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第106話 小さな亀裂と軋轢

「それで如月君と木宮君の勝負が超盛り上がったらしいよ」


「えー、見たかったぁ」


「如月君が勝ったらしいね」


昼休み、相変わらず如月の周りには女子がわらわらと群がっている。

話題は午前中にあった体育の野球について。俺と如月の投打戦は男子から女子へと伝わってしまったようだ。


おかげでさまで現在、


「で、何か言い訳ある?」


「ないふぇふ」


ないです、と答えることすら出来ない程に腫れあがった両頬、じんじんと痛みが頬中を駆け巡る。

痛っ、そして熱っ。

継続する痛みから逃れる術はなく悶えて机に突っ伏すのみ。

おかげさまで現在、清水によるお仕置きを受けたところだ。

エルフだとバレない為に体育の授業では手加減しなさいと注意されたのにそれを破ったせいだ。高校球児並の速球を投げたばかりではなく、スピードガンでも計測不能な速さのボールを投げたことはプレイを共にした男子達によってクラス中に広まった。

清水の耳に届くのは容易なこと、昼休みに突入すると同時に顔面を強襲した張り手。

ビンタではなく張り手、張り手だ。

もう一度言おう、ビンタではなく張り手だ。

顎を撃ち抜く勢いで掌底みたいな張り手をしてきたのだ、左右合わせて二発も。

そりゃ頬も腫れあがるさ。痛い……。


「何度も言ったでしょ。アンタと普通の人間じゃ運動能力に違いがあり過ぎるのよ。正体バレたくないなら手加減しなさい」


予想していた通り清水の説教が始まった。ガミガミと小言が突き刺さってくる。

……分かっているよ、そんなことくらい。

でもあの時は本気出すしかなかったんだよ。

突如現れた謎の種族、シルフ。あいつに勝つ為にはこっちも全力で挑む必要があったんだ。

なぜ勝たなければならないか。誇りの問題だ。

たとえ人間のスポーツでも対立している相手と競えるとなれば誇りをかけて戦ってみたかった。

正体バレるとか色々な問題があったにせよ、あの場で退くことは出来なかったんだよ。誇り、一族の誇りをかけた戦いだった。

それに負けた。……クソ、未だに悔しさが残っている。

悔しさと敗北が渦巻いて腹ん中で暴れ回る。あいつ、如月浮羽莉に対する怒りと自分自身の弱さが混ざり合って悔しさに拍車をかける。

恐らくエルフとシルフの初対決であっただろう歴史に刻まれる聖戦、それに負けたのだ。風魔法の前に全てが捩じ伏せられた。

いくら悔しがろうと変わることのないただ一つの事実。

ここまでの辛酸を舐めたことがあっただろうか。誇りはズタズタに削がれて一族に顔向け出来ない。

……悔し過ぎて涙も出ないや。情けない気持ちが溢れてより惨めな気持ちになる。


「なんで本気出したのよ」


「ちょっと運動不足を解消したかったから」


痛む両頬を撫でてケアしながらテキトーに受け答える。

清水に本当のことを言うのは駄目だ。如月の正体がシルフ族だということは教えていない。

俺にとってもイレギュラーな存在だったので清水に相談しようかなと思ったが、如月の本性を知ってから意見は逆ベクトルを向いた。

正体が知った人間は殺す。いとも簡単に、躊躇なく顔色変えずに呟いた如月の異常性は思い知った。

清水に相談すると清水を争いに巻き込む恐れがある。

目の前で訝しげに見つめてくる女の子は何も悪くないごく普通の子なんだ。彼女に害が及ぶのだけは避けたい。友達として命の恩人として、清水を怪我させたくない。

だから本当のことは言うべきじゃない。

視線を逸らして惣菜パンの袋を開封する。


「……テリー、何か隠してない?」


手元に目線を逸らしたのに再び目が合う。

清水が体を前のめりにしてジト目で睨んでくる。上体を机に乗せるようにして無理矢理視線を合わせてきた。

パッチリとした綺麗な瞳と横へ流れる繊細でサラサラの前髪が眼前へと押し迫っていた。


「先週からなんか様子おかしいよ。何かあったでしょ」


さらに詰め寄ってくる清水。

お尻を浮かせて背を反らして軟体動物のように肢体を柔らかく曲げる。

ビックリするからやめて。はしたない真似するなよ。後ろからパンツ覗かれても知らないぞ。

再び逃げる為に顔を上げて視線を天井へと旋回させる。

……清水、鋭いな。俺の異変を感じ取ったようだ。

自分的には機微たる変化もないぐらい平静を装っていたんだけどなぁ。気づかれたか。


「何も隠してないよ。ほら昼飯食べようぜ」


「絶対何か隠してる。ねえ言ってみてよ」


絶対って言っちゃったよ。

俺が嘘ついていることを前提に話が進もうとしているじゃないか。

