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第102話 空の民と森の民、対峙する

「如月君、放課後カラオケ行こうよー」


「良かったら街案内するよっ」


転校生がやってきた翌日、今日も彼の周りには女子が群がっている。

初日と比べれば落ち着いた方だがそれでもまだ綺麗な円を描いて転校生を囲む。

如月浮羽莉の姿は拝むことさえ困難だ。


「まあそのうち落ち着くんじゃない? テリーの時みたいに」


「そうだな……」


「そういえば今日姫子ちゃん休みだね。また体調崩したのかな?」


「そうだな……」


「テリー、話聞いてる?」


「そうだなぶらちろわ!?」


清水の席に避難していると思いきり頬をぶたれた。まぁいつものことか。

熱を帯びて腫れていく左頬を押さえながら視線は転校生の方を見る。

……そう、あの転校生、エアロ・ムーンシルフを。

銀髪の爽やかな青年、そのイメージをこのクラスにいる全員が持っている。だがそれは違う、嘘で塗り固められた虚像だ。

俺は知っている。シルフ族、風を司る一族と奴は言った。

昨日、こちらの正体を突き止めてさらには自身の正体を晒した如月。空中に浮いて薄ら笑う姿が今でも鮮明に思い出せる、脳裏に焼きついて離れない。信じられなかった、空を舞う様子が、風を纏った姿が。風を司る一族、だから風を操れるのか……。

心底驚いた。見えている光景が幻想のようで、発する言葉と浮かぶ姿が現実のものとは思えなかった。シルフ族なんて……んな種族いるのかよ。

後で図書館に行ってシルフ族について調べておこう。空想上のエルフ族についての文献があるようにシルフの情報もあるかもしれない。

奴の一族について調べる必要もあるが、それ以上に気にすべき点もある。

なぜ奴がこの人間界に来たのか、さらにはなぜ俺に正体を晒したのか、どうして俺がエルフだと分かったのか……疑問がさらなる疑問を呼び、次々と水辺に波紋を増やしていく。

考えても分からないことだらけだ、こうして昨日の出来事を現実として受け止めて今日を迎えることしか出来なかった。ネイフォンさんに聞きたかったが生憎仕事の関係で昨日は会えず仕舞い。


「テリー? どうかした?」


……やはり考えても仕方ない、本人に直接尋ねるのが一番だ。……行くか。


「ねえテリー、話聞いてるの? また殴るよ?」


「血管が浮き出る程握りしめた拳を向けながら言うなよ怖いから」


「……なんか様子がおかしいよ?」


握り拳を解いて手を俺の頭の上に乗せてきた清水。

そのままナデナデと髪の毛を撫でてくる。「毛触りが良いー」とか言ってやがる、俺は中型犬か。

それは置いといて、清水の勘が鋭い。

手の所作や発言はふざけているが目だけは本気、心配するようにこちらを見つめていた。

……清水に話すべきか。

エルフのことを知っていたんだ、シルフ族のことを伝えてもこいつなら大して驚かないだろうな。

いや、でも……やめておこう。

俺自身が素性を把握しきれていない、そんな奴を迂闊に近づけさせるのは危険だ。昨日だっていきなり敵意剥き出しで殴りかかってきたのだから。

もし清水に何かあったら申し訳が立たない。変に巻き込むのはよそう。


「なんでもないよ。チャイム鳴ったから席に戻るわ」


ナデナデしてくるのでお返しとばかりに清水の頭を撫でる。サラサラで細く柔らかい黒髪をゆっくり愛でるように触ってすぐに席を立つ。

後ろで清水が無許可で乙女の髪を触るな、と騒いでいるが無視しよう。後で小言を言われるのは覚悟して、自分の席へと戻る。

チャイムが鳴って次の授業が始まる。

群がっていた女子生徒達も席に戻ったり教室から出ていく。そして教師が教材を持って教室へと入りさらに教室中は慌ただしくなる。

皆が授業の準備をして騒がしい中、目の前に座る銀髪野郎に意識を向ける。


「話がある。昼休みに屋上へ来い、シルフ」


「勿論いいよ。エルフ」


両隣の生徒にも聞こえないくらい小さい声で目の前の奴に向かって言葉を囁き放つ。振り返ることなく小声で返ってくる返事。

この猫かぶり野郎が。一体何が目的だ。











屋上、そこは生徒立ち入り禁止の場所。

屋上へと繋がる階段にはロープは張り巡らされ、施錠もしっかりとされて侵入不可能とされている。入れもしない屋上には当然の如く人気なんて皆無、正攻法では侵入出来ないのだから当たり前だ。

