3品目 『冷やし中華』
定食屋 太陽と月は、昼営業が午前11時から午後2時、夜営業が午後5時から午後10時の二部制で営業している。
現在の時刻は、午後3時を少し過ぎたところ。店内では、昼営業を終えた男性と女性の2人の兄妹店員が、片付けと夜の仕込みを始めていた。
「お兄ちゃん、今日の昼営業の時に降っていた雨がすっかり上がったね。」
「そうだな」
女性店員は皿洗いをしながら、カウンターの中で、夜営業の仕込みで魚を捌く兄に話を振る。兄は元々ぶっきらぼうではあるが、こうでいてお客さんの動向に気を配れているのだから不思議である。最後のお皿を洗い終わった女性店員は、壁に掛かっている買い物カバンを手に取った。
「商店街に注文した食材の受け取りに行ってくるけど、他に必要な物はある?」
「…夜でも今夜は昨日より気温が高いらしい。夜営業用に、追加で中華麺とマヨネーズを買ってきてくれるか」
「マヨネーズ?もう切れてたっけ?」
「夜営業に使いたいんだ。マヨネーズは"あれば"でいい。」
「分かった!行ってきま〜す」
ガラガラと戸口を開けて商店街に行った妹を見送り、残された兄店員は、夜営業の仕込みを再開した。
◆
雨が上がり、路面の水溜まりを避けながら、妹店員は商店街を目指していた。【定食屋 太陽と月】から徒歩15分で着く商店街は、妹店員にとってはちょっとした運動になる。
「ふぅ、今年も暑くなりそうだねぇ〜」
額に滲む汗を拭い、空を見上げる。両親から店を引き継いでおよそ3年になるが、まだまだ私が厨房に立つ回数は少ない。
兄は、父が2回目のぎっくり腰になった後、すぐ会社を辞め、色んな飲食店に修行に行き、休みは家で父から料理を教わっていた。その努力の甲斐あって、今も両親が築いた【定食屋 太陽と月】は続いている。
商店街の門をくぐると、夕方前ということもあり、商店街が活気づく。
「鮭の切り身、3切れで600万え〜ん!」
「傷ものトマト、安いよ〜〜!」
「牛ロース500g、ちょいとお待ちを!」
近隣に住む主婦達が、それぞれの目当ての品を求め、各店舗を訪れる。
少し離れた駅の近くにまで行かないとスーパーもないこの立地もあり、今なお活気のある"昔ながらの商店街"がそこにあった。
商店街の入口から近いところにある【乾物・麺類のタケナカ】も数人の客で賑わっていた。
「お、"太陽と月"の嬢ちゃん!
何かお探しかい?」
一区切りついた店主・タケナカが声を掛けてくれた。
「タケナカさん、中華麺まだある?」
「この暑さで売れ行き上々だが、安心してくれぃ、まだあるぜ!」
「良かった〜!15袋くれない?」
「あいよ、ちょっと待ってな!」
この道40年のタケナカさんは、素早い手つきで乾燥中華麺を15袋包んでくれた。
「待たせたな!合計900円だ」
「ありがとう、タケナカさん!」
会計を済ませ、【乾物・麺類のタケナカ】を後にし、次はマヨネーズを求め【加藤ミート】という肉屋に向かう。
「あら、いらっしゃいませ!」
【加藤ミート】の女性店員・キヨミが満面の笑みで応じてくれた。
先日ここの店主・ユキオと結婚したばかりの新婚さんである。
「キヨミさん!もう店番は慣れた?」
「ええ、ユキオさんや義父さんのように早く包んだりはできないけど、この街の人達みんな優しくて助かってるんです!」
「キヨミさんが来てくれて皆喜んでるよ!」
「私なりに期待に応えれるよう頑張らなくっちゃね!ところで、今日は何をお求めですか?」
「加藤ミート特製マヨネーズ、まだある?」
この【加藤ミート】、毎日特製のマヨネーズを作って販売してくれるのだが、市販のものより舌触りがいいことから、近隣住民が定期的に購入している人気商品だ。一度、地区のガイドブックに掲載されてからというもの、昼過ぎに完売という記録を作ったこともある。
「運がいいです!ちょうどラストのひと袋なんです!」
「間に合った〜〜!それ、ください!!」
キヨミは特製マヨネーズの入った袋を渡し、嬉しそうに『本日完売!』の札を表にかけ、来た時と同じ満面の笑みで見送ってくれた。
◆
「ただいまぁー!お茶お茶!!」
買い物を終え、【定食屋 太陽と月】に戻った妹店員は、勢いよく戸口を開け、冷蔵庫に向かって走った。
「おかえり。買えたか?」
商店街で買ってきた"乾燥中華麺"と"特製マヨネーズ"、その他注文していた食材の入った袋を冷蔵庫に突っ込み、キンキンに冷えた麦茶をコップに注ぎ、一気に飲み干す。
「買えた、買えた!外しっかり暑いッ!」
もう1杯飲みたいところだが、また一気に飲むと営業時間中に確実にお腹を下すので我慢して、麦茶のボトルを冷蔵庫に戻した。
どうやら、夜営業の仕込みもほとんど終わったようで、綺麗に切られた野菜等が目に入る。
「夜営業前に賄いにしよう。今日は何が食べたい?」
夜営業前の兄と妹のルーティンの賄い飯。買い物のメニューの時点で、今日食べたい賄いは決まっている。
「冷やし中華!」
「了解」
鍋いっぱいの沸騰したお湯に中華麺を2袋分取り出し、放り込む。
タイマーをセットし、ボウルに砂糖や醤油、ごま油などタレの材料を入れ混ぜ合わせる。
麺が茹で上がったら、ザルに移し、麺のぬめりを流水で取る。
氷水に茹で上がった麺を突っ込み、サッと潜らせる。
迷いのない兄の動作を横目に、冷やし中華用の皿を2枚棚から出す。
麺が冷えたら皿に盛り、事前に切ったきゅうり、ハム、トマト、卵を乗せ、先程混ぜ合わせたタレをかけて完成である。
「できたぞ」
「いっただきま〜す!」
完成と同時に箸を取り、冷やし中華の皿を兄からひと皿奪い取る。
ずぞぞぞぞッ
ずぞぞぞぞッ
店内に2人の麺をすする音だけが響き渡る。
「やっぱり夏は冷やし中華よね〜」
満面の笑みで冷やし中華を啜る。兄も無言で頷き、妹の意見を肯定する。夜営業の前に、2人仲睦まじく、"夏のご馳走"を堪能していたが、あっという間に胃の中へと消えてしまい、食べ終えた食器を流し台へと運んだ。
妹は、"本日のオススメ"の紙に、『冷やし中華 ※マヨネーズお好みでどうぞ!』と記載した。"冷やし中華にマヨネーズ"、馴染みのない人には驚かれるかもしれないが、東海地方や東北地方では親しまれている味付けらしく、兄妹も以外と気に入ってはいる。
◆
「さて、腹ごしらえも済んだし、夜営業を開始しよう。暖簾出しといてくれ。」
「了解ッ!」
店内入口近くに立てかけられていた暖簾を手に取ろうとすると、店の戸口をノックする音が聞こえた。
妹が店の戸口を開けると、そこにはスーツをしっかり着込んだ女性が立っていた。
3品目は、兄妹店員のお話をお送りします。
そして、次回ついに2人の店員の名前を【解禁】!?
鋭意執筆中なので、お楽しみに。




