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第123話 変わった転校生と変わらない日常

「久しぶりの登校だな」


高校の制服に着替えて歩くこと十分足らず、在籍している高等学校の正門へと到着。

周りを見れば同じように指定の制服を着て正門をくぐっていく男子生徒や女子生徒の数々。久しぶりに見る光景だ。


こうして学校に来るのは実に一ヶ月ぶりになる。

懐かしい気持ちだ……こう、高鳴る鼓動が全身に緊迫感を浸透させる。単純に緊張しているだけなのだが。

一ヶ月ぶりの登校にビクビクしている、ただそれだけ。


如月との戦闘で重傷を負った俺は一月もの間病院で療養生活を強いられた。

折れた骨と潰れた臓器の治癒、衰えた筋肉の回復、全てを終えてつい先日やっと退院した次第。

GWとかいう学生には素晴らしい連休の前に入院し、気づけばもう六月。

桜吹雪の風景も変わって今は新緑の葉が風に吹かれて笑う素敵な光景になっている。


一ヶ月ぶりか……また今日から勉強漬けの毎日が始まるのか。

担任の教師には話をつけてある、ネイフォンさんが。

職員室には寄らずにいつも通り教室を目指すか。他生徒達と同じように歩を進めて校舎の中へと入る。


「だから亜種の方倒さないとその素材は手に入らないんだって」


「亜種って二体同時のクエストしかないじゃん。面倒だわ」


「モンバスのチケットもう売り切れなんだけどー」


「え、マジ~?」


下駄箱で上履きに履き替える。

その間、周りから聞こえてくる同世代の賑やかな会話。

ある男子達はゲームについて熱く語り、女子達は流行りの音楽について話す。人間界の、高校の、とても普通な光景だと思う。

級友と共通の趣味を語り合って親睦を深める彼らの姿はとても明るくて青春をしているなぁと感じさせられる。あなた達人間はそうして人間らしく生きていけばいいよ。


微笑ましいながらも人間の数に少しばかり気圧されて吐き気が出るがこの程度問題なし、黙したまま廊下を歩き進む。

うん、校舎内も変わっていない。綺麗な床と壁、変わりなく存在している。

そういえば後で屋上を見ておくか、あの後どうなったか見ておかなくては。


生徒達の雑談を聞き流しながらついに辿り着いた二年一組の教室前。

……なんか入りにくい。

一ヶ月に来てクラスメイトの皆は俺のことを覚えているのだろうか? 二年生へと進級して一月足らずで入院した俺のことなんて。

扉を開けてグッモー♪とフレッシュな笑みで挨拶して、「え、誰だよこいつ」みたいな対応をされたら登校拒否したくなる。

……まぁ、その心配はなさそう。

廊下にいる現時点で周りから「あ、木宮君だ」と言った声が聞こえてくる。

というか話しかけられる。ふぁい!?


「久しぶりだね木宮君っ、怪我は治ったの?」


「う、うん」


話しかけてくる元クラスメイトの男子や女子。

皆さん屈託のない笑顔でフレンドリーに話しかけてきた。お、おおふ。なぜか動揺してしまぅ。

良かった、皆覚えていてくれたみたいだ。謎の感動を覚えつつ級友達に一通りの報告をして再び扉へと向き、手をかける。


「……あ、木宮君!」


教室に入った途端、一人の女子生徒が詰め寄ってきた。笑顔がとても眩しい。

それがきっかけ、次々とクラスメイト達がこちらを振り向いて同様の反応を示す。

次に襲ってきたのは捌ききれない量の質問。

怪我は大丈夫?とかノートは取ってあるから任せてくれ!とか一狩り行こうぜ!と様々な質問と激励が降り注いできたではないか。


お、おぉおぉふ? なんだこれ、謎の感動再来。

良かった、皆覚えてくれていた。心配してくれるクラスメイト達に思わず感涙しそうになる。

ちなみに入院の原因は交通事故となっている。下校途中に暴走した車に激突されて怪我したことになっている、表上は。

真実を話すわけにはいかなく、ネイフォンさんと清水父の口裏合わせによって事態は交通事故として処理された。


シルフ族の風魔法のせいだとか言えるわけない……っ、そうだ。

このクラスには、俺に重傷を負わせた奴がいるじゃないか。

揺れる心臓、疼く右手、軋む骨々の警告音を伴って教室内を見渡せば、


「いた……」



強引にセットされたようなツンツンヘアー、長い襟足の髪は銀色に輝き、光っている。青白い瞳と爽やかな笑みを浮かべる……傷が疼く。

人間界の言葉で言う中二病な発言ではなく、本当に、こいつに受けた傷が唸っているんだ。

この、如月浮羽莉による、風魔法のせいで俺は生死を彷徨ったのだ。

如月浮羽莉、本名はエアロ・ムーンシルフ。風の魔法を操り、風を司るシルフ族の王子。


こいつのせいで……よくもまぁ、そんな薄っぺらい仮面の笑み浮かべやがって……! 

