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第114話 限界を超えて思いを叫ぶ

「足が……!」


勢い良く噴射されて顔面半分が血塗られる。

下を向けば、左の太股にどす黒い赤色の直線が見えた。そこから溢れ出る液体、ドクドクと脈打ち痙攣する血管すら見えたような気がした。

そして襲ってくる鋭い痛み。打撃とは違う、鋭く染みる激痛が肌と筋肉を走り抜ける。


たちまち制服が血で染まっていき、出血は勢いを増してどんどん垂れていく。

あまりの痛みに今度こそ意識が飛びそうになった。先程までの打撃攻撃よりも深刻な怪我なのが出血量から見て明らかだ。


「足を切断するつもりだったんだけど少しズレてしまった。ホントこの魔法は扱いが難しい」


ダラリと指を下げて物憂げに呟く如月の声。こっちは生命の危機に瀕しているのに、随分と余裕たっぷりとした抑揚のない声だ。

押さえても溢れ出る血、制服のズボンがぐちゃぐちゃに濡れていく。湧き出るようにして出てきて皮膚の上を覆う。熱いと思ってしまう程の熱が肌の上にかかったようだ。

まるで片足をお風呂に入れているみたい。蕩けて茹で上がりそう。


熱気を帯びた鮮血はとめどなく流れていく。気絶しそうになると痛過ぎて目が冴えてしまう。

なんだこの状態、どうなってやがる。

ただでさえ風魔法の連撃で体は再起不能のボロボロなのに、その上斬られて出血が止まらない。

体は死ぬ寸前なのに意識は冴えて眠ることすら許されない。このままハッキリと意識がある状態で肉体が息絶えるのを待つしかないのか……。


「ぐぇ、こ、の程度……っ」


嫌だ。まだ死ねないぞ。俺には森に帰って爺さんの後を継ぐ使命が……が、とてもじゃないが一人で動けそうにない。

血を止める手に力が入らず、指先からどんどん血が漏れていく。

気づけばあれだけ熱かった血の衣が冷水のように冷たくなっていた。血が引いて体温が低下しているのかな。凍えるように寒くなってきた。あぁ、これ本当に死ぬかもしれないぞ。


「とはいえ足を奪えたからいいか。さぁてエルフ、そこで伏していろ。今からさっきの人間を始末してくるからさ」


「っ、あぁ? ま、てよ……行かせねェ……!」


「……もう動くなよ。本当に死ぬぞ」


「ぜってー清水のところには行かせない」


俺が、こうして息をして粋がっているうちはこいつをこの場に留めることが出来るはず。

かなり時間を稼げた、そしてまだ稼げ。


「お前の誇りは十分に分かった。大層なことだよ、立派だ。だが俺には関係ない。テメェはそこで野垂れてろ。今からあの人間をこ」


「テリー!」


!? 声が……なんで、後ろから。

いつも聞いてきた、ずっと傍で聞いてきた声。女の子の声。テリーと呼ぶ女子は一人しかいない。


……清水の声が後ろから聞こえてきたのだ。

不規則に乱れていた心臓が弱々しく暴れる。力を振り絞って後方を振り返れば、泣き顔でこちらを見つめる清水が立っていた。

なん、でここに来たんだよ。逃げろって、言っただろ……っ。


「清水なんでここに……逃げ、っ……」


「テリーのこと置いていけないよ!」


悲鳴を上げながらも懸命に俺の名前を叫ぶ清水。


同時に考えが一つに集約する。清水とは反対側、正面に浮いている如月が笑っていた。

手間が省けた、と言わんばかりに清水の方に自分の手を向けている。

ぁ、テメー……待て、待ってくれ……!


