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第103話 戦いの幕開け(体育)

「へいへいピッチャービビってる!」


「Hey Hey!」


暖かい青空の下、白球を投げ、打ち、捕る。クラスメイトの男子達は良い笑顔で野球を楽しんでいる。

現在体育の授業、今日は運動場で野球だ。人間界の日本界でポピュラーなスポーツの一つとして愛されている球技。エルフの俺でもルールくらいは把握している。

今だって小金とキャッチボールを楽しんでいる最中だ。


「おらぁ小金捕ってみろ!」


「強……! 速…捕……無理! 受け止める……無事で!? いやだからなんで全力投球なのさ!? 捕れるわけないじゃん!」


本気でジャンプすれば届くって。しかし運動能力の低い小金では届かず、ボールは遠くの方へと飛んでいく。おー、ソフトボールより投げやすい。

ひいひい言いながらボールの後を追って走っていく小金を見届ける。

あと別に全力投球していないからな。もっと本気出せるから俺っ。

でもね、体育の授業で本気出したら駄目だって清水から言われているんだよ。エルフと人間では身体能力に差がある為、本気を出すとグレートサイヤマンやナメック星人的扱いを受けるよと注意された。おかげで運動出来る場の体育が窮屈に感じてしまう。

なのでこうして小金相手に少しだけ発散させる他ない。

こっそりやればバレないと思うんだけどなぁ、でも今日の体育は女子もグラウンドでソフトボールやっているし。

広いグラウンドの半分を男子が使用し、残り半分の場所を女子が使っている。つまり清水と同じ地にいるってことだ。時折こちらを見てくる清水。

はいはい分かっているよ、本気は出さないって。授業終了と同時に殴られたくないので大人しく小金と戯れておくよ。


「ぜぇぜぇ、し、死ぬ……。ちょっと休ませてぇ」


「んじゃあ今度はちゃんと捕れよ?」


「死ぬって言ったの聞いてた!? まずは言葉のキャッチボールから始めようよ!」


ぎゃあぎゃあと騒ぐ小金。

鬱陶しいなぁ、そして醜い。

ちょっと走っただけで汗だくで眼鏡を滴で濡らす地味眼鏡男子、見ているとイラッとする。

小金じゃ遊び相手にもならないな。仕方ないのでキャッチボールはやめることにする。小金はグラウンドへ倒れ込む。


「ぜぇええええぇ……この程度で疲れるなんて。年は取りたくないものだね」


十代の台詞とは思えない。地面に伏してゴロゴロと自宅気分で寝転がる小金。

このくらいで疲れたとか大丈夫かよ。エルフの世界だったら死んでいるぞお前。弓なら扱えるとかほざいたの今すぐ撤回しろ軟弱野郎。


「僕に運動は向いてないんだよ。ここは大人しく女子の動く様でも眺めておくことにするよ」


そう言って小金でゴロリとうつ伏せになってとある先を見据える。

同時にグヘヘと気持ち悪い鳴き声を漏らす。き、キメェ。

視線の先にはソフトボールを楽しむクラスの女子達。男子程の熱狂的な姿勢は感じられないが和気藹々とボール遊びをしている。

自慢のサラサラロングの黒髪を後ろでまとめた清水、ジャージ姿でボールを放っている。あいつピッチャー出来るのか、普通にボール速いぞ。バッターは振り遅れて空振りしている。さすがゴリラ系女子。


「いいよねー、汗流す女子の色気ときたら何かそそるモノがあるよ」


「反り立つモノ?」


「そこまで直接的な表現はしていないよ!? き、木宮はオープンスケベだなぁ」


あ、俺の聞き間違いだったか。

ともあれ小金は女子の動く姿を恍惚とした表情で観察している。時と場合によっては通報されるぞ。つーか俺が通報してもいいかな? 