怒りが燃えたぎって歩を進めるスピードが速まる。

あっという間に如月の前へと着き、このクソシルフを睨む。テメェ、なんでまだここに……!


「あ、木宮君。久しぶりだね、おはよう」


「何がおはようだゴラァ、よくもやってくれたな」


「え、な、何が?」


キョトンと訳が分からないといった表情を浮かべる如月。

貴様ぁ、まだそんな演技するのか。

屋上の扉と壁を破壊し、コンクリートの地面を抉って俺をボコボコにした奴が何を言っ……ん?


「交通事故なんだってね……無事で良かったよ」


待てよ……なんでこいつここにいるんだ? 

普通に学校へと登校している如月。俺が入院した一ヶ月前からそれが変わらなかったのなら、どうして清水は無事なんだ? 

正体を知られた清水を殺そうとしていた如月、それなのに清水はピンピンしている。殺さないのか? 


いや……殺そうとしたこと覚えていないのか? 

…………そうか、如月はネイフォンさんによって記憶を……消されているんだった。


「その日は風が騒がしかったのを覚えているよ。けど……他のことはなぜか思い出せないんだよね」


右手を額に添えて唸るように目を細めて唸る如月。これが正真正銘の中二病なのは放って置いて。

ネイフォンさんの言ってた通りか。……試してみよう。記憶を掘り起こさない程度に。


「確かにあの日は風が騒がしかったよ。まるで誰かが風を操っていたような……」


「ぅ!? な、なななな何を言っているんだ木宮君。そ、そんなことで、でで出来る人間なんているわけないじゃないかあははー」


目を見開いて上体を大きく反らす如月。

ブワッと顔中から汗が溢れ出て瞳と同じ色に顔が青ざめていく。

……分かりやすいなこいつ。


「そうだよな、そんなわけないよな」


ニコッと微笑んで如月の後ろ、自分の席へと着く。花瓶とか置かれてなくて良かった。

如月は汗を拭いながら小さく安堵の息を吐いているようだ。


……ネイフォンさんの言った通りだ。

目の前のこいつ、エアロ・ムーンシルフは記憶を失っている。

エルフが一生に一度だけ使える忘却魔法を受けた如月とその従者はあらゆる記憶を忘れてしまった。

清水がシルフのことを知ってしまったこと、俺がエルフであること、エルフの特徴、自分の目的すらも忘却の彼方へと落としてしまったのだ。ネイフォンさんが事細かに設定して忘却の力を発動させた。

あの日の記憶は勿論のこと、エルフの特徴も忘れたので俺がエルフだと分からない、そして自分自身の目的も。

如月は本来人間界を破壊する為に人間界へ来た。風を汚す人間共が許せないんだと。


でも今はその目的すら忘れて人間の高校生として過ごしている。

本当の目的を忘れ、自分が人間界へ来た理由は人間界勉強の為だとネイフォンさんが嘘の目的を刷り込ませたのだ。

忘却直後は頭が空っぽになって記憶の改ざんがしやすいと木宮もこみちおじさんは説明してくれた。日野愛梨が忘却魔法を使って人間界の戸籍を偽装出来たのも同様の現象を使ったものだと思われる。


簡単に言えば如月は今、人間界について勉強する為にここへ来たと思い込んでいるのだ。

従者の老人トレア・ムーンシルフもそう思い込んで如月に付き添っているはず。

そして如月は穏便に隠れて過ごしたいとも思いこんでいる。

故に先程みたいに正体がバレそうになると慌てていた。

恐るべき忘却魔法の性能……。たった一瞬のうちに発動出来るのに記憶の忘却を細かいところまで行え、さらにその直後は改ざんも容易に出来る。一生に一度という制約が納得出来る威力の魔法だ。


「お、落ち着け誰にもバレていないはず。俺は人間界に眠る黒き龍と封印を調べる使命を機関から受けているんだ、こんなところでしくじるわけには……」


何やらブツブツと呟いている銀髪イケメン野郎、もとい銀髪イケメン残念中二野郎。

元の性格のせいもあるかもしれないけど、どうやら黒歴史生産に拍車をかける事態になっているようだ。

ま、何にせよこの状態の如月は害がないってことだ。こちらが何もしなければ如月も何もしてこない。

大人しく人間界の勉強に励むことだろう。下手に刺激して記憶を掘り起こさないように気をつけよ。


「おはようテリー」


「……照久、おはよう」


二人の声が聞こえた。病院で何度も聞いた声。

振り返れば清水と姫子がすぐ傍まで近づいて朝の挨拶をしてくれた。

制服姿のお前らを見るのも久しぶりだなぁ。


……また学校生活の始まりだな。また今日からよろしくな。

その意味を込めて俺はニコッと微笑んでしまう口元を押さえきれずに言葉を紡ぐ。


「おはよう清水、姫子」


「お、おはよう木宮っ」


すると後ろの男子生徒が声をかけてきた。

……あ?


「誰だお前」


「絶対それ言うと思った! やっぱ忘れていた悲しい!」


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