「テリー、血……ああぁあ、血が……!?」


「あっはは、せっかく体張って時間稼ぎしたのが無駄になってしまったなぁエルフ!」


耳の中がガンガンと鳴り響く。

自分の口から溢れる嗚咽と血、清水が発しているであろう悲鳴、如月の高笑い、全ての音が掻き消される程の轟音が脳内で暴れて全身を痛みで浸透させる。

氷水が流れているように血流が痛く、血管が破裂しそうだ。


骨は軋むどころか粉々に砕けそう。信じられない勢いで血が溢れ、止まらない。血の気が引いていく理由は出血だけが原因でないと分かった瞬間には足が悲鳴を上げた。

走ろうとした足の筋肉を激痛が襲う。

いや、俺のことなんてどうでもいいんだ。清水が、狙われている……!


「同じクラスの縁、なんてものは微塵も感じねぇよ人間。大人しく殺されろ」


風が流れていく。空気がざわついて乱れていくのが肌を伝って分かる。

分かるからこそ足に力が入ってなんとか動こうとする。


動け、足、っ。今から如月が何するか理解しているはずだ。

なら俺がすべきことは決まっている。


脳が、心が、全身の組織が一つへと向かおうとしているだろ。清水を、助けなくては。


「放つは砲弾、光るは宝石。手の平転がる重撃に沈め――『風の真珠弾(ホーリーブレット)』!」


如月の手に風と青白い光りが集束する。

一点を目指し渦巻いてうねりをあげ、まるで小さな台風だ。台風は激しく吹き荒れながらもやがて収まり、一つの淡く輝く球体となった。

如月は手の平を向ける。清水の方向へ。球体が眼球のように清水の方を向いて、飛ぶ。


光弾が突風と共に清水目がけて放たれた。

コンクリートを砕く威力を持つ風魔法が……その一言が脳を過ぎる前から必死に足は動かしている。


動かそうとしている。が、斬られた箇所に力が入らなくて足腰をガクガク震わせることしか出来ない。

この位置からじゃ跳ばないと砲弾を防げない。清水に直撃してしまう。

すぐ傍で清水が傷つくのを見るのか? 何も出来ずに指をくわえることも出来ず、ただただ見過ごすだけか。

かけがえのない親友なんだろ、新たな誇りなんだろ? 

そう易々と触れさせてたまるか。口だけじゃないことを今ここで証明しろ!


