第133話 裏山でスケッチ
「うーん、自然っていいよね」
「知ったようなこと言うな小金のくせに」
「小金のくせに!? まるで僕の人格が否定されているみたいだワオ!」
相変わらずうるさい奴だ。イラッとするのにも慣れた。
隣では、ぜぇぜぇと辛そうな息遣いで必死にツッコミを入れながら歩く級友の眼鏡男子。この程度の山道を歩いただけで息が上がっている奴が偉そうに自然を語るな。
「それにしても学校の裏山に登ってスケッチだなんて、まるで小学生みたいな授業だね」
「……」
「あ、僕それ知ってる。無視ってやつだよね。ウザイ奴に対して使用される無視ってやつだよね!?」
ああクソが。こっちが無視しても無理矢理ツッコミ入れてきやがって。
小金が言ったように、今日の美術の授業は学校の裏にある山でスケッチだ。自然を体感しながら自分の目でみた木々の姿を書き写す課題となっている。
とても良い授業だ。木々の傍にいられるだけで俺個人としては気分上々だ。隣に小金がいなければさらに嬉しかったが。
「うわぁ!? う、う、ぐふ、ぬふ、うへえ?」
何こいつ、最高に気持ち悪い。
「き、木宮ぁ。なんか今、蜘蛛の巣が顔面にぃ!? 気持ち悪い!」
「気持ち悪いのはテメーの醜態だ。眼鏡叩き割るぞ」
「全然心配してくれない悲しい! あと眼鏡を壊せばいいって考え方をいい加減やめてよっ。別に眼鏡が僕の弱点ではないからね!?」
そうなのか? 眼鏡がお前の弱点、寧ろ本体じゃないのか。あれだよ、ゲル状のモンスターに埋め込まれている核みたいな存在だろ。核を破壊したら「う゛ぼおおぉぉ」と呻き声上げてドロドロに溶けていくやつだ。
……なんだか随分と人間界のゲームに詳しくなったものだな。一年前の俺だったら意味不明だった単語を平然と使うようになった。
「ひえぇ、虫は多いし無視もあって僕疲れたよ。この授業サボろうかなぁ」
「本当にサボる奴はここまで来てねーよ。出来もしないことを言うな不良アピールするな黙って歩け」
「……うぅ、そ、そうだよね。僕みたいな弱小眼鏡男子がサボるなんてイカした真似出来るわけないよ。大人しく蜘蛛の巣を引き連れて歩くよ」
今度はツッコミではなく、どんよりと暗い声が返ってきた。
出たよ小金の自嘲癖モード。見るのは久しぶりだ。あー、これはこれで鬱陶しい。
「さて、山頂の方はどうなっているのやら」
静まり込んだ小金を放置して独り言を呟く。
今向かっているのは裏山のてっぺん、山頂だ。俺は癒しを求めてここへ何度か訪れている。最後に来たのはリフレッシュの為ではなく、如月と対峙した時。
もう一月以上も前のことになる。
自分の正体を清水に知られた如月、もといムーンシルフの王子は清水を口封じの為に殺そうとした。
俺達はこの裏山へと逃げていき、俺はあいつと戦った。
結果は惨敗、生死を彷徨う重傷を負った。
そして今日、惨劇の場所へと赴いている。
「どうせ僕なんて……」
「はいはい分かった分かった、っと、なるほどね……」
小金がブツブツと自嘲するのを聞き流しながら山頂に到着。
そこは、荒れていた。
地面が抉れて、木々には幾多の切り傷、あの時の記憶が蘇ってきそうだ。
時間経過と雨のおかげで血痕は残ってないが、ここで何か起きたのは見て明らかだ。
先に到着していた美術の教師も少し困惑した表情をしている。
「え、何これ。熊でもいたのかな?」
誰も予想していなかった光景だろう。小金も素に戻った。
「馬の蹄みたいな跡があるし…って蹄デカくない!? えぇ!?」
とりあえず小金うるさい。
何度も登山した俺にはより分かるよ。ここが以前とは全く違うことに。
こうやって改めて見ると、いかに如月が暴れたか再確認出来る。
「な、何だろこれは……?」
後ろから聞こえる声。小金とはまた違った、ムカつく声。
あぁ、そうだった。もう一つ不安要素があった。
美術は選択授業で、選択授業とは数種類の科目の中から自分がしたい授業を選ぶもの。美術を選択しているのは俺や小金、そして如月だ。
ポカンと口を開けて山頂の様子を眺めている如月。
その顔は、まるで何があったのか理解していないものだった。この野郎、驚愕って顔しやがって。全部テメーが原因なんだぞ。
「まさか、俺以外にも潜入者がいるのか……!?」
的外れの考察を小声で呟いているようだし、ネイフォンさんのかけた忘却魔法はまだ効いているみたいだ。
不安だったのは如月がこの景色を見て全てを思い出してしまうこと。せっかく忘却した記憶が蘇ってしまうのではないかと不安だったが今の表情を見る限り大丈夫だろう。いつも通り中二病発言をしている。
「え、えー、では各自スケッチを始めてください」
戸惑いながらも教師が指示を出すと皆は一斉に抉れた地面や傷の多い木に集まり出した。興味津々といった表情で地層の抉れた地面を観察している。
……なーんか恥ずかしい。あそこら辺で俺は血まみれで倒れて絶命寸前だったことを思い出すと大変面映ゆい。清水を守るんだ!とか言って血を吐いていたんだぜ俺? 何そのカッコイイ台詞、ドラマみたいだ。
「木宮もあっちの方行ってみようよ!」
「俺はこの辺でテキトーに仕上げるからいいよ。テメーだけ行ってこい。なるべく俺から離れろ」
「ラジャーです木宮さん! なんだか涙が止まらないです!」
再びツッコミウザイモードに戻った小金を追い払う。
さて、自分がボロボロにされた現場をスケッチするのは嫌なので被害の及んでいない場所で作業するか。
皆とは反対側の傷もなく堂々と立つ木の前に座り込む。
すると、
「隣座っていいかな?」
なぜか如月がやって来た。一瞬ドキッと嫌な心音が跳ねる。
なんでお前がこっちに来るんだ……まさか、記憶を……!
