3話 筋トレをする筋肉がない
勢いのままコートも着ずに家を飛び出しましたが、ここは真冬の北海道。最高気温は氷点下。即お家の中へとUターンです。
「芽依、そんなカッコで外行ってたの?」
玄関で楓さんに遭遇しました。
楓さんは美紅と椛のお母さんで、私からすると叔母にあたる人です。丁度出かけるところなのか、コートを着込んでいます。
「ええ、ちょっと三メートルほどひとっ走りしてきました」
「またよく分からないことを……」
「それはそうと楓さんスタイルいいですよね。何か秘訣とかあるんですか」
ここで有益な情報をゲットして正月太りとはおさらばです。
「そうねぇ、軽い筋トレは毎日欠かさないようにはしてるけど」
「きんとれ」
神谷芽依の筋トレ最高記録
腕立て伏せ0回
腹筋0回
スクワット0回
「き、筋トレをする筋肉がない場合はどうすればいいですか?」
「ランニングする……って言っても冬は難しいしね……どこか屋内で運動するとか?」
「うんどう」
神谷芽依の運動記録
100メートル21秒
マラソン大会最下位
バスケでもサッカーでもドリブルができない
バレーのレシーブをするとボールが顔面に飛んでくる
「運動しないで痩せる方法をお伺いしたいのですが」
「なに、体重気にしてるの? そんな太ってないじゃない」
あなたの娘に二回ほどデブって言われたんですけど。
「う〜、でもでも、ちょっと正月太りしちゃってて……」
「確かに少しふっくらしたかもだけど、あなたは元々が痩せすぎだったから丁度いいわよ」
「ヤダーッ!」
思わず『なんか小さくてかわいいやつ』みたいなリアクションをしてしまいました。
「困った子ね……」
「じゃあバンドをやろう。ボーカルは芽依で」
頭を抱える楓さんの後ろから、可愛らしいコートに身を包んだ椛がひょっこりと顔を出してきて謎の提案をしてきました。
「何故バンド? そして何故私がボーカルですか?」
「歌うとカロリー消費できるじゃない」
確かにカラオケでは歌ったあとに消費カロリーが表示されます。
「椛、バンドをやるには問題があります」
「何?」
「メンバーがいません」
「私と美紅と芽依でいいじゃん」
「二人とも楽器できるんですか?」
「私はタンバリンができるし、美紅は多分カスタネットとかできるよ」
私は想像してみました。
ステージの上で歌う私、タンバリンを鳴らす椛、カスタネットを叩く美紅。
……バンドではなく、お遊戯会の間違いでは?
「あ、そうだ、パパがギター弾けるからパパにも参加してもらったら?」
私の渋い表情を察してか、楓さんがそんな提案をしてきました。
私は想像してみました。
ステージの上で歌う私、タンバリンを鳴らす椛、カスタネットを叩く美紅、そしてギターを掻き鳴らしながら熱唱するアラサーの叔父。
「あの人ギターだけじゃなくて絶対歌うじゃないですか。早速ボーカルの立場が危ういんですけど」
「そこはほら、ツインボーカルということで」
「小学生女子とアラサー男性のツインボーカルとかどこに需要があるんですか」
というか、私が叔父とデュエットなんてしようものなら、美紅が黙っているわけがありません。
目に浮かびます。歌う私の背後でカスタネットを叩きながら「死ねデブ♪ 死ねデブ♪」とリズムに乗りながら口ずさむ美紅の姿が。
「やっぱバンドはなしで……というか寒いから居間に戻ります……」
「私と椛はスーパーに買い物に行くけど、芽依も来ない?」
「寒いからこたつに戻ります……」
「そう、それじゃあ美紅と仲良くお留守番しててね」
楓さんが私の頭を優しく撫でてくれます。
もうすぐ六年生になる身としては気恥ずかしさがありますが、自分の娘と同じくらい愛情を持って接してくれていることがひしひしと伝わってきます。
「はい。お二人も雪道、お気をつけて」
楓さんと椛をお見送りして、私は美紅が掃除をしている居間へと戻ることにしました。




