表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/150

第99話 新学年

「それでは校長先生の話です」


「えー、皆さんおはようございます。春休みを有意義に過ごせましたか? 今日から新学期、新学年の始まりです」


全校生徒が集結し、規則正しく並び、ステージ上で話す校長先生を見上げる。春休みが終わって今日からまた学校の始まりだ。


……え? え、あの……嘘でしょ。マジかよ。あっという間の春休みだった。清水達と遊んでバイトして他の森へ挨拶しに行って、気づいたら始業式になっていた。……休み短いよ。あっという間、本当にあっという間だった。春休み始まったのって三日くらい前じゃなかった? 時計狂っているだろ。あと人間多くて鬱陶しい。体育館に収容されるこの苦しみ、なんで誰も文句を言わないんだ。文明の発達した人間界なんだろ? 各教室にモニター設置して校長の話を映像でお届けすればいいのに。ハイテクノロジー発揮しろクソが。校長とかいう偉そうなジジイの話を聞きながら溜め息が零れる。


四月、通学路の近くには桜の木が並び、春の訪れを感じさせてくれる。寒くもなければ暑くもない、丁度良い気温だ。空気が変わって気持ちも変わる、春は新たな始まりを届けてくれるのだ。今日から新学期、そして新学年へとなる。人間界の学校ってのは一年ごとの進級制度を設けており、一年生だった俺は今日から高校二年生だ。人間界へ来て半年以上経ち、目的の印天堂65は未だゲットならず。この春休みでバイトしたものの、遊び行ったり食費に消えたり、休暇の半分以上は挨拶回りに割かれてしまってろくに稼げなかった。正直な話、二年生になるまでには目的を達成しようと思っていたのにな。お金は貯まらないものだ。いつまでもネイフォンさんに頼ってばかりも申し訳ない。家賃と学費は払ってもらっているから食費や雑費は自分で稼ぐ。その上で印天堂65と発電機を購入出来るだけの金も用意するとなると、まだまだ人間界での暮らしが続きそうだな。……はぁー、しんどい。


「木宮木宮、掲示板見に行こうよ」


「黙れ」


「ささやかな提案すらも一蹴!? ひどぅい!」


ぼんやり突っ立っているうちに集会は終わった。教室へと戻っていると小金から声をかけられたのだが、相変わらずドヤ顔でツッコミしてやがる。中央分けの前髪と眼鏡のバランスは地味で顔に華がない。まさにモブキャラと名乗るのがふさわしい顔だ。スマビクのストーリーモードでマスターレッグ戦前のステージに出てくるザコ敵30匹に出てくる一人みたいなモブっぷり。でもあいつら地味にダメージ与えてきていつの間にか吹っ飛び度が100%超えてしまうんだよな。


「つーかなんで掲示板見に行くんだよ」


「え、だって新しいクラスが発表されているよ?」


「……いや知ってるし」


学年が変わると同時に今在籍しているクラスも変わる。新たな担任と新しい教室、新たなクラスメイトと学校生活を送る新生活の始まり。その第一歩となるクラス替えについての掲示がされていることくらい知っているよ。


「うーん、今日も良い天気だな。掲示板見に行こうぜ」


「数秒前の僕の発言がなかったことにされているのはどうしてだろう!?」


シャウトする小金は無視して皆がぞろぞろと歩いているのについて行く。恐らく皆も掲示板の方へと向かっているのだろう。流れに乗っていこうではないか。クラス替え、か。理系や文系でクラス分け、勉強組とスポーツ組でクラス分け、色々と参考にしてクラス分けを行っているのだろう。周りの奴らは不安そうながらも興味津々といった面持ちで掲示板へと小走りで向かっている。楽しみなのだろう。一年生の時クラスで席替えをした時も皆は嬉しそうだった。恐らく変化が欲しいのだろう。変わらない毎日、慣れた日常と雰囲気、刺激のない日々。それらを払拭するのが席替えである。違う席から眺める教室は一味も二味も違い、隣に座るクラスメイトも変わる。好きな子が隣に座ったら嬉しい!とか漫画で見たぞ。そういった変化は刺激となって学校生活を楽しませてくれる要因となる。クラス替えはさらに強い刺激だ。環境が変わって気持ちがリセットされる。新しいクラスで早く馴染めるかなー、とか不安も大きくなって心臓がビクビクしちゃうんだろう。人間って大変だな。クラス替えなんてどーでもいいだろ。


