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第121話 異常な回復力

「右手の傷が治っている……!?」


「おかげ様で」


「いやいやありえないから」


目を覚ましてから一週間が経ち、ようやく右手の包帯が取れた。

あー、やっと右手が使える。如月の風魔法を受け止めたせいで抉れた肉と骨はどうやら治ったみたい。


「これで自分を慰める行為も出来ますぜ。まあ娘さんが毎日のように来るから絶対にしないですけど」


これでやっと清水や姫子に食べさせてもらわずに済む。つーか左手は使えるから別に食べさせてもらう必要は入院当初からなかったんだけどね。

あの子達何かと理由をつけて無理矢理食べさせようとしてくるもん。


この前、姫子に食べさせてもらっている姿をナースのお姉さんに見られて「あらあら良い彼女さんね」と言われた時はすげー恥ずかしかった。

その翌日に今度は清水から食べさせてもらっているのを同じナースさんに見られて「は? 堂々と浮気かよ」と舌打ちされた時は顔から冷や汗が出た。

う、浮気じゃねーし。そもそも別にどっちも彼女じゃないし! 


とにかくこれでお姉さんに白い目で見られることなく食事を楽しめる。

ありがとう清水のお父さん、あなたの素晴らしい医学的処置のおかげです。


「照久君、普通の人間がその怪我を治すのにどれだけ時間がかかるか知っているかね?」


へ? 分かんないっす。


「少なくとも一週間では治らない。だが君の右手はたった一週間でシコシコ出来るまでに再生している。常識的に考えてありえないんですよ」


そんなこと言われても知らないです。

怪訝な顔の清水父、俺はどうしようもないので苦笑いを浮かべる。


「これがエルフの回復力と納得するしかないですね。他の傷も異常な速さで治っている。二ヶ月……いや、それよりも先に……!」


右手は治ったし足の傷も塞がったみたい。変な臭いがして痒くなるギプスも取れて気分も良好っ。

久しぶりに体を存分に動かしたいなあ。


「君達エルフには驚かされてばかりだ。人体の構成は人間と差異ないのに筋肉繊維の量や骨の硬度が桁違い。恐ろしいの一言に尽きる」


「もう退院してもいいですか?」


「……もぉ少しだけ入院しよう。リハビリも必要だし」


そう言って清水父は汗を拭って部屋から出ていった。

さて、どうやら怪我は順調に治っているみたい。清水の親父さんが出ていった後にもう一度右手を開いたり閉じたりしてみる。うん、ちゃんと動く。

つい先週まで風穴があったのが嘘みたいだ。

骨が見えてピンク色の鮮やかな肉片が飛び散った光景が頭に浮かぶ。うげ、思い出しただけで気分悪い。


でも今はご覧の通り、見事に再生している。

やっぱ風邪とか怪我なんてのは寝れば治るんだよね。治療に必要なのは睡眠と根性だ。爺さんの教えは正しかった。

風の魔法で斬られた足の傷も治っている。清水父からはまだ禁止されているけど、たぶん歩ける気がする。

試しにそっと両足を床へと着ける。ゆっくりと体重を両足の裏へとかけていき、腰を上げる……うおっ、とと……ううおおおお。バランスが取りにくい!