男子と女子が同じ場所で体育の授業を受けるのは珍しいから小金じゃない他の男子もチラ見してはいるけど。

そんなに見たいものなのか? 俺にはよく分からない。


「やっぱりまだ寒いから冬用ジャージかー……そろそろ夏バージョンに衣替えしてもいいじゃないか。そう思うだろ木宮?」


「こっちの試合はどうなっているんだろ」


「だから言葉のキャッチボール!」


言葉のキャッチボールといっても球種がゲスイ話なのでお断りだ。

地面に伏して叫ぶ汗だく地味眼鏡男子は放置、試合の方に参加しよう。

二つのチームが攻撃と守備の二つに分かれて点を取ったり防いだりするゲーム、それが野球。使用するのはボールとボールを打ち返すバット、ボールを捕球するグローブ。これら最低限の備品があればプレイ出来る。

今もクラスメイトの男子達が白球を中心に楽しく体を動かしている。俺も参加しよう。


「あ、木宮君! 丁度良かった、ピッチャー代わってよ」


するとどうだろう、投手をしていた男子から声をかけられた。

どうやらポジションを代わってほしいらしい。

え、ピッチャー? マジすか。

守備における最重要ポジションと言えばピッチャーと答えるのが大半らしい。それだけ投手とは大事な存在だ。投手がいなければ試合が進まないのだから。

そんな大役を俺に振ってきたのだ。えぇー……微妙に困るのですが。


「お、いいなそれ。一年の時、木宮は守備では超人的ジャンプ力でホームラン性の打球をキャッチしていたしな」


「それにバッティングではピッコロさん顔負けの美直線打撃を放っていたし」


「うん、きっとピッチングも凄いんだろ。是非やってくれよ!」


すると他の男子も賛同しだした。ちょ、断りにくい空気になった! 

守備につく皆が期待の眼差しでこちらを見つめてくる。

ピッチャーとか超目立つポジションじゃん。嫌だよ。だって本気出したら怒られるんだよ、ゴリラ系女子から。

それにピッチャーで手加減とかどうすればいいのさ。緩く投げればいいのか? 拒否したいところだがどうもそんな雰囲気ではない。

逡巡しているうちにクラスメイトからボールを渡される。

後は頼んだ的な微笑でそいつは肩を押さえながら苦しげにベンチへと歩いて行った。あんな奴を野球漫画で見たことがある。

さて、こうなってしまった以上引き受けるしかない。テキトーに軽く投げておけば大丈夫だろう。さすがに本気では投げないよ。確実に騒がれて向こうのソフトボールでピッチャーをしている人間からお怒りパンチを食らうハメになる。

グローブをはめ、ボールを握りしめてマウンドの上に立つ。とりあえず状況を確認。


「それじゃあノーアウトフルベースから試合続行だ」


キャッチャーの後ろの位置にいる主審役の体育教師から現在の状況を知らされる。

超ピンチじゃねーかー! 何これ、とんでもない状態だぞ。

おいさっきの微笑浮かべていた奴っ、テメーの招いた結果がこれか!? 肩の怪我とか関係なくね、ちょっと良い格好してんじゃねぇよ。ピンチを全部俺に押しつけやがった。小金並に酷い奴だなさっきの奴。

まあいいさ、打たれて点を取られても俺のせいじゃない。ルールに則れば自責点はつかない。

それにこんな体育の授業程度の野球で点を取られてもプライドは何一つ汚れな……ん? 待てよ、相手のチームには……


「いけー! 満塁ホームラン!」


「この回で大量得点だっ」


各ベースに進塁した男子からの声援と、相手ベンチから聞こえる勢いある応援。その中の一人、


「皆頑張って」


爽やかな笑みを零しながら応援する銀髪の男子生徒。如月浮羽莉、先週転校してきた噂のイケメン転校生。

そしてその正体は風を司るシルフ族の王子、エアロ・ムーンシルフだ。

銀の髪と青白い瞳、イケメンと評される整ったフェイスで現在多数の女子生徒から人気を得ている。

表向きはイケメン転校生、が実際には人間界を滅ぼしにきたシルフ族の王子。


……あいつがいるのか。ちょっとこれはやる気を出してもいいかもしれない。自然とボールを握る指に力が入る。

俺のことをエルフだと見抜き、挨拶と表して攻撃を加えてきた。そして自身の目的を告げてきた如月。あいつの目的は風を汚す人間界の破壊。けどそれは俺の目的に支障をきたす恐れがある。

