第119話 看病には林檎
「四日前、照久学校休んだ」
うん。
「三日前、照久の家行ったけど誰もいなかった」
はいはい。
「二日前も行ったけどいなかった……」
まあ入院して意識不明だったからね。
「昨日、照久の家の前で座っていたら照久のおじさんに会って事情を聞いた」
ネイフォンさんか。そういえば着替えとか勉強道具持ってきてくれたな。
入院中だから勉強なんてしたくないのに、余計なことをしてくれたネイフォンさんに苛立ったのを覚えている。
「今日、やっと会えた……うぅ」
「あ、ちょ、まっ、だから泣かないで」
またしても泣き始めた姫子。
暇なので昼寝をして目を覚ませば姫子がベッドの上で泣いていた。
呼びかけるといきなり抱きついてきて傷口が開きかけた。
今ようやく落ち着きを取り戻してくれたようで現在ベッド隣の椅子に腰かけてこちらをじぃ~と見つめながら淡々と近況を告げている。
めっちゃ見られている、ものすごく観察されているのですが。
そういえば姫子と会うのは三日、四日ぶり?
こちらを見てまた泣こうとしている。なんであなた泣くの!?
まるで俺が悪いみたいに感じるので申し訳ない気持ちになるんだけど。
「照久……怪我酷い」
「全治四ヶ月だって。リハビリも合わせると学校復帰は半年先らしい」
「……」
「あ、いやだからなぜに抱きつく!?」
再び胸元へ抱きついてきた姫子。先程のような力任せの勢いある突撃ではなく優しくゆっくりとのしかかってきた。温もりがシーツを通して伝わってくる。
あとものすげー柔らかい感触もシーツと包帯越しに伝わるぅ。
クソ、もしシーツと包帯がなければもっと鮮明にふよふよな感触を堪能出来たのに。さらに言えば衣服がなければ、直に肌同士接触すればそりゃもう……げふん。
最低な妄想しているな俺。この辺ちょっとネイフォンさんの影響を受けているみたい。ゲスな思考回路が生まれてしまった。
話を戻すけど俺の怪我はかなり重いらしく、完治するのに相当の時間と休息を要するらしい。
自分の足で歩けるのですら当分先とのこと、って説明を主治医である清水父から受けた。
訳すと再び学校へ通うのは来学期になるそうだ。季節が一つ過ぎる分もの間を俺はこの病室で過ごすことになるそうな。
ヤバイなぁ、印天堂65が。
ただ一つの目的、印天堂65とそれを起動させる為の機器を買って森に持ち帰る。その為には人間界で流通している通貨を集めなくてはならない。
ティッシュ配りのバイトをしてお金を稼いでいたが現在ご覧の様。医師の判断に従うならこれから半年間はバイト出来そうにない。
つまり半年間、目的の為に行動することが出来ない。
イコール! 今から半年先まで爺さんの手元に印天堂65が届くことはなーい。ざっとこういった結論へと至る。
ごめんな爺さん、俺やってしまったよ。
てゆーか姫子良い匂いする。離れてくださいと八回程進言するとようやく離れてくれた。
「……」
そこからはまたずっと俺を見つめてくる。この子は一体どうしたいのやら……。
しばらく無言の時間が流れる。
ヤベェ、何話せばいいんだよ。勿論のことだが怪我の原因を姫子に話すことは出来ない。
シルフの王子と喧嘩したことは話せないし俺自身の正体がエルフだと言うことすらタブーの領域。故に何も話せない。
昼寝する前に清水親子から俺の怪我は交通事故として処理されていると告げられた。
下校中に轢き逃げされたことで表向きは扱われている。けっこー間抜けな事案で重傷を負ったことになって個人的には不服なんだけど。
ボールを追って道路に飛び出した子供をかばって車にぶつかったみたいな英雄譚として自慢出来る嘘話を塗り作ってほしかった。助けた子供の母親が持ってきてくれたフルーツの盛り合わせも偽装する細かい演出もしてほしいよね。
話逸れた。とりあえず……どうしよ? せっかくだし何か話すか。
「学校はどう?」
「照久が休む前の日にね、屋上が爆発したの」
……如月の最初の風魔法による攻撃だ。
それについても清水から説明された。屋上の扉が破壊されたり学校近くの道路が抉れたとして事件になったらしい。
原因は不明のまま現在も学校付近は警察による警戒態勢が敷かれているそうな。
