶妙な甘みを炸裂させるフルーツパンは食べた者を虜にする。
このパンを故郷の森に埋めたいくらいだ。特に意味はないけど。
「そんなに買い食いばかりしていたらいつまで経ってもお金は貯まらないよ」
「ぐっ……」
痛いところを突かれて思わずパンのカスが口からこぼれ落ちる。
しかし動揺は数瞬のこと、すぐに咀嚼を再開。
「まぁそのうち貯まるさ。まだ時間はあるからいいんだよ」
未知の世界で生き延びているだけでも十分凄いだろ。バイト頑張れば金なんてあっという間に貯まるはず。
それより今、この時、瞬間を生きていこうぜ。
てことで焼きそばパンを食べる。
「駄目だよテリー、夏休みはたくさん遊ぶんだから今のうちから無駄遣いは減らしていきなさい」
「なんで遊ぶこと前提なんだよ」
焼きそばパンの持つ謎の中毒性に舌を唸らせて声も唸らせる。
やっぱ焼きそばだな。麺類のギャル男すげえ! それを挟むとか超すげえ!
うーん、俺も随分と人間の言葉を使えるようになったものだな。
「ちょっと話聞いてる?」
清水に額を小突かれて意識が戻る。焼きそばパンのこと考え過ぎてた。
そして地味に額が痛い。
「ごめんなさい」
そしてすぐ謝る。
「夏休み、長期休みにこそ盛大に遊ばなくてどーするのさ」
「だからお前ら人間と違って俺には」
「ねー、姫子ちゃん」
俺の言い分を遮って清水が喋る。なんて天真爛漫!
その清水の後ろから顔を出してこちらを見つめる姫子。何を訴えるわけでもなく無表情のまま見つめてくる……な、何だよ。
「照久、また首都に行こ」
「そーいえば、また行くって約束したか……」
でも首都は人多過ぎて嫌なんだってば。観光地とか絶対人ヤバイよ。想像しただけで気分が悪くなる。
「他にも海や花火大会にも行くよ。テリー絶対花火にビックリするはずだからさー」
「その楽しげな顔やめろ」
また俺を馬鹿にしたように笑いやがって。俺が未知のものに遭遇した時のリアクションがそんなに面白いのか。
「そ、れ、に! 海では姫子ちゃんの水着姿を見れるかもよぉ?」
み、水着、だと……?!
アレだ、海では水着という過激な装備にならなければならないらしい。ネイフォンさんの部屋にある雑誌で見たことあるよ。セクシーなやつだ。水着とか俺見たことねぇぜ!
「そもそも海を見たことないわ」
「おいおい海行ったことないとかマジかいテリー。馬鹿なの?」
いや海行ったことない=馬鹿って等式はおかしい。
「ねー姫子ちゃん今度一緒に水着買いに行こうよ」
「うん」
俺が海に思いを馳せている間にも盛り上がる女子二人。
こいつらの水着姿かぁ……あれ、なんか頬がニヤけてきたぞ。
清水はあの清楚エロイ足を全部見れるわけで、姫子はあの豊満な……。これはかなり楽しみだ。
「うへへ、水着って素晴らしいよね」
「どこから湧いてきたテメェ」
いつの間にか隣でニヤニヤと頷く小金が立っていた。
何さりげなく会話に入ろうとしているんだ。
「この二人は水着を着てくれるみたいで僕は安心したよ」
「どういう意味だよ」
「水着の上からTシャツを着て泳ぐ人がいるのさ。あれほどガッカリすることはないね! とてもガッカリだよ、そりゃもう!」
何やら熱弁を始めた。こいつにはこいつの言い分があるようだ。
サングラスは買った方がいいよ、こっそりギャルを見る時に重宝するよ等と変なアドバイスをしてくる小金は無視するとして、海には何を持っていけばいいんだろうな。
俺も水着を買わないといけないし、他には……まぁネイフォンさんに聞いてみよう。
「海で遊ぶし、スイカ割るし、花火大会も行ってまた皆でバーベキューもしよう!」
「木宮がいれば魚と山菜は現地調達出来るしね!」
「……首都行ったら今度はちゃんと観光したい」
清水、小金、姫子、それぞれ好き勝手に夏の計画を言っている。
既に俺も行く前提だ……はぁ、しょうがねぇな。俺も海は見たいし花火ってやつがどれくらい凄いか知りたい。
なんだ、夏休みが楽しみになってきたぜ。
「じゃあ今度の休日に夏の計画を決めようねっ。……ところでどうして餅吉もいるの?」
「え、いたら駄目なの!? そろそろ場に溶け込めたと思ってたのに! 時間差攻撃!」
だからお前のツッコミは意味分からないんだって。
結局小金も参加することになって話はまとまった。
涙と鼻水垂らして土下座されたらさすがに俺と清水も了承するしかない。あいつ必死過ぎるだろ。
「じゃあ私達は電車だからバイバイテリー」
「……またね照久」
駅に向かう姫子達と別れて俺は弁当屋を目指す。今日はのり弁当を買おう。あれ結構安い。今のうちから節約しておけば夏は存分に贅沢出来るだろう。
そうだなー、バイトの回数も増やしておくか。まだまだ美味しいがたくさんあるようだし、金がなくて食べられないのは嫌だ。
まだ見ぬ料理に思い馳せて涎が出そうになる。自然と足取りがステップになる。
「……もう夏なんだなぁ」
夏も終われば秋。俺が人間界に来て一年になる。
そっか、もうそんなに経つのか。なんだかすごくあっという間だったな。
結局まだ目的のゲーム機も買えていないし、今後しばらく帰る見込みもない。
当分はここに住むことになるだろう。
まぁしょうがないよな。気長に頑張っていけばいいさ。どうせジジイはしぶとい。まだ死なないだろうし、任天堂65の購入はまたいつかでいい。本気を出すのはまだ先でいい。
さっきも言ったけど今この時この瞬間を生きていこうぜ俺。
「今年の夏は忙しくなりそうだな。ったく、面倒臭いぜ」
燦々と輝く太陽に手をかざして、自然と笑みが零れる。
さて、一学期も残り僅かだ。テストは楽勝だし特に問題もない。のんびりと過ごしていこう。
そして夏休みはあいつらとたくさん遊んで、
「木宮君」
後ろから俺の名を呼ぶ声。
清水と姫子、ついでに小金でもない。けど知っている声。
それはクラスメイトで、人間ではなくて、記憶を失っている奴の声。
歩くのを止め、後ろを振り返ればやはり、
「やぁ、呼び止めてごめんね」
そこには如月がいた。
銀髪が日光を浴びてキラキラ光り、爽やかな笑みを浮かべている如月。もといシルフの王子。
まあこいつ自身そのことは忘れているのだが。今は中二病をこじらせた馬鹿だ。
そんな奴が俺を呼び止めてきた。
「なんだよ?」
「少し付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
爽やかな笑みを浮かべて如月がそう言った。