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巷では有名なあの人

「受付をお願いします」


明らかに仕事帰りといった風体の女性が、探索者ギルドに現れた。引っ詰め髪に眼鏡をかけて、パッと見真面目な社会人。

尤もそれ自体は別に珍しいことではない。


ダンジョンの整備が進み、自衛隊や警察といった、特定職業以外の人々にもダンジョンが開放されてから数年が経っている。


探索者を兼業する社会人というのは、あまり珍しくない。まぁ、兼業探索者とはいえ、普通は装備を探索者仕様に整えてから挑むものなのだが……この辺りの選択は個人の判断に委ねられるところが大きく、あまり突っ込んで聞くと鬱陶しがられる部分になってくる。


「探索者証をお預かりします」

「はい」

「ドローンはギルド貸し出しのものをご利用になりますか」

「はい」

「お一人ですか? 臨時パーティはいかが致しましょうか」

「必要ありません」

「え、ですが…探索はパーティを基本としています」

「……ソロでお願いします」


マニュアル通りの案内をしていたはずなのだが、目の前の女性の表情が無になってきた。はっきり言って、怖い。怒りを顕にしているわけではないのに、妙なプレッシャーを感じる。


「あの……」

「ちょ、ちょちょ! 山田さん! この人は良いですから! このままダンジョンに入場で!」

「ですが、ソロ探索は危険で……」

「本当に良いから! すみません志木村さん! 山田は本日付けでこの支部に配置されたばかりでして! 」

「いえ、大丈夫です」

「あっ」


志木村と呼ばれた女性は、先輩ギルド職員から渡されたドローンを受け取ると、さっさと入場ゲートに向かってしまった。

ゲートの向こう側、ダンジョン内は自己責任の範疇になってしまうので、もう一ギルド職員に出来ることはない。


「……良いんですか? 死んでも、責任を取る必要は無いとは言え見殺しにするようなものじゃないですか」

「説明してなくて悪かったとは思いますけど、あの人は本当にあれでいいんです。このギルド唯一のソロ専門探索者なので」

「正気ですか……?」

「正気ですとも」


ギルド職員のマニュアルには、パーティの斡旋も含まれている。

単純にダンジョンがそれだけ危険だからだ。

まっすぐ進めばモンスターが進行方向からやってくるのは、RPGゲームのセオリーだが、ダンジョンは野生と変わらないのでそうはいかない。

ゲームのように【スキル】といった恩恵が与えられるが、戦闘中に背後から別のモンスターが現れて、襲われるなんてことは当たり前のように起きる。

故に、ダンジョンの攻略は基本的にパーティを組むことを推奨されていた。

ボッチには厳しい世界だが、命を大事にするならパーティを組んだほうがマシなのである。


「このギルドで得られるマージンの殆どはあの人だから! 志木村さんが来たらソロで案内するように徹底して。 嫌になって他のギルドに逃げられたら困るのはうちなんです」

「はぁ……」


俄には信じられない。

探索者のトップとして活躍しているのは、やはり大型ギルドやパーティを組んでいるチームで構成されている。

中にはどうしてもソロが良いと言ってダンジョンに入る人もいるのだが、そのまま帰ってこないか、次回からは臨時パーティを組む人が多いのが現状。

仕事帰りにちょっとダンジョンに来ましたよ、といった姿の彼女が、利益に貢献しているようにはとてもではないが見えなかったのだが。

ほかの職員に話を聞いても似たような回答しか返ってこず、あまりの念の押しようには頷かざるを得ない。


送り出した探索者が無事に帰って来なければ、嫌な思いを味わうのはこちらの方なので、そうならなければ良いなとため息を吐いた。


ただし、数時間後に戻ってきた件のソロ探索者の姿に、呆気なく認識をひっくり返されることになったのだが。


「買い取りをお願いします」


あまりにも普通に戻ってきた志木村に、山田は内心驚愕していた。

戻ってくるのも早いが、着ていたスーツに乱れすらない。


「ではカウンターにお願いします」

「……裏に案内していただいても?」


最早何も言うまい。

ギルドに配置されている解体部屋に案内すると、彼女は何もない空間からポイポイとアイテムを引っ張り出していった。

(収納スキル持ちか……スッゴ……)

ハイオークの角、牙、魔石。

パーツを見ただけで狩ってきた獲物の大きさは推測できる程の巨体。

ジャラジャラ出てくる魔石も、拳ほどある。低層のモンスターから取れるサイズではないのは確かだ。


「えー……査定しますので少々お待ちください」


山田は先輩職員に真っ先に助けを求めた。新人に任せるには心臓の負担が大きすぎる。

ざっと見ただけでも、数百万の価値があるものを当然のように出されても、気持ちがついていけなかったのだ。


「なんなんですかあの人ぉ……!」

「今日は豚肉の気分だったみたいですね……」

「はぁ……?」

「ハイオークの肉は入ってないでしょう、買取に」

「そういえば、そうですね…」


ハイオークの肉は高級肉として、魔石ほどではないにしても高く売れる部位にあたる。

少なくとも、武器や防具に使われる角や牙よりは、一般的にみて需要が高いのだ。


「志木村さんの今日食べたいものの気分によって持ってくる獲物が変わるから。……正直、彼女の実力からすれば、ハイオークのいる層は浅いから……こんなので驚いていたら身がもたないわよ」

なんだそれ。

ダンジョンは夢と希望を持って攻略しに来る場所で、そんなスーパーに買い物に行くような感覚で来る場所ではない。

そのはずだ。

さっきまでの山田の常識からすれば。


「ここのダンジョン……コカトリスも出るんですよね……?」


都心からは離れている為、大手からは人気のないダンジョンだが、攻略がかなり進んでいるという噂では有名である。

コカトリスは先ほど見たハイオークよりも深層で出るモンスターだ。石化の魔法を使ってくる尾が厄介で、とてもソロで相手をするモンスターでは無い。


「唐揚げにしたら美味しいらしいわ…」

「なるほど…」


山田の常識はガラガラと崩れていった。

確かにそりゃあ化け物だよ。


*


久し振りにパーティの斡旋を受けたなぁ……志木村しきむらみどりは帰り着いた家でギルドでの出来事を振り返った。


最早パーティを組んでいた過去よりもソロの方が長いため、懐かしさすら覚えてくる。


持ち帰ったハイオークの肉は、ピンク色の断面が美しく、生のままでも食欲を唆る。キラキラの脂身の塩梅が良く、身が締まっていて、口の中で涎が溢れそうになった。


料理酒に、醤油、味醂、砂糖、生姜を混ぜ合わせて、タレは完成。ざっくり目分量でも良い。

油を引いたフライパンに薄切りにしたハイオークの肉を乗せてどんどん焼いていく。

タレの焼けるいい匂いが鼻を刺激して、お腹がぐうぐう鳴ってくる。


「あ〜〜っ! 我慢できない〜〜」


早炊きにした白米と、みじん切りにした付け合わせのキャベツに焼いたハイオークの肉を乗せて今日の晩御飯は完成だ。


「ハイオークの生姜焼き……美味しいのよねぇ……」


残りはトンカツにしても良い。

いくらでも食べられる。


世間の話題を他所に、翠は幸せな食事を噛み締めた。

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