第109話 少年は決意する
「もうすぐGWだからといって気を抜かないよういつも以上に気を引き締めて授業に臨むように。では今日はこれで終わりだ」
担任の話が終わると同時に姫子が小さな声で号令をかける。クラスは一気に放課後ムード、ざわざわと雑談が飛び交う。その光景を、やれやれといった具合で担任は見つめながら教室から出ていった。
今日も授業が終わり、学生にとって自由時間であり楽しい時間、放課後となった。
部活へ行く準備をする者、早々と片付けて帰宅する者、教室に残ってお喋りをする者達、行動は十人十色だ。
「じゃあね如月君~」
「うん、また明日」
女子生徒へ爽やかな笑みと返事を返して如月浮羽莉は教室から出ていった。相も変わらず如月は教室では偽りの姿で過ごしている。
誰も気づかないだろう、こいつが先週の工場爆破事件の犯人だということに。
シルフ族による工場全壊の件から数日が経った。
本性を隠し、猫かぶりの微笑み爽やか転校生としてクラスに溶け込んでいる如月。……あの野郎、何なんだよクソが。
これから本格的に人間界を破壊すると言った如月だが今のところ特にこれといって動きは見られない。
次はいつ行動を起こすのだろうか……。
「……考えても仕方ない、か」
あいつのことを四六時中監視するのにも限界がある。
出来る範囲であいつの動向を注意深く観察することしか出来ない。
絶対に奴はまた行動に移るはず。その時こそ、その時は、必ず防いでみせる……!
意を決して鞄を手に取る。俺も帰ろう。
「清水帰、っ……ご、ゴホンヌ!」
奇妙な咳払いをして席を立つ。
……また癖が出てしまった。ずっと口癖のように発していた言葉を飲み込む。清水と仲違いしているのに、どうしてもあいつの名前を呼んでしまう。
清水はクラスメイトの女子とお喋りしている。
とても楽しげだ。……帰ろう、一人で。
数日経ったが清水とはあれ以来話していない。
目も合わせず、互いを意識せず、それぞれ別の奴らと一緒にいる。
清水は元々クラスの人気者だ、俺以外に仲の良い友達はたくさんいる。対して俺は、
「木宮っ、今日はどこに行こう? 僕ね、メイドカフェに行ってみたいよ!」
この小金餅吉とか言う眼鏡しか話し相手がいない。
今日も鬱陶しかった眼鏡君。如月の件や清水との仲違いに加えて俺の苛立ちをさらに掻き立ててくれるナイスなクズ野郎だ。
だからお前とは遊び行ったことないだろ。
親友ぶる小金を完全スルーして教室を後にする。
「ちょ待てよぉ!」
それでもついてこようとする小金。
ウザイし、威嚇しておくか。左足に少しだけ力を込めて教室の扉を蹴る。
「ひぃ!? ごめんなさい!」
すると小金はすぐに黙ってくれた。
けれど……あー、強く蹴り過ぎたかもしれない。
ガンッ、と痛々しい音が響いて教室が静まり返る。さっきまで雑談していたクラスメイトが一瞬固まり、教室の中を静穏と微かに震える動揺で満たされる。
す、すいません皆。そんな気にしないでいいよ。
少し蹴ったつもりだったんだけど思った以上に音が響いた。
……何をイライラしているんだよ、クソが。
「あぁもう最近クソがしか言ってねーぞ俺……」
「照久」
「ぬぁ!?」
気まずげに教室を立ち去った直後だった。
後ろから声をかけられたと思いきやすぐ傍には姫子の姿。こちらを不安そうな瞳で見上げているではないか。
あ、あぁそういえば今日は最後までいたんだったな。
ここ最近は体調崩し気味で早退が多かったけど今日は大丈夫そうで何よりだよ。
「……どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。小金がウザかっただけ」
どうやら俺がさっきドアを蹴ったのが気になったみたいだ。
俺のことなんて気にしなくていいさ。沈黙状態だった教室も今はもう元通りになったし姫子も教室に戻りなよ。