「なんだか向こうにいると落ち着かないんだ。なぜか頭が痛くなって……こっちの静かな方で描きたくてね」
ニコッと爽やかな笑みで如月はそう言った。何かを隠している微笑み、けれど以前のような見え見えの冷たい影はなく動揺を抑えようとしたぎこちない笑みだった。
まぁお前は覚えていなくても違和感はあるだろうね。なんせお前の隣にいる俺は、この場で風魔法を食らい続けたエルフなのだから。
「そうだな、まるであっちの方は風魔法で切りつけた跡があるからな」と言いたかったが、それを言って如月の脳を刺激したらマズイのでやめておこう。
ちっ、この俺を散々痛めつけた野郎だから少し茶化してやりたいが危険な真似は避けた方が良い。
「うん、ここは風が気持ち良いね」
「そうだな、空気が気持ち良い」
「なんだか木宮君とは気が合うよ」
まあ俺達人間じゃないからな。風と空気って同じようなものだし。
……するとアレか? 俺はこいつと同じ部類ってことか? いやいやそれは嫌だ。こんな中二病と同類だなんてプライドが許さない。
「俺やっぱ違う場所で描くわ」
「え、急にどうしたの? ま、待ってよっ」
なぜか俺の後を追ってくる如月。なんで小金みたいなリアクションするんだよ。
あわわ、と焦りながら俺の後ろにピッタリ張り付く如月。き、キモイ!
勘弁してくれよ、キモイのは一人で十分だ。如月、テメーは今じゃ残念な思考回路だけどそれでもクラスでモテモテの男だろうが。もっとしっかりしろ。でも記憶は取り戻すな。
「き、木宮きゅん」
「何その女子みたいな呼び方、噛むなよ。しつこいなクソが」
「あ」
後ろを振り返ると如月が地面にダイブしている瞬間だった。
自分が掘り起こした地面の窪みに躓いて上体がゆっくり前へと倒れていき……
「ぶえっ」
顔面から地面に落ちていき、ぐしゃりと崩れ落ちた如月。
どうやらこっち側にも如月の攻撃が及んでいたようで、地面が少し抉られていた。如月はそれに躓いたのだ。
覚えていないとはいえ自分が作った窪みに躓いてコケるなんて……情けなさ過ぎるぞ。それでも風の王子なのかお前は?
「ぐぅ、痛い……っ、っ、あ、あれ?」
「おい大丈夫か?」
鼻柱をさすりながら涙目で如月は立ち上がろうとしていた。その傍にまで来て一応心配しているフリをする俺。
なぜ俺がこいつの安否を気遣わないといけないんだ。俺を殺そうとしたこいつを。
そう思うと自然と溜め息が出る。大した怪我じゃないのならさっさと起きろよ。
「この感覚、どこかで……うぅ、頭が……!?」
今度は頭を押さえて再びしゃがみ込んでしまった。
何をしているんだよ、お前が中二病なのは知っているから。どうせ機関がどうのこうの言うんだろ?
はぁ、小金の相手くらい面倒臭い。ネイフォンさん、もう少しまともな記憶を与えてくれなかったんですかねぇ。見ていてこっちが恥ずかしくなる。
俯いたまま何やらブツブツ呟く如月の方は揺れ、時折大きく震える。まるで心臓の鼓動が全身を揺り動かすように、ゆっくりとそして激しく。
……マジでどうしたんだ? 発作か、姫子的なアレか? 持病って大変だね。
「…………な、なんだ、あ、あぁぁぁぁあああ?」
「じゃあお大事にー、早く課題に取り組めよ」
いつまでも奇声を上げている奴を相手しているわけにもいかない。早く課題を終わらせて残り時間は木々を満喫するタイムにする為にも。
如月を放置して誰もいない場所へと移動する。
「木宮ーっ、こっち来てよ! なんかモグラの巣みたいなのがあるんだ!」
……今度は小金かよ!
あぁぁぁあ、どうして俺の周りにはこんな男子しかいねぇんだよ!
もっと普通でまともで頼りになる親友みたいな奴はいないのか!?
「ほらコレ! モグラって本当にいるんだね僕感動したよ! 土の中で生活するってのが凄いよねっ」
「お前も一生部屋に引きこもって生活してろ。二度とその眼鏡を俺に見せるな」
「顔じゃなくて眼鏡!? それは新しい眼鏡に変えた方がいいというツンデレ的な指摘かな!?」
ああああああああああウゼェ!