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第110話 轟音が屋上に響く

「おい待てよ如月」


屋上の上へと立つ。扉は施錠されてあるから前回のように人目のつかない窓から跳び移った。

放課後、夕日がよく見える屋上へと上がれば如月がフワリと浮いていた。空中に寝そべって空を眺めている。

……よくもまあこんなところで堂々と魔法を使えるものだ。もし人間が来たらどうするつもりだよ。


殺す、と一言だけ呟くのだろう。

相手が人間ならそんなこと出来ないだろ中二病引きずるな、と言ってやるがこいつは人間じゃない。

巨大な工場を壊せるだけの力を持っている。本当に殺しかねない。


「どうしたんだよ木宮君、こんなところにまで来て」


クラス内で見せる爽やかな笑みを零す如月。わざとらしい微笑みに自然と苛立ちが募る。

小金とは全く毛色の違う、ただただ不快でムカつく苛立ちだ。本気の嫌悪感が煙たく体の周りに纏わりつく。

見えない透明のハンモックに揺られるように空中で寝そべってこちらを見下ろすクソシルフ。

こんなところにまで来たのには理由があるんだよ。睨みつけたまま臆することなく言葉を発する。


「お前、今からどこに向かうつもりだよ」


「当然のこと聞くなよ。部活動をしない生徒が向かう先といえば大抵は自宅だ。帰るに決まっているだろ」


軽い感じで質問に答え、そして、銀髪をなびかせて笑みが邪悪に歪む。


「まぁ高校生なら寄り道の一つや二つはするもんだろ? ちょっと帰る前にまた建物の一つや二つ程潰しておこうと思ってな」


悪意に満ち満ちた微笑を浮かべて如月はさらに飛翔する。

やっぱりな。こいつは本格的に人間界への攻撃を始めたようだ。

先週の工場爆破事件から大人しいと思ったが遂に今日から活動を本腰入れて行う。

そんな気がしたんだよ、嫌な予感は当たるものだ。

屋上から数メートル以上も浮上していく如月は両手を広げて何かを掴むように手の平を動かしている。


「どうだ、見て聞いて感じてみろよ。今日は一段と風が騒がしい。まるで風が汚されていくのを嘆いているかのようだ。あぁ可哀想だ……全てぶっ潰してやる」


「悪いけどそうはさせない」


あ?と不満げにこちらを見下ろしてきたかと思えばすぐに表情が変わり、敵意と苛立ちが全面に出てくる。

わざわざテメーの後追って屋上に来た理由を教えてやろうか。お前の目論みを阻止する為だよ。

住んでいる街を破壊しようとしている輩を放置しておくほど俺は寛大でも面倒臭がりでもない。


「そういえばそんなこと言っていたな。邪魔してやるとか。非常に残念だがエルフに付き合っている暇はないんだ。さっさと帰るんだな」


「帰宅する前に寄り道くらいしてもいいだろ」


「……はっ、随分と煽ってくるじゃねぇか。止められるものなら止めてみろよ」


短く吠えるように笑うと如月は上体を起こして空中に立つ。

まるで透明の床に立つように、安定感良く悠然とした面持ちで見下ろす。

その他人を見下す目が嫌いなんだよ。お前なんかアレだからな、地上でのタイマンだったらグーパン一発だからなおい。アレだぞお前、ほら、地空の差があるけど文字通り同じ土俵だったら楽勝だから俺。


偉そうに啖呵を切ったのはいいけど実際のところこいつを止める術があるのだろうか。

今この場で浮上を続けられて空飛んで逃げられたらどうしようもない。そうなる前に跳んで捕まえるべきか? 

