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モンスターを生きたまま齧るのは倫理に反するのか。

志木村しきむらみどりは社畜と言われる類の生き物だ。


いくら世間が労働の改善を訴えたところで、表向きポーズだけ整えて、裏では定時にタイムカードを切らせた後も働かせているなんてこと、珍しくもない。


給料の殆どは生活費に吹き飛び、娯楽に回せる金などはない。

そんな世界に現れたダンジョンは、生身で体験できるゲームに感覚としては近かった。


尤も、ダンジョンはゲームのようにスキルは与えてくれるにも関わらず、残機は1という鬼畜システムである。

つまり死んだら終わり。

ゲームオーバー。

復活が出来る教会もない。


それ故に、ダンジョン解禁後に積極的に探索に向かう人は少なかった。

むしろ政府としてはダンジョン産の資源の確保の為探索に協力的ですらあったのだが、誰も死にたいわけではない。

人気取りがしたい人や、先のない人生でダンジョンにかけた人、英雄願望がある人と様々な人がダンジョンに向かった。

翠がダンジョンに行くのはお腹が空いていたからである。


社会人をやっていて満足に食べることも出来ていないのか?

その通りだ。

圧倒的に食卓に肉が足りない。

ブラック社畜の薄給で、肉というのは嗜好品にあたる。

生活費の大半は家賃に消えるせいだ。

ルームシェアする友達は居ないのか?ボッチにそんな質問をするなんて、命が惜しくはないのだろうか。


そんな生活を続ける中、ダンジョン産の肉が美味しいと世間で話題になっており、翠は堪らず食いついた。

(そうか、自分で狩ればタダじゃないか!)と。


ダンジョンの不思議は未だに解明されていないが、ダンジョンはきっと困窮しつつある世界への福音である。

倒してもリポップするモンスターの不思議など、食欲の前には意味がない。

正直、伝統的な日本の食スタイルである一食一汁で満足出来る程の労働環境ではないのだ。

やはり肉、肉は全てを解決する。

油でカラッと揚げたトンカツなどが食べたいし、ステーキでも可。

唐揚げ、ハンバーグ、回鍋肉、青椒肉絲、照り焼きに肉巻きポテト、たまにはさっぱり豚しゃぶサラダでも良い。

とにかく肉が足りない。

健康的な生活にはタンパク質が必要不可欠では無いだろうか?

謎の資源を生み出すダンジョンだが、好意的な解釈をする程度に翠はおいしいご飯に飢えていた。


翠がまずダンジョンで食べたのは、ぷりぷりのゼリーみたいなスライムだ。

肉じゃなかった。そもそも最初の層に、食に向くモンスターは出ない。はっきり言って、スライムが食用かと言われると微妙なラインである。

ドロップ品ならまだしも、まだ倒していないスライムは動く消化器官でしかない。


持ってきた武器代わりのバットがスライムに効かず(スライムにも勝てないのかよ…)と絶望しかけた翠は、とにかくお腹が空いていた。

翠がダンジョン探索に繰り出した頃は、ギルドの規則が安定しておらず、ソロで乗り込んだとしても、死亡が自己責任という同意書にサインしたくらい。

同行者がいたならば、女の奇行を止めただろうが、生憎そんな相手は居ない。

ここ最近デザートなんて食べていないのだ。

目の前には、見かけだけは美味しそうなスライム。


翠はスライムにそのまま齧りついた。

ぷちぷちと千切れるつるりとした食感。味は殆どない。喉越しは水まんじゅうに似ているが、飲み込むと胃が熱くなった。

切断面から溶け出してきた消化液で胃が爛れているんだよ、と誰かが教えてやれば良いのだろうが、普通の人間は倒す前にスライムを齧ろうとは思わないだろう。

「……悪くないかも……?」

食べ応えはないが、感触は硬めのゼリー。

人間に噛みつかれ、あまつさえ肉体を千切られたスライムは、ソーダゼリーのような体を引きずって逃げようとしている。

捕食者が入れ替わった瞬間である。


翠はダンジョンの一階層にあたる平原エリアを見渡した。

黄色、水色、ピンク、赤、色とりどりの水まんじゅう食べ放題。

翠はごくりと生唾を飲み込む。

とりあえず、味に違いはあるのか気になって、手当たり次第に齧ってみた。

――その結果、付いたのが【悪食あくじき】スキルと【スライムの敵】という称号である。

スライムの消化液にやられてボロボロになっていた内臓は、スキル取得とともに痛みが消えていた。


「あー…当分スライムは良いかな…そんな味しないし…」


手当たり次第齧っておいて酷い言い草である。スライムに感情と話せる口があったら間違いなく罵られているだろう。


後に翠が探索者として最強に至る足がかりとなるスキルなのだが……翠は気が付いていない。

どうやったら美味しい肉が得られる層に行けるのか、ただそればかりが気になるのであった。

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