ちなみに清水が屋上の鍵を借りた直後に屋上が爆発したので清水はかなり事情聴取を受けたらしい。そりゃそうだよな。
けど女子生徒一人でコンクリートの壁を破壊するなんて不可能だし同時刻に学校近くでも同現象が見られたことから清水は無関係だと結論に至ったらしい。
まあ清水は無関係だよ。破壊したのは全て如月のせいだし。
「照久と何か関係ある?」
「全然ないよ」
ということで話を合わせるよう言われているので嘘をついておく。
勘くぐられないよう平然とした顔でサラッと返答する。尚も見つめてくる姫子。これはさっきから変わらないな。
あー、どうしたものか。この子とはそれなりに仲良くしてもらっているけど一緒にいるほとんどの時間はスマビクをしており、二人で仲良くペチャクチャとお喋りしたことは皆無だ。
でも今の状況は話すしかコミュニケーションを取る術がない。
な、何か話題はないのか。俺の正体や怪我のこと以外で話す内容……す、スマビクか? 最近ブービィの調子はどうですか~とか? なんつーマニアックな話題。盛り上がれる自信がない。
うぅ、どうすればいい。お昼に見たトーク番組のサイコロがあればなあ。
「照久、お腹減ってない?」
「んー、減った」
寝てばかりでエネルギーを消費しないから大してお腹は減らないと思っていたけど寝て起きて叫んだら結構空いてきた。
動かなくてもお腹減るんだな。育ち盛りの宿命か、または回復の為に栄養を欲しているのか。たぶん後者だな。
肯定の返事を返すと姫子は辺りをキョロキョロと見渡し、冷蔵庫横にあるキッチンへと向かっていった。
何やらゴソゴソとやっている音が聞こえる。首を持ち上げれば様子を見れるけどメンドイので動かず天井を眺めておく。
しばらくすると姫子が林檎と果物ナイフ、お皿を持ってきた。
なんとなく察しがつく。
「……林檎、剥く」
「頑張ってください」
椅子にちょこんと座って林檎を剥き始めた姫子。
……あ、ちょっと……なんか見ていて不安になるんだけど。
清水のような安定した包丁捌きと比べると非常に覚束ない。姫子のカット技術が拙いのがよく分かる。
悪戦苦闘しながら必死に果物ナイフを動かして赤い果実に刃を突き立てている。
ち、ちょ? 見ていてすげー不安になるんだけど。怪我とかしないでよ。怪我するのは俺だけでいいから。
左腕しか動かせないのでハラハラと不安になりながら林檎がカットされていくのを眺める。
ゆ、ゆっくりでいいから。怪我だけはしないでね!
「出来た……」
時間にして十分程経っただろうか。
丸かった林檎は何等分かに切り分けられてお皿の上に盛られている。
形がいびつだったり皮が残っていたりするけど、まあそこそこ小綺麗にカットされていた。
昨日の清水による兎さん林檎と比べるのは間違っている。清水は料理上手いのだろうよ。姫子はその分スマビクが上手いからいいんだよ、たぶん。
切り終えて一息ついた姫子、無表情だけど満足げに息を吐いている。か、可愛い。
正直に言えば林檎なんて切らずに丸かじりすればいいと思っているけどせっかく切ってくれたので感謝してありがたくいただこう。爪楊枝貸してください。
「はい」
……マジで。
キッチンへと再び赴いて爪楊枝を持ってきた姫子はカット林檎の一つを爪楊枝で差し、俺の口元へと持ってきた。
これまた既視感を感じる。
また、か。またか!? あーん、か。あーんだこれ!
それ昨日もされたから俺っ。兎さんにディープキスされて尖った耳が鼻の穴に突き刺さったから。
なんであーんしたがるの? 最近の女子高生の間では男子の口に食べ物を突っ込むのが流行っているのかよ。
拒絶したいけど体は動かせない……クソ、動け俺の身体!
三日も休んだからもう動けるだろ。何が全治四ヶ月だ、頑張れおい。林檎くらい一人で食べられるだろうが。
「あーん……」
「うおおおぉ」
しかし体は動かせず、いびつな形に切られた林檎が迫ってくるのを防げなかった。
口の中に優しく突っ込まれる林檎、瑞々しい甘みが口中に広がる。昨日も同じ感想を言ったぞ。普通に美味しいから文句はないけど。
「美味しい?」
「美味しいよ」
「あーん」
「……」
それから林檎丸々一つ分を姫子に食べさせてもらった。もぉ、なんなのよぉ。
本当に何度も言って飽きてきたけど……死ぬ。恥ずかしくて死にそうだよ。