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†魔女の章 ■4■


「ピエロの分際で、この魔女様に喧嘩売ろうっていうの? なかなかいい度胸だわ。そこのところは誉めてあげる」


 どこまでも差別用語満載の魔女は、ベルナールさんを杖代わりに『魔術士のファイティングポーズ』をとる。


「うふふ☆ 魔女のお嬢さん。ここがどこだかご存じかしら☆」


 ピエロが押さえきれない殺気をみなぎらせ、キャハキャハ子猿のように小踊りする。


「ええ、もちろんご存じよ。泣く子も黙る『緑灰色の森』」


「そう☆ だからキミの負け☆」


「そうは思わないけど?」


 余裕の笑みを湛えて、魔女は高らかに魔法の呪文を詠唱する。


「我が名はクリスティーヌ、黒白こくびゃくを渡る金色の魔女…」


「! レディ、無駄ですわ! ここは…」


「無駄、ムダ、むだだヨ☆ うふふ☆」


「落ちよ、神の雷!」


 魔女が最後の呪文を叫ぶ。

 しかし。


「ほーら、何にも起きないヨ☆」


 ピエロが手を叩いて笑う。黒猫もやっぱり、という感じで尻尾をぺったり地面につける。


「起きるわ…起こすの! 神の雷!」


 そう言と魔女は地面を踏み切り、ピエロに向かって駆け出した。


「これが…神の雷よッ!」


 そのまま高くジャンプすると、ピエロの脳天目がけてベルナールさんの硬くしなる柄を、全体重をかけ渾身の力で振り下ろした。


 ぐきゃッ…


 鈍い音とともにピエロの首がひしゃげた。顔に張りついたままの笑顔がより一層不気味さを増す。


「レディ!」


「見たか。これが神の雷よ! あの瞬間だけ、わたしは神になったの…」


 立ったまま動かなくなったピエロを一瞥すると、魔女は黒猫を振り返った。


「今のうちに行くわよ、シャルル」


「レディ、ベルナール嬢が正気に戻ったら、きっと怒ると思いますわ…」




 魔女と黒猫は、何事もなかったかのようにさくさく森の奥へと進む。


 取り残されたピエロ。

 と、ピエロが一つ身震いをすると、自分の手で首を元の位置に戻す。きゅっきゅと、通常ではあるまじき音。


「まさか、魔女が魔法でなく肉弾戦を挑むとはな」


 ピエロが右足を軸にくるーりと向きを変えると、そこに一人の青年が立っていた。

 シルクハットに燕尾服。手に持つのはステッキ。若いが、サーカス団の団長といった雰囲気の出で立ち。きっちりと撫で付けられた黒髪は一本縛りにされ、男が動くたびに優雅に揺れる。


「クラウン」


 髪と同じ、冷酷な黒い瞳がピエロを認めると、ピエロはビシッと姿勢を正す。


「魔女…面白そうだな。次の演目が決まった」


 白い手袋で押さえた口元から笑いが込み上げる。



「『魔女の葬送』だ!」




† † † † † †




「それで、今日はどうしたんだい?」


 死人は真剣な面持ちで熱々のマシュマロと格闘している。

 吸血鬼はそんな彼に無言でナプキンを渡す。


「魔女が来た…」


「クリスちゃんでしょ? きみのお家をメチャクチャにしたんだってね。彼女らしいや」


 元気で身勝手な魔女を思い出し、自然に笑みが込み上げる。


「魔女に緑灰色の森へ行くように言ったのはオレなんだが…一つ厄介なことを思い出してな。貴様にも言っておいた方がいいと思って…」


「厄介ごと?」


 吸血鬼が可愛らしく首を傾げる。


「『堕ちた闇』が動き出している。しかも、あの緑灰色の森で」


 吸血鬼の秀麗な笑顔が曇る。


「…そう。うまいこと逃げたから、いつかまたこっちに戻って来るんじゃないかとは思ってたけど…まさかぼくの家の庭にね」


 驚きを通り越し呆れ果て、乾いた笑いしか出て来ない。


「あれから百年かぁ…思い返せばあの事件がきっかけで、きみはぼくらの仲間になったんだよね…」


「仲間? ふん。笑わせるな。いつオレが貴様の仲間になった」


 吸血鬼は少し驚いた感じで紅茶を飲み下した。


「ごめん、仲間じゃなくて、『同志』だったね」


 もっと、深いところで結ばれた揺るぎない絆。


「…!」


 その時、表でカラスの鳴き声が聞こえた。はっとして、死人は椅子から立ち上がる。


「どうしたの? もしかして…」


 窓の外から見える一羽のカラスは電線に止まり、羽をばたつかせて必死に鳴いている。


「魔女がやつらと接触したらしい」


「…それって大変なことなんじゃない? クリスちゃんは『堕ちた闇』のこと知らないんだし」


「カラスを飛ばしておいて正解だったか」


「オズくん優しいよね。ちゃんとクリスちゃんのこと心…」


 そこまで言いかけて、吸血鬼は動きを止めた。

 喉元に大きな鎌の刃先が狙い定められていた。


「危ないなぁ。こんな物騒なもの、ドコから出したの?」


 それでも笑顔の吸血鬼。片や死人の方は普段に輪をかけて仏頂面だ。


「心配などしていない」



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