ママァ!!②
「───さて、いっちょぶちかますっすよ〜!」
八咫烏ちゃんの髪が風に煽られた瞬間、まるで体を突き抜けた風がそのまま実体を成したかのように漆黒の翼が顕現。
バサッ!と大いに広げられたその翼が、八咫烏ちゃんの命で力強く羽ばたく。
たった一度の羽ばたきで発生したとは思えない強風が、迫り来る風刃を全て粉々に粉砕した。
淡い音を奏で、エメラルドの欠片が空中に四散。
テンペストは驚愕で目を見開いた。
一人暮らしをすると家を出た娘は、まだ何の能力も発現していなかった。
あり得るとすれば今までずっと隠し通してきたか、後天的な能力の覚醒、または秘密結社による改造……。
いずれにせよ動揺が湧き上がるが、それを瞬時に押し殺してテンペストは右腕を掲げる。
すると彼女の背後でいつくものエメラルドの渦が発生し、それはすぐさま鋭い刃を形取った。
「"風の刃"」
手のひらを倒した合図で、計十個の風刃が次々と八咫烏ちゃんの元に飛来。
バックステップと共に飛び立つと、先程まで八咫烏ちゃんが居た場所に風刃が一つ突き刺さり、内包した風を撒き散らした。
変幻自在に飛び回る八咫烏ちゃんを、ファン〇ルのごとき風刃が追いかける。
「どわぁああっ!?」
「っ」
悲鳴を上げたのは二号君だ。
見ると、なんと射出された風刃の内、半数近くは手持ち無沙汰だった一号二号三号を攻撃していたのだ。
殺意の塊の癖に物理法則を無視した動きを見せる風刃に、三人はただ絶叫しながら逃げることしか出来ない。
反射的に救出しようと意識を向ける八咫烏ちゃんであったが。
「八咫烏ちゃん、こっちは大丈夫だから!──っぶね!?」
「へぶぅ!?……ま、任せて、こっちはこっちで何とかするからさ!」
「そうそう!………あちょっ、でも早めに倒してくれるとありがたいかも!普通にっ、あばっ!?普通に……死ぬっ!」
「……」
かっこつけようとサムズアップやら何やらで背中を押す一号君二号君三号君だが、見た目通り余裕は皆無なようで。
転げ回ったり遊具を盾にしたりと、普通に遊ぶ子供達よりも泥んこまみれになりながら必死に逃げ回っている。
……あ、三号のベルトが紙一重で切断されてズボンがずり落ちた。
「うわあああっ!?」
「今世紀最大の誰得!」
「くっそぉやったらああ!!」
三号君は公共の場でパンツを露出したことである意味無敵となったのか、滂沱の涙を流しながら凄まじい身体能力を披露。
一号君はツッコミを交えつつ鉄棒を使って上手く風刃を回避し、二号君は無理難題な、失敗=即死!恐怖の風刃リンボーダンスを見事にやってのけた。
リンボーダンス、出してないのだけれど……と自動追尾型風刃の奇行に困惑するテンペストさん。
こちらもまた一瞬面食らった八咫烏ちゃんだが、いつも通りのその光景に安心したのだろう。
ご要望通り素早く戦闘を終わらせるべく、気を取り直し跳ねるように急速な方向転換。
逆さになった世界で、八咫烏ちゃんの動きに対応しきれず動きがワンテンポ遅れた風刃の群れを、風に乗せて射出した漆黒の羽の弾幕で消し去った。
「"黒翼・五月雨"!」
一つ一つが風で貫通力を強化された、強力な羽だ。
漆黒の雨がテンペストの元に降り注ぎ、ドドドドドッ!!と地面を揺らしながら土煙を巻き上げる。
「やるじゃない」
しかしテンペストには一本も届かない。
土煙の中からエメラルドのオーラを纏ったテンペストが飛び出してきた。
天幕のように展開した無数の風刃を破壊された傍から再生成し、降り注ぐ漆黒の羽を全て無効化しているのだ。
"風刃纏鎧"───守りの技だが、攻撃にも転用出来る。
「そらっ!」
「くっ……!」
シンプルな回し蹴り。
しかし、無作為な向きに纏った風の刃は粉砕機の刃のようなもので、一度触れれば回復系の能力でも治療の難しい深手となる。
それを八咫烏ちゃんは同じ"風"をぶつけて相殺するが、抑えきれず弾き飛ばされた。
空中で激しく転がり、何とか体勢を立て直す。
「はあっ!」
復帰直後に放ったのは極太の竜巻だ。
凄まじい暴風を内包した竜巻がテンペストを呑み込む。
……が、"暴風ヒーロー"の名は伊達じゃない。
竜巻の中央が僅かに膨らんだかと思えば、四方八方に放たれた風刃によって腹を食い破られ、余波を撒き散らしながら霧散した。
真正面に手を掲げていたテンペストであるが、いつの間にか背後に接近していた気配に戦慄を隠せない。
(速いっ……!)
