第120話 林檎地獄、光る片割れの守護石
「照久、林檎食べる?」
「……もう三つ食べたんすけど」
今日も病院のベッドで動けずに寝ている俺。その横で林檎の皮を剥く姫子。
昨日の拙いカット技術が嘘のよう、今では綺麗に切っている。まあ昨日と今日合わせて四つ丸々切れば慣れるよな。
おかげ様で今日は林檎を三つ丸々胃に収めたことになる。林檎の汁が口元から垂れるくらい食べた。
なぜか姫子は執拗に林檎を食べさせようとしてくる。看病と言えば林檎、とか思っているのではなかろうか?
美味しいけどさすがに飽きてきた。ジューシーな肉を食べたい。病院食って質素だよなぁ。コンビニのホットフードが食べたいよお。
けど体に悪いとか言われて絶対に食べさせてくれないだろう。清水親子によって厳しくて栄養のバランスを考えられた食事メニューが組まれているみたい。
「……あーん」
「……」
そして姫子。やんわりと断りの意を伝えたはずなのに林檎をカットし終えている。
なぜだ、なぜなんだ漁火姫子。
小さく切り分けられた林檎が爪楊枝に刺されて俺の口元へ運ばれてきた。だからそれ超恥ずかしいって何度も言っているんですが。
何この羞恥プレイ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。少女漫画風に言えば、ふえぇぇ頭がフットーしそうだよおっっ。
なんでこんな辱めを受けなくてはならないのだ。
ここで頑なに口を閉じていても無理矢理口の中に突っ込まれるので抵抗の術なし。
はいはい食べるよ、食べたらいいんだろ。もう嫌だ、誰か助けておくれ。
「やっほー、テリー元気に寝てるー?」
するとノックもなしに個室の扉が開かれる。
入って来たのは清水寧々、黒髪のロングヘアーと端麗な顔が可愛い女子。俺の親友的ポジションであり、俺の主治医である清水隼人の娘、いや愛娘である。
目が覚めた時は泣いて喜んでくれた清水も今ではいつものように明るく屈託のない笑みを浮かべて入室してきた。
おおっ清水、助けてくれ!と嘆願したいところだがそうはいかない。
この黒髪ロングヘアーの女子もあーんをしてくるからだ。クソ、救いの手がない! あーんしてくれる手はあるけど救いの手がないっ。
「……あ、姫子ちゃん」
「寧々ちゃん、こんにちは」
「うん」
姫子の姿を確認して清水はこちらへと来る。
その手には林檎の入った袋を持っていた。……り、林檎。マジかよ。もうそいつが赤色の悪魔にしか見えないんだけど。
思わず口からファック!と漏れそうになったけど病院で過激な発言はしちゃ駄目らしいので控えておく。代わりに溜め息を吐いて目を瞑る。
早く怪我治らないかなー。毎日行っていたあのお弁当屋さんに行きたい。バイトの田中さんに会いたいよ。「今日もお肉系の弁当? たまには自炊しようね」と言ってもらいたい。田中という名字のお姉さんとよく顔を合わせていた。ここ久しく会ってないなー。
「姫子ちゃんはテリーのお見舞い?」
「うん。看病してる」
「あはは、こんな奴の面倒見ても面白くないでしょー」
ケラケラと軽く笑いながら慣れた手つきで林檎を剥き始めた清水。
ちょい待ち、タイム! スタートボタン押したから待ってくださいっ。
俺の顔に付着した林檎の汁に注目してみよう。なぜお前らは林檎をチョイスするのさ。もっと食欲そそる食べ物お願いします。チキンとかフライドポテトや惣菜パンを所望する。
ベッドに寝込み、真紅の悪魔が来るのを待つ俺の横に座っている姫子と清水。
病室を漂う甘い果実の匂いと包帯臭さ。いつになったら退院出来るのやら。早く治れええぇ。
「……ううん」
「そっかー。あ、でも、私が面倒見るから姫子ちゃんは無理しなくていいよ。姫子ちゃん、自分のこともあるでしょ」
自分のこと? よく分からないのでチラッと清水の方を見れば清水は言葉を続ける。
「姫子ちゃん、ここに通院しているんだよ」
へー、そうだったのか。説明ありがとうマイフレンド。
姫子が病弱で学校を欠席したり早退していたのは知っていた。
体調を崩すと咳を連発して途端に弱ってしまう。これまでにも何度か薬を飲ませてあげる手伝いをしたこともある。
そして早退した時は病院に行っていることも知っていたが、まさかここの病院だとは。
てことは姫子は林檎を剥きに来ただけではなく自分自身の用事もあるってことか。寧ろ俺のところへ来たのはついでだと考えた方が無難。
なんかごめんね、わざわざここの病室にまで来てくれて。
でも林檎はもう勘弁してください。あの食感にはもう飽きてしまったんです。
「お薬もらったから大丈夫。……照久、林檎食べる?」
「いやだから食べないって先程から述べていますけど!?」
ツッコミをした際に開けた口に林檎が放り込まれる。
ぐほあぁ、程良く甘いシャキシャキ食感の果実が入ってくるぅっぅ。
クソぉ、飽きたけど美味しいから咀嚼してしまう。つーかせっかく剥いてもらったのに吐き出すとかそんな非道な真似が出来るかよ。ファック!
