第101話 空浮かぶ
「ねぇ、如月君は彼女いないの?」
「前はどこの学校にいたの?」
「ID教えてよー」
休み時間、目の前の席に女子達が群がっている。
その中心にいる人物、転校生の如月浮羽莉君。
銀色のツンツンヘアーと長い襟足、柔和なフェイスの如月君は先程からずっと質問攻めにあっている。
噂の転校生、イケメンで笑顔が爽やか。そんな如月君のことが気になる女子は多数いるらしく目の前で次々に女子が増えていく一方。
他のクラスからも女子が見に来ているぐらいだ。
大人気だなぁ、転校生。
元転校生として既視感と若干のジェラシーを感じる。
あんな風に女子から質問されて羨ましいよ。と同時に鬱陶しい。
人が多過ぎる。俺の机にまで浸食する勢いで女子がいる。つーか俺にも質問してくるも奴いる。二次災害とはこのことか。
このままでは俺まで盛大に囲まれてしまいそうだ。そう思って席から離れる。ふー、すごい人気だなホント。
「清水、ちょっと避難させて」
「いらっしゃいテリー」
離れると同時に俺の席が女子の波によって埋まってしまった。
あのままでいたら飲まれていたな……。
女の子は男子と比べると臭いがマシだが人間がいるという密度関係の問題で気分は悪くなっちゃう。
残りの休憩時間を潰す為、清水の席へとエスケープ。
「如月君すごい人気だな」
「そだね~。テリーの時を彷彿とさせる勢いだね」
しみじみと感慨深く頷く清水。
あー、そういえば俺の時もこんな感じだったな。
ネイフォンさんの粋な計らいで無事高校へ入ることが出来て、いざ転校初日。
あれは十月の秋本番の時だったか、緊張しながら震える声で自己紹介を終えて指定された席に座っていると途端に女子から囲まれた。
木宮君はどこ出身?とか好きなアーティスト誰?とか質問の雨嵐、混乱しかけたのを覚えている。
恐らく如月君も同様の気持ちになっているのかな。女子によって形成された円の隙間から僅かに見えた如月の顔は戸惑っていながらも笑みだけは崩さず真摯に答えているようだ。
元転校生より上手く対応しているみたい。ニュー転校生は出来が違うようだ。
「清水は興味ないのか?」
「うーん、興味はあるけどそこまでじゃないよ。それに私はテリーという出来の悪い友達の世話があるから第二の転校生に構っている暇はないの」
へーへー、そうですか。出来の悪い第一の転校生で悪かったな。
清水の前の席が空いていたので着席、清水と向き合う形になる。
机には広げられた教科書とノート、既に明日の分の課題をやり始めているようだ。
真面目ちゃんだな清水、友達としてエルフの誇りの次に誇りに思うよ。
「……寧々ちゃん」
「姫子ちゃんもいらっしゃい。テリーならここにいるよ」
「うん。照久」
「おお姫子も来たのか」
清水の机でまったりしていると姫子もやって来た。
背が低くて可愛いに特化した学年でトップクラスの可憐さを誇る姫子、物静かで大人しく虚弱なところもあるけど健気ですごく良い子だ。
ちなみに一年生の時のクラスでは事務的会話以外で姫子には話しかけてはいけないと男子の間で取り決めがあったけど今の新クラスでも同様、遊びに誘ったりやたらと話しかけるのはタブーとされている。
全ては姫子が居心地良く過ごせるようにと一組男子の総意だ。
なぜか俺だけは大丈夫らしい、小金がそう言っていた。意味分からん。
「姫子は転校生のこと気にならないのか?」
「うん。照久がいるから大丈夫」
俺がいるから……な、なぜに?