気配を追うのが間に合わなかった。
漆黒の翼で構築された刀と、手のひらに凝縮された風刃の塊が衝突、二人を起点に凄まじい突風が周囲に散る。
「……驚いたわ」
吹き荒れる嵐で髪を荒ぶらせながら、テンペストはニヤリと笑みを浮かべる。
まさかここまで力を使いこなしているなんて。
母として誇らしい限りだ。
だが。
「私の相手は、まだちょっと早かったわね」
「っ!?」
風刃の出力が上がる。
たまらず八咫烏ちゃんは弾かれてしまい、思いっきり地面に叩き付けられた。
肺の空気が強制的に吐き出される。
それでも何とか立ち上がろうと手をつくが、残念ながらここまでのようだ。
「おしまいね」
覆い被さるように着地したテンペストが、刀サイズに拡張した風刃を八咫烏ちゃんの首に当てた。
勝負は着いた。
その鋭い瞳が物語っていた。
「くっ、無念っす……」
「………はぁ」
やっと八咫烏ちゃんも諦めがついたようで、降参のポーズを取る。
もちろん本当の意味で諦めてなどいない。
今回は捕まってしまうが、いずれは絶対に脱獄なりして皆の元に戻るつもりは満々だった………のだが。
八咫烏ちゃんの観念した様子を確認し、テンペストは深く……それはもう深くため息をついた。
まるで頭痛が痛いとでも言いたげである。
「そ。……なら、今日はここまで。さっさと帰んなさい」
「え?」
八咫烏ちゃん、思わず目を瞬かせる。
きょとんとした娘をよそに、テンペストは「やってらんねぇ〜……」と顔を顰めながら風刃の刀を宙に放って解除した。
「え、あれ?捕縛するんじゃ……」
「は?する訳ないじゃない、だって実の娘よ?私は可愛い娘でも容赦なく捕まえるような、世間様がイメージする真っ当なヒーローなんかじゃあなくってよ!」
「えぇ……」
カッ!と迫力満載な真顔でそう宣言するテンペスト改めお母様。
堂々と身内だから逃がす宣言と来た。
ヒーロー協会所属のヒーローがそれで良いのか、本当に。
さすがにヴィランサイドの八咫烏ちゃんですら微妙な表情をしている。
「てかね、こちとら某有名ヴィラン組織の元幹部、旦那にしてんのよ。禁断の愛を成就させたお母様を舐めんな?」
かつて、今よりももっとヒーローとヴィランの対立が本格的だった時代。
最前線で戦っていたヒーロー・テンペストは、偶然にも戦場で運命の人を見つけた。
一目惚れである。
しかし、なんと相手はまさかの敵組織の幹部。
当時はもう荒れに荒れた。
世間様もお互いの実家も。
だがそこは暴風の名を冠するヒーロー様、両家・世間様の反論をゴリ押しで乗り切り、スピード結婚を果たしたのである。
今思えば、組織の垣根を超えたこの結婚騒動があったからこそ、ヒーローとヴィランの関係が少しずつ変化して来たのだろう。
……とまぁ、そこら辺の話は一旦置いておいて。
それに……とお母様は付け足す。
「この子達が、このままあんたを連れて行かせてはくれないだろうしねぇ……」
親指でクイッと示した先では、雁首揃えてお母様の風の能力で捕獲され、宙吊り状態の一号君二号君三号君の姿が。
どうやら自力で風刃をどうにかした後、「やべぇ八咫烏ちゃんが!」と駆け付けたは良いものの、為す術なく捕獲されてしまったらしい。
相変わらずかっこいいシーンが尽く潰され、滂沱の涙を流す御三方。
「すまへん……すまへん……」
「皆さん……」
現在はこんな無様な感じだが、先程までは必死にもがいていたのだろう。