「あはは、相変わらずテリーと姫子ちゃんは仲良いねっ」
この状態を見てそう思えるのはどうかと思うよ。
端的に説明すれば、動けない男性に対して女性が無理矢理何かを口の中に入れようとしている。これだけ聞けば事件の臭いしかしない。
とある病室で起きた戦慄の事件、看病という名の惨劇……いや、これは姫子に対して失礼過ぎるか。本当にごめんなさい。ありがたく食べよう。
「ここは姫子ちゃんに任せて邪魔者は退散しよっかな~」
いつものようにニヤニヤと笑いながら俺と姫子を交互に見つめる清水。
出た、まーたそれか。
普段の学校生活でも清水はこんな感じにからかってくるのだ。恥ずかしいことこの上ない。
何かあればこいつは俺と姫子をくっつけようとする。何を勘違いしているのやら、俺達はそんな関係じゃないというのに。いい加減そろそろやめてほしいものだ。
いくら言っても聞いてくれないので諦めて放置しているけどさ。もういいや、清水には言わせておこう。
目を瞑って再び溜め息を吐く。その瞬間にまたしても林檎を食わされる……。
さ、さすが姫子、スマビクで鍛えた反射神経による林檎あーんの技術は一流だ。全国第一位の腕が発揮されている気がするよ。
清水の言う通り、姫子がいれば林檎を食べることには苦労しないよ。つーか左手は使えるから丸かじりくらいなら出来る。
じゃあ清水は帰るのか。親父さんによろしく言っといてくれ。
「あははー。……でも、今回は譲れない、かも」
ん? 清水、どうかしたか?
「ごめんね姫子ちゃん、テリーの怪我は私が関係してるの。だから私が看病しないと。ううん、看病したいの」
すると清水は切り終えた兎さん林檎を爪楊枝で刺してこちらへと向けてきた。
……ぃ、いやだから何度も言っているけど林檎はもう飽きたんだよ!
勘弁してよ、割とマジで!
ベッドの隣、座っている姫子と清水。二人が差し出すのは瑞々しくてシャキシャキとした食感の果物……目が覚めてからずっと食べて今日は既に丸々三つと三口も食した。そして迫る同種の食べ物。
……さ、さぁーていっぱい食べて怪我を治したいなぁー、あははー。
「そういえばテリー、これ預かっていたの」
林檎を差し出す傍ら、清水はポケットから何かを取り出す。
咀嚼を延々と繰り返しながら目線を送ればそこには、翠緑色に輝く宝石があった。
光り輝かく綺麗な小石、森の守護石だ。あ、それって俺のやつ?
「ぁ……」
「なんで清水が持っているんだ?」
「ペンダント着けたまま手術するわけないじゃん」
守護石を手に持って見せる清水。それもそうか。守護石がないなーと思っていたが清水が持っているなんてね。
キラキラと淡い輝きを放つ宝石。エルフの森には守護石という巨大な宝石があり、守護石は森の空気をより綺麗に浄化する力を秘めているらしい。
エルフの民は森と守護石を警備し、守護石はエルフと森を守ってくれているのだ。
そのペンダントは爺さんが守護石を削って作ってくれた品で、大切なお守りとして常日頃から身に着けていたもの。ちなみに十の四の森の村長曰く、守護石を削ってペンダントにするなんて重罪らしい。
爺さん何やっているんだよ、と思ったりしたなぁ。
ともあれ俺は幼い頃から持っていた物で、何かと愛着がある。
いつか身を襲う銃弾や攻撃から俺を守ってくれるかも、とか思っていたけど今回の如月戦では何も役に立たなかったなー。
よく漫画で見かける「こ、これがあったから……」みたいな展開にはならなかった。ちゃんと働いてくれよ森の守護石さん。
「綺麗なペンダントだね。いいなー、欲しいかもっ」
「残念だけど大切なお守りだからあげられない。そういえばもう一つ片割れがあるんだよ、それ」
「片割れ?」
「知り合いのジジイが言うには元々一つだったのが二つに分けられたような形をしているんだとさ」
清水が魅入る宝石を俺も再度見つめ直す。
うーん、確かに側面が荒く削れているように見えないこともないけど、本当に片割れが存在するのか? あるとしても持ち主は爺さんだろうな。
ねえ、ホントに駄目?とねだってくる清水。たとえお前の清楚エロイ足を触ってもいいよと言われてもその要求は飲めない。大切な品なのでね。
……胸揉んでいいなら、まぁ、考えても…………ってなんで俺揺れているんだ? だ、駄目だろおい! 理性の壁よカムバック!
「ん、どうかしたのか姫子?」
「……なんでもない」
いつの間にか林檎を刺す作業をやめていた姫子は、自らの手を胸元へ持っていき、何かを押さえている。
清水とは比べ物にならない立派な……じゃなくて、どうせ揉むなら姫子の方を……でもなくて!
何やら様子がおかしい姫子。どうかしたのか?
「……」
黙ったままの姫子。しばらくじっと見つめていると顔を背けて林檎を取り出そうとし始めた。それやめて!