いやでもそこからどうするか考えておかないと……。


「にしても不可解だよエルフ。どうしてそこまでして俺を止めたがる?」


「前に話しただろ。こっちも人間界に目的があって来たんだ。壊されると何かと困るんだよ」


「それにしちゃやけに執着してくるじゃねぇか。他にも理由があるように見えるんだが?」


……さあ、なんでだろうな。

それについては俺自身もここ最近ずっと悩んでいるよ。でも考えても分からない。

故郷でもない他種族の国を守ろうとする自分がおかしくて理解出来ないさ。

でも理屈じゃないんだ。なぜそうしなければならないか、なぜこんなことをしているのか。

理由は不明だけれども全身がやれと言っているんだ。この選択で間違いない、と。

メリットなんて一つもありゃしないし理由もない。行動に移すには不十分で不明確なことこの上ない。

だけどこうして空浮かぶ対象に喧嘩を吹っかける。なんでこんなことしているんだろうなホント。自分でも分からないよ。


でも、それでも、喧嘩売って挑発している自分は間違っていないと思える。

今自分は己の信念に従って迷いなく進んでいることだけは分かる。心の思うままに行動出来る自分が誇らしいよ。ニヤリと笑みが零れてしまうくらい。


「もう一つ理由を挙げるとしたらクソシルフ、テメーが気に食わないからだ」


「おいおい人間ごときのお遊びで負けたこと引きずっているのか? あんなのお遊戯だろ、こっちは勝負としてカウントしてねぇから安心しろよ」


「そりゃ安心した。今からお前ぶっ倒せばエルフの一勝無敗ってことになるんだからな」


「……はは、今日はホントに威勢良いじゃねぇか……」


青白く光る瞳に炎が灯る。怒りと苛立ちを燃料にして良く燃えていらっしゃる。

ツンツンの銀髪が逆立つ程に風が乱流し、こちらにまで吹き届く風力の強さ、魔法の威力を高めているのが空気を介して伝わってくる。

本気にさせたか? ネイフォンさんには出来る限り友好的に話し合いで解決するよう言われたんだけどな。

どうもお互い短気で馬鹿だから無理かもしれない。


「あぁそういえば忘れていた。俺今日掃除当番だったんだ。寄り道する前に掃除しなくちゃなぁ」


それで上手いこと言っているつもりかよ。全然面白くないし煽りにもなってないぞ。


「如月、その掃除当番俺が代わってやるよ。お前は焼却炉に行ってろ。ゴミは燃やさないといけないだろ」


対抗するように挑発する俺もどうかと思うけどさ。

でもそんな安い三流の煽りでも奴には効いたようだ。

燃える瞳が火力を上げた。ギリッと聞こえる歯軋りの音。吹きつける風の音は荒々しく雄叫びを上げているようだ。

本当にシルフと戦うことになるかもしれないな。

ここが屋上で良かった。たぶんここなら誰も来ない。でもまあ下から見えそうで激しく戦えば教師に気づかれるかも。場所移動した方がいいかな。

……もう戦う気満々だな俺。まっ、頑張ってみましょうかねー。


ふと、如月の目から殺意が消えた。

何かを察したように表情が崩れていつもの薄っぺらい爽やかな笑みを浮かべる。


「ムカついてしまったがそんな挑発には乗らねぇぜ。お前と殺り合っても時間の無駄だ」


あ、気づかれた。我に返ったようでやけに冷静な物言いをする如月浮羽莉。

俺が煽っているのに気づいたのか。もっと上手く皮肉込めて挑発すべきだった。

いやでも俺にはあれが精一杯だよ。毒舌なんて上手く言えない。

その辺は日野に習っておくべきだったか。また今度会った時に聞けば、ってそれじゃ遅い。

目の前、いや目の上の奴を止めることが出来ない。既に空高く飛ぶ準備を始めているシルフ族の王子を止めることが。

風は緩く収まり、屋上に吹きつける風も穏やかになった。


「人間界破壊し終えたら相手してやるよ。じゃあな、また明日木宮君」


最後には普段の学校生活で見せる仮面の笑顔になった如月。

怒りは冷めたようで落ち着いた様子で再び上空に寝そべる。


「なっ、おい待て!」


クソ、せっかく喧嘩売ったのに売れ残ってしまった。値段設定を間違えた。もっと上手く煽れたら……。

結局このままこいつを逃がしてしまうのか? 

またどこか人間の施設が破壊されるのを見るしか……。


その時、風が僅かに乱れた。


「……ぁ」


風が空間を駆け滑る音に混じって耳に届いた無機質な音。

ドアがガチャリと錆びついた音を立てて開かれる。

立ち入り禁止となって誰も近寄らなければ誰も入ることの出来ない屋上。風の魔法で飛ぶか脚力使って跳ぶかしないと到着することの出来ない場所に、正攻法でやって来た人物がいる。


人間が……そこにはいた。


「テリー見つけた。ねえやっぱり私気にな……え?」


清水……!? な、んでここに……? 

扉を開けたのは清水寧々、俺の友達で相談相手でエルフのことを知っている女子生徒。

なぜ清水がここに……っ。


「な、何これ?」


屋上に入って来た清水の顔がすぐに驚きへと変わる。

目線は上空、信じられない物を見つめる表情で状況を理解しきれないでいる清水。

その顔を、その様子を見た瞬間に、全身が弾けたように痙攣して一斉に動き出す。脳も脊髄も腕も足も骨も血液も全て。

即座に考えついた結論に異議を唱える器官は一つとしてなく、満場一致で地を蹴り上げて進む。

向かう先は清水。清水が……清水が危ない。


一瞬から遅れて二瞬目、心臓が嫌な悲鳴を上げて皮膚から汗が漏れ溢れる。警告音が焦燥と恐怖を巻き起こして全身に硬直効果をもたらす。

けど止まれない、進まなくてはならない。


なぜなら後ろ、上空で大きく風が唸り声を上げているから。

チラッと視界の端で捉えた姿は、空中に立つ如月。

片腕を天空に着き向けて、何かをかき集めている。

その何かが分からないが一つ言えることがある。

全ては如月の一言、正体をバレた人間を、殺す。

その一言が頭を駆けた時から行動を移していた。清水を抱きかかえた時に聞こえた声、慟哭を上げる風がこちらへと近づくのと同時に、


「人間は死ね」


如月の冷たい声が届き、そして屋上の扉と壁は爆音と共に砕け散った。


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