「っがぁ、俺が……」


ボロボロの体を奮い立たせる。

鞭を打ち、痛みと痙攣を無視して、なんとかして腰を上げた。

これだけで全身が砕けて朽ちてしまいそうだ。腰を少し上げただけで出血の勢いは増し、下半身が冷える。


だが知ったこっちゃない。手に入れた誇りを、友達を、森以外にも見つけた大切で守るべきものを! この手が届く範囲で守ると誓ったんだ。

手が届かないなら、届くところで、跳んでやるさ。


「俺が守るんだ!」


血が飛び、足が弾ける。

激痛を乗せたまま強引に動かした足はいつものように跳んでくれた。

目はしっかりと光る球体を捉え、離さない。

横を通り過ぎて清水へと直進する青白い閃光を、手で覆いつくすようにして受け止める。


バヂィ!と鳥の甲高い悲鳴のような音と共に弾け散る手の皮膚と肉片、血飛沫。砲弾が皮膚を破り、肉を食い千切っていく。

全身を走り抜ける激痛に加えて手の平襲う強烈に熱くて鋭い痛み。

手の甲側から血が零れ落ちる。右手が貫通しかけている、が手中で暴れる弾丸はしっかりと掴み、離さず、受け止めた。


次第に弱まっていき、眩い輝きは消えて最後は微風へとなって手から霧散した。

は、ははっ……手の平ぐちゃぐちゃだ。

肉がただれて淡いピンク色の脂肉と白い骨が見え、その隙間を通して地面が見える。自分の骨を見るのは初めてだ。気持ち悪い。


「なっ? あの位置から攻撃を受け止めるなんて……馬鹿な!?」


驚きの色を帯びた声が前から聞こえる。

そして真後ろからは悲鳴と泣き声が聞こえた。

残りの力を振り絞って無理矢理動かした体。音と生気が消え、崩れ落ちるのがなんとなく理解出来た。さすがに、もう、無理か……。


両膝が地面へと着き、全身を突き動かしていた何かがプツリと途絶える。視界が霞んで暗転、支えきれない上体が前へと倒れ込む。

頑張り過ぎたかな、もう指一本動かせないや。

激痛のあまり叩き起こされて鮮明で冴えていた意識は暗闇へと堕ちかけている。思考はゆっくり静止しようとしている。瞼が重くなってもう閉じてしまいたい。

力が抜けていく。


ああ、もう駄目だ。限界、かも……。




「……あれ?」


温もりを感じた。出血で塗られた熱さではなく心地好い、優しい温もりだ。

自分以外の何かに、ぎゅっと抱き締められている。

血が抜けて冷えていく体をほんわりと包み込んでくれている。

温かい……なんだろ、これ。鼻をかすめる良い匂い。なんだか覚えのある馴染み深い匂いだ。


かろうじて目を開けば、そこには。


「テリー、テリー……っ!」


清水の顔が迫っていた。

状況を把握するのに時間がかかる。……俺、清水に抱き止められたのか。

地面へ倒れる寸前のところで清水が受け止めてくれたようだ。清水が抱きついて支えてくれていた。

ああ、この匂い、清水だ。いつも隣にいてくれた友達の匂いだった。


「テリー、血が……あぁ、なんで……っ。嫌、止まって」


「なんで逃げなかった、ん、だよ」


「テリーのことが心配だからだよ!」


ホント、お前はお節介だな。いつもいつも面倒見てくれてさ。困った時は助けてくれて手を差し伸べてくれて……。

清水の白い肌が赤い液体で塗られていた。あっという間に清水の全身が俺の血で赤く染まっていく。

けど清水は全然気にしていないようでひたすら、ずっと俺の名前を呼んで泣いていた。


泣くなよ、つーか号泣かお前。

怒ったりすることもあるけど、大抵はいつもニッコリ笑っていたあの清水が、今じゃあ顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。大量の涙がその可愛らしいアーモンド形の瞳から零れ流れて俺の頬へと落ちてきた。

血と混じってルビーのように明るい赤色の滴を眺めながら、かろうじて動く左手でそっと清水の長髪を撫でる。


「テリー、嫌だよ死なないで……! 嫌だよぉ、っ」


サラサラの黒髪。指を通せば何の障害もなくスッと流れていく。けど後ろ髪の毛先はクルッと頑なに曲がっている。

清水に抱きつかれたまま意識が暗闇へと落下していく。体は支えられても思考は崩壊していくのみ。


ふと、撫でていた清水の髪が揺れた。風が吹いて揺れたのだ。

風……そっか、まあそうだよな。


「最後の最後まで邪魔しやがって。まぁいいさ、これで終わりにしてやる。二人まとめて吹き飛ばしてやるぜ」


如月の声が聞こえた。どうやら俺と清水をまとめて殺すみたいだ。

あの風魔法なら可能だろう。清水はか弱い人間だし俺は既に虫の息、瀕死状態。もう清水を抱きかかえて跳ぶことなんて出来ない。

出来ることがあるとすれば、清水に伝えるだけだ。


「清水、俺のことはいいか、ら……逃げろ」


「っ、嫌だ! テリーも一緒に逃げるの!」


だからぁ、ホントお前話聞けって。

どう見てもどう考えても、俺は助かりっこないだろ。

せめてお前だけでも逃げろって。


クソ……体動いてくれ。あと一回でいいんだ。

如月の攻撃を避けるだけの、いや清水の代わりに受け止めるだけでもいい。

一瞬でいいんだ、もう一度だけ動いてくれよ。清水の髪の毛ナデナデする力があるなら出来るだろおい。頑張れよ、諦めんな。


途絶えかけの脳内から送られる単調で棒読みの命令、そんなので全身が動くわけもない。

しまいには撫でていた手すら機能停止した。こと切れたように手が地面へと落ちる。

感覚の消えかけた肌で僅かに感じる風の揺れ、風が如月の方へと集まっていく。


「これで終わりだ」


チート魔法使いめ。結局一回もあいつを殴れなかったな。

野球対決でも負けて実力勝負のタイマンでもこのザマ、エルフの完敗だ。そういえば体育の時は一族の誇りをかけた戦いに負けて随分とショックだった。涙が出るくらい悔しかった。