「おっととー、何これ変な感じっ」


な、なんだこれ、体重のかけ方が分からないよ。

なんとか立ち上がって直立、そこから動けずとりあえずはじっとしておくことに。

うん、やっぱ足も治っているようだ。体重の負荷をかけてもそれほど痛くない。

計算すれば約十日ぶりに自分の足で立ったことになる。

なんとなーく感慨深い気持ちがあるようでそうでもない。


まあせっかくだし歩いてみよう。拙いながらも静かにゆっくりと歩を進めて個室の中を散策。

歩行という行為を思い出すように噛みしめながら練り歩いて足の裏に伝わる感触を取り戻していく。

あ、もう大丈夫だ。……出来るかな? 不安と好奇心がぶつかり合って好奇心が勝ち、行動へと移る。


「やっほー。テリー、調子はど……きゃああああああ!?」


うわ!? ビックリした、清水か。

扉の開く音と清水の声がしたかと思えば耳襲う悲鳴。個室中に響く。

んだよ、そんな大きな声出してどうしたんですか清水さん。

姿勢の方向を変えてみれば清水が目を見開いて叫んでいる最中だった。

目を見開き、あんぐりと開いた口へ両手を寄せて、恐ろしいものを見ている表情だ。

その表情は反転し、逆さまに視界へと移っている。


「なんで逆立ちなんてしてるのよ!?」


「え、いや筋トレ」


ただ今俺はベッド横の手すりを握って逆立ちをしている。

両足をピンと伸ばして両腕の力と握力のみで全体重を支え、体幹でバランスと取りつつ腕立てを行っているところだ。久しぶりに体動かせて僕マジ感動です。


とそこへ清水がファックス並の瞬発力で詰め寄って来た。逆さまに映る鬼の形相が迫ってくるのはかなり圧巻だ。

普通に怖かったので両手を離し、全身を丸く折りたたんで足から床へと着地。


そこへ清水が急接近、顔と顔が近づいてくっつきそうな勢いだ。

慌てて後退していき、壁へ背中をつける。

が清水も追撃してさらに接近してきた。近い近い! 前もこんなことあった気がするぞ。


「何してるのよ馬鹿テリー! け、怪我しているんだから大人しく寝てなさいっ」


「ぐあ、そんな近距離で叫ぶなよ。その唇奪っちゃうぞ」


「出来もしないこと言う暇があったらベッドに戻って!」


は、はあ? 出来もしないことだとぉ? 舐めるなよ、それくらいのこと余裕で出来るから。

お前のその潤って瑞々しいのに滑らかでそっと優しく触れてみたい衝動にかけられる綺麗なピンク色の唇に俺自身の唇を合わせてキスすることぐらい…………ま、まあしないけどな。出来るけどしないだけだから。

別に初キスで緊張しているとかキスしたい欲求はあるけど未経験の不安があって出来ないとかそんなわけじゃないからな! 勘違いしないでくれぃ。


……やっぱ顔近い。

超至近距離で見ると清水の可愛さを再認識させられる。こうしてじっくり見ると本当良くまあ綺麗に整っているよな。

持ち前の明るさと友好的な笑みが合わされば男子は誰だって好きになってしまうのでは? 俺は騙されないけどな。たぶん!


「というか病院内は静かにしろって。看護師さん呼びたいなら絶叫じゃなくてナースコールで呼べよ。エルフの俺でも分かるぞ」


「いいから寝て、お願いだから! ……怪我、酷いんだからぁ」


「いやもう治ったっぽいよ」


「ふぇ?」


先程まで叫び続けていた清水だが急に弱々しい震えた声をぶつけてきた。

両手が震えて彷徨いながら俺の胸元へと落ちる。ぎゅっと病衣を掴んできた。

今にも泣きそうな掠れ声で必死に訴えかけてきた……けど俺が治ったと言った瞬間、間抜けで可愛い声を出して再び顔を上げた清水。

じっと顔を見つめ、一歩退いてこちらの全体を隈なく検査するようにして眺めて、いるうちに清水の表情に変化が……


「馬鹿テリー! でも安静にしてなさい!」


「ぐお」


ドンと突き飛ばされる。清水の怒りがぶつけられた気がした。

その衝撃を食らい、受け止めきれずに後ろの壁へと激突。

い、痛い! 背中がぁ……うぅ。体勢を保とうと足と腰に力をくわえたが上手く連動せず、体がズルズルと落ちていく。

壁に体重を預ける形になって足腰が崩れて床に座り込んでしまった。


あれれ、おかしい……。

突き飛ばされたのは仕方ないとしてもそれだけで倒れてしまうなんて。

力が上手く入らず、バランスの崩れた体を持ち上げることが出来なかった。うへぇ、情けない。

逆立ちが出来たのに足で立つことが出来ないなんておかしいぞ。

まだ足の怪我は治ってなかったのかな? クソ、痛みがぶり返してきた。痛い……。


「ぁ……て、テリーごめん」


しゃがみ込んで清水が近づいてきた。

またしても不安そうに悲しげな顔をしてオロオロとしている。あなたが突き飛ばしたんですけどねぇ。

まあ清水も思わず突き飛ばしたって感じだったし悪気はなかったのだろう。


すぐ横に膝を下ろして体を寄せてくる清水。

俺の腕を自身の肩へと回す。立たせようとしてくれるのか? 

清水に助けてもらいながら腰を持ち上げて起立。まさか倒れてしまうとは、情けない限りだ。


「ありがとね清水」


「ううん、私のせいだし。ごめんねテリー」


ちょっと調子乗ってしまったなぁ。清水の親父さんが言っていたようにまだ安静してリハビリをする必要があるみたい。

日数で言えば十日程度動かなかっただけなのにこんなにも体が鈍っているとは。これじゃあ爺さんに笑われてしまう。

立ち上がれたことだし、とりあえずその辺歩いてみるかー。


……清水、立てたからもう離れていいよ? 

しばらく時間を置いてみたけど清水は俺の腕を持つ、というか抱きついた状態のまま離れようとしない。

何この状態、密着し過ぎだよこれ。

離れてくださいと念を込めて眼力を強めて清水を見つめる。すると清水は、


「一人じゃ歩けないかもしれないでしょ」


「突き飛ばされたり障害物がなければ普通に歩けると思う」


「危ないから私が付き添う」


え、えー……。なんとかして腕を振りほどこうとするが清水も頑なに離そうとしない。逆に暴れるとまた体勢を崩しそうで下手に動けない。

まーたこんな感じになっちゃうの? ナースさんから冷たい目で見られちゃうパターンだよ。

せっかくあーんの無限ループから脱したと思ったのに。

これからリハビリはずっと清水が付き添いそうな気がする。恥ずかしいなぁ、もう。

隣で心配そうに上目遣いで見つめてくる清水を見ていると断りにくいし……。


「お、お前ぇ! 私の愛娘に何をしているんだあぁぁ!」


この親父もうるさいし、なんだよクソ!


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