清水と同じような理由か。出来の悪い友達の相手だけで精一杯だと。
……この二人の中で俺はどんな存在なんだよ。ちょっぴり悲しくなっちゃう。
姫子に席を譲って二人の中間に立つ。左右に座る清水と姫子。
この二人は二年一組を代表する美少女だ。
どちらも一年生時にクラス委員長を務めており男女問わず人気が高い。
そんな二人がいてくれるなら如月君みたいにチヤホヤされなくてもいいかなー。清水と姫子と話しながら休み時間を過ごし遠目で転校生の人気っぷりを眺めていた。
そしてあっという間に放課後。
今日も授業がしんどかった。二年生になって授業のレベルも上がって大変だぜぇ、とかは別に感じないけど。
とにかく日中をひたすら机に拘束されるのが嫌ってことだ。体育がない日はしんどい。
せめて体育があればモチベーションも上がるんだけどなぁ。
「如月君は部活しないの?」
「良かったらうちの部来てみてよ」
「あーズルイ。私のとこも来てね如月君っ」
放課後になっても相変わらず転校生君の人気は衰えることなく未だに女子から囲まれている。
もう他のクラスから来た女子も混じって一種のアトラクションみたいになっている。
どのクラスでも銀髪転校生の噂で持ちきりのようだ。
休み時間になる度に大勢の生徒が見学に来ていた。銀髪の力は凄まじいようだ。
茶髪の時より人間が来ている気がする。そりゃ茶色より銀色の方が綺麗だもんね。けど僕は茶色に誇り感じてます。
「じゃあねテリーまた明日」
「……じゃあね照久」
帰り支度をしている横を清水と姫子が通り過ぎていった。
今から二人でお茶して帰るらしい。
清水曰くガールズトークをするんだとさ。女子トークに男子が混ざると変な空気なっちゃうので今回俺は呼ばれていない。
二人に手を振って見送る。
さて、俺も帰るか。教科書類を机に放置したまま空の鞄を持って教室を後にする。
帰ったら何しようかな。いつもの弁当屋で今日はおろしチキン竜田弁当買って洗濯物畳んで軽く部屋の掃除でもするか。
賑わう廊下を歩いていると、
「あ、待ってくれよ木宮君」
後ろから声をかけられた。
振り返れば噂の大人気銀髪転校生如月浮羽莉君が手を振りながら走ってきていた、って、え?
なぜか如月君が後を追ってきた。
銀の髪が少し走った程度では揺れることなく堅固なままツンツンと尖っており、最初自己紹介した時と同じ爽やかで屈託のない笑みを浮かべている。
如月君は俺の傍まで来て一息つき、こちらを見つめる。
「ちょっと話したいことがあるんだ。来てくれないか?」
「あ、ああ。別にいいけど」
良かったありがとう、と一言添えて如月君が隣に並んで一緒に歩く形になる。
途端に廊下で賑わっていた生徒達がこちらを弾圧するかの如く一斉に凝視してくる。
な、なんで皆見てくるんだよ。転校生と元転校生が並んでいるのがそんなに珍しいことなのか。
気にしないように前だけ見て歩く。
にしても話があるって一体何なのだろう。この転校生とは最初軽く話しただけでほとんど会話していない。
休み時間になれば途端に女子生徒が群がる為、話しかける余地すらなかった。特に話しかける用事もないので別にどうでもよかったのだけど、まさかあっちから話しかけてこようとは。
お、これはもしや新しい友達が出来るのかも。バイバイ小金の予感。
「この辺でいいかな」
「体育館の裏……」
如月君が行く方向に従ってぼんやりと歩を進めていると着いた先は正門からは遠く離れた体育館、その裏側。
陽が射さず、暗く湿った人気が全くない場所だ。
反対側の方からは今から体育館で部活動に励むであろう生徒達の声が聞こえる。
こんな誰も来なさそうな場所まで来るなんて、何をしたいんだろうか……?