人間は一人としていない、だがエルフとシルフという二つの種族はいる。


「確かにここなら誰もいなくて落ち着けるな。エルフが賢いって話は本当だったんだな」


そう言いながら屋上の上の宙に胡坐をかいて浮遊する如月浮羽莉。

楽しげに上下へ揺れながら頬を歪ませてこちらをせせら笑うように見つめてくる。

屋上には風が吹きつけているが人体一つ分を浮かせる程の風量は発生していない。自らの意思で浮いているのだ、このシルフ族という風を司る一族の王子は。

恐らくその力を使ってこの屋上まで上がってきたのだろう。俺もそう出来ると推測してこの場所に来るよう提示した。

ちなみに俺は空を飛べないので最上階の人目につかない手頃な位置から跳んでここへと来た。軽く三メートル程跳んだだけだから大したことない。

絶えず風が吹き荒れる屋上は昼休みの騒がしい喧噪から隔離されてまるで別世界のよう。

その中で対峙し、睨み合う。昨日は不意打ち食らったが今日はそうはいかない。


「にしてもまぁこの国の風は不快だ。ねちっこく纏わりついて肌が腐りそうだよ」


「……色々と聞きたいことがある。こちらから危害を加えるつもりはない」


「あぁ大抵のことなら教えてやるよ。こちらも危害は加えるつもりはない。昨日のアレは許してくれな、本当にエルフかどうか確認したかったんだ」


もし俺がエルフじゃなく、ただの人間だったらあのパンチを避けれなかったと。エルフだから避けれた、運動能力に長けているエルフだから。

……うちの一族についてある程度知っている。

つまり両種族間で過去に何か繋がりがあったと推測出来る。

でも爺さんからそんな話は聞いたことがない。争いがあったならその歴史があり、族長の爺さんが知らないわけがない。戦争程の大規模ではないにしろ何かしら干渉し合ったことがあるのだろうか。

……いや、今は余計な疑問は持つな。

簡潔で、最優先で知るべき情報を、こいつから聞き出すんだ。


「俺がエルフだってどうして分かったんだ?」


「昔父上から聞いてな。茶髪とか茶色の瞳とか。勿論それだけで判断したわけじゃない、テメーからは人間とは違う風を感じたんだよ」


「風?」


「纏う風の匂いが違ったんだよ。もっと人間界に馴染んだ方が良いぜ。だからエルフだと疑って拳を放ってみた」


渇いた笑みのまま手の平を無気力に振り下げて宙に浮く浮羽莉。偽名の通りフワリと空中に浮いている。悪びれた様子もなく平然とした面持ちでこちらを見下ろす姿はふてぶてしく、王様のように態度がデカイ。

殴りかかってきてその態度は何だよ。礼儀を知らないのか、いや常識を知らないのか。

それに、そんな簡単に正体を晒して何様のつもりなんだ? 

本当に俺がエルフだったからまだ良かったが仮にそうでなかったら、もしただの人間だったらどうするつもりだったんだよ。


「俺が人間だったらどうしたんだよ。人間に正体バラすってことになるんだぞ」


「その時は殺せばいいだろ」


……は? 

平然とふてぶてしく、何も躊躇わずに如月浮羽莉は軽く言葉を紡いだ。

…………こ、殺せばいい、だと? 何を言っているんだこいつ。顔色一つ変えず、簡単な質問に何気なく答えた姿に悪寒と戦慄が走る。平然と答える姿に、純粋に危険だと感じた。


「知っているぜ、エルフは一生に一度だけの忘却魔法ってのが使えるんだろ。人間に正体をバレてもその力を使って記憶を消しているらしいな」


忘却魔法についても知っている……こいつ、どこまで情報を知っているんだ!? 

