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第127話 涙腺ゆるゆるボーイ

「あぁ、我らの姫よ。どうして外の世界に出てしまったのだ」


「姫様は森の中でしか生きられないお体。それなのにどうして……」


体育館のステージで演じられているのは森の妖精達を舞台とした物語。

妖精の王妃は外の世界へと旅立ち、外の空気に長時間触れてしまったことで意識を失ってしまったのだ。全ては病に伏した民、幼馴染を助ける為。

幼い頃から一緒に過ごしてきた大切な者の為に、特効薬の材料となる薬草を探しに外の世界へと出た。

外の世界では様々な出会いがあり、数多くの出来事とハプニングが姫を襲った。そんな中、必死になって薬草をやっと見つけたのだ。


しかし、妖精の王妃として聖なる力を授かった姫に外気の空気は毒となり、徐々に体を蝕まれた。

姫が森に帰る時、もう体は限界を迎えようとしていて……


「森の妖精かぁ。テリーみたいだね」


命に関わる病にかかり、青年は動けず毎日ベッドの上で苦痛と戦うばかり。そんな姿を見かねて姫様は国を飛び出した。


意地悪な人間のお婆さんに騙されそうになりながらも猫の漂流旅人、犬の保安官、リスの小さな合唱団等の助けを借りて知らない世界を渡り歩いた。

時には笑い、時には泣き、故郷のことを思い出し、寝込む最愛の彼を心配し、それでも前を向いて歩き続けて最後、待っていたのは……命の灯が消えかける自分自身。


森に帰り着いた時、姫は意識を失って深き眠りへと落ちた。

誰が呼びかけても、どうやっても、姫の目は開くことなく、次第に小さくなっていく呼吸音を聞き逃さないよう耳を澄ますだけの妖精達。

姫の命は残り僅か、誰もが諦めていた。


「なんかエルフっぽい設定だよねぇ、どう思う?」


決死の思いで姫が探してくれた特効薬を飲み、青年は目を覚ました。心身共に回復し、森の匂いと音を心いっぱいに吸い込んで元気になった青年。


けど、でも……元気になって一番最初に会いたかった人、抱き締めたかった人は……ベッドの上で深い眠りについていた。

嘆く妖精達に全ての事情を聞き、そして青年は……泣き崩れる。


「どうして……どうし、て……あぁ、姫様、っ。どうして僕なんかの為に……嘘だ、っ、こんなことが……」


……泣き崩れ、涙と鼻水を垂らしてぐちゃぐちゃの顔で青年はベッドの横で言葉を吐き続ける。

会いたかった姫様は目を開けてくれない、自分の為に命を賭してくれた人が……っ、姫様が……目を覚まさない。


「姫様ああぁぁ……! 目を開けてください……っ、っ!」


「演技は上手いよね。でもテリーからしたら妖精の設定が気に食わないんじゃないの? もっと実際はこうだぞ~とか言いたいんじゃない?」


さっきから隣の椅子に座る清水がヒソヒソと話しかけてくる。

確かに妖精の設定がエルフっぽい。が、それにしては羽が生えている、空を少し飛べる、森の国で音楽と歌を趣向とする等、質素な暮らしのエルフと比べてかなりファンタジーだ。

もっと実際は毎日必死に狩り泥まみれになっている、音楽と歌なんて十の四の森ならあるかもしれないけど爺さんと二人きりで音楽なんてあるわけない。エルフの地味な生活と比べてフィクション臭が酷いのは間違いない。


でも、そんなことより……ぐすっ、違うんだって、この、物語……うぅ、


「……え、テリー泣いてる?」


「う゛るざい、黙っで劇観てろ」


清水、せめてお前だけでも物語を最後まで鮮明に見届けてくれ。俺の視界はもう涙でぐしょぐしょだ。照明の光りしか視認出来ない。


なんだよこのお話、超泣けるじゃねーか。

涙流し過ぎて顔中が液体だらけ、足元にはおねしょのように水溜まりができている。


悲し過ぎる……なんで二人は救われないんだ。おかしいよ、こんな結末おかしい。

ステージで泣き叫ぶ青年。やめて、もう叫ばないで、もう泣かないでくれ。伝わってくる二人の気持ち、すれ違い、それでもお互いを思う感情のうねりが空気を伝って俺の中に流れ込んでくる。


あ、あかん、涙が止まらない。

良い話だわぁこれ……うぅ、うぐ、あぁぁあ、えっぐ、う゛お゛おおぉ……!