「ごめんね、こんなところまで来ないと誰か来るかもしれないから」
ああ、そういうことね。
周りに邪魔されずに話したいからここまで来たのか。
確かにその辺の廊下や正門で話すと確実に声かけられるよね。
さすが転校初日なだけある。俺も転校してきた時は女子から逃げるようにササッと兎のように逃げ帰ったなー。
ここなら誰も容易には近づかない。告白する美少女と告白されるイケメンぐらいだろう。リア充って奴だ。
それは分かったけど……こんな人気のない場所へ来てまで話したいことって何だろうか。
少しだけ訝しげに如月君の方を見ると、彼は空を見上げていた。
目を細めて遠くの世界を眺めているように澄ました表情でただじっと見上げている。え、どうかした?
「今日は風が騒がしい……」
……そ、そうなんすか。しばらく待っていてあげるとそんな呟きを宙へと漏らした。
あ、あーそうだよね今日は風が騒がしいよね。アレだよこんな日は女子のスカートがめくれそうである意味興奮するよね、とか言えばいいの?
えっと、分からない。
なぜいきなりそんな深いようで浅い中学二年生っぽい発言をしたのか。
でも少しこの風泣いてますと返せば正解だったのかな。どうやら風が街によくないモノを運んできちまったようだ、と会話が続きそうで怖い。
空を見つめたまま静止していた如月君だったが我に返ったように再びこちらを見つめてきた。
体育館裏で二人向き合う形、今さっきまで飄々と儚げな表情をしていたのから変わってまたニコリと爽やかな笑みを浮かべる如月君。
「聞いたよ。去年の秋頃、君も転校してきたって。同じ転校生同士、仲良くしよう」
にこやかに微笑みを浮かべながら手を差し延べてきた如月君。
ああどうもこれはご丁寧に。
柔和な笑みは好印象、陽が当たらないでも輝く銀色の髪は白髪とは一線を画した美しさを感じる。
カッコイイなぁ、洗髪料であんなに綺麗に染まるのか。
どうやら同じ転校生系男子だから仲良くしたいってことか。なんと、この人間なかなか愛想良いじゃないか。
学校生活にも慣れて平穏に暮らす中、強いて嫌なことがあるとしたら休み時間の度に執拗に話しかけてくる小金の存在。まるで親友のようにフレンドリーに接してくるのがすごく嫌だった。
だけどそれとも本当にさよなら出来るかも。
新しく出会ったこの如月君と一緒につるんでいこう。
帰りに蒸しパン買って帰ろうぜ。いやー、良い人間と知り合えた。
人間界に来て姫子以外ろくな人間と出会えてないから。これ言うと清水がキレそうだから絶対口には出さないけどさ。
「おー、こちらこそよろしく」
笑みには笑みで返して差し出された手を握ろうとこちらも手を伸ばす。
まあこれからよろしくな。
分からないことあったら何気なく聞いてくれ。たぶん俺も分からないことたくさんあるから答えられないけど。
ひたすらニコニコと微笑む如月君、握手するまで残り数センチ、
「……はっ、まさかこんなところでエルフなんかと会えるなんてな」
……は?
「なっ……ぃ、今、なんて」
緩んだ思考が叩き起こされ麻痺状態になる。
予想だにしない衝動を受けて全身が硬直。
困惑に戸惑って動かせない意識、一瞬にして混濁へと突き落とされた。
震える手と言葉に連なって心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
こいつ……今、エルフって……!?
