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†魔女の章 ■3■


 赤青白の原色も目に鮮やかな、まだら模様の服。

 鈴付きの三角帽子に、ぼったりとした爪先の反り返った靴。

 白塗りの顔には大きな赤鼻。印象的な、笑顔と泣き顔のペイントが半分ずつ施され、おどけた調子で足踏みしている。


「…ピエロ?」


 さして驚いた風もなく、魔女は言葉を飲み込んだ。しかしその怪しい風貌に、ベルナールさんを構えると柄を引き付ける。


「ウフフ。ワタシが怖い? 魔女のお嬢さん☆」


「…しいて言うなら、そんなこっ恥ずかしい格好が出来るってところが怖いわ。それ以上近づかないでちょうだい。あんたのバカが感染するから」


 そう言いながら、魔女はベルナールさんをコンパスにして、自分の廻りに目には見えない境界線を張る。


「レディ、なんだか小学生みたいな差別っぷりですの…」


「いくらワタシでも、ちょっとショック☆」


 失笑すると魔女は一歩後ろに退く。


「ふん。あんたは“職業ピエロ”じゃないんでしょ。ピエロはしゃべってはいけないのよ、知ってて? ノッポさんだってしゃべらないのよ」


「あらレディ。Mのハンバーガー屋さんのピエロはしゃべりますわよ。それにノッポさんはピエロではないし、放映中一度だけしゃべってしまいましたわ、ってゆーか、この元ネタ解る人は少ないですわ…」


 そう。ノッポさんはただの無口な人。工作の神様だ。


「おバカさん。ノッポさんは置いといて、あれは吹き替えよ」


 少しばかり笑顔を取り戻した魔女が、CMの裏社会を赤裸々にする。崩れ去る子供達の夢。


「ところでなぜピエロが森にいるのかしら。ここはサーカス? それとも『闇の舞台』かしら?」


「フフフ☆ 美しい響きだね、『闇の舞台』☆」


 星型の中の瞳がきらりと光った。


「闇は深淵☆ 闇は空虚☆ 闇は永久に光を追う☆」


 頭上がにわかにざわめき、一羽のカラスが空へはばたいた。


「残念だけど、ここはあんたのステージじゃないわ。畏れ多くも領主ヴァレンティ公の所有地よ。人ンちに勝手に入り込んで、だまってきのこでも採ろうって魂胆ね?」


「それはレディも同じですわ」


 そう言われてしまっては、魔女とて身も蓋もない。魔女は黒猫を恨みがましく睨め返す。



† † † † † †



 人通りの少ない古本屋の裏口に、麗しき吸血鬼の姿があった。古新聞を紐で結わえて、崩れないよう綺麗に並べる。


「めずらしいじゃないか。きみがぼくを尋ねて来るなんて…よいしょッ…と」


 作業の手を止めることなく、吸血鬼が言った。

 だが返事は返ってこない。誰か知らない人が見たら、完全な独り言だろう。

 想像して、クスリと笑みが零れた。


「…何が可笑しい」


 建物の上…古本屋の屋上から声が降りてきた。


「何でもないよ。そっちこそ用があるんだろ? 降りておいでよ。オズくん」


 ふわり…


 漆黒の影がローブをはためかせて舞い降りる。


「美味しいミルクティーを煎れてあげるよ」


 吸血鬼は黒い影の死人…オズワルドにほほ笑みかけた。


「…白くてふわふわなのを忘れるな」


 目を合わせることも、顔を合わせることもなく、低くぼそりと呟く死人。


「わかってるよ。マシュマロミルクティーだね」


 おどろおどろしい死人の外見からは想像しがたい可愛らしい注文に、吸血鬼の顔は更にゆるんだ。


「…何が可笑しい」


「違うよ、楽しいから笑ってるんだよ」


 腑に落ちない顔で、死人は年長の吸血鬼の後に続いた。


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