目線は合わせていないが前方から激しく感じる強烈な視線。ものすごく見られている。自白を押し迫られている……でも、これは言えない。


「あのな清水、何でもかんでも首突っ込んで世話を焼くのはやめておけって」


この世には知らない方が良いことがあるんだ。

シルフ族王子の如月がその最たる対象だ。下手に関わると危ない。

最初は相談しようかなと思ったが如月の危険性を考えると清水を巻き込むわけにはいかない。

俺が話さなければ清水に害が及ぶことはないだろう。故に清水へ相談するのは駄目だ。

ここは大人しく引いてくれよ。

惣菜パンを咀嚼、口に広がるハーモニーを味わう。

パッとした拍子に前を見れば、清水がこちらを見つめていた。先程のジト目ではなく、先程の強烈な視線ではなく、形容のしにくい感情が渦巻く暗い色で染まった目で俺の方を真っすぐ見てくる。

あ、なんだよ?


「何その言い方……私が邪魔だって言いたいの?」


「は? 違うって。清水には関係ないんだよ」


「関係ない? じゃあ今までは何だったのよ」


あれだけ避けようとしてきたのに今は清水の視線から逃れられない。目を背けることが出来なくて視線を受け止めるしかない。

……どうしたんだよ。そんな顔して。

そりゃ確かに今まで清水には色々と世話になってきたよ。

あの日、茂みの中で警戒心バリバリの俺に対して優しく臆することなく茂みの中へ腕を突っ込んで手を差し伸べてくれた時から、清水は気兼ねなく話せる友達であり恩人である。

あの手を握った時からお前には本当に助けられてきた。

だからこそ、今回は巻き込むわけにはいかない。


「私は今までテリーの為に色々と頑張ってきたよ? それは全てお節介だったって言いたいの?」


「そこまでは言ってないだろ。今までだって感謝しているしお節介だと思ったことなんて一度もないよ。けどそれと今回の話は事情が違うんだ」


「……私にも話せないってことね」


「ああ、そうだ。清水には関係ないことだ」


キッパリと告げて目を見つめる。ハッキリと言ってやる、

これは清水には関係ないんだよ。清水は無関係でなければならない。そうでないと如月に狙われてしまうかもしれないんだ。

関わってはいけないこともある。なぁ分かってくれよ。


「……分かった。私はその程度の存在だったんだね」


はあ? いや……っ、だから、なんでそういう風に捉えるんだよ。

目の前でこちらの意図とは全く別のことを呟く清水に少しだけイラつく。

別に清水のことを邪険に扱っているわけじゃないんだって。今回の件にお前を巻き込みたくないから黙っているんだよ。

なんでそんな風に自虐的に捉えるんだよ。お前は小金か。

今までだって世話になったしこれからも頼りにしていきたい。けど如月については別だ。

事情は話せない、だけど察してくれよ。

なんで、なんで悲しそうな顔しているんだよ……。なぁ、清水。俺が言いたいのはそんな意味じゃないんだってば。どうして分かってくれないんだ。


「今までごめんね。私、テリーのこと束縛していたかもしれない」


「おい、いい加減にしろって。そうとは言ってないだろ。語弊だ。言えない事情があるんだって。それを分かってくれよ」


「私、用事あるから。じゃあね」


引き止めようとしたが清水はそれよりも速いスピードで席を立って教室から出ていってしまった。


…………何だよ、あいつ。話聞けよ。


……あぁ、クソ。上手く伝えられなかった。

清水のことを悪く言うつもりはなかったのに。変な言い方してしまったのかな……。ああぁ、クソ。クソ! 

なんでこんなことになったんだよ。清水と仲違いになるつもりなんて微塵もなかったのに。如月のことは話せないんだって。どう説明すれば良かったんだよ。

今までは何かあれば清水に相談していた、困ったことがあれば清水に聞いて頼ってばかり。

だけど今回は何一つ言わなかった、言えなかった。

それが清水にとっては辛いことだったのか、な……。

違うんだって清水。お前のことを信頼していないから言わなかったんじゃない。信頼しているからこそ、大事な友達として思っているから言えなかったんだよ。そのことすら言えなくて……。

座り主のいない席の間で、味気ない惣菜パンを口に頬張って後悔の思いを引きずるしかなかった。


「……すげームカムカする」


全部、如月が転校してきてからだ。誇りをズタズタに引き裂かれて、清水と険悪になって。新学期始まってから滅茶苦茶だ。全部、全部あいつのせいだ……!


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