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『ジウ』 誉田 哲也

一気に読んだ。

濃密でスピード感が半端ない。

ある箇所で『え?これ三ヶ月くらいの間の話だったんだっけ?』と本気で驚いてしまった。

そして、物語を一気に駆け抜けた後は、さらりとした後味が残る。


作者は、以前にもご紹介した『誉田哲也』である。

姫川シリーズの作者が書いた警察小説、しかも先日ドラマ化もされた(観てはいなかったが)とあって、大変期待していた。

そして『ジウ』は、期待を大きく超えてきた。


誉田哲也の醍醐味はクライム&バイオレンス&セックスにある。

周囲があっと驚くような犯罪が起こり、ごく当たり前のようにドラッグが存在し、暴力が日常茶飯事の出来事として描かれる。久々にその世界に触れると思わず眉を顰めてしまうが、やがてもっとえげ 

つない事件があっても驚かなくなるから不思議だ。

この人には、一体どんな世界が見えているのだろう、と思う。

女性の主人公だからといって、そこから逃れることは出来ない。『嫁入り前の体に傷がつく』なんて甘っちょろい考えは全くナンセンスである。

その上で、描かれるのは魅力溢れる女性達の姿だ。


『シンメトリー』の姫川は、天性のカンと犯罪を憎む強い心で悪に挑む。そこらの男には負けないが、だからといって最強というわけではなく、傷つけられてしまうことだってある。女性の弱さ…そしてそれを乗り越える逞しさと、犯人に心を通わせてしまうような優しさを兼ね備えた人物であることは、以前も触れた。

『ジウ』に登場する二人の主人公は、姫川の持つ、女性とは思えないようなタフさ強さ、優しさ逞しさを、2つに割って究極まで蒸留したような女性たちである。

伊崎基子は、とにかく強い。自衛隊上がりのマッチョな男達さえのしてしまう。女性故に力で敵わない部分は当然あるだろうが、それを上回って彼女が強い理由は究極の『実戦至上主義』にある。柔道とレスリング、その他諸々の格闘技を研究し、『どうやったら敵を倒せるか』という、その一点のみを追求する。『倒す』という彼女のイメージには『殺す』というイメージも危うく見え隠れする。

一方で、門倉美咲はとにかく女性らしい女性である。力ではなく、犯人に心を通わせ説得するという方法で事件を解決する、この点姫川と非常に似通っている。感受性豊かであり、ポジティブ思考である。周囲からどんなに嫌味を言われようが、危険な目に逢おうが気にならない、大好きな東と行動を共に出来るならば…という、非常にわかりやすい乙女である。


そんな二人であるが故に、当然といえば当然だが、ソリは合わない。

美咲はこういう女性であるから、『苦手だけど仲良くしなきゃ』とか思ってしまうのであるが、基子はそんなこと欠片も思わない、『馬鹿じゃないの?この女』と思っている。

警視庁特殊犯捜査係(SIT)では、美咲が犯人を説得し、説得に応じそうにない危険な犯人に基子が突っ込む…という、素晴らしい連携が取れていたのだが、ある事件をきっかけに二人は別々の道へ。

方向性も考え方も全く異なる二人だ、もう二度と事件で顔を合わせることはない…と思われた。

しかし、奇妙な運命が二度三度と二人を出会わせ、恐るべき事件の闇の中心へと引きずり込んでいくのである。


『ジウ』は三部作であるが、個人的には一冊目が一番完成度が高いと思っている。

二人が離れ離れになって、気になる男性と出会い、恋に落ちる(基子はそれと認識していない様子だったが)様が、二人の個性に合わせた別々の切り口でテンポ良く描かれている。勿論、その一方で事件は見えない所で進行していくのであるが。

『ジウⅢ』は、クライマックスの緊迫した一夜が一冊に詰め込まれており、内容が濃密で目眩を起こしそうになったが、約2時間半のアクション映画の最終局面は大体ラスト1時間であることから鑑みると、概ね妥当な長さと言えるのかもしれない。


作品の中心を貫く、『ジウ』という存在。

皆から恐れられ、人の心を持たぬ悪の権化と思われた彼は、実は無垢な少年であった………

その事実は、物語の最終章に、美咲の口から我々に告げられる。

彼の存在は、『ストロベリーナイト』における『F』を彷彿とさせる。

『死』に対するリアリティが薄く、『命』の重さを知らぬ少年達。

そんな彼らを、周囲の醜い欲望が祀り上げ、本人達の望んでもいない方向に押し流して行ってしまうのである。本作において、一番の被害者は、誰であろうジウのように私は思う。


度重なる悲劇は、二人のヒロインに様々な変化をもたらす。

基子は強く、美咲は弱い。そんな風に受け取れる箇所は多いが、本当に強いのは、実は美咲なのである。

思うに、肉体的な強さを追求するあまりに、基子は人間的な成長…弱さを抱え生きる強さを、どこかに置き忘れてきてしまったのではないか。翻弄された彼女は、ジウと同じ場所に流れ着いてしまうが…彼女を迎えに行き、助けたのは、他でもない美咲だったのだ。


東という人物は、一方でごくまともな、刑事らしい刑事である。

善を貫き、悪を憎む。大組織警察の権力争いや利害など、欠片も気にしない。

別れた妻と娘がおり、年の離れた可愛らしい部下に慕われている。

そんな、いかにも刑事ドラマの主人公然とした彼は、歪んだ『ジウ』の世界では、逆に奇異な存在に映ってしまうのが不思議だ。

東と美咲の関係は、この先どんな風に展開していくのだろう。

彼のスピンオフ『国境事変』も、是非読んでみたいと思う。


唯一の消化不良についても、述べさせていただきたい。

雨宮とは一体何だったのか、ということである。

基子を暴走させるきっかけとなった人物であり、物語のキーとなる人物でありながら、彼の思いや目的については一切描かれていない。機会があれば、彼の過去についても読んでみたいという淡い希望を添えた上で、私見を述べる。

『人を殺したことがあるか』と基子に尋ねた彼には、もしや思い当たるふしがあるのかもしれない。

しかし、その身を呈して誘拐された少女を庇い…自分の命よりも自分から流れる血が彼女を汚してしまうことを心配するような人物である。基子のような経験を持ち、その上で、彼は強く、優しかったのだとすれば…彼が基子に伝えたかったものとは、一体何だったのだろう。

否、それはもう既に、彼女に伝わっているのかもしれない。

今、基子は、雨宮と同じ境地に立っているのだろうか。

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