服装の乱れや母の疲れ具合からそれを察し、八咫烏ちゃんは思わず心にグッとくる物を感じた。
ある意味感動(?)的な場面だが、ヒーローとしては居心地が悪かったのか、お母様はよっこいせと立ち上がる。
ついでにエックス戦闘員達の拘束を解いた。
尻もちをつき「いてっ!?」と悲鳴を上げる彼らを背に、後頭部を掻いたお母様はやれやれも再び肩をすくませる。
「……ま、たまには帰ってきな。土産話は私もお父さんも聞きたいしね」
「………うん」
母の言葉に、八咫烏ちゃんは嬉しさを滲ませながら頷いた。
母、「すみません娘をこれからもお願いします」とぺこり。
「いえいえこちらこそお世話になります」と一号君二号君三号君もぺこり。
挨拶を済ませ満足したお母様は、娘に視線だけでもう一度別れを告げ、静かに飛び立った。
姿が小さなゴマ粒程度になるまで、エックス戦闘員達はハンカチ片手に見送りを続けた。
「……さて、そんじゃ帰りますか」
「はいっす!」
振り返った一号君の言葉に、八咫烏ちゃんは元気に頷いた。
……おっと、その前に。
まずはいつにも増してすっかりボコボコになってしまった公園を、どうやって元に戻すかから考えなければ。
────オマケ────
「ボス、新しい力が欲しいっす!」
何故か派手にボロボロな状態の八咫烏ちゃんからそう言われ、困惑のボス。
「どったの急に」
「実は、かくかくしかじか……」
今日あったことをボスに説明した。
ふむふむ、なるほどなるほど。
「ふっ、まぁ任せんさい」
「ボス!さすがっす!」
二人が向かったのは研究室。
更なる改造にしろ装備品の開発にしろ、ソアレの手助けは必須である。
そのため、寝起き全裸の彼女にも説明をかくかくしかじか。
「ふぅむ。なるほどね、それなら……これなんてどうだい?」
ソアレがゴミ山の中から取り出したのは、どこかで見たことがある色と形のうちわだった。
紅葉した椛のうちわ、と言えば想像出来るだろうか。
「これは?」
「見ての通り、"天狗の団扇"さ。扇ぐ度に風の強さが青天井で上がる最強武器だよ」
「絵面的にアウトなので不採用」
確かに性能は最強武器だが、八咫烏ちゃんが持つと絵面的に色々まずいので不採用となった。
下手すればこの作品が死ぬ。
「八咫烏ちゃんも全身モザイクとかは嫌でしょ?」
「これ、そんな危険な武器なんっすか……?」
「うん、危険(著作権的な意味で)」
首を傾げる八咫烏ちゃん。
しかしソアレは分かっているようで、「メタいねぇ〜……」なんて呟いている。
この確信犯めっ。
「じゃあ、これなんてどうだい?一見ただの鞠なんだが───」
「いやそれは───」
「ちょっとさすがに私も遠慮しておきたいっすね、それは───」
などなど。
色々とソアレの発明品を試した八咫烏ちゃんとボスであるが、結局既存のものでは中々合うものがなかったので。
ボスのアイディアに八咫烏ちゃんの個人的なオーダーと、ソアレの技術者としての最終調整を経て、念願の新装備が開発された。
お披露目はまた今度。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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・ファンネル……『ガンダム』シリーズより