「じゃあな」
鞄を背負い直して姫子に手を振る。
「待って」
「ぐえ」
このまま帰ろうとしたら制服の裾を掴まれた。
腹部が絞まって変な声が出る。さっきから奇声連発だな俺。
どうやら姫子はまだ言いたいことがあるようで。大人しく振り返って姫子と向き合う。
「やっぱり変だよ照久」
「そんなことにゃい」
噛んだ、ナチュラルに噛んだ! クソがぁ、滑舌頑張れおい。
動揺しまくりな俺はいいとして、姫子さんあなたも勘が鋭いんですね。
こちらを心配そうに見つめる姫子。視線を逸らそうとしない。
ぐぬぬ、これは嘘をつけない状態だ。
だがしかし本当のことは言えない。清水の時と同様、真実は明かさないことにする。
「本当になんでもないよ」
「……ハンバーガー食べに行く?」
「なぜ急にハンバーガー?」
いやハンバーガー大好きだけどさ。
え、いや、何その急な会話の変更。わけが分からないよ……。
「照久、ハンバーガー好きって言ってた」
「うん言った覚えある」
あれは姫子と初めてショッピングモールに行った時のことか。
チーズバーガーを食べた時、衝撃が走った。当時のランキングで第二位に浮上する美味しさだったなぁ。
今では第何位くらいなのだろうか。美味しいもの食べ過ぎてランキングの入れ替わりが激しい。
「照久元気ない。だからハンバーガー食べよ?」
「あ、そういうこと?」
話題が急変して理解が追いつかなかったけどそういった意図があったのね。
俺が元気ないのを見透かした姫子。元気になってもらおうと俺の好きなものを食べに行こう、と。そんなわけですね。
……すげー気を遣われている気がする。
お、俺なんかのことを姫子が気にする必要はないってのに。
そもそも周りの人間に気づかれ過ぎだな俺。そんなに態度に出ている?
「パスタでもいいよ? あ、プリンも好きなんだよね? 何食べたい?」
グイグイと質問してくる姫子お嬢さん。普段の彼女からは想像もつかない程に積極的だ。
イージーモードでは大人しかったモリオが難易度上がった途端に暴れまくるぐらいの変貌っぷり。
お、落ち着いて。基本俺何でも食べるタイプの人だから。好き嫌いがないのが長所だから!
「ねぇ、照…ごほ、ごほっ」
「あーあーもう咳出てるぞ。無理して喋るからだって。ほらお薬出して」
「……ん」
詰め寄ってきた姫子だったが直後に咳込みだして俺にもたれてきた。これにも大分慣れたものだ。
姫子からお薬を受け取る。俺のベスト飲料水、森林の天然水も丁度手元にあったので薬と一緒に飲ませる。
「大丈夫か?」
「ん、ありがと……」
「……それはこっちの台詞だっての」
最近は体調崩して休みがちのくせにさ、俺のこと励まそうとして無理して喋ってさ。ホント、何しているんだよあなた。
……姫子に気を遣われるとはね。俺も随分と滅入っているようだ。
でも、心配してくれてありがとね。
「あー、なんか元気出てきた」
自分だって調子悪いのに、小さな体で精一杯励ましてくれる姫子の姿を見ているとなんだか元気が湧いてきた。
今のテンションなら如月なんてぶっ倒してみせるぜ! そう思えるくらいに。
「照久、何食べる?」
「姫子がいるなら何でもいいよ。今から一緒に行こうぜ」
「っ、うんっ」
少しだけフラフラと足取りがおぼつかない姫子の手を取って廊下を歩き出す。
……まだなんとかやれそうだ。ここ最近は色々あり過ぎて気持ちが落ち着かなかったけど姫子のおかげで少しは調子を取り戻せたかも。
……そうだよな。
「俺がやらなくちゃいけないんだ」
「照久?」
「ううん、なんでもないさー」
隣にいる姫子、今はギスギスしているけど親友の清水。この二人を始めとする俺に優しく接してくれたクラスメイトの人間達。彼らが平穏に暮らしてもらえるように、俺が出来ることをしよう。
そう誓って空を睨みつけてやった。