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第132話 約束を守る約束

「照久、行こ」


放課後になるとすぐに姫子がやって来た。

夏服がとても似合っている。なぜか最近はベストを着ているが。それじゃあ胸のぽよぽよ具合が分からな……ゲフンゲフン。


「行くってどこにだよ?」


「……」


なぜ黙るんだ。

いつも通り姫子は無口だ。無表情で何を考えているか分からず、口数も少ないから意志疎通が上手くいかないことがたまにある。それが今。


ったくこの子は色々と大変だな。まともに会話したことの方が少ないのではなかろうか。

少し不安になるよ、謎の不安だよ。今日提出する課題プリントが鞄の中から出てこなかった時ぐらいの不安だよ。結局しっかり探したら出てきたけどね!


「俺今から二つ先の駅前にある豚キムチラーメン食べに行く予定なんだけど」


昨日俺の部屋でグダグダしている時に清水から教えてもらったラーメン屋。普通のラーメン屋だが豚キムチが美味しいんだとよ。

あとチャーハンがものすごく油でギトギトらしい。ちょっと客が引くぐらいギトギトで評判だそうだ。

そんなの聞いたら行くしかねーだろ。こっちは今朝からソワソワしているんだぞ。唇をテカテカにする覚悟はとうに出来ている。


「……覚えてないの?」


「何を?」


昨日と同様に賑やかな放課後の教室。今日はゲームがしたいと行ってすぐ帰った小金となぜかいない清水。小金はともかく清水はどこに行ったのだろうか?

そして何やら不機嫌そうに頬を膨らませている姫子。

……覚えていない? 何か約束していたか?


「……今日は照久の家に行く」


「いや昨日、あ、そっか。姫子は来てなかったのか」


昨日、清水と部屋でグータラしていた。し過ぎて電車を逃して危うく清水父が怒りで謎の医薬を取り出すところだった。

最初は姫子も来るはずだったが病院に行かなくてはならず来れなかった。


……そしてその時、明日は行くからと言っていたような気がする。

あー、そういえばそうだったね。


「……照久の馬鹿」


「ごめんごめん、完全に忘れていた」


またしてもエルフ失格だ。この程度の約束事を忘れるだなんてアホか俺は。

いやー、それにしても、今日も俺の部屋に誰かが来るのか。別に俺の部屋に来ても面白いものは何もないぞ。オセロとか将棋くらいしかない。


「照久の馬鹿」


「なんで二回言うんだよ!」


そしてこの子、とてーも機嫌が悪い。俺には分かる。

ちょっと約束忘れただけだろうが、そんな怒るなって。


「……絶対って言ったのに」


「そうだったか? とにかく悪かったって」


「…………約束、守ってよ……」


だからぁ、悪かったって何度も謝ってるだろー! ……って、ん?


「姫子?」


なんで、そんな悲しそうな顔しているんだよ。

え、え、へぇ!? ちょ、ちょっと待ってよ。そんな泣きそうな顔しないでよっ。ご、ごめんなさい!?

確かにね! 俺も昨日約束したことを覚えていなくて本当にごめんね。本当の本当の本当に申し訳ない!

だからそんな顔しないでぇ。


「あ、あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ」


お、落ち着け俺。「わ」を何回言うつもりだ!

姫子を泣かしたと他の奴にバレたら大変だ。可愛くて小さな姫子はクラスのアイドル的存在かつマスコット的存在であり、男子人気は非常に高い。

よって泣かしたと知られると俺はクラスで浮いてしまう! それは嫌だ。

何より清水に知れた時が最も恐ろしい。あいつは俺を気絶するまで殴り倒すだろう。

エルフと人間の身体能力の差を埋めてくる清水のセンスには恐怖すら感じる。


とにかく今は姫子を落ち着かせないと。

必死に頭を撫でてニコニコと笑いかけてみる。頑張れテリー、如月なんかに負けない爽やかスマイルで微笑むんだ!


「約束忘れられるの、嫌、だよ……」


「へいへいへいへい姫子さん! 気持ち静めようぜホラ! あ、あわわわ、そうだ! 帰りにプリンとケーキ買って行こうぜ! なっ!?」


「ぐすっ……うん」


な、なんとか泣き止んでくれた。

どうにかこうにか姫子は落ち着きを取り戻してくれたようで俺の制服の端をつまんで首を縦に振っている。あぁ、良かった。

……周りのクラスメイトから見られているけど気にしないでおこう。


「ほらほら、早く行こうぜっ」


姫子の背中を押して教室から出ていく。

いやぁ、今の場に清水がいなくて良かった。姫子を泣かしたと知られたら確実にグーパンチが襲ってくる。

けど他のクラスメイトに見られたから明日には清水の耳にもその情報が届くだろう。結局明日は覚悟しないといけないのか……はぁ、頬の裏に鉄板でも仕込もうかな。


「でもさ、俺の部屋より姫子の部屋の方が良くないか? 俺ゲーム持ってないし」


姫子の部屋には印天堂65がある。遊ぶにはもってこいだ。

それに比べて俺の部屋には何もない。お菓子食べたら昨日みたいに昼寝しそうな予感しかない。


「いいの、今日は照久のお部屋」


「はぁ、そうすか」


「……約束したから、そうしたいの」


よ、よく分からないけど姫子なりの信条があるようだ。

これ以上機嫌を悪くしてまた泣かれたら敵わないので大人しく従っておこう。

姫子と並んで歩き、正門を抜けて俺の家へと目指す。今日も暑い、夏本番が怖い……。


「ねぇ照久」


ん?


「……ちゃんと約束、守ってね」


こちらを不安げに見つめながら小さく呟く姫子。

その声はか弱く、けどしっかりと届き、なぜか俺の胸の奥にまで響いた。

……? な、なんだ今の感覚は。


「勿論だ、俺は約束を忘れたりしないぜ!」


今日のこと忘れていたけど。き、今日はたまたまってことで、ね?

言っていないけど俺はエルフなんだぜー? 少し勉強しただけで学年九位の座に就く程の頭脳明晰っぷりだぜおい!?

今回が初めてなわけだし、まあ許してくれよ。


「……うん、そうだね」


「? と、とりあえずコンビニ寄って行こうぜ」


なぜか姫子の様子がおかしいけど気にしないでおこう。確実に俺が悪いみたいだし、早くケーキとプリンを買ってご機嫌を治してもらわないと。


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