何より、先程から冷や汗が止まらない。

殺伐とした会話が続く中で、目の前に浮く人物の纏う異質な気配……そして、自然と出されている殺意。


「悪いけどよ、そんなことなんかに生涯一度の魔法を使うのは馬鹿げているだろ。正体バレたらその人間殺せばいいだけの話だ」


「っ……」


「簡単なことだろ?」


今確信を持った、こいつはヤバイ。

清水に相談しなくて正解だった。

簡単な足し算の答えを言うように、胡坐をかいて空中に座る如月は当然の如く言った、殺せばいいと。

昨日俺に拳をぶつけてもし人間だった場合、あの場で殺していたと言っているのだ。

狂ってる。やっと一つ分かった……こいつが異常だということに。

当たり前のことを口から零した、ただそれだけのことだと言わんばかりのケロッとした表情がここまで恐ろしいと思ったことはない。ヤバイ、ただただ危険だ。


「ご覧のとぉりシルフ族は風を操る魔法を使える。こうして宙に浮くことも出来れば風を圧縮して砲弾として放つことも可能、人間なんてゴミカスは容易く壊せるさ」


「そんなことしたら人間とシルフで戦争が起きるぞ」


「そうだな、それが俺の狙いだよ」


なっ……?


「俺がわざわざこの汚い人間の国に出向いた目的を教えてやるよ。この国を滅ぼす為さ」


両手を広げ、天を見上げて寝そべる如月浮羽莉。

上下左右自由自在に空中を旋回して俺の前に降りる。

本当に風を操れるみたいだ。絶えることなく吹きつける屋上の風とは違う奴自身が纏った風、銀髪の先から足の指先まで纏っているのが空気を媒介に伝わってくる。

ピリピリと震える空気、連動して鼓動も呼吸も不規則に震えて汗が止まらない。落ち着け、奴から目を離すな。


「俺達シルフの一族は風を司る。風を守り風を愛し風と共に生きてきた。より清らかで綺麗な息吹が吹くのをこの地上より遥か上、天空の国で見続けてきた。……同時に見てきたよ、人間共が吐き出す汚い風を」


気味悪い笑みは消え、顔中に広がる嫌悪感の文字。

青白い目は憎悪の色でどす黒く燃え、敵意と殺意が剥き出しの歯が唸り、今にも何かれ構わずあらゆるものを食い殺しそうな勢い。

先刻までの何食わぬ渇いた表情から発せられた異常な発言にも恐怖を感じたが今の怒りを露わにした姿も畏怖の念を感じる。

なんだ、こいつ……何がしたいんだ……!?


「見てみろよ、この発展と繁栄を繰り返す人間共の世界を。大したもんだよここまで快適な暮らしを実現した人間はすげぇと思う。だがな、その反面許せない。奴らは自分らの生活が良くなればいいんだよ。ここまで発達した文明だ、代償だってデカイ。奴らの作った建造物からは絶えることなく汚いガスが吐き出されている。その穢れた風を誰が綺麗にしていると思っていやがる……俺達が綺麗にした風を、無限の空が生んだ恵を、ここにいる人間共はいとも簡単に汚しやがるんだ。許せるわけがねぇだろ」


再び空へと浮き、校庭を見下ろすように如月浮羽莉は両手を広げ歯を剥き出し、まるで演説をするかの如く声高々に怒りを吐き出し始めた。

……言っていることは分かる、確かにこの人間界から出される汚染物質はエルフの森にも影響がある。シルフの住む世界にも深刻な影響を与えているのだろう。

休む暇なく如月は声を吐き散らす。


「俺らは人間共の排便を掃除しているようなものさ。いくらやってもキリがない。奴らの汚物を掃除するのはもう嫌だ。だから俺は決めたんだよ、なら汚物を吐く汚物を掃除してやろうって。この腐った世界を壊してやるってな。そうすれば汚い風が吹くこともなくなるだろう。大昔のように、文献に記された綺麗な空と爽やかな風が心地好く流れる世界へと戻るんだ。だから俺は壊す、人間共を。次期王としての器を持つ王子である俺が!」