「い、いくら有名な劇団のお芝居とはいえ高校生は泣いたりしないよ……。ハンカチいる?」


「頼む。眼球に巻きつけてくれ」


「そこまでしないと駄目なの!? どんだけ泣いてるのさっ」






今日は有名な劇団の方々が学校に来てくださり、劇を見せてくれた。

全校生徒が体育館に集合し、生徒会長と劇団の団長が挨拶を交わして劇の始まり。

最初はまた体育館に押し込まれて人間臭いなと思っていた。

文句を口の中で押し殺して、どーせ劇なんてくだらない文化だなと舐めていたが……


想像以上だった。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。

無事劇は終わって教室へと戻った。そのままホームルームを行い、放課後となる。


「劇のおかげで授業潰れてラッキーだったね」


「俺寝ちゃったよ、あはは」


わいわいと賑やかに先程の劇について軽く談笑するクラスメイト達。そんな中、俺は、


「やられたよ、あの話は反則だ。クソ、涙が止まらない……」


劇が終わってからもずっと泣いていた。

清水から貸してもらったハンカチは既にびしょびしょ、濡れに濡れている。涙に浸かったハンカチを眼球に押しつけながら漏れる嗚咽を止めることが出来ないでいた。


泣ける、超泣ける。眠り続ける姫様、これからずっと君のことを傍で見守っていくと約束して立ち直る青年の姿をなんとか見届けて劇は終了した。

頑張れ青年、応援しているぞ。食料の調達は俺に任せてくれ、二人分の食事を狩ってくるから。だから姫の傍にいてやってくれ頼む……!


「テリーだけだよ、そんなに泣いてるの」


帰り支度をするクラスメイトとは別に隣で呆れたように呟く清水寧々。

は? 別に泣いてないし。十六歳にもなって号泣とかそんな恥ずかしい真似をエルフの次期族長がするわけないだろ。

これは心の雨が溢れて目から出てきただけだ。感受性豊かな証拠だ。

対して清水、お前の心は乾いているようだな。俺の雨を分けてやりたいくらいだ。


「テリーって結構涙腺緩い感じ?」


「どうだろうな、分からん」


清水からティッシュを受け取って鼻をかみながら答える。

前の席で如月がボソリと「……たまには国に帰って婚約者に会って来ようかな」と呟いているのを無視して涙を拭う。お前はさっさと空の国に帰れ。鞄を持って教室を出ていく如月に向けて怪訝な顔で睨む。


にしても涙腺が緩い、のかなぁ。

確かに人間界に来てよく泣いている気がする。車や巨大な建物を見て泣きそうになったり、姫子とスマビクして負けて泣きそうになり、ゲーム店では恥をかいて泣きかけた。

あらゆる感情の理由で涙を零すことが多々あったわけで、つまり涙腺が緩いってことになる。もっと男らしく、泣くのは生まれ落ちた時のみ!とか言いたいけどさ。そこまでの男気ソウルは生憎持っていない。


となるとやっぱ泣きやすいのかな……でも、ここまで泣いたのは初めてだと思う。

ちょい泣きはあっても本気で泣いたことなんて一度も…………ん?


「そういえば小さい頃、すげー泣いたような……」


「小さい頃?」


「なんだろ、確か……っ、んん~、思い出せない。なんかモヤモヤする」


小さい頃大泣きした気がするんだけど、うぬぬ……全然思い出せない。

なんだこの感覚、思い出そうとすると頭痛が走る。昔のことで記憶が曖昧になっているのかな。

……でも、あぁ……駄目だ、分からない。


「そういう清水は大泣きしたことあるのか?」


「人並みには泣いていたと思うよ。最近は全然泣かないなぁ」


「俺が死にかけた時に泣いてなかった?」


如月の風魔法でボコボコにされた時、清水が号泣していたような気がする。それは覚えているぞ。

すると清水の顔が一変、顔を赤らめて「な、なな……!」と口をパクパクさせて慌て始めた。なんか可愛い。


「な、なななな何言ってるの。なんでテリーなんかで私が泣かないといけないのよ!」


両腕をバタバタとさせ、高速で動いている清水。

特徴ある毛先が逆立って獅子のように宙で暴れている。顔は既に真っ赤、目はグルグルと視点が定まらずに四方八方を泳ぐ。


ど、どうした? そこまで動揺しなくてもいいだろ。

茶化して悪かったよ、あの時のことはノーカウントだよな。お互い死に直面していたから気持ちが荒ぶっていたし。そりゃ死にそうになったら泣きたくなるよな。それは人間もエルフも同じだよ。


清水にしては珍しく動揺しており、混乱しているようだ。

少し可哀想になってきたので落ち着かせようとハンカチを渡す。こんな濡れ濡れのハンカチをどうすればいいのよっ、と投げ返された。うおお、しっとりしている。


「テリーの馬鹿、ホント馬鹿っ」


「はいはい悪かったよ。だから殴らないでおくれ」


「むー……決めた、今から映画観に行こ」


そう言うと清水は俺の鞄を持ち上げて机の上へと置く。それ持って立てと命令しているようだ。


「は、なんで映画?」


「うるさい!」


しかし清水の眼力の強さにたじろいで聞き返すことは出来ない。

おぉう、清水が怖い。


「いいから行くの。絶対に泣かせてやる」


その後、『さよなら子犬のナッシュ』という映画を観に行って再び号泣するハメになった。動物系は反則だろ……ぐすっ、うぅ。


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