ポケットの中身は不思議でいっぱい
「どぉああああああ!遅刻だああああああ!」
ぽかぽかと春の陽気も心地好いある日のことでした
およそ女らしくない声をあげながら、少女が家を飛び出して行きました
少女の茶色の目はパッチリと大きく、短めの黒い髪は艶やかに光を反射しています
特別美人というわけではありませんが、まあ声をかけやすい無難な顔といったところでしょうか
少女の名前は楠木いろはといいました
東明高校に今年入ったばかりの1年生です
遅刻しないように入念に目覚ましをかけたにも関わらず、アニメや漫画によくある『目覚ましかけたのに鳴らなかった現象』にまんまと引っ掛かり、通学路をダッシュする羽目になってしまったのです
「あああああもう!何で目覚ましが鳴らないのよ!鳴る度に壁に投げてたから?止める時に変な音がするくらい強く叩いたから?」
明らかにそのせいです本当にありがとうございました
「とっ、とにかく急がないと!遅刻しちゃう!」
スクールバッグを肩にかけ直し、いろはは走る速度をますます上げました
走って走って、やっと目の前に校門が見えたころ、いろははすっかり疲れ果てていました
しかし、鐘はまだ鳴っていません
ギリギリ間に合ったようです
「ぜぇ……ぜぇ……ま、間に合っ……ごほっ」
校門をくぐると、いろははぐったりと膝に手をついて息を整えました
「はあ……疲れた……やっぱり目覚まし時計買い換えようかな……」
毎朝こんな目にあうのなら買い換えた方が良いのでしょうが、何個目覚まし時計を買おうがすぐに壊してしまいそうな気がします
「とにかく教室行こう……ギリギリなのは変わんないんだし……」
もう走る体力が残っていないので、なるべく速く歩いていろはは校舎の中に入りました
「いやー、もういっそ自転車通学にしたいけどなー、家が1km圏内だからなあ……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、階段を上がって行きます
と、その時でした
─こつん─
いろはの目の前に何かが落ちてきました
「ん?何か落ちた?」
いろはが足元を見ると、そこには直径3cmほどの白い球体が落ちていました
「何だろう、これ……。綺麗だけど……」
一見真珠のようにも見えますが、真珠にしては大きいような気がします
拾い上げてみると、球体はいろはの手にしっとりと馴染みました
上にいる誰かが落としたのかとも思いましたが、上はおろか、いろはの周りには誰もいませんでした
「うーん……まあ落とし物だろうから後で先生に届けるかー。おっと、早く行かないと」
いろはは球体をポケットにしまうと、大急ぎで階段を上がり、教室に入って行きました
「あ、いろは。おはよー、またギリギリー」
「ゆかりちゃん……おはよう、今日も目覚ましがね……」
「あはは、またそれ?」
教室に入ったと同時に、茶髪の少女が話しかけてきました
彼女は上田ゆかり、いろはの親友でご近所さんです
少しどんくさいところがあるいろはに色々と世話を焼いてくれる良い子です
「もう先生来るから早く席ついちゃいなよ」
「うん、ありがとう」
いろはは素早く席について、鞄を机の横にかけました
そこで丁度担任の先生が教室に入ってきました
いろははポケットの中にある球体のことなんてすっかり忘れて、いつも通りの1日を過ごしていったのでした……
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何事もなく授業が終わり、いろはは帰宅して自室にいました
「ふー、今日も無事終了っと……あれ?」
制服から部屋着のパジャマに着替えていると、制服のセーラー服のポケットに何かが入っていることに気がつきました
「……あ!あの白いの、先生に届け出るの忘れてた!」
慌ててポケットを探ると、案の定球体はポケットに入ったままでした
「あちゃー……。まあ、いいかな……?」
そもそも何故こんな球体が落ちていたのかが謎です
使い道がわかりませんし、アクセサリーのように鎖がついているわけではありません
球体の表面はすべすべとしていて触り心地が良いです
恐らく石だと思われるのですが、やはり何なのかはわかりません
「何かこの石……良いなあ……」
何が良いのかはいろはにもわかりませんが、どこか惹かれるところがあります
「ま、届け出るのは明日ってことで……」
すると、いろはの母親が夕食ができたことを知らせてきました
いろははセーラー服をハンガーにかけてクローゼットの中にしまい、半端に来ていたパジャマをしっかりと着直し、自室を出てリビングへと向かいました
球体をベッドの上に放置したまま──
***********
─俺はもう、駄目だ─
─そんな!では、ぼくはどうすれば……!?─
─パートナーを見つけるんだ、そうすれば……─
─××××様!─
─君なら大丈夫さ、きっと何とかなる─
─××××様あああああ!─
─俺は眠る……。そしてバラバラになって……俺の半身が世界に飛び散ることになる……。後は頼んだよ……シロエ─
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夕食を済ませ、お風呂にも入ってきたいろはは自室に戻って来ました
「はー、すっきりすっきり。後は寝るだけっと」
「そう、それは良かったね」
「うん!……え?」
おかしいです
いろはには兄弟はいませんので、自室に他の誰かがいることはあり得ません(両親はリビングにいたのを今しがた見てきました)
つまり自室のベッドに我が物顔で腰かけている白い髪の青年は……
「ふっ、不審しゃもががっ!」
「はいはい、ちょっと静かにね」
助けを呼ぼうとしたところ見透かしたように口を塞がれてしまいました
「もごごごごっ」
「呻き声に色気がないなー。騒がれたら困るから、ちょっと落ち着いて?」
変に抵抗したら殺されてしまうかもしれない……
早く解放してもらいたくて、小刻みに首を縦に振ると、青年の手が口から離れていきました
「ぶはっ!もう、あなた誰なの?何しにここへ?」
青年はとにかく白い印象がありました
髪は白、服も白、肌も白く、瞳は薄いグレーです
美青年ではあるのですが、どこか無機質な感じがします
青年はくすりと笑うと、いろはの問いに答えました
「ぼくはシロエ。助けてほしいんだ、楠木いろはちゃん」
「………………えっ?」
ベッドの上にあったはずの球体は、すっかり姿を消していました──
コンセプトは『ありがち』です
魔法少女ものにありがちな設定をお楽しみください(笑)