今は……どうなんだろ。

負けたことにはそれほど悔しさはない。気分的には姫子に負けた時とおんなじかも。

ただ、心底嫌なことがある。

清水を守れなかった。ここまで頑張って最後はこうなってしまうのか? お前の大切な友達だろ、お前の大切な守るべきものだろ。

いつも支えてくれて、今もこうして抱き締めてくれている可憐で健気な子を守りたいんだろうが。俺の為に涙を流して名前を呼んでくれるこの子を、今の俺みたいに悲惨な状態にさせたくないんだろ。


脳を掻き毟る一つの思いがこと切れた手に力を息吹いた。


動け、動け。肉がめくれたボロボロの右手と血まみれ土まみれの左手を使って清水の体を抱き寄せる。

清水の腕を肩へと回し、そして……立つ。


「あ、ありえないだろ……しぶと過ぎるんだよ」


「ぜ、ってー……傷一つ、つけさせ、や、しない」


口から血が溢れてカッコイイ台詞すら言えないでいらぁ。

けど絶えず体の組織を動かして清水と肩を組む形でその場を逃げようと必死に足を動かす。


動け、動け、動くんだ! 

誇りにかけて、そして、自分の気持ちに従う為に! 

この子だけは守ってみせる、守りたいと思える大切な存在だから。

頼む、足よ……動きてくれ。思いと願いと気合いを込めて左足に力を込めれば、ブシャァと血吹いた。


崩れ落ちる俺と清水。……く、そ。なんで、だよ。


「これで終わりだ。……死ね」


風の砲弾がこちらへと迫ってきた。

時間がない、今すぐ跳んで避けろ。跳んで……跳んで……っ、逃げ……クソ、動け、動け、動け! 立て、立てよ俺。最後まで諦めるな、俺が何とかしなくてどうする。この子を……守らないと。


声をあげて泣く清水、間近にいるのにその声も次第に遠くなって聞こえて…………ここまでか。もう、駄目なのかよ。

風の砲撃がすぐそこまで迫って、もう避けようがない。

痛みと絶望が混ざって、諦めそうになった。けど死ぬ寸前で、


「清水は……絶対に、守りたいんだ、俺の……大切な友達なんだ!」


最後の最後に、心からの思いが声となって山頂に響く。

直後に聞こえる爆音、地面が抉れた。











「よく言った、さすが我らの王となる者よ。君の思い、誇り、確かに聞き入った」


目を開ければ目の前に抉れた地面があった。

血で染まった雑草ごとえぐり取られて地層が剥き出しになっている。さっきまで、あそこにいたはず。


なぜか俺と清水はそこから後ろ数メートルのところへ移動していた。風が止んで如月の驚く顔が見える。

俺ら、今……移動した、のか? 

それに、今の声……


「君の叫びは遠く彼方エルフの森にまで響き届いた、かもね。少なくても私には響いた、感動した。……故郷の森を思い出したのは久方ぶりだよ」


煙草の匂い、そしてこの声。

何者かが後ろで喋っている。

掠れゆく視界、ぼやける気力の中、俺はその人の姿をしっかりと見た。


やせこけた頬、妙に高い鼻にずり下がって乗っている汚れた眼鏡とホームレスのようにくたびれた上着。長短バラバラに生えた無精髭、そしてモッコリとしたボサボサの茶髪。


「君はここで休んでおきなさい。あとは」


ニコリと微笑んだその人、


「おじさんに任せなさい」


ネイフォン・ウッドエルフが飄々と立っていた。


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