「油断し過ぎだろ」
その声が耳に届いたところで思考が再度巡り、同時に発汗が額中を覆う。
視界の中心で捉えていた銀髪が突如消えたと思った瞬間には目の前に何かが飛んできた。拳…っ、がぁ、
「っ!?」
反射で一歩退き、足裏を地面に滑らせ関節を曲げて頭一つ分姿勢を落とす。
清水以上に速い拳が鼻先を掠めた。
当たっていないが鼻柱は熱くなり、歯茎に異常な熱がこもる。
顔の筋肉が動揺して頬肉が歪む。
激しく動く心臓は放置するほかなく、乱れた呼吸のままさらに数歩下がる。
前に最大限の警戒をしつつ視界に相手を捉えて腰を据えて睨む。
こいつ……殴ってきやがった。
いやそんなことはどうでもいい。それよりも、何よりも、現状況で一番危惧すべきなのは先程の発言だ。
聞き間違いでなければこの転校生、エルフと言った。あっという間に顔中汗だらけだ。
「へぇ、今の避けるのか。さすがの身体能力だな。やっぱりエルフで間違いない」
空を切った拳を開いてヒラヒラと振りながら薄ら笑いでくっくっくと不気味に息を漏らしている。
……なんだこいつ。
暗い体育館裏、銀髪と顔に影が覆い不気味な雰囲気を一気に纏う。
好印象だったのが嘘のようだ。
黒い影の中から覗かせる青白く光る双眸がこちらを見据え、ひたすら見つめてくる。機微たる動作すら凝視しているかのように鋭く、全てを観察しているような俯瞰さ、下手に動けないと思ってしまう自分がいた。
まるで呼吸の動作すら捉えられているような視線、得体の知れない恐怖と未知が襲う。
突然の出来事に呼吸も心臓も未だ落ち着きを取り戻せていない。
喘ぎ散らす息と意識の中で必死に、目の前に立つ異質の人物を睨み返す。
「お前……誰だ?」
「ああ、急に殴りかかって悪い。エルフ族がどれくらい動けるか知りたくてさ」
悪びれた様子もなく両腕を広げて口元を歪める転校生、如月浮羽莉。
先程から何度もエルフと発している。エルフという存在が空想上ではなく実在していることを知っている口ぶりだ。
……何者だ?
ただの転校生、ただの人間がエルフのことを知っているわけも信じるわけもない。こいつは一体……。
麻痺から抜け出せずにいる脳を懸命に働かせる。
落ち着け、呼吸を整えろ。警戒を怠ることなく緊迫した全身の痺れを解け、思考を正常に戻してこいつの正体を考えろ。
清水の知り合い? あいつとその両親以外に俺がエルフだと知っている人間はいない。それにいきなり敵意を持って殴るわけない。清水も殴ってくるがそれとは全く違う、さっきの拳は……異質だった。俺を本気で殴ろうとして向かってきた敵意の塊。
清水の知り合いではない。なら他にも正体を知る人間がいたの、か…………いや、待て。こいつ……本当に人間か?
そこに思考が辿り着くと同時に限界を迎えたように口から焦燥と言葉が吐き出された。
「っ、テメェ……本当の名前、言えよ」
「如月浮羽莉って名前が偽名だと? なかなか察しがいいな。けどまぁ俺の正体について具体的には分かっていないようだな」
嬉しそうに笑う姿も気味が悪い。
先程までの柔和な笑みと振る舞いが嘘のよう。まるで仮面を剥いだみたいだ。
黒く染まった顔は歪んで邪悪な笑みを浮かべている。
冷静に考えれば銀の髪を持つ日本人なんて滅多にいるものじゃない。人間でないとするならこいつの正体は……。当然エルフじゃない、同族の匂いは全くしない。人間ではなく、エルフでもない。となればこいつの正体は……!?
「では改めて自己紹介しようかな」
髪をかきあげてこちらを見下ろす如月浮羽莉。
両足が地面を離れ、全身が宙に浮く。
フワリ、と。
え……う、浮いて……っ?
みるみるうちに如月浮羽莉は地上から離れていく。
空に浮かび、昇り、どんどん離れていく。宙に、跳んだ……!?
いや違う、飛んだのだ。
体育館の反対側から聞こえる部活動へ向かう生徒の活気ある声、雑談の声と目の前に映る信じられない光景で眩暈が起きそうだ。
大きな体育館で遮られていた日光、その範囲を超えて上空数メートルに浮き上がる。陽に浴びてより一層輝きを増す銀髪、解き放たれた表情、鳥瞰した目で如月浮羽莉はこう言った。
「俺の名前はエアロ・ムーンシルフ。風を司るシルフ族の王子だ」
風が舞い、木の葉が散る。
状況を飲み込めない俺を見下すようにただひたすら転校生の如月浮羽莉は空中で笑っていた。