「……だから戦争が起きてもいいと言ったのか」


「父上には反対されたがな。それを含めて人間との共存と説かれたよ。だが俺は納得出来なかった、そして許せねぇんだよ。自分達が快適に暮らすことしか考えていないクズ共に分からせてやるんだ。俺は父上の反対を押し切って国から出てきた」


そう言うとシルフ族の王子は空中浮遊をやめ、屋上の地へと着地した。大きく息を吸い、そして唾を吐くようにして息を吐き出した。

不味いものを食したような、不快感に満ちた嗤笑を漏らす。


「ただ壊して殺すだけなら簡単。だがそれだと面白くない。せっかくだから人間の国を観察しようと思ってな。だからこの高校に潜入することにした。人間共の汚い生活風景でも見てやるよ」


「……」


「そんな怖い目で見るなよエルフ。お前らの一族に敵意はない。寧ろ好意を抱いているくらいさ。広大な森は空気を豊かにしてくれる。風を綺麗にすることへ繋がっているんだ。だからエルフと争うつもりはない、よって俺らは互いに無干渉ってことにしようぜ。お前だって何かしらの目的があってこんな汚い世界に来たんだろ?」


こいつの目的は人間界の破壊、人間の殲滅。

対して俺は爺さんの為にゲーム機を買いに来た。

……なんつー違いだ。目的の規模が違い過ぎる。というかやっぱ俺の目的って情けない気がしてきたよ。


「まぁ詮索はしないさ、そっちはそっちで頑張ってくれ。生活に慣れ次第、俺は徐々に壊していくさ……腐った汚物を処理してやる。その様子をクラスメイトの一人として傍観してくれよ」


……なるほどね。お前の目的は分かった。この世界を壊す、この世界に住む人間を殺す、そういうことか。……ははっ。




恐怖、畏怖、緊迫、如月に対する様々な感情が思考に張りついて呑まれそうになっていた。

けど、あははっ……笑ってしまうよ。

その目的に、その思想に、少しばかり賛同しながらも俺は、お前のことがくだらないと感じた。

そして、そんなふざけた目的は達成させたくないと思った。

だから口が動く。優雅に歪む微笑に向けて言葉をぶつける。


「一つ質問いいか?」


「お、なんでも聞いてくれよ。シルフ族の王子として答えてやる」


「お互い無干渉って言ったけどさ、俺がお前の邪魔をしたらどうなるの?」


「……何?」


こいつが人間界を滅ぼそうとする。そうすることでシルフと人間が争うことになる。つまり人間界における人間の生活は崩れてしまう。印天堂65や発電機を買うことに支障をきたす恐れがある。

それは非常にマズイ。

本当にこいつが人間の国を滅ぼす、それは印天堂65の破壊にも繋がるのでは……? 

それは許し難い、無干渉とか言っているけど思いきり俺の邪魔になってるぞそれ。

それにな…………人間を殺すのはやめようぜ。

確かに数だけが多いウザイ種族かもしれない。

だけど……あー、なんか、すっげー嫌なんだよ。

その人間には清水や姫子も含まれている。こいつは昨日今日と親しげに接してきてくれたクラスメイトを含めて殺すと言っているんだ。そんなのを許して傍観しておくわけにはいかない。俺の目的遂行の為だけじゃない、心の底から嫌だと思った。数だけが多くてウザイ人間達を……殺されたくない。この国を、この場所を、失いたくない。

だから言うんだ、テメーに。不味いと如月がほざいた空気を肺いっぱいに吸い込んで、宣戦布告と共に吐き出す。


「俺はこの人間界にちょっと用事があってさ。破壊されるのは勘弁してほしいんだ。だから悪いな……お前の邪魔するかも」


次の瞬間、シルフの顔色が変わった。

目に再び灯る憎悪と敵意の火、歪んだ口から牙を剥く。


「なるほどなぁ、それは仕方ない。お互いの目的の為だもんなぁ、こればかりは互いに譲れなさそうだ。……いいぜ、クソエルフ。もし俺の邪魔をするようだったが人間より先にお前を殺してやるよ」


殺す殺す言いやがって、高二のくせして中二かよお前。……やってやるさ。


「上等だよクソシルフ。いつでもかかってこいよ」


吹き荒れる屋上でエルフとシルフは対立した。


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