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†魔女の章 ■5■


 気が付けば、ホウキのベルナールさんは魔女の杖へと変わっていた。

 魔女と杖をイコールで結ぶのであれば、魔法の媒体として何の不自然さもない発想だろうが、実のところは本当にただの杖扱い。魔女はお年寄りがするように、杖をついて歩いている。支えがなければ歩きたくもない。


「シャルル。私に見える“アレ”は幻覚?」


 魔女の指差す先。


 小一時間、休み休み行ったところに、木造の小さな家が現われた。さながら避暑地のログハウス。

 開いた窓からは涼しそうにカーテンがたなびき、煙突から立つ煙は生活感を漂わせている。

 今にも七人の小人さんが飛び出してきそうだ。


「この森、人が住んでたの?」


 魔女は、ものすごくうんざりとした表情で眉をひそめる。


「そんなお話は聞いてませんでしたわよ」


「まぁ…森に住んでいるなら、きこりか猟師なんじゃない? もしかして魔女だったりして」


「ピエロってオチもありましてよ?」


 それは嫌かも。

 一人と一匹は同時に思った。


「シャルル。あんた行ってちょっと見てきなさい」


 魔女の提案に、黒猫は目を丸くして驚く。犬に出くわした子猫のように怯えている。


「殺生ですわレディ! もしも斧で切り殺されたらどうしますの? 鉄砲で射殺されたらどうしますの? 魔女に煮殺されたらどうしますの?」


「まぁ、斧と銃はわかるとして…あんた魔女を何だと思ってるの」


 どうやら魔女は煮るしか能がないと思われているのが気に入らない様子。ヘンゼルとグレーテル以来、それが魔女の十八番だと暗黙の了解になっている。

 煮るという行為に対しては、料理人や染め物職人に適う訳がない。というのがこの魔女の定説だ。


「行きなさい。行かなければあんたの皮剥いで三味線にするから」


「レディ! 黒猫は三味線に出来ませんのよ!」


「おバカさん。柄はなくとも構成成分は同じ。それなりに需要はあるらしいのよこれが」


 残念だったわね、と魔女はほくそ笑む。

 魔女の質は悪い。

 黒猫は分が悪い。


「わかりましたわよぉ。見てくればいいのでしょう? 死んだら化けて出るんですから!」


 猫は執念深い。

 七代先までは軽く祟る。 しかし、この賢い黒猫は、さすがの魔女には適わないと悟り、ひたりひたりと忍び足で怪し気な家へと歩み行く。



† † † † † †



 それは灰色の世界の『今』から二百年遡る『昔』の出来事。

 灰色の世界にある『光』と『闇』。人間の中にも『善人』と『悪人』がいるように、闇の中にもまた、善悪に似たようなものが存在する。

 悪なる闇を『堕ちた闇』と呼ぶ。誰がそう名付けたかはわからない。知らずと灰色の世界の『闇』に響き渡る。


 闇にはかりごとをめぐらせ、狂気を好み、血を欲する。二百年前、灰色の世界はこの『堕ちた闇』によって、恐怖の底に落とされた。

 頻発する猟奇殺人。

 街に起こる怪奇現象。


 灰色の世界を蹂躙した『堕ちた闇』は、世界の壁を越え、現実の世界にも手を伸ばした。

 古今、説明のつかない事件は、全てはかの『堕ちた闇』の仕業だ。

 『堕ちた闇』の撒いたあらゆる『負』の要素は、世界中に広まり増幅し、近年の大戦や紛争の元凶になった。



† † † † † †



「シャルル! ファイトー!」


 無責任な魔女の小声が聞こえる。

 後ろなんて振り向くもんですか!

 黒猫は高鳴る鼓動をを鎮めながら、ネコ科の動物が狩りをするように低姿勢で窓の下まで這い寄る。


「まったく、レディには困ったものですわ」


 ぶつくさ言いながら窓枠に爪をかける。人間でいうところの懸垂状態。猫である彼女にとって、窓枠に飛び乗ることは造作もない。しかし、ここは隠密行動。涙ぐましい忍耐を必要とする。


「これではまるで、犯罪みたいですわ」


 “みたい”ではなく、完全なる犯罪だ。

 住居不法侵入? 家宅侵入罪?

 間違いなくプライバシーの侵害にあたる。アメリカあたりならば訴えて勝たれてしまうところだ。


「さてと。任務を全うするとしますか…」


 窓枠から少しだけ中へ身を乗り出し、三日月お目目でキョロキョロ見渡す。


 安物の煉瓦作りの暖炉には火がくべられ、吊された鍋には肉や野菜が煮込まれている。

 暖炉の上には、美の女神ヴィーナスを思わせる石膏の胸像が飾られていた。学校の美術室や準備室でよく見かけるあれだ。

 時々風に誘われてチョコレートの匂いがする。質素な丸テーブルには温かいココアが湯気を立たせている。

 開かれたクロッキー帳は白紙のままで、鉛筆と共にテーブルの上に投げ出されていた。


「これはきこりや猟師の家ではありませんわね…」


 ましてや魔女やピエロなどでもない。


 もっと詳しく探ろうと、人気のない室内に踏み込もうとした時、黒猫は気配を感じた。

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