「人多いね。掲示板が見えないよ」


「ちっ、小金は二年一組だな」


「え、木宮見えるの!? というか今舌打ちした?」


は? 別にこれくらいの距離なら余裕で見えるだろ。掲示板へと向かえば生徒達で賑わっていた。うぼぇ気持ち悪い。掲示板に貼り出された大きな紙、その前に大勢の生徒がごった返してとてもじゃないが掲示板の前には行けそうにない。というか無理、吐く。貼り紙からちょっと離れた位置でも全然見えるので問題ないけどな。二年一組から担任の教師の名前と出席番号順に生徒の名前が書かれている。小金は二年一組のところに名前があった。……。


「木宮って視力ヤバイよね」


「お前もある意味ヤバイだろ。眼鏡つけてその程度かよ」


「き、厳しい! あ、そういえば木宮は何組なの?」


「……一組だよ」


「え、ホント!?」


だからさっき舌打ちしたんだよ。一組から順に自分の偽名を探しているとすぐに見つかった。木宮照久の文字、その下には小金餅吉という文字もあった。……またこいつと同じクラスかよ。クラス替えなんてどーでもいいと言ったが前言撤回する、小金と一緒は嫌だ。何かあればすぐに寄ってきて友達と話すように親しく接してくる小金。別にお前と慣れ親しんだ覚えはないぞ。清水を通して知り合っただけじゃないか。それなのに小金ときたら僕達ベストフレンド!と言わんばかりに休み時間になる度に話しかけてくる。毎回逃げて中庭の茂みで空気を一服するのが日課となっていたよ。クラス替えでこいつと別々になれば日頃のストレスも激減すると思ったのに……クソっ、最悪だよ。


「や、やった! 木宮と一緒だ! これからもよろしくねっ、また二人でつるもうよ!」


気が滅入る俺とは対照的に小金のテンションは急上昇した。両手を叩いて目を輝かせている。キモイなぁ、なんでだよ先生達。俺のただ一つのお願いなんだよ、小金とだけは一緒にしないでくだせぇ。ただそれだけをなぜ叶えてくれないんすか。またウザツッコミを聞かなくてはいけない……あぁ、新学年早々嫌な気分になった。


「あ、テリーいたいた」


「清水。それと姫子じゃん」


「……ん」


小躍りしている小金の尻に蹴りを入れて遠くへと飛ばしていたら清水と姫子に会った。どうしたんだ?


「ねえ、私と姫子ちゃんのクラスどこか見てよ」


「なんで俺が?」


「テリー目が良いでしょ。人多くてここからじゃ見えないから代わりによろしくぅ」


そう言って肩をバシバシ叩かれた。痛い、地味に痛い。どうやら俺を望遠鏡代わりに使用したいから来たようだ。エルフをそこら辺の家電製品みたく便利品と勘違いしているんじゃないのかおい。ったく……えーっと、清水と姫子だろ。十メートル程先の貼り紙に視点を捉えて端から一つずつ目で追っていく。……あ、あった。


「清水は一組か。俺と同じだな」


「え、テリーと一緒? へぇ、じゃあよろしくね」


小金餅吉とかいうクソみたいな名前の三つ下に清水寧々と書かれていた。清水と同じクラスかー……あ、嬉しい。清水はこの人間界において唯一の協力者だ。ネイフォンさんや日野とは違う、人間としての協力者。こっちに来てから色々とお世話になっている。というかずっと世話になりっぱなし。色んなところへ連れて行ってもらって人間界について案内してもらったり常識を教えてもらい、たまに朝ご飯を作ってもらっていた。尋常ではなくお世話になっているなー。そんな頼れる寧々さんと同じクラスになれたのだ。なんという幸運だろう。小金と一緒だというマイナスを打ち消せる。何かあればすぐに相談出来るじゃあないかー。やったね。


「こちらこそよろしく。清水と一緒ですっげぇ嬉しいよ」


「すぐそうやってイケメン的発言しちゃうんだからテリーは。並の女子なら落ちてるよ」


痛っ、なぜに今足腰蹴られたし。華麗なミドルキックを腰元に打ち込んできた清水。普通は軽く肩を叩くとかじゃないの? ミドルキックって、ミドルじゃん。喧嘩して相手を牽制する時でもローキックなのに、ミドルでの蹴りとか本格的にダメージ与える気満々じゃねーか。え、何かやった? 俺と同じクラスなのが嫌だったのかな……。あ、そうだとすると寂しい。辛くて悲しくて寂しいよ。略して辛悲寂し。エルフが生みし造語である。


「……照久、私は」


ダメージを食らった部分をさすっていると姫子に袖を掴まれた。あぁんそれやめて、心臓ドキッとするから。クイクイッ、と弱めの力で引っ張る姫子。身長差による上目遣いで思わずドキッとしてしまうのは内緒だ。え、エルフが人間の女にドキッとするなんて恥だ。本来会うことのない種族同士なのだから。姫子から目を逸らすようにして掲示板の方を見つめる。え~っと、姫子、姫子…………お、


「あ、寧々姉ちゃん! 同じクラスだね!」


「えー、餅吉と一緒は嫌」


「即刻否定されちゃった!?」


蹴り飛ばしたはずの小金が戻ってきた。だけどすぐに清水があしらう。本当にこいつは元気だな。その分折れた時の自嘲癖モードになった時は倍に鬱陶しくなるのだが。なんて面倒くさい奴。


「つーか小金は掲示板見えたのかよ」


「さっき木宮が蹴り飛ばした勢いで掲示板のところまで行ったから色々と見てきたのさっ」


ドヤ顔で語る小金。どうでもいい。


「でも委員長と一緒じゃなくなったのは残念だよ。うーん」


「……ぇ」


ショックですよと言うかの如く両肩をガックリと下ろす小金に対して姫子が小さく、掠れた声を出した。普段は寡黙で表情の少ない姫子が珍しく無表情じゃない。……どことなく、悲しそう?


「……寧々ちゃんと照久は同じクラスで、私は……」


「ナチュラルに僕スルーしてるけど。そうだよね、委員長も同じならここにいる仲良し四人組が揃ったのにね。残念だよ」


……? 袖を引っ張る力が少しだけ強くなったような。姫子の方を見れば悲しげに目を潤ませていた。

……えっ!? ちょ、ちょ、え、あの、俺何かした!? な、泣いてるの? 小さな口をぎゅっと結んで、潤んだ瞳からは今にも大粒の涙が零れ流れそうだ。ど、どうしたの?


「ど、どうしよ清水。姫子が……」


「……そうだよね、ショックだよね姫子ちゃん。うん」


オロオロする俺を余所に清水は何かを察したように姫子の頭を優しく撫で始めた。次第に姫子は顔を俯かせてさらに力を強めて袖を掴んでくる。もう袖のボタンが千切れそうだ。ど、どういう状況なのか分からないのですが。


「ぼ、僕のせい?」


「とりあえずテメーはまた向こうに行ってろ!」


「ぶべらはまだ!?」


小金の相手なんてしていられない、それよりも姫子のことが大事だ。ウザイので小金を再び蹴り飛ばす、さっき以上に強くミドルキックで! 邪魔者は排除して続いて姫子のケアへと急がなくては。この子にもたくさんお世話になってきたんだ。良き友達として接してきた。小金以上に友達だ、いや親友と言ってもいい。そんな姫子さんが泣いているのを無視なんか出来るわけがない。と、とりあえず何したらいいかな!?


「照久ぁ……」


「ど、どうした!? お薬? また咳出そう?」


姫子は病弱でよく咳をしている。苦しそうに咳をしている姿を何度か目撃している身としては心配してしまう。今もすごい辛そうだし。というか辛そうで悲しそうで寂しそうに見える……辛悲寂し状態か。狼狽してばかりじゃ駄目なんでとりあえず指で姫子の涙をすくってみる。な、泣かないで。俺何でもするから! え、というかなんで泣いてるのさ。原因が分からないんだけど。


「テリー、姫子ちゃんの頭撫でてあげなさい」


「なんで?」


「いいから」


よ、よく分からないけどそうすることで姫子の容態が良くなるんだな? だったら喜んでするよ。……え、えと、こうかな? 清水がやっていたみたいに姫子の頭の上に手を乗せてみる。うわ、サラサラ……なんつー手触り。指の表面に伝わる髪の毛の細い感触、サラサラとしているのに加えてなぜか柔らかい。や、柔らかっ。なんだろこの触り心地……永遠に撫でていたい。ゆっくりと姫子の気持ちを落ち着かせるつもりで優しく頭をナデナデしてみる。どうして姫子が落ち込んでいるのかマジで理解出来ないけどとりあえず泣かないで。ね?


「……ぐすっ」


しばらくすると落ち着いたようで、顔を上げた姫子。こちらを見て見つめて、見つめ続けてくる。わ、なんか恥ずかしい。そんなにじっと見つめないでよ。


「なんで泣いたんだよ。意味分からねぇよ」


「どんだけテリーは鈍感なのさ……ライトノベルの主人公かよ」


なぜか呆れている清水。どうしようもないクズを見る目でこちらを見ているではないか。え、ええ? エルフに鈍感とか言うなっ。頭脳明晰で知性の高い種族として誇りあるエルフ族に鈍感は最低の悪態だ。言ったのが清水じゃなかったら殴っている。清水を殴ると倍返しでタコ殴りされるから決してしない。


「姫子ちゃんはね、テリーと同じクラスじゃないから悲しいのよ」


…………は? 何を言っているんだ? 姫子の方を見れば肯定するように小さく頷いていた。そしてまたしても目に涙を浮かべて、今度は袖じゃなくて俺の腕自体を掴んで体を寄せてきよった。わ、わ、わっ!? なんであなたは抱きつこうとするのさ。ドキッ、どころの騒ぎじゃない。ドキドキィ!だ。何をそんな永遠の別れみたいに悲しそうな顔しているんだよ。あ、ちょっと!? 抱きつこうとしないで。


「……照久」


「えー……なんでだよ」


本当に意味が分からないんだけど、とりあえず清水の言いたいことをまとめると姫子はクラスが別々になったから悲しいってことか。俺と清水とついでに小金は一緒で姫子だけ違う。そんなに俺や清水とクラス違うのが嫌なのか。いや、つーかさ、


「なんか勘違いしてるっぽいから言うけど姫子も同じクラスだろ?」


「……え?」


「へ、そうなの?」


驚いたようにキョトン顔する姫子と清水。いや、うん……つーかなんで勘違いしてるのマジで。十メートル程先の掲示板を見れば二年一組のところには漁火姫子、木宮照久、小金餅吉、清水寧々と名前が書かれてある。見事に四人同じクラスだ。俺が仲良くしているメンバーが全員揃ったのは非常に助かる。小金は除く。


「また同じクラスだな姫子、よろしく」


「う、うん……あれ?」


状況が分からないと言った顔している。珍しい、こんなにも姫子が感情を出すなんて。春休みの間に表現能力の向上でも図ったのかい。とりあえず離れて、精神的にキツイので。清水も姫子もなーんか間違えているっぽいから意味が全然分からなかったよ。たぶんアレだろ、さっき小金が言ったのを信じたんだろうな。


「あー皆ごめんごめん! さっき言ったの嘘だった、僕の見間違い。委員長も僕らと同じクラスだにょ~、えへへ!」


蹴り飛ばした小金がまたしても復帰してきた。そんな小金に向かって一つの黒い影が横切っているのを俺は見た。


「この馬鹿餅吉がぁ!」


「ぁがっ!?」


清水だった。勢いよく跳躍した清水は小金の腰に目がけて飛び膝蹴りを放つ。腰が粉砕する音と共に、跳んだ勢いのまま全身を回転させて掌底を小金の左胸へと打ち込む清水。流れるような綺麗な一連の動きはまるで姫子が操作するブービィのようだった。激しい連撃の爆音と小金の声にならない悲鳴が聞こえ、中央分けの地味眼鏡君は床へと崩れ落ちた。落ちて、乙った。


「なんだ、姫子ちゃんも同じクラスなんじゃん。良かった~、姫子ちゃん!」


小金の抹殺を完了した清水は姫子の下へと駆け寄ってキャピキャピと手を握り合っている。どうやら二人は小金の言ったことを信じていたみたい。俺は最初から変だと思っていたんだよ。どう見ても掲示板には姫子が一組だと書かれてあるのに小金は違うクラスだと主張する。その視力増強装置はホント役に立たないな。


「……照久、一緒のクラスだね」


「いやだからさっきからそう言ってるじゃん」


「うん」


何度も言うが、よく分からない。だけど姫子の機嫌は直ったようだ。いつものように無表情で落ち着いた雰囲気を纏っている。……ん、いや。ちょっとだけ、違うかも。なんとなく、姫子が……笑っているような気がする。嬉しいことでもあったのかな?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