第0話 プロローグ
「ごめん……俺、帰らないといけないんだ」
夕暮れ、静穏に包まれたその空間で、少年と少女は向かい合う。
夕日を浴びた互いの表情は隠れ、交わす声だけが今の二人を繋いでいた。
女の子は何も言わず、ただじっと見えない少年の顔色を窺っているのみ。
霧散する気温と交錯する時間、動かず動けず、少年と少女は二人だけの世界で立ち尽くす。
「俺と遊んでくれてありがとうね。とても楽しかった。また……一緒に遊ぼうね」
「……うん」
「今度会った時はもっとたくさん遊ぼうよ」
「うん」
「それでさ、またあそこ行こうよ、それから、それで……」
楽しげに話そうと口を開いたものの、出てくる言葉は震えて小さく、次第に言葉すら出てこなくなった。
代わりに両目から溢れるように涙が零れていくのを少年は自覚し、潤んだ視界で必死に少女を見つめ続けた。
差し込む夕日と涙でろくに姿も顔も見れないがそれでも少年はすがるように前だけを見て目を閉じることはなかった。だが堪えてるうちに出てくるのは涙と自身の嗚咽、そして本音が溢れる。
「えっぐ……ぅっ、さよなら、したくない……っ」
「……私も、―――とさよならしたくない。まだ、ずっと、遊びたい」
気づけば少年と少女は互いの手を握り、額を合わせていた。
体温を交換するように、温もりと気持ちを交感して合わさった影は時間の経過と共にさらに伸びていく。そして影は薄れていき、暗闇に溶けていく。
訪れるその時、二人はそれを分かっていた。
「うぅ、ひっく……もう、行かなくちゃ。時間、ない」
「……嫌」
影が完全に闇へ溶ける前に、影は二つに解ける。
片方の影は離れていく方の影に向けて手を伸ばし、けど追いつけず。
少年は涙を拭い、嗚咽に溺れながら懸命に息を吸う。震えながらも落ち着く鼓動と呼吸、代わりに今度は少女が泣き声を上げる。
「っ、嫌だよ……」
「また会えるよ」
「ずっと一緒って、約束した……!」
「ごめん、俺と君は暮らす場所が違うから。でも、いつか……大きくなったら、会いに来るから。それからはずっと一緒にいようね」
溢れる涙を止めることが出来ず少女はひたすら泣く。
その様子を悲しげに見つめて少年はゆっくりと片手を宙へと上げ、指先に力を込める。全神経を一つへと集約させ、目を閉じる。
「や、約束だよ……絶対迎えに来てね……っ」
「うん、約束。俺は覚えているよ。でもね……」
静止させた手を女の子へ向け、少年は目を開く。
今にも壊れそうな精神を引きずり、反発する気持ちを無理矢理地に押しつけて、最後の言葉を紡ぐ。
「君はもう、覚えてないよ……じゃあね」
小さく呟き、暫くの沈黙。少年の視界は暗転して意識が途絶えた。
夕日と涙でぐちゃぐちゃの目で最後に見たのは、泣きじゃくる少女が手に淡く輝く翡翠色の石を持って自分の名前を呼ぶ姿だった。