何より人間をいとも簡単に殺すと言ったあいつとは絶対に仲良くなれない。よって宣戦布告してやった。お前の邪魔してやる、と。先週のことである。

それ以降、学校の中で会ってもお互いただのクラスメイトとして普通に接してきた。

まぁあれ以来一回も話していないが。……あいつには負けたくない。

たとえ高校の体育とはいえ、自責点がつかないとはいえ。絶対に負けられねぇ。


「やってやる……!」


地面を足でならし、足場を確認。

投げる先を見据えてボールをしっかりと握りしめる。

ゆっくりと左足を上げながら重心を真っ直ぐにして全体重をボールを持つ指先へと伝える。テレビで見た野球選手の真似をするようにして白球を投げ放つ。


「ぐあ!?」


「……へ?」


バシン!と爆音に近い音が捕手のグローブから聞こえ、尻餅をつく捕手。

バットを構えていた打者の口から掠れ気味に漏れる驚きと困惑の声。

グラウンドが静寂に包まれて、そして、


「す、ストライク」


「「うおおおおおっ!?」」


主審のコールと共に一気に沸き上がる大熱狂。

守備につく男子生徒も攻撃側のチームも関係なく全員が叫んでいる。

先程までピッチャーをしていた奴まで口をポカンとして信じられないといった目をしている始末だ。

はっ、そんなに良い球放りましたかー。

唖然と興奮が入り乱れたグラウンドの中心で肩を回しながらチラッと如月の方を見る。

……意味、分かっただろ?


「は、速過ぎだろ。130は出たんじゃね? 甲子園球児かよ」


「スピードガン持ってこい、急げ!」


「木宮カッコイイよ。親友として誇りに思うっ」


興奮気味に騒ぐクラスメイトの男子達。一人程ウザイのがいるけど無視しておこう。

そうさ、ちょっとばかし本気で投げてやった。

清水にバレたら確実に殴られる。けどそんなのはどうでもいいんだ。

これはあいつ、如月浮羽莉への挑発だ。

エルフは人間と比べて遥かに高い身体能力を有している。それを奴も知っている。俺は人間界で正体を隠してコソコソと過ごしている、これも承知のはず。

そんな俺が注目を浴びるような球を投げてお前の方を見たんだ。

……どういう意味か分かるよな?


お前に対して勝負を持ちかけているんだよクソシルフ。

対立した俺と如月。お前の邪魔をしてやると言った俺と邪魔をされたら殺すと告げたあいつ。

表面上は何事も起きてないがお互い心の中では苛立っているだろ? ちょっとばかし発散させようぜ。

テメーの言うところの穢れた人間共のお遊戯でさ。ただがスポーツだ、人間にとっては。ましてや高校の授業、楽しくするのが目的で真剣勝負を望むのは少し間違っている。

だからこそ、ここで奴と勝負する。スポーツとはいえ他種族の奴に負けたら誇りに傷がつく。絶対に負けられない。

そう、これはエルフ対シルフの幕開け。それを奴に理解させる為の一球を放ってやった。

投げた直後、如月を見る。お、理解したようだな。


「上等だよエルフ……」


爽やかな笑みから次第に顔を歪ませて邪悪に満ちた表情へと変貌した如月。

あの時に見せた敵意ある顔と一緒だ。

さあ、エルフとシルフのプライドをかけた